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【先端人】パンフォーユー 社長 矢野健太

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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冷凍パンで新しいパンの経済圏を創りたい

冷凍パンで新しいパンの経済圏を創りたい

(企業家倶楽部2021年1月号掲載)

(文中敬称略)

オフィスにおいしいパンがやってきた

 東京・中央線の荻窪駅から飲食街を歩くこと5分。荻窪タワーの18階にある「通販素材.com」を運営するコスパクリエーションを訪ねる。今風のネット企業らしく、若者たちが自由な雰囲気の中、仕事に励んでいる。大きなフロアの真ん中には、カフェテリアのようなスペースがあり、打ち合わせや休憩と自由に過ごしている。

 このカフェスペースでの話題は、美味しいパンが食べられることである。16時頃に伺うと、20代前半と思しき男性スタッフが、パン専用の冷凍庫から、カレーパンを取り出すと、電子レンジで温め始めた。そしてアツアツのカレーパンをほおばると、満足そうに笑顔を向けた。

 オフィスで手軽においしいパンが食べられる。そんな嬉しいサービスを提供しているのは、パンフォーユーの「オフィス・パンスク」というシステムである。

手間なしで社員が喜ぶ

「オフィスの模様替えに伴い、皆が喜ぶサービスを探していたときに『オフィス・パンスク』を発見、連絡をしました」と担当の河野美陽子。

 早速、試食用の冷凍パンが送られてきたので、皆で試食したところ、その美味しさと手軽さにびっくり。即、導入することにしたという。 2020年5月から導入したが、評判がよく、今では月に2回補充してもらっている。専用の冷凍庫には8種類のパンがぎっしり。

 社員が100円、会社側が福利厚生として100円を支払うので、100円で美味しいパンを食べることができる。お金もキャッシュレス対応のため、小銭がなくてもオーケーだ。

 8種類のうち一番人気は「カレーパン」とのこと。若い男性が多い職場らしいが、女性たちには菓子パンや季節のパンが人気という。12月に入り、クリスマス向けのクグロフが美味しいと評判だ。

「100円で買えて、コンビニのパンより美味しい」と、このパンスクのシステムは、同社には無くてはならない存在になっている。

「冷凍庫を貸してくれて、無くなればパンスクの方が補充してくれる。決済もキャッシュレスなので月末にお金の勘定をする必要もありません。まったく手間なしで皆が喜んでくれるのですからこんないいことはありません」と河野。導入して本当に良かったと笑顔を向ける。

オフィス・パンスクとは

 こんな面白い冷凍パンのサービスを考え出したのは、群馬に本社を置くパンフォーユー社長の矢野健太である。

 オフィス・パンスクとは焼成冷凍パンの置きカフェプランサービスだが、今風にサブスクリプションシステムを導入している。専用の冷凍庫を貸し出し、毎月月替わり8種類の冷凍パン60〜120個を納入。定期的に補充する。

 類似のビジネスモデルは過去にもある。グリコのお菓子を置き配する「オフィスグリコ」や、社食に惣菜を置き配する「オフィスおかん」もそうだ。このオフィス・パンスクを始めるにあたり、矢野はOKAN社長の沢木恵太にいろいろと教えを受けたという。

 パンは劣化が早いが、冷凍すれば焼きたての美味しさを閉じ込められる。この事業をスタートするにあたり、独自のパッケージと冷凍タイミングを開発、香りや美味しさが逃げないよう工夫した。これにより1か月以上は焼きたての美味しさを保てるという。

 冷凍パンを1個200円で提供、半分は福利厚生の一環として会社が払うシステムだ。冷凍パンは全国の提携するパン屋が担当している。地元群馬に貢献したい

 矢野がなぜこんなサービスを思いついたのか、パンフォーユーについて少し説明しよう。群馬県出身の矢野は大学卒業後電通に入社、キャリアを積んだ。しかし「魅力のある仕事を地方につくりたい」との一心で退社、群馬に戻ることに。そこで出会った冷凍パンの美味しさに目覚め、17年、パンフォーユーを創業、冷凍パン活用ビジネスをスタートした。

 オフィス・パンスクだけでなく、20年3月からは家庭用のパンスク、業務用のパンフォーユーBizの3つのサービスを展開している。

 群馬県のベンチャーとして、JINS社長の田中仁が率いる「群馬イノベーションアワード」で、19年のスタートアップ賞に輝いた。

 オフィス・パンスクは現在、約150社と契約しているが、前述したコスパクリエーションなどのIT企業をはじめ、さまざまな企業に導入されている。

個人向けにも参入

 オフィス・パンスクの人気から「ぜひ個人向けも」との要望が多く、個人用の「パンスク」のサービスが広がった。こちらは「パンで全国を旅しよう」をキャッチフレーズに、全国のベーカリーとネットワークし、毎月1回冷凍パンのセットとメッセージが届けられるシステムだ。どこからどんなパンが届くかは毎回のお楽しみという。費用は1回2900円。パンの旅費として送料全国一律780円 、合計税込み3990円だ。20年はコロナ禍で、ベーカリーでも急遽ネット販売をはじめたところもあった。しかし、パンの宅配の一番のネックは、割高な配送料金である。劣化が早いパンは冷凍配送が必須だが、箱の大きさによっては1350円ぐらいかかってしまう。

