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【ALIBABA・IMPACT アリババ・インパクト】アリババ代表取締役社長CEO アントフィナンシャルジャパン代表執行役員CEO 香山 誠

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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新時代のビジネスモデルを構築せよ

(企業家倶楽部2018年10月号掲載)

中国のEC市場を席巻するアリババグループ。今や年間流通総額は84兆円に及び、時価総額は60兆円近くに達する。5.5億人という桁違いの利用者から収集したビッグデータを駆使し、金融、小売、広告などあらゆる業界に革命をもたらしている。同日本法人の香山誠社長に、デジタル化による破壊について、豊富な実例を用いながら解してもらった。

年間84兆円を販売

 アリババグループは、ECを始めとするB2Cサービスから、決済プラットフォームなどのB2Bサービスまで幅広く手がけている企業です。アマゾン、グーグル、ユーチューブ、フェイスブック、VISAといった企業のサービスを全て一社で提供しているような会社だと思ってください。昨年実績で売上げ約4.3兆円、営業利益約1.2兆円。時価総額は約60兆円あたりを推移しています。

 中国のEC事業では、私たち一社のプラットフォームだけで昨年84兆円が販売されました。これは日本全体の小売業が年間で売り上げる金額の約6割に相当します。中国におけるEC全体の取扱高が約110兆円という中、私たちは「独身の日」と呼ばれる11月11日に3兆円弱を売っています。日本のEC事業大手が1年で売る額を、私たちは1日で売ってしまうわけです。

ユーザーの利便性を追求

 私たちはアリペイという決済事業も展開しています。利用者は6億人で、決済額は年間300兆円超。これは、日本のクレジットカードと電子マネーで決済される総額の約5倍に当たります。

 中国人がアリペイを使う理由の一つは芝麻信用(ジーマクレジット)という信用スコアの利便性です。これは350~950点まであり、得点が高いほど様々な場所で優遇措置が受けられます。例えば、中国ではホテルの予約、シェアサイクルの利用、自動車の試乗といったあらゆる領域で、デポジット(保証金)が要求されますが、これが全て免除になる。他にも特典として、ジーマクレジットが高得点であれば、ビザを申請する際に収入証明や銀行の残高証明などが不要になります。

 アリペイは常にユーザー利便性を追求してきました。例えば、AさんがBさんにある商品を売るとしましょう。しかし、Aさんは商品を出荷してもBさんはお金を払わず、BさんもAさんの商品は絶対に偽物だとお互いに疑っています。

 そこでアリペイは、Bさんが注文すると、彼の銀行口座から商品の代金分をブロックする仕組みを作りました。これでAさんは安心して商品を送ることができるわけです。こうして品物を手に入れたBさんは、届いた商品が本物だと分かり次第、ブロックされていた商品代金をそのままAさんの口座に移して、取引成立です。

 このたった一つの発明によって、お互いが全く信頼していない中国国内で、爆発的にインターネット決済額が伸びました。こうした背景から、私たちはインターネット決済で約95%という圧倒的なシェアを誇っています。

 またこうした決済事業を徐々にリアルにまで広げています。アリペイにはプリペイド口座もありますし、MMF