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【ベンチャー・リポート】 ソフトバンクワールド2016

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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コンピューターは人間の知能を超えるか

コンピューターは人間の知能を超えるか

(企業家倶楽部2016年10月号掲載)

ソフトバンクグループは2016年7月21、22 日、東京都港区のザ・プリンスパークタワー東京で、法人向けイベント「ソフトバンクワールド2016」を開催した。本イベントではIT技術に関する最先端情報を発信し、ビジネスチャンスを広げる場も提供、各分野を代表するゲストスピーカーが多種多様なセッションを行った。基調講演では社長の孫正義が登場し、「人類を超える知能を持ったコンピューター」をめぐる、IT業界の未来について語った。(文中敬称略)

「シンギュラリティーという言葉の意味を知っている方は、手を挙げてください」

 ソフトバンクワールド2016の基調講演で、孫正義は満員の聴衆を前に問いかけた。恐らく、多くの人には聞き慣れない言葉だろう。シンギュラリティーとは、コンピューターの知能が人間を超える現象を意味する。いくら技術が進歩した現代とはいえ、「SFの世界の話だ」と思っても無理はない。しかし孫は、現実にこれが起きると言うのだ。実際、AI(人工知能)分野の権威である米国の実業家が「2045年に実現する」と予想し、議論を巻き起こしている。

 もしも人類の知能を超えた「超知性」が実現した場合、彼らは我々の生活に何をもたらすのだろうか。

想像を超える社会の到来

 20XX年、とある大学病院の一室。「この2つの術式で悩んでいるのだが、君はどう思う」。年配の医師が誰かに話しかけている。しかし、部屋には彼以外誰もいない。すると1分後、返事はパソコンの中から返ってきた。「今回のケースですと、この術式が最も最適でしょう。根拠となるデータを表示します」。そう、医師が話している相手は、パソコンの中のAIだ。莫大な症例データをもとに1分程で最適な診断をするAIは、今や業務に欠かせない相棒だ。彼らは多くの病院で活躍し、人々の命を救っている。

 これは、シンギュラリティーがもたらしうる一つの未来だ。実際に今年8月には、AIが医師でも見抜けなかった特殊な白血病を見つけ、治療方法の変更を提案。それによって、患者の命が救われた。AIは医療以外の分野でも、企業の経営判断、コールセンター業務など様々な業種での活用が検討されている。

 だが一方で、人間の仕事が取って代わられる不安も懸念されている。唯一確かなのは、超知性の誕生によって、我々の生活は想像もつかないほど変わるということだ。では、こうした未来は本当に訪れるのだろうか。

コンピューターのIQは人間の100倍

 現時点では、コンピューターは人間の知能を超えてはいない。だが、超知性の誕生を示唆する恐るべきデータがある。我々にもなじみ深い、「IQ」に関するものだ。人間では、一般の人で110、天才と呼ばれた人間でも約200というのが通説である。では、コンピューターはどうだろうか。信じられないことに、IQがいずれ1万に到達するというのだ。

 これには根拠がある。人は脳細胞の数に比例して知能が高くなると言われており、一般的な数は300億個だ。一方で、コンピューターの脳細胞にあたる電子部品「トランジスタ」は、2018年には300億個を超えて、2040年には3000兆個になるという分析がある。実際に、AIが囲碁のプロ棋士を破るなど、我々の予想を超える速度の進化が起きている。シンギュラリティーは、現実に迫っているのだ。

「キーワードはIoT、AI、スマートロボット」。孫正義は、シンギュラリティー実現の鍵をこう表現した。コンピュータが高度な知能をもとに判断を行うには、判断材料となる「情報」、そこから効果的な解決策を考える「システム」が必要になる。孫が挙げた3つのキーワードは、この点に関して大きな意味を持つのだ。

IoTが次のパラダイムシフト

 まずはIoT(モノのインターネット)だ。コンピューターにとっては、判断材料となる情報が多いほど正確な判断を下すうえで役に立つ。そして、IoTによってインターネットに繋がるモノが増えれば、今までと比較にならない量のビッグデータを収集することが可能になる。孫自身も、「IoTは、次の最も大きなパラダイムシフト」と語るほど重視する姿勢を見せた。ソフトバンクグループは社会を革命的に変える技術が生まれる度に、その分野に中心事業を変えてきた。そんな同社が次の中心事業に位置付けるのが、IoTなのだ。

 では、その拡大をどのように実現するのか。孫の答えは明快だ。「ソフトバンクグループのIoT戦略において、中核中の中核になる会社がアームです」。約3兆3000億円という巨額の買収は、この布石だったのだ。アームは半導体の設計のみを行っており、その設計分野にIoT向けのOSも含まれている。同社が設計をした半導体のシェアは、スマートフォンにおいて95%を占める他、様々な製品で高い数値を誇るなど欠かせない役割を果たしている。設計部分という最上流工程を手中に収めることで、市場に大きな影響力を行使できるようになるのだ。

 とはいえ、IoTの拡大で膨大な情報を集めても、その情報を理解し、効果的な判断を下すシステムが無ければ意味がない。そこで重要なのが、人間の脳が行う知的活動をコンピューター上で再現したシステムであるAIだ。入った情報を理解して、それをもとに思考する作業を、コンピューター自ら行うことが期待される。だが2000年代にかけては、簡単な言語・画像の理解を行うだけで莫大な時間がかかってしまい、研究者たちにとって冬の時代が続いた。

 そこに光明を差し込んだのが、「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる技術だ。人間の脳内に張り巡らされた神経回路の仕組みを、コンピューター上で従来より精密に再現。それによって情報の理解力が増し、画像・音声認識などの精度向上に大きく貢献した。

 この分野で有名なのは、IBM社の開発したAI「ワトソン」だ。前出した白血病の診断もこのAIによるもの。2015年2月の段階で、AIの画像認識精度は人間を超えている。

 また、AIの進化は情報の理解に留まらない。成功体験を記憶する「強化学習」と呼ばれるシステムによって、問題解決に効果的な方法を自ら学ぶことも期待されている。これらの技術が完成した暁には、自ら理解・思考するコンピューターが誕生する。

情報革命を牽引する

 数々の技術革新によって、我々が超知性と巡り合う瞬間は近づいている。だが、その時起きるのは良いことばかりとは限らない。超知性は、人間に敵対するような判断でも実行しかねないのだ。その理由は、AIには感情が無いためだ。彼らは、最も生産性の高い方法を最善の方法と判断する。だからこそ孫は、「機械が人のために知識を捧げる温かい心を持ってこそ、我々を助けてくれる」と説く。

 そこで意味を持つのが、「スマートロボット」、具体的には、感情を持つことが特徴であるペッパーだ。人間のために知識を捧げる温かい心をAIに搭載することで、超知性を持ったスマートロボットが人類を守ってくれる。これこそが、孫の描く未来予想図なのだ。そのうえで、「情報革命で人々を幸せにする。それが私の使命です」と宣言した。

 技術革新は、常に光と影を生み出してきた。シンギュラリティーも例外でない。我々の生活を大きく変える存在とどう向き合うのか、今こそ一人ひとりが考えなければならない。

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