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【アイリスオーヤマ会長 大山健太郎】

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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「快適生活」で1兆円企業を目指す

「快適生活」で1兆円企業を目指す

 東北から世界に羽ばたくグローバル企業、アイリスオーヤマの勢いが止まらない。2023年には1兆円企業の目標を掲げ、ワンチームで果敢に挑む。率いる総帥は名君として知られる大山健太郎である。高い理念を掲げ、社員一丸となって成長を重ねてきた。業界がシュリンクする中、独自の「なるほど家電」でひとり気を吐くアイリスオーヤマ。お客の心をわしづかみにする大山流経営の極意はどこにあるのか。ユーザーイン経営で世界に挑む大山の真意に迫る。(文中敬称略)

 即断即決でピンチをチャンスに
 
 東北の玄関口として発展する仙台市から車で1時間ほど南に位置する角田市。田畑や野原が広がる丘陵地帯に、大きな建物が見えてくる。アイリスオーヤマの主力拠点である角田I.T.P(インダストリアル・テクノ・パーク)である。ここは国内最大の開発・製造・物流の拠点だ。そして世界に発信する司令塔の役割を果たす。

 「ここにいるのが一番落ち着きますね」と笑顔を向ける会長の大山健太郎。まさに天下取りに挑むこの城の主である。ここで快適ライフの構想を練り、新規事業の種を探る。

 アイリスの新商品開発はつとに有名だ。毎週月曜日にトップをはじめ、開発担当者、営業部、品質管理部門などが一同に会し、新商品開発会議が行われる。階段式の会議室の最前列に陣取り、采配を振るうのは長男で社長の大山晃弘だ。3年前までそこに座っていた大山は、一番後ろの席に座り、アドバイザーとしての役割を担う。

 朝9時30分から17時まで、みっちりと新商品開発の検討を行う。プレゼン時間は一人10分程度。開発の意図、お客様の利便性について担当者が熱く語る。家電製品の開発拠点である「大阪イノベーションセンター」と「東京アンテナオフィス」をテレビ会議でつなぎ、情報はすべて共有される。

 説明を聞いている社長の目が光る。納得すると「やりましょう」と即決。よけいな根回しや稟議書を回すなどの手間は一切ない。このスピード感が他社には真似できない大きな強みとなっている。

 2020年4月、コロナ禍の日本は緊急事態宣言が発令され、不自由な日々が続いていた。特に感染予防の頼みの綱であるマスク不足が社会問題となった。5月に行なわれた開発会議で、マスクを国内生産したいという案件が出された。それまではマスクを中国の工場で作り輸入していた。投資額は30億円と大きい。しかしマスク不足という日本のピンチをチャンスに変えたいと判断した社長の晃弘は「やりましょう」と宣言。マスクの国産化に踏み切った。

 それから3カ月、異例の早さで角田工場内に生産ラインが完成。マスクが製造されている。1カ月1億5000万枚というとてつもない数である。今やアイリスオーヤマのマスクはコンビニやドラッグストアに並び、高品質でリーズナブルと評価されている。

 東北の雄として
 
 毎年1月、取引先や関係筋が集結、盛大な賀詞交歓会を行うアイリスオーヤマだが、さすがに2021年は自粛した。2020年の様子を紹介しよう。

 1月9日の午後4時、仙台駅に隣接するホテルには多くの人が集まっていた。ざっと900人はいるだろうか。華やぎに満ちた会場。舞台の脇では仙台フィルハーモニー管弦楽団の面々が奏でる音が一層華やかさを増している。恒例のアイリスオーヤマの新年賀詞交歓会が始まるのだ。会長の大山健太郎が登壇。

 「皆さんあけましておめでとう・・・最近の温暖化現象で冬物商品の動きが鈍く懸念されます。昨年はフランスに工場建設、中国の蘇州の工場を3.5倍に拡張、・・・いよいよ1兆円企業に向けて布石を打つことができました。そして昨年、経営者が選ぶベスト経営者で弊社社長の大山晃弘が第4位に選ばれました。第1位は孫正義さんです」
  会場からは拍手が沸き起こる。

 「リアル店舗が今一つの中、イーコマースが3割増しと好調でした。2019年度の売上げはグループ全体で5000億円を達成、経常利益ともに過去最高を達成することができました。LED照明は5年連続、6度目の省エネ大賞を受賞しました」

