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【ベンチャー・リポート】

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AIは人々の幸せのためにある

AIは人々の幸せのためにある

(企業家倶楽部2019年10月号掲載)

ソフトバンクグループは2019年7月18~19日、東京都港区のザ・プリンスパークタワー東京で、自社の法人向けイベント「ソフトバンクワールド2019」を開催した。本イベントではIT技術に関する最先端情報を発信し、ビジネスチャンスを広げる場も提供。各分野を代表するゲストスピーカーが多種多様なセッションを行った。基調講演では孫正義会長兼社長が登壇し、「AIによる推論で人類が飛躍的に進化する」と説いた。(文中敬称略)

AIは未来を予見する水晶玉

 もし未来を予見してくれる水晶玉が手に入ったら、すごいことだと思いませんか。これから15 分後、1時間後、1日後に何が起こるのか予見してくれる水晶玉は、残念ながら実在していません。しかし、それに代わるものが今まさに出現しようとしています。

 人類は今まで多くの進化を遂げてきました。例えば、空高く飛ぶ鳥を見て、「あんな風に飛べたら」と想像し、レオナルド・ダ・ヴィンチが飛行機の原型を編み出しました。コペルニクスは天空に輝く星々を見て、「もしかしたら天が動いているのではなく、自分たちが立っている地面が動いているのではないか」と考えました。そして、相対性理論を唱えたアインシュタインは、人間のものの考え方を根底から変えてしまいました。

 このように、人類は「目に見えるもの」「手に触れられるもの」から推論しながら進化を続けています。推論する力が人類の進化の大きな源泉となっているのです。

 推論する上でデータは欠かせません。コンピュータが誕生し、そこにデータを蓄積させることで推論する力がより大きくなりました。では、推論による人類の進化はほぼ行き渡ったのか。それとも、さらに加速していくのでしょうか。

 私はさらに加速すると予想しています。というのも、インターネット上のデータ量はこの30年間で約100万倍になったのですから、今から30年間でさらに100万倍になるのは当然の成り行きだと思うのです。

 自動運転を例に挙げてみます。現在人類は多くの事故を起こしながら、それでも妥協して自動車という文明の利器を使っています。この自動車が自動運転化され、事故が100万分の1に軽減された未来を考えてみましょう。

 自動運転の世界では、カメラから入ってくる情報を使って、AIがこれから起こることを予見しながら事故を未然に防ぎます。急に子どもが飛び出してくるかもしれない。トラックが反対車線からはみ出してくるかもしれない。これらを予見するためには膨大なデータが必要です。自動運転一つをとっても限り無いデータが生まれ、使用されることを考えると、引き続きデータ量が激増していくことは自明でしょう。

人類の進化はAIによって加速する

 これらの膨大なデータを使って人間が自ら推論するのは不可能になりつつあります。そこで一気に、AIの力を使って推論するのが当たり前の世界となるでしょう。AIはまさに人間が勘と経験と度胸に頼ってきたこれまでの意思決定に代わって、もっと科学的でデータに即した推論を成し遂げます。それにより、人類の進化はさらに加速するでしょう。

 例えば現在、天気予報は漁師のおじいさんに聞くよりも、データを使った方が当たる時代です。それでも未だに、AIよりも人間の推論の方が当たるという場面は多々あります。しかし5年後、10年後には、AIがデータを徹底的に集めて分析し、AIによる予見の方が遥かに当たる時代がやってきます。

 AIは「プリディクション(予見)」にこそ最も適した役割を果たすのです。AIに「ものを考えてください」と言っても、「考える」とは何なのか分かりません。したがって、AIに何でもやらせるというのは、アプローチとして間違っています。人間も同じですが、適材適所で使って、初めて大きな効果が出せるのです。

科学的な推論がさらなる利益に繋がる

 物を売るビジネスをしている場合、在庫の回転率を上昇させることが利益の拡大に繋がります。AIを活用すれば、例えば「金曜日の夜7時、大雨の可能性があるとしたらどのくらいの注文が来るのか」といったことをより正確に分析することが可能になります。そして、そうした情報を駆使した結果、在庫の回転率は「科学的に」向上するのです。

