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【ベンチャー・リポート】スペースタイド2017

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

宇宙分野こそIT革命に続くビッグウェーブだ

宇宙分野こそIT革命に続くビッグウェーブだ

(企業家倶楽部2017年6月号掲載)

2月28日、慶應義塾大学・藤原洋記念ホールで、日本初の民間による宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE(スペースタイド)2017」が開催された。約1年半の時を経て2回目の開催となる今回は、「つながりが、新たな宇宙ビジネスを生み出す」がテーマ。投資家や企業家、学生など多くのバックグラウンドを持つ人々が集い、宇宙ビジネスの現状や未来について語り合った。(文中敬称略)

「ここに集まった方々が化学反応を起こし、新たなビジネスが生まれることを祈ります」

 一般社団法人スペースタイドの代表理事を務める石田真康は、開会の挨拶で期待を露にした。従来、宇宙ビジネスと言えば国家プロジェクト。莫大な国家予算を使い、大企業が協力して進めてきた。しかし2010年頃より、アメリカのNASAを中心に民間の力を活用する動きが活発化。企業家や技術者の尽力によって「宇宙ビジネスビッグバン」が世界中で起こった。国家主導ではなく、民間ビジネスの力で宇宙への道が切り拓かれるようになったのだ。

 そうした流れの中、イーロン・マスク率いるスペースXなど様々な宇宙開発企業が誕生した。アメリカが中心とは言われているものの、10年を境に日本でも次々に「宇宙ベンチャー」が生まれている。
 
 16年後半には、この潮流がメディアでも大きく報じられるようになり、世の中の認知度も高まってきた。現在、これらベンチャーと既存の大企業や国が手を取り合うことで、業界全体がさらなる飛躍を遂げようとしている。

資本提携を報告するPDエアロスペースの緒川修治社長(中央)

ベンチャーが大企業を動かす

 宇宙への関心は世界中で高まるばかりだ。宇宙ビジネスに対する00年からの投資家やベンチャーキャピタルによる投資は総額133億ドルと公表されており、水面下ではさらに動いているとの予測もある。そして、その3分の2の額が直近5年間のみで動いていることを考えれば、宇宙ビジネスが今まさに旬の業界であることが分かろう。ちなみに、15年における宇宙ビジネスへの世界の民間投資は2500億円にのぼり、日本が国家として計上した宇宙予算3000億円に迫る勢いである。
 
 16年もまた、ソフトバンクグループが米衛星通信ベンチャーのワンウェブへ10億ドルを投資するなど、宇宙ベンチャーに対する投資のニュースが飛び交った1年であった。エイチ・アイ・エスとANAから約5000万円の投資を受けたPDエアロスペース社長の緒川修治は「宇宙旅行のための国内最強チームができた」と喜ぶ。宇宙旅行を身近にしたいと考える緒川は、本来であれば宇宙機を開発するだけでなく、旅行商品としての販売、そして運航まで含めて提供せねばならないはず。だが、前述のように大手と組むことで、分業が可能となるのだ。

 国家プロジェクトと民間ビジネスの大きな違いは、資金調達や顧客の開拓力。衛星やロケットを製造して更に、ビジネスとして対価を払うべきサービスまで落とし込まれた状態でエンドユーザーに届けることでこそ、業界としての意味はさらに増大する。

 宇宙をビジネスとして活用しようと、世界の最先端を走る企業は躍起になっている。政府機関や大手企業に加え、ベンチャーや異業種の企業なども次々に参入してきているのが現状だ。一方、日本ではIoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)に関しては、活用法などの議論が白熱しているものの、宇宙開発分野は未だに「ロマン」の域を出なかった。現在の日本の「宇宙熱」は、ベンチャー企業の技術力や熱意が大企業を動かした結果なのである

宇宙は活用するもの

 なぜ大企業が宇宙ビジネスに注目し始めたのか。それはAIやビッグデータとの親和性の高さであろう。今までは、宇宙からデータを得たところで価値は無いと考えられてきた。データがあまりに膨大な量であるため、解析する手段もデータを保管する方法も無かったからだ。

 しかし、技術の発達によって、それらが可能になり、様々なデータの活用方法が考えられるようになった。衛星からリアルタイムで情報を得ることで、災害時の状況把握や地球環境の観測だけでなく、各国の状況から経済動向などを推測することも出来る。

 小型人工衛星の開発を行うアクセルスペース社長の中村友哉は「現実のものとして、宇宙をどのようにビジネスに取り入れるかが大事。宇宙ビジネスという言い方で区切る時代は終わった」と語る。格安小型衛星の製造や宇宙葬を提供するスペースシフト社長の金本成生は「宇宙はデータビジネスとしての側面もあり、IT分野とも言える」と説く。金本は宇宙業界には珍しく、IT畑の出身だ。宇宙の魅力に惹き付けられ、起業して今日に至る。