 続いて社長の大山晃弘が登壇。新年に賭ける決意を語る。力強く挨拶する息子の姿を見つめる大山の眼差しは温かい。来賓として村井嘉浩宮城県知事と仙台市長の郡和子が登壇。アイリスオーヤマの功績について語る。

 新年の多忙な時期にも関わらず、知事、市長本人が駆けつけるアイリスオーヤマの賀詞交歓会、それだけ宮城県、そして仙台市にとってはアイリスオーヤマの存在が絶大ということだ。まさに東北の雄として君臨している。

 アイリスオーヤマという会社
 
 ご家庭の中を見回していただきたい。クリア収納ケース、園芸用品やペット用品など、アイリスオーヤマの商品のお世話になっていることに気づくであろう。

 家庭用品で知られるアイリスオーヤマだが、最近は違う。LED照明器具を筆頭に、サーキュレーターや炊飯器などの小型家電、掃除機、洗濯機、そしてテレビにも本格参入。今や家電事業が売上げの6割を占める。有名大手家電メーカーが次々と縮小していく中、家電へと大きくカジを切っている。さらに、復興支援の想いから、東北の生産法人と手を組み、精米事業にも参入、パックごはんや餅など食品事業にも進出している。

 今やアイリスグループ29社、国内外の工場数は32工場、国内拠点は70カ所に及ぶ。驚くのはその商品数だ。なんと2万5000点という途方もない数が動いている。商品開発に定評がある同社だが、1年間に発売する新商品は1000アイテムというから驚く近はテレビや洗濯機など大型家電にも力が入る。B2B 事業も営業人員を拡充し販路を拡大。パワー全開で世界に挑む。

 アイリスグループ29社の20年12月期は売上高38%増の6900億円を達成。経常利益は2.2倍の621億円を叩き出し、売上、経常利益ともに過去最高を更新した。そして2021年12月期はグループ売上8500億円を見込む。まさに2022年12月期グループ売上高1兆円という目標達成が見えてきた。仙台に本社を置く、東北随一の優良企業に成長している。

 2018年7月、創業60周年の節目を機に、大山は社長職を長男の晃弘に譲り、会長に就任した。役割分担は社長が経営全般を担い、大山が新規事業の創出や地域社会への貢献に力を注ぐ。


 試練を超えて
 
 今や欧米や中国にも進出、世界中の快適ライフの担い手として成長企業を率いる大山だが、ここまでくるには決して順風満帆ではなかった。幾多の辛酸をなめてきた。

 ピンチに見舞われる度に「ピンチはビックチャンス」と捉え、這い上がってきた。中でも大山の頭から片時も離れないのは、オイルショック後の倒産の危機だった。

 大山は1945年東大阪に8人兄弟の長男として生まれた。大家族でもあり、生まれながらにしてリーダーシップを期待されていたといえる。父親は小さなプラスチック工場を営んでいたが、大山が19歳の時に急逝、あとを継ぐことを余儀なくされる。

 それがアイリスオーヤマの前身大山ブロー工業所である。「下請けでは終わりたくない」という意志の下、最初に開発した商品は漁業用のブイであった。次にプラスチック製の育苗箱を開発、農業用品としてユーザーが多い東北の宮城県に工場を建設。売上げも順調に伸ばしていた。

 そして1973年の秋、第4次中東戦争がはじまり、オイルショックが勃発した。プラスチックの原料となる石油の価格が高騰、買い占めが横行、一瞬売上げは伸びたが、その後壮絶な値崩れを起こし、どん底に落ちた。

 宮城県に新工場を建設したばかりで2カ所を回すことは不可能だった。 故郷でもあり父親がつくった東大阪工場を閉めるのは、自分の身体を切り刻まれるようだったと後に語っている。

 そして誓った。二度と社員を解雇するようなことはしないと。

 大山流経営 徹底した情報共有
 
 大山が大切にしていることがある。毎週月曜日、商品開発会議の前に、朝9時から実施される朝礼だ。ここで大山は自分の思い、考えていることを語る。数台のモニターを通し、リアルタイムで全国の拠点に発信している。

 トップが考えていることをリアルタイムで情報共有。トップの思いを共有することが大山流経営のカギとなろう。 この情報共有は徹底していて、朝礼の内容は直ちにメールで配信され、一定期間経つと朝礼集として配布される。