 世界で最も進んだ中古車販売の瓜子(クゥワズ)という会社が中国にあります。一般的には、中古車を次のオーナーに転売するには約60日間に渡って在庫を抱えていなければならないと言われますが、クゥワズでは常に平均15日間で次のオーナーに売ることができています。経営効率で言えば、通常の4倍という計算です。

 中古車は時の経過と共に価値が下がるため、在庫の日数が短くなればなるほど商品価値が守られ、売上げ・利益に直結します。これがAIの力でさらに圧縮されるような時代が近いうちに来る。マーケティング領域でも今までは人間が様々な推論をしていましたが、AIによる推論で、より適したお客に適した宣伝を打つことができるようになるでしょう。

AI革命を支えるのは企業家だ

 私は25年前、インターネットが始まったばかりの頃に、毎日ワクワクしながらインターネット事業や投資を開始しましたが、今それ以上の興奮をもってAI革命の入口に立ち、身を賭してこの分野に注力しようとしています。

 現在、世界中には約5000社のベンチャーキャピタルがあり、合計で約9兆円の資金を去年1年間で投しています。これに対してソフトバンクグループでは、1社で10兆円規模の資金を集めて、AI革命を先導する様々な企業に投資しています。

 ソフトバンク・ビジョン・ファンドのファミリーは2年間で80社を超えました。しかもユニコーン企業に特化して、その分野で世界1位、最低でも国内1位の会社ばかりに投資しています。つまり、AIユニコーンのナンバーワン企業でグループを形成しているわけですが、これは世界的にも初めての試みではないでしょうか。

 産業革命が企業家たちによって加速したのと同じように、AI革命においても企業家たちがエンジンになるということです。もはや「AI技術を事業に応用できないか」と考えるような時代は終わったのです。実験や理論ではなく、AIをビジネスそのものに直接使って業界を革新し始めている企業家たちが既におり、彼らがこれからの未来を決定的に変えていくのです。

日本よ、AI革命の波に乗り遅れるな

「ソフトバンクグループのファンドは世界中の会社に投資しているが、日本の会社にはほとんど投資していない」とよく言われますが、悲しいことに、日本には世界でナンバーワンと言われるようなAIのユニコーンが無いのです。ついこの間まで日本は世界最先端の技術国だったのに、いつの間にか1番大切なAIの分野で完全に後進国となってしまいました。

 東南アジアやインド、アメリカ、中国では、全くのゼロからスタートした若い企業家たちがAIを最大の武器として使ってビジネスモデルを革新させています。一方日本では、AIを中途半端にかじったような評論家や学者が「AIに何が出来るだ」とか「AIに頼ってはいけない」と言っていますが、時代錯誤も甚しい。一刻も早く目を覚まし、世界の潮流に追いつかなければ手遅れになってしまいます。

 辛辣な言い方をしましたが、日本のことが大好きで貢献したいと思っているからこそ、この国も早く進化に追いつき追い越していかなければならないと説いています。AI革命はまだ始まったばかりです。インターネットが生まれた25年前は、当然フェイスブックもグーグルもありませんでした。インターネット革命か5年、10年経った頃に生まれた会社が瞬く間に世界一の会社となったことを考えれば、決して手遅れではありません。

 何のためにAI革命があるのか。それは、私たち人間が幸せになるためです。「AI革命が進むと人間が置いてきぼりになり、仕事を奪われて不幸になる」というような悲観的な見方はすべきではありません。

 機械が生まれる前、人々の職業の90%は農業でした。しかし農業が機械化されたことで、今や農業人口はアメリカで2%、日本でも5%を切っています。では、機械化により、農業に従事していた90%の人が仕事を失ったのでしょうか。そうではありません。新たな仕事が生まれ、人間は進化していったのです。AIが人々を不幸にするのではなく、人間の幸せのためのAI革命を推進しなければなりません。AIは、人々の幸せのためにあるのです。

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