「宇宙をエンタメとして楽しんでもらいながら、科学的貢献をしたい」と話すのは、人工的に流れ星を作るプロジェクトを進めているエール社長の岡島礼奈。岡島は中村率いるアクセルスペースの存在を知り、流れ星を作るプロジェクトを思い付いた。これは、中村が本来想定していなかった人工衛星の新しい活用方法だ。このように多くの人が参入することで、新たな業態が生まれていく。宇宙開発はもはや、宇宙のためだけの技術ではなくなりつつある。

アクセルスペースの超小型衛星「グルース」

非宇宙分野と融合

 宇宙ビジネスと融合が進んでいる分野はIT業界に留まらない。非宇宙企業とのコラボレーションは今まで思いもよらなかった産業にまで広がっている。創薬会社のペプチドリームは、宇宙の無重力下での臨床実験を行い、マゼランシステムズジャパンは全球測位衛星システム(GNSS)を農業に応用した。

 広告代理店大手の電通では「宇宙ラボ」と称し、宇宙と非宇宙系企業の連携を推進している。宇宙ラボ代表の小田健児は「宇宙と産業の掛け算の組み合わせは無限大」と語る。例えばタウンワークでは、貴重な体験ができるアルバイトとして「宇宙バイト」を募集したが、この仕掛け人も彼らだ。ここでは、無重力状態でゴミ集めやエクササイズといったミッションに挑戦し、どの程度達成できるかを調査する。

 今までは経験と勘で行われてきた第一次産業にも変化が生じている。第一次産業は生活を支える重要な産業であるにもかかわらず、現場にはデータが蓄積されていない。中でも水産養殖では、コストの7割を占め、出来を大きく左右する餌を、未だに勘で与えている。この効率化を図ろうと起業したウミトロン代表の藤原謙は、宇宙から取れるデータも活用。「こうした情報は、再生可能エネルギーや物流でも生かされるのではないか」と更なる可能性に期待する。

大転換期にベンチャー支援を

 スペースタイド当日は、宇宙政策担当副大臣の石原宏高も駆けつけ、「この大きな転換期に様々なプレイヤーが参入していることを頼もしく感じている。世界の流れに遅れを取ってはならない」と日本の宇宙ビジネス時代の幕開けを語った。

 しかし、日本の宇宙ベンチャーを取り巻く環境は未だ充実しているとは言い難い。宇宙探査機(ローバー)を開発するアイスペース社長の袴田武史は「日本企業はユニークなコンセプトを持っていて、創造性もある。しかし、政府からのスタートアップ支援が足りない」と指摘。人工衛星ベンチャーを中心に投資は増えたものの、資金繰りに苦労しながら開発する企業は後を絶たない。

 諸外国では「2階建て経営」と言われる企業が増えてきた。すなわち、大企業が安定した収益を得られる事業(1階部分)を確保しながら、全くの新規事業(2階部分)に挑戦している。しかし、スタートアップはそもそも1階部分を持っておらず、徒手空拳で挑むしかない。

 ただ、大手企業が取り組んできた課題を、ベンチャーが独自の技術で解決することが出来れば、協業や提携といった可能性も見えてくる。あるいは、大手企業から投資を得られるかもしれない。更に新技術を投入したり、これまで考えられなかったようなアイデアを基盤にしたりすることで、様々な分野が効率化されることだろう。

 また現在の宇宙産業は、他業種とどのように連携すれば良いのか模索しつつ、手探りで効率化を推進しようとしている段階だ。産業規模を大きくするためには、何が必要だろうか。キャノン電子の酒匂信匡は「現場のエンジニアに経験が少ないだけでなく、新たに業界に入ってくる人材も少ない」と問題点を指摘する。従来の大型衛星は、長い時間をかけてようやく一機打ち上げていた。最近では小型衛星の誕生により、打ち上げ回数が増えたとはいえ、まだ現場の経験不足が補えるまでには至っていない。

 慶應義塾大学の白坂成功は「製造工程や利用方法を考えると、自ずと設計が変わるはず」と、大局観を持った開発を求めた。例えばワンウェブは、世界初の衛星組み立て工場に着手した。一週間で150kg級の人工衛星を15機製造するのが目標。そのために、製造しやすい設計を考案中だ。この技術を大型衛星に応用されれば、衛星の製造分野において圧倒的な差がついてしまうだろう。

宇宙なくして次世代産業は語れず

 今後は何万という人工衛星が宇宙空間に存在する時代が来ると言われている。故障した場合には当然、修理をしたり、新しいものと取り替えたりする必要があろう。そういったアップデートの中でも全ての衛星が自動で動くように設計しなければ対応できない。

 IoTやAIを活用した次世代型の製造業を志向する第四次産業革命というトレンドの中で、宇宙から取れるデータは重要視されており、「この革命は宇宙なくして語れない」との声もあるほどだ。これまでの宇宙ビジネスでは、まず試しに観測衛星を打ち上げてみて、取れたデータから使い道を探るという方向軸であった。しかし今後は、ユーザーのニーズがどこにあるのかを先に見据え、それに応じて衛星を打ち上げる時代が到来するだろう。

 現実味を帯び始めた宇宙ビジネス。異業種との交わりから生まれる発想は、私たちにどんな驚きや感動を与えるのか。インターネットの次の波に乗らんとするベンチャー企業家たちから目が離せない。

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