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【スタートアップベンチャー】KAKEAI 社長兼CEO 本田英貴

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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テクノロジーで人事を劇的に変える

テクノロジーで人事を劇的に変える

(企業家倶楽部2019年12月号掲載)

 古今東西、組織において上司は部下との関係に悩み続けてきた。「自分の意図は正確に伝わっているのだろうか、想いは刺さっているのだろうか」。そう頭を痛める上司のいかに多いことか。

 技術が発達した現在でも、上司と部下の関係性は属人的であり、ブラックボックス化している。一般的な人事コンサルタントは「このタイプの部下ならば、このように対応すれば良い」とアドバイスをするが、これもあくまでコンサルタントの経験則に基づいた判断であり、明確な基準は無い。こうした人事の課題をテクノロジーによって解決しようとしているのがKAKEAI、そしてその社長を務める本田英貴だ。

部下の特性を掴み最適な動機付けを

 KAKEAIが提供するAIクラウドサービス「KAKEAI」は、現場の上司と部下のコミュニケーションや関わり方を最適化するサービスだ。6月には特許を取得。具体的には、「①どのような上司が、②どのような部下に、③どのような状況で、④どのような関わり方で接し、⑤それに対して部下はどのように感じたか」を明確化し、状況に応じてコンピュータが的確なアドバイスをしてくれる。

 まず「上司、部下がそれぞれどのような人物なのか(①、②)」を特定しなくてはならない。そのために、脳科学に基づいた10分ほどでできる簡易テストを受けてもらい、「特性」を明らかにする。個人の特性を掴むことによって、接し方や動機付けが劇的に変化する。

 例えば、簡易テストの結果、上司は「目標達成をしたい」という欲求が強い一方、部下は「チームをサポートしたい」という欲求が高かったとしよう。従来の上司は「この目標をクリアすれば、大きな達成感がある」と、「目標達成」の側面から部下を叱咤激励しがちであったが、これでは心に刺さらなかった。しかし、簡易テストの結果を踏まえることで、「この仕事をしてくれると、会社の仲間がとても助かる」という具合に、部下の特性に合わせて最適な動機付けや関わり方ができるようになるのだ。

「上司はどうしても、自分がされて嬉しいことを無意識のうちに部下にやってしまいます。しかしこのサービスを使えば、自分と部下との違いを認識した上で関わり方を決めることができます」

組織内のデータが貯まるほど会社全体の活性化に繋がる

 次に特定すべきは、「部下と関わる際の状況(③)」である。これは「計画通り進まない」「仕事に集中できない」などカテゴライズされた中から選択。ただ、これもやはり上司の一方的な見方でしかなく、真実とは異なる可能性がある。そのような場合に備え、KAKEAIでは他の部下からの意見を参考にできる。

 例えば、上司が部下Aの状況について「チームの人間関係に困っている」と選択。その時、部下Aのことをよく知る部下Bが、サービス内の別機能で「もしかするとAさんはこうかもしれません」と気付きを送ることができるのだ。上司が選択した状況に加え、他のメンバーから寄せられた「気付き」を踏まえて、コンピュータが最適な対応方法を教えてくれる。

「同じように見えても、メンバーによって状況は違います。上司が気付かないような細かい部分まで、テクノロジーが補って見てくれているのです」

 そして、「部下との関わり方(④)」については、1on1 などの面談において上司が部下に行ったアドバイスをKAKEAIの中に記録してもらう。これにより、「誰が誰にどのようなアドバイスをしたのか」を履歴として見ることが可能となるからだ。

 面談で行ったアドバイスを記録している企業は数多くあるが、それを有効利用できている事例は少ない。だが、KAKEAIでは、サービス内で月に1度、部下に対して「先月の○○さんのアドバイスは役に立ちましたか(⑤)」と直接聞く。部下は「役に立った」「意味が無かった」「覚えていない」のように回答。ここでようやく、「①どのような上司が、②どのような部下に、③どのような状況で、④どのような関わり方で接し、⑤それに対して部下はどのように感じたか」という一連の流れが明確になる。

「上司と部下の関係性については、どんな組織にも同じようなケースが存在します。したがって、組織内のデータが貯まれば貯まるほど、社内にいる他の上司の役にも立つ仕組みになっています。ひいては、会社全体の活性化に繋がるでしょう」

コンサルタントを持たない人事コンサル企業

 このサービスを主に使うのは、現場のマネージャー、その部下、人事、マネージャーの上司の4者。前述の通り、現場のマネージャーはサービスを使ってそれぞれの部下との最適な関わり方を理解し、部下の能力を最大限に引き出すことができる。

 そして、現場から離れているマネージャーの上司や人事も、「現場でどのようなやり取りがされているのか」、「マネージャーのアドバイスがどのように感じられているのか」など、現場を詳細に把握可能となっている。

 これまでは、現場が上手くいっていないと分かっていても、「具体的にどのような状況なのか」、「マネージャーが何に困っているのか」などをマネージャーの上司が把握できていなかったが、KAKEAIを使えば、そうした課題は一気に解決されるだろう。

「今まではふわっとしたアドバイスをするしかありませんでしたが、サービスを通じて現場を具体的に把握できるため、的確な助言をすることが可能になります」

 KAKEAIが画期的なのは、従来の人事コンサルとは違い、前述したような簡易テストからアドバイスまで、全てサービス内で完結させていることだ。サービス導入において、人が使い方を教えに行くことはあっても、純粋なコンサルタントとして企業に赴くことは無い。言わば「コンサルタントを持たない人事コンサル企業」であり、その点でKAKEAIは人事に新しい風を吹かせている。

大手からベンチャーまで幅広く利用

 現在サービスを利用している企業は30社ほどで、その業種業態は様々だ。特に多いのがスタートアップと大手企業。スタートアップと言っても、業績が右肩上がりで問題が隠れている企業より、「これから組織を大きくしていかなければならない」、「業績が悪くなり、組織の問題が露呈した」といった状況にある企業が多い。

 そしてもう一つは、従業員が何万人もいる大手企業。「これまで散々人事サービスを受けてきたが、結局組織の実態は掴めなかった。しかし、これからは現場のマネージャーが部下の力をいかに引き出すかが勝負になるので、どうにかしたい」という問題意識を持った企業がKAKEAIのサービスを利用する。

 初期費用は50万円。月額費用は固定30万円に、ユーザー数に連動して現場マネージャー1人あたり3500円がかかる。決して安価とは言えないが、それだけにサービスを利用している企業の人事に対する本気度がうかがえる。

人事の限界を痛感

 本田はKAKEAIを創業する以前、リクルートで人事として働いていたが、「人事という仕事」に限界を感じていた。「現場のメンバーが力を発揮できるよう、中間管理職にアドバイスする」という仕事では、親身になって現場のマネージャーに想いを伝える毎日。しかし、いくら助言をしても、現場のマネージャーが本気で動かなければ組織は変わらず、本田は空回りするばかりであった。

 また、人事異動の仕事でも、本田は思い悩んでいた。例えば、ある社員の人事異動が決まったとしよう。彼の個人データを見ると、明確に最適な部署があった。しかし、受け入れ側の事情もあるため、そこまで上手くは運ばない。やはり、最終的には現場のマネージャーに任せるしかなかった。「環境を変えようと思っても、人事には限界があります。結局は現場の意思決定が優先される」と本田は人事の限界を嘆いた。

上司失格の烙印

 そんな中、本田は壮絶な体験をする。当時、中間管理職として複数人の部下を従えていた彼は、360度評価を受けた。メンバーが無記名で日々感じていることをフィードバックするという仕組みだ。

 その結果を見て、本田は目を疑った。「あなたには誰も付いて行きたくないって知っていますか」と書かれていたのだ。これを見た瞬間、本田は周りの音が聞こえなくなるほどショックを受け、その後数日間に渡って体調を崩した。さらに、その言葉がきっかけで2カ月間鬱状態に陥ってしまった。

 ただ、今までの自分を振り返ると、自身がされて嬉しいことを一生懸命やっているだけで、部下には響いていないどころか、どんどん気持ちのズレが広がっていたのだと痛感した。結局、本田は自分にとって理想の上司を演じていただけだったのだ。

「上司によって部下の人生は左右されてしまう。これはどこの職場でも言えることであり、問題としては挙がるが、人事にはなかなか改善することができない。この問題意識がKAKEAIの原点です」

 実際に上司として「部下との乖離」を体験した本田。彼がKAKEAIを通して行うサービスの根底には、「上司によって将来の可能性を潰される部下が一人でもいなくなってほしい」との想いがある。

環境によって可能性を潰されない社会へ

 現在30社ほどの企業でKAKEAIが使われているが、利用企業からは多くの要望を受ける。例えば、「利用者を一階層上げて、部長が課長をマネジメントするのに使いたい」というものから、「業務チャットツールと連携してほしい」というものまで様々だ。

「全ての要望に応えることは難しい。今はまず大手企業に伴走しながら、サービスを磨いていきたいですね。その後に新しい分野に拡大するかを決めていきます」と本田が語るように、KAKEAIは今、拡大ではなく、じっくりとサービスを向上させるフェーズにいる。

 そんな本田に夢を問うと、「どれだけテクノロジーが進化しようと、人と人が共に働くという状況は変わりません。その人の人生の可能性が、一緒に働く人や働く場所によって妨げられることのない社会を作っていきたい」と答えた。

 この先、転職へのハードルが今まで以上に低くなり、雇用の流動性がさらに高まっていくのは明白だ。このような中、社員一人ひとりが「その会社にいる意味」を見出して、100%以上の力を発揮することができるようにしなければならない。今後の日本において、KAKEAIは大きな役割を果たしていくだろう。

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