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【フォーカスチャレンジングカンパニー】龍角散社長 藤井隆太

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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龍角散のグローバル戦略

龍角散のグローバル戦略

龍角散 藤井隆太社長とスパイダー・イニシアティブ社長 森辺一樹社長
(企業家倶楽部2020年1・2月合併号掲載)


東京都千代田区にある製薬会社、龍角散。日本では知らない人はいないほど古くから親しまれてきたのどの薬、「龍角散」をはじめ、服薬補助ゼリーやのど飴などを提供している。「龍角散」は海外展開も早く、1945 年にはアジア諸国へ輸出をスタート。中国においても人気が高く、少し前までは日本を訪れる中国人がこぞって買い求めたものだが、遂に2019 年、「龍角散」は中国国内でのOTC医薬品メーカーとの提携を発表した。龍角散の中国に対するインバウンド、アウトバウンド戦略とは――。藤井隆太社長に話を聞いた。

聞き手: スパイダー・イニシアティブ社長 森辺一樹社長(文中敬称略)


「インバウンド」から「越境EC」そして「現地販売」というステップで一度は諦めた中国でも成功

問 「龍角散」は中国では『神薬』と呼ばれるほどの人気で、訪日中国人の爆買いの対象として知られていますね。御社と中国とのかかわりを教えていただけますか。

藤井 当社の海外展開のスタートは1945年頃から。「龍角散」を台湾、韓国、香港、アメリカなどへ輸出を始めました。海外でも親和性が高いという手応えがあったため、2000年前後には一度、中国にも仕掛けようと試みたことがありました。
しかし当時は、中国に工場を作り、全てのノウハウを中国に持って行って中国の製品にしなければならないという制約がありました。所謂、外資規制です。これでは当社にとってのメリットが少ないため、「今は出る時ではない」と考えて断念したという経緯があったのです。台湾と香港でうまくいっているのだから、良しとしようと。それに、まだインバウンドという言葉が浸透する前でしたが、訪日中国人に「龍角散」がよく売れているという話も聞いていました。

2010年、中国人に対するビザの要件が緩和され、これは絶好のチャンスだと思って、今度はさまざまなプロモーションを打ったのです。

まず、正露丸を販売する大幸薬品さんをはじめとする親しくしている家庭薬企業に声をかけ、共同でインバウンド向けのフリーペーパーを制作し、旅行代理店などで撒きました。また、インバウンド対象店の店頭にディスプレイを置いて、中国語のPOPを作って並べたところ、見事に動線ができて、集中的に売れたんです。政府からの要請によりTAXFreeに協力したのも効果的でした。その後、いわゆる「爆買い」が社会現象になり、絵に描いたようにうまくいきました。

問 「今は出る時ではない」、「絶好のチャンスだ」と、その見極めがすごいですね。現地進出を取り止め、戦略的に観光客を取り込んで、インバウンドで成功したわけですね。

藤井 その後、急激にまたどんどん数字が上がっていくので何が起きているのかと思ったら、まとめ買いして転売する人が現れたのです。医薬品というのは対面販売が原則なので、転売されると副作用などが起きた場合に対応できないため、これはメーカーとしては困った事態でした。

 ただ、恐らく中国政府が必ず何か手を打ってくるだろという考えもありました。中国人が日本に行ってバンバン薬を買って来るなんて、中国の政府が良しとするわけがないですからね。対応策として、当時から越境ECの準備をしておいたのです。すると案の定、今度は越境ECに流れ込んできました。

問 まさに戦略が功を奏したわけですね。商品力が確かなことはもちろんですが、藤井社長は戦略家でもあるのですね。

藤井 そんなことはありません(笑)。ただ、間違ってはならないのは、日本でいい商品だからといって、ほかの全ての国でも受け入れられるかといったら、そんなことはあり得ません。台湾では料理の油煙や冷房によるのどのトラブルに良い、韓国では黄砂対策に良い、香港や中国では大気汚染対策に良いと、「龍角散」の受け入れられ方にもその国なりの背景があります。異文化に融合できるかどうかというところが大事で、それは押し付けてはなりません。

 最終的に当社が目指すのは、中国国内での販売です。インバウンドで売れた商品は、ものすごく効率のいいサンプリングのようなものだと考えています。訪日中国人はある程度の富裕層であり、その中にはオピニオンリーダーも多いですよね。そういう人が日本で「龍角散」を買って帰り、「日本にはこんなにいい薬があるよ」と周りに宣伝してくれるわけです。宣伝している本人が欲しくて買ったものですから、聞いた人たちも欲しくなるでしょう。インバウンドを通して、「龍角散」は中国という異文化に融合できるという検証ができたわけです。まさに効率のいいサンプリングといえます。

問 御社は2019年、中国OTC医薬品のトップメーカー、華潤三九(カジュンサンキュウ)とパートナーシップを締結することを発表し、中国国内での販売にこぎ着けました。2000年代に無理に中国へ進出しなくて正解でした。仮説や検証を繰り返し、戦略的にインバウンドで売上げを伸ばしたこと、そして、中国人からの需要、中国市場で売れるという確信が得られたことから、満を持して中国市場で販売するという段階に至ったわけですね。

藤井 インバウンドから越境EC、パートナーシップによる中国国内向け販売というプロセスが重要でした。順番を間違えていたら当社の中国展開は大失敗していたでしょう。

 中国最大手OTC医薬品メーカー華潤三九との協業で中国でも販売を開始

問 華潤三九と組んだ中国におけるアウトバウンドは、どのような戦略で進めているのでしょうか。

藤井 一般的な海外展開では、現地のディストリビューターとパートナーシップを組んで、現地でのチャネルを開拓していくケースが多いでしょう。私はそれも考えました。しかし、当社の場合はディストリビューターでは難しいという結論に至りました。多少条件は厳しくても、全国規模の販売網を持っている最大手OTC医薬品メーカーと組むことに決めました。当社製品の偽物についても、「自分が買った商品は本物なのか?」と華潤三九に問い合わせが集中するため、摘発しやすいというメリットもありました。偽物は悪いことばかりじゃないですよ。見た目は真似できても、当社と同じものは絶対に作れません。向こうが真似しようとすればするほど、こちらの良さが際立つという図式なのです。

 こうして、「龍角散ののどすっきり飴」や「龍角散ダイレクト」などを中国市場へ展開する運びになりました。工場の設備の近代化、自動化も進め、すでに年間約6千万個の「龍角散ダイレクトスティック」を生産できる体制が整っています。

問 偽物の存在によって、オンリーワンの商品の良さがますます際立つと。また、御社が持っている経営資源に加えて、華潤三九が持つ中国の販売チャネルや訴求力を利用してうまく中国に進出したというわけですね。理論上ではそうすべきだと分かっている日本企業はたくさんあります。しかし御社のようにはできなくて撤退していくケースが多い。それを、なぜ藤井社長は成功できたとお考えですか。

藤井 私は自分が優れているなどとは全く思いません。企業で10年間、サラリーマンを経験した時にいろいろな書籍を読んだことはありましたが、体系的にビジネスを勉強したことはありません。でも、はっきり言えるのは、知ったかぶりをせずに、それぞれの専門分野でそれなりの情報ソースを持って取り組むことです。技術であれば、いろいろ調べた上で専門家の手も借ります。営業であれば、私は営業本部長をやってきましたが、世の中どんどん変わるわけなので、常に現場に赴いて情報収集を行います。頭を使うか、汗を流すか。どちらもやらない人は駄目でしょう。「何で失敗しないのですか?」とよく聞かれますが、答えは「成功するまでやるから」。これに尽きますよ。

インタビューを終えて 龍角散のKSF(主要成功要因)とは

 龍角散が対中国ビジネスにおいて成功を勝ち取った背景には、オンリーワンの商品力はもちろんのこと、藤井社長の強烈なリーダーシップと戦略的思考が大きく影響したと感じる。インバウンドで仮説検証を繰り返し、ある程度の手応えを得てからアウトバウンドに移行するという冷静な判断力。そして自社の経営資源と中国で事業展開を行う難しさを客観的に捉え、現地の最大手OTC医薬品メーカーと協業するという賢明な判断をした。さらに、その協業においても、お互いの経済合理性を明確化させ、途中で破断しにくい役割分担を確立している。振り返れば、中国にターゲットを絞ったという時点で、賢い戦略はすでに始まっていたのかもしれない。音楽家でもある藤井社長が経営する龍角散の今後が益々楽しみである。

P r o f i l e 藤井隆太

龍角散 代表取締役社長 1959 年東京都生まれ。1984 年桐朋学園大学音楽学部研究科修了後、大手製薬メーカーに入社。三菱化成工業(現・三菱ケミカル)を経て、1994 年龍角散入社、1995 年社長就任。世界で初めて開発した服薬補助ゼリー「らくらく服薬ゼリー」、「おくすり飲めたね」のヒット、基幹商品「龍角散」の姉妹品「龍角散ダイレクト」の投入などで累積赤字を一掃。売上を就任時の5 倍まで伸ばす。また、フルート奏者としてコンサートへの出演や後進の指導にもあたっている。

森辺一樹〈インタビュアー〉

スパイダー・イニシアティブ 代表取締役社長兼CEO 法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師 1974 年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業。2002 年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し社長就任。2013年、調査会社を売却し、スパイダー・イニシアティブを設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、中国やASEAN における参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に17 年で1,000 社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30 の方法』KADOKAWAなどがある。

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