 「 トップとそうでない社員の差は情報量だけ」と大山、社員一丸となって前に進むには、徹底した情報共有と幹部育成が大切と語る。

 オイルショックで長年勤めてくれた50人もの社員を解雇した若き大山は必至で考えた。
  「自分のどこが間違っていたのだろうか?」

 そしていかなるときにも利益を確保、潰れない会社経営に舵をきった。その決意はアイリスオーヤマの理念として掲げられている。この理念は常に全社員が唱和、アイリスオーヤマ人としての土台となっている。

 1.会社の目的は永遠に存続すること。いかなる時代環境に於いても利益の出せる仕組みを確立すること。

 2.健全な成長を続けることにより社会貢献し、利益の還元と循環を図る。

 3.働く社員にとって良い会社を目指し、会社が良くなると社員が良くなり、社員が良くなると会社が良くなる仕組みづくり。

 4.顧客の創造なくして企業の発展はない。生活提案型企業として市場を創造する。

 5.常に高い志を持ち、常に未完成であることを認識し、革新成長する生命力に満ちた組織体をつくる。

 「メーカーベンダー」として

 衣類の「しまう」から「探す」需要を創造したクリア収納ケース、園芸を「育てる」から「飾る」にコンセプトを変え、提案した園芸商品。家庭用品から家電へと大きく舵を切り、常にお客に寄り添い需要を創造してきた。

 しかし、せっかく良い商品ができても問屋が取り扱ってくれなければ店頭に並ばず、お客に届かない。そこで考えたのが「メーカーベンダー」という発想だ。メーカーとして問屋機能も果たすという異色の仕組みを創ったのである。

 メーカーと消費者の間には、商品を店舗で売る「小売店」と商品を卸す「問屋」(ベンダー)が存在する。アイリスオーヤマの「ユーザーインの発想」角田I.T.P にあるショールームには最新のT V が並ぶはモノづくりの側面だけではなく、商流・物流にまで及ぶ。そこで問屋機能を抱える独自の「メーカーベンダー」という業態を確立したのだ。

 角田工場内はロボットによる自動化が進んでおり、自動倉庫は完全に無人化を実現している。ここは「工場」というよりは、トラックが横付けにされ、「物流センター」の役割も果たす。工場と出荷する物流センターが同じ施設内にあるので、商品を移動する距離が極端に短い。

 従来の流通構造では無駄な物流コストが掛かり、そのツケは価格に反映され消費者が負担することになる。アイリスは「メーカーベンダー」という独自のポジショニングを確立し、消費者が納得するリーズナブルな価格を実現しているのだ。

 これには20年もかかったと大山。それだけ長年の商習慣を破るのは難しい。 しかしその仕組みづくりに果敢にチャレンジしたからこそ、今の発展がある。

 ユーザーインの発想を徹底
 
 アイリスの開発の基本となるのは、「ユーザーイン」の発想に尽きる。

 「高機能の20万円もする洗濯機は要らない。使いやすく汚れが落ちればいいよ」というお客の不満解消に応え、必要機能を搭載した値ごろ感のある商品を世に送り出す。お客の不満・不便を解消するというユーザーインの発想はモノづくりだけではない。あらゆる場面で基本となっている。

 年間1000アイテムもの新商品を投入、新商品比率が5割以上という戦略を可能にしているのも、お客の不満・不便に寄り添うユーザーインの発想である。需要創造の種はいくらでもあると、他社の追随を許さない。

 今や売り上げの6割を稼ぎ出す「なるほど家電」の開発を支えているのは、大手家電メーカー出身の転職組だ。彼らは「必要機能」と「値ごろ感」を重視するアイリスの考えに賛同、大きな力を発揮している。

 営業利益率10%を必達とする大山、競合品が乱立し、利益率が下がった市場は無理に追わないと決めている。経営理念第一カ条の「いかなる時代環境に於いても利益の出せる仕組みを確立すること」に則るためだ。それより新商品を開発、需要創造することに重きを置く。

 ネット通販の拡充

 1兆円構想に向けての販売強化の一つがネット通販の拡充である。「ネット通販によりバイヤーの壁がなくなった」と語る大山。商品の品質と値ごろ感が勝負となる。それだけにお客と直接つながるネット通販部門「アイリスプラザ」に力を入れてきた。

 ネット通販は国内よりも海外で力を発揮している。特にネット通販が普及している中国においては重要なチャネルとなっている。

 2019年、同社の家電開発拠点である「大阪イノベーションセンター」のビル内に、アンテナショップを開設した。インバウンドを意識したものだ。商品を見てもらい自国でネット通販を利用してもらうためだ。必要機能を搭載したコスパの高い「なるほど家電」は、中国を中心に爆発的に成長する可能性を秘めている。

 そのために中国工場の拡大に余念がない。蘇州工場は3.5倍に拡張、天津には生産拠点の新設を予定している。多品種小口配送ができる生産・物流体制はネット通販を展開するうえで大きな強みとなっている。

 ネット通販が好調に推移、2019年のネット通販売上高は3割伸びた。「経常利益の50%を投資に」という積極的な戦略が、グループ全体の成長を支えている。

 B2B でビジネスソリューション

 1兆円構想の切り札がもう一つある。B2B事業分野である。LED照明事業部を軸に、東日本大震災以降に強化された。強みはグループの総合力を生かした「ワンストップソリューション」と、取締役B2B事業本部長の石田敬。

 LED照明はもとより天井材、床材、壁材、イス・机などのオフィス家具を一体化してオフィス空間を提案、2019年からは、人工芝、LEDビジョン、スタジアムチェアなどスポーツ施設にも参入している。

 オファーは「オフィス」「店舗」「工場・倉庫」「スポーツ施設」など多岐にわたる。それには全国に60カ所の営業拠点を展開、地域密着でビジネスソリューションを提案している。

 2018年11月に東京・浜松町に開設された「東京アンテナオフィス」は、そこで働く人を輝かせるフレキシブルなオフィス空間として提案。打合せ室、応接室、会議室などすべてがショールームとなっている。ここには2019年だけで8000社が見学に訪れたという。

 働き方改革が叫ばれる今、快適な空間は重要なテーマである。そして多彩な商材を持つアイリスグループならではの領域だ。

 2020年は新型コロナウイルス感染対策としてAIサーマルカメラ、デスクスクリーンなどを発売。新規参入した「IoTソリューション事業」では、AIカメラ、AI除菌清掃ロボットの発売など、新たな事業基盤を強化している。

 アイリスの強みを生かしたB2B事業が、新しい鉱脈となることは間違いない。

 「快適生活」を世界へ

 「日本の快適なライフスタイルは世界で受け入れられる」と早くから海外進出に力を入れてきた。1994年には米国カリフォルニアへ、96年には中国大連に、98年にはヨーロッパに進出、オランダに現地法人を設立し、現地生産、現地販売で事業を展開している。

 2019年にはフランスに新工場を建設、中国蘇州工場を拡張、中国の巨大なマーケットを睨み、生産体制の拡充に余念がない。

 「それぞれ文化は違えど快適に暮らしたいという欲求は同じ」と語る大山。経常利益の半分を投資に回し、大胆な戦略にチャレンジし続ける。

 便利で納得価格のアイリスオーヤマの商品は、世界が待っている。あの小型でパワフルなサーキュレーターは東南アジアで活躍するであろう。

 名将として世界に名を馳せる

 2018年に社長業を息子の晃弘に譲ったとはいえ、いまだ絶大な力を誇る大山。「おかげさまで少し楽をさせてもらっています」と笑顔を向けるが、その目は新規事業やジャパンソリューションを見据え、輝いている。

 東北の経済同友会と東北ニュービジネス協議会の会長として、地域活性化にも力を入れる。自らも被災者として、震災復興にも心血を注ぐ。若手起業家の育成にも熱心だ。2019年には企業家倶楽部主催の企業家大賞に輝き、その経営手腕を評価された。 

 変化の激しいこの時代、あまり先のことを考えても仕方がない。しかし楽観視すぎると足をすくわれる。「悲観的に考えポジティブに行動する」が一番と大山。50年以上もアイリスオーヤマを率いてきた名将としての貫禄が光る。

 大山をして「東北随一の名将伊達政宗を思わせる」と、ニュービジネス協議会会長の池田弘は語る。日本の名将として、新しいモノづくりの騎手として大山健太郎のチャレンジはまだ続く。

(企業家倶楽部2021年7月号掲載)

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