 パンスクでは統一の箱を用意、6個から10個のパンが全国の提携のパン屋から直接届けられる。

パンフォーユーBizも開始 

 矢野の冷凍パンビジネスは、オフィスや家庭用に留まらない。「小ロットからでもお手軽」にと、業務用パンの企画、製造にも乗り出した。パンを販売したい企業や個人とパン屋さんをつなぎ、それぞれのニーズに合わせて冷凍パンを届けるOEMプラットフォームである。

 このシステムを活用し2か月間限定ではあるが、「パンフォーユーカジワラ」が都内北区の梶原銀座商店街にオープン、ユニークなパンが販売された。老舗和菓子店が「都電あんぱん小倉」と「都電あんぱんさくら」を、大東製糖が運営するベーカリー「カーラアウレリア」は自慢の素焚糖を使った「食パン 素直」を提供。こんな面白い冷凍パン屋が短期間で実現できたのも、パンフォーユーBizを活用すればこそである。

“冷凍×IT”で地域のパン屋と消費者をつなぐ

 コロナ禍で巣ごもり生活を余儀なくされた20年は、矢野にとって大きなチャンスともなった。自粛宣言が出され百貨店や商業施設がストップした4月、5月は、都市部のベーカリーからの問い合わせが急増したという。

 リモートでの働き方が定着、都心の百貨店や商業施設は来店客が激減、なかなか客足が戻らない。そんなとき新しい流通形態で自店のパンを販売できるのはありがたいことだ。
 20年10月7日、パシフィコ横浜のイベント会場に矢野の姿があった。

 パン業界については新参者の矢野だが、集まった聴衆を前に、冷凍パンのポテンシャルの高さ、サブスクを活用した新しい冷凍パンビジネスについて熱く語っていた。

 矢野はパン業界に詳しくはない。だからこそ「冷凍パン×IT」で、パン屋と消費者をつなぐ流通サービスに飛び込んだといえる。そこには地方のパン屋さんをもっと元気にし、地域に貢献したいという熱い想いがある。

 まだ想い先行で未熟な点も垣間見える。しかしパンの世界で作り手と食べる人を直接つなぐシステムを構築したのは面白い。

 あとはいかに美味しいパンを届けられるかだ。今、全国のパン屋に協力を仰いでいる真最中で35店と提携している。自分が想いを込めた大切なパンを、日本中の人に食べてもらえたら、パン屋にとっては嬉しい限りだ。

 先般、東京・池尻大橋の人気ベーカリー、「TOLO PAN TOKYO(トロパントウキョウ)」と提携した。シェフの田中真司が創りだすパンはどれもが独創的だ。このトロパントウキョウのパンを、家に居ながらにして食べられたら幸せだ。これを機に地方の人気店との提携が加速する可能性がある。

 今、空前のパンブームで、パン好きが増えているが、コロナ禍ではパン祭りなどのイベントは自粛せざるを得ない。美味しいパンを求めてのパン旅も自粛傾向にある。そんな巣ごもり生活には、パンスクのサービスはありがたい。

 当面の目標はオフィス・パンスクを150社から2000社に、個人用のパンスクを3000軒から5万軒に拡大したいと意気込む。矢野が考え出したこの冷凍パンビジネスがどこまでいくかは未知数だが、パンの流通に新風を吹き込んでいることは確かである。地方で頑張るパン屋を応援し、多くの人に美味しいパンを届けたいという想いが、両者のマッチングビジネスへと導いた。

「新しいパン経済圏をつくり地域経済に貢献する」という壮大なミッションを掲げ、邁進する矢野のチャレンジはこれからだ。

矢野健太(やの・けんた) 1989年生まれ・群馬県出身。京都大学卒業後電通入社し、中部支社にて交通広告を担当。その後、教育系ベンチャーなどを経て、2017年パンフォーユーを創業、冷凍パン活用ビジネスをスタート。企業向けの「オフィス パンスク」、個人向け冷凍パン宅配サービス「パンスク」、パンのOEM プラットフォーム「パンフォーユーBiz」の企画・運営。地方のパン屋と消費者をつなぐことで新しいパン経済圏を目指す。

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