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【アーカイブ 先端人】クリエイティブ・ディレクター 佐藤可士和

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ユニクロとなら新しい日本人像を背負って世界で戦える

(企業家倶楽部2021年5月号掲載  (2012年1・2月合併号掲載分より抜粋))

佐藤可士和といえば、日本を代表するクリエイティブ・ディレクターで、数々の大仕事を手掛けていることで名高い。中でも一番認知されているのはユニクロのロゴデザインであろう。あのロゴを見る度にユニクロの世界戦略に果たした佐藤の役割の凄さを思う。2006年以来、ユニクロ世界戦略のクリエイティブ・ディレクターというミッションを担ってきた佐藤。ニューヨーク・ソーホー店を皮切りにロンドン、パリ、そしてニューヨーク5番街店も大成功させた。今、佐藤が見据えるものとは。柳井正との類い稀なるパートナーシップとは。2人の大いなる夢とは。そのすべてを熱く語る。 (文中敬称略)

柳井正と共有するフィーリングと美意識

 ファーストリテイリングが9月14日に発表した、新プロジェクト「ユニクロ イノベーション プロジェクト(UIP)」。そのクリエイティブ・ディレクターであり、リーダーを務めるのが佐藤可士和である。柳井正との出会いは06年2月。佐藤を特集したNHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見て、柳井がすぐに連絡。佐藤の事務所「サムライ」を自ら訪れ、その場でユニクロの世界戦略に向けて力を借りたいと依頼したのである。佐藤はその時のことをこう振り返る。

 「『僭越ながら、ぴったり適任だと思います』。その時、柳井さんに自分でそう言ったのを覚えています。初対面で40分ほど話しただけで、すぐにわかりました。柳井さんとはフィーリングや美意識が合う。美意識とはユニクロらしい超・合理性であり、いろいろなことへの考え方。やるならやる、やらないならやらない、という潔さ。何事も本質を捉える本質主義であり、本質論者であることなど、生き方すべてにおいて似ているんです」

 柳井が佐藤に求めたのは、「ユニクロのあるべき姿を提示してほしい」ということ。以来、世界戦略のためのグローバル・コミュニケーションを担当し、ブランド・ロゴの刷新や、「UT STORE HARAJUKU」のクリエイティブ・ディレクション、さらにニューヨーク・ソーホーやロンドン、パリのグローバル旗艦店を手がけてきた。

 「社運を賭けた世界戦略をガツンと思いきり、やってくれ」と柳井が依頼した大仕事に挑むにあたり、佐藤は“ドリーム・チーム”を結成した。指揮を執る柳井、ブランド全体のクリエイティブ・ディレクターであり、チームのリーダーである佐藤の下、結集したのは店舗デザインの片山正通、ウェブデザイナーの中村勇吾、コピーライターの前田知巳ら。押しも押されもせぬ世界のトップランナーたちである。

 今年10月、柳井が「アメリカン・ドリーム」と語ったニューヨーク5番街店のオープンに向けても、この“ドリーム・チーム”で取り組んだ。店舗デザインを担当する片山正通をはじめチームのメンバーを、佐藤はこう評する。

 「片山さんはクリエイティビティとビジネスマインドを合わせ持った人。こういう人はなかなかいません。大学教授もしているくらいで(笑)すごく頭がいいし、仕事も判断も早い。本当にできる人です。その片山さんをはじめとして、チームは間違いなく世界レベルの人たちばかり。かつ、みんないい人で、仲がいいんですよ。チームというのはバンドみたいなもので、息が合っていなくては、いい“演奏”はできませんからね」

NY5番街店の成功

 ニューヨークでの今回の“演奏”の舞台は、5番街53丁目の角。最高のステージである。およそ半年前から地下鉄やタクシーなどユニクロが街中を“ジャック”する大規模なキャンペーンを繰り広げた。

 さて5番街店というグローバル戦略第2フェーズのスタートが大成功をおさめた今、ユニクロは次なるレイヤーに入った。新たなステージに向け、もっともっとアップデートし、拡大していかねばならない。佐藤はそう考えている。そのためにも重要となるのが今回の「ユニクロ イノベーション プロジェクト(UIP)」である。このプロジェクトから“、ドリーム・チーム”にアパレルデザイナーの滝沢直己が加わった。佐藤は以前から滝沢をユニクロの仕事にぴったりだと感じていたという。

ユニクロの仕事は単純に面白いから飽きない

 「滝沢さんは論理的な部分と感性的な部分のバランスが取れた人。片山さんと同じでクリエイションとビジネスマインドを持ち合わせ、かつすでにイッセイ・ミヤケなどグローバルなブランドで活躍しています。こういうスケール感のある人は、なかなかいないんですよ」

 佐藤がそう評価する滝沢を、実は柳井も狙っていた。滝沢が2010年秋冬シーズンから、ファーストリテイリング傘下の「ヘルムート・ラング」メンズラインのクリエイティブ・ディレクターを務めていた縁もあり、すでに起用するアイディアを持っていたのだという。そこで佐藤が滝沢に電話で連絡することとなる。「ユニクロをやってほしいんですけど」。そう切り出した佐藤に、滝沢はこう答えた。「何を、どうやりますかね?」  「それからだいぶ長く話しました。滝沢さんは向上心のある方で、興味は持ってくれたのですが、ユニクロの仕事は量も拘束時間も大変で、うかつには誘えませんから(笑)」

 それでも滝沢はOKの返事をくれることになるのだが、事実、ユニクロとの仕事はとにかく密で濃厚だ。佐藤自身も曰く「どっぷり」で、ほとんど毎日のようにファーストリテイリングを訪れる。約2時間訪問すると、クリエイティブ・ディレクターとして見るべき案件を15分刻みでチェック。柳井とともに行なうこともあれば、一人で見ることもある。もちろん事務所にいる時も、 メールはバンバン入ってくる。

 「物理的には大変ですが、苦痛ではありません。柳井さんとは無理せず自然に考えを共有できて、この5年間、大きなことではほとんどズレがないんです。それにユニクロの仕事は単純にすごく面白いから、飽きることがない。そうでなければ続かないでしょう。日本で大きくなり、世界へ進出して行く一番いいところを一緒にやれているんですから。世界で仕事をしているのを実感できるのは素晴らしいことです。それに僕達の提案やアイディアを実行できる体力と、メンバーの才能を使いこなす度量を持った企業であることも魅力ですね」

ユニクロが目指すのは「究極のふだん着」

 そう語る佐藤の役割は「UIP」において、さらに深く大きなものになった。これまでも商品企画は見ていたが、より服に携わるようになったのだ。柳井から「本格的にやってほしい。これで遂に“本丸”ということじゃないですか」との言葉があったのである。ユニクロの服は本質的には変わらないが、画期的な機能性と普遍的なデザイン性を重視して、より進化させる。すべての商品をヒートテックやウルトラライトダウンのレベルに押し上げるということだ。

 「もともとユニクロがやってきた、いい部分を伸ばし、何年後かにはすべての商品を完璧にする。その時、この『UIP』は消滅するわけです。普通あれだけの種類の商品があると、どうしてもコンセプトがブレることがある。そうならないために僕達は改めてコンセプトを打ち出しました」 そのコンセプトを世界中の社員と共有するため、佐藤らは想いを言葉に落とし込み、小さなカードに刻んだ。

 コピーライターの前田知巳が中心となって練り上げた文章は、その翻訳にもこだわった。アメリカの日本文学者マイケル・エメリックを迎え、数か月かけて英訳し、精査した。

 「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という大いなる目的のためだ。さらにはH&MやZARA、GAPなど世間的に競合と見られるブランドとの明快に異なるコンセプト、スタンスを知らしめるためでもある。

 「こうしたブランドとは業態としてひとくくりにされがちですが、我々のスタンスはまったく違うし、意識もしていません。ユニクロは『究極のふだん着』を作るブランド。そもそも人間の生活で一番多いのは“ふだん”でしょう。そこで着る服が機能的にかっこよくなれば、日常のクオリティが上がるんです」

来春誕生する銀座店は世界最大の発信基地

 ユニクロは2012年3月16日、東京・銀座に世界最大の店舗を誕生させる。アジアへ、そして世界への発信基地となるグローバル旗艦店である。その準備に忙殺される佐藤は今、改めてユニクロをこう語る。

 「日本がグローバル化していく中、ユニクロが新しい形で世界に出て行って通用したらいい。新しい日本人像を背負って世界で戦う仕事ができる。それがユニクロです。それを率いる柳井さんは、僕にとってはリスペクトできる大好きな人。友人というには年齢が違いますが(笑)、一緒にプロジェクトを進めている一人のパートナーと思っていただけたら嬉しいですね」

 そう語る佐藤は柳井から託された世界戦略のミッションを次々達成してきた。そのために何をすべきかはいつもちゃんと見えており、時代も先まで見通せているから、さほど難しいことではないという。社員ではなく、外側からユニクロを冷静に見られるのもメリットだ。「経営という点では、柳井さんもスコーンと遠くまで見ていますからね」とつけ加える。

 「グローバルワンを目指すユニクロには、まだこれから第3フェーズもあるはず。そのためにも今掲げている目標は、毎日、襟を正してやらないとできないことばかりです。でも人間はいつもずっと気を張ってはいられないものでしょう。だから僕は、『やってるか』と声をかける旗振り役。何事もキープするのは大変ですが、キープしようとするだけでは落ちてしまう。常に上げていかないとキープはできません。そう肝に銘じて仕事をしながら、柳井さんとともに、これからもっと世界の素晴らしい才能と出会っていきたいですね」

Profile 佐藤可士和(さとう・かしわ)アートディレクター/ クリエイティブ・ディレクター1965年東京都生まれ。博報堂を経て2000年「SAMURAI」設立。国立新美術館のシンボルマークデザインとサイン計画、ユニクログローバルブランド戦略や楽天グループ、セブン- イレブンのクリエイティブ・ディレクションほか、幼稚園や病院のプロデュースなど幅広く手掛ける。毎日デザイン賞、東京ADCグランプリほか多数受賞。明治学院大学、多摩美術大学客員教授。著書に「佐藤可士和のクリエイティブシンキング」(日本経済新聞出版社)など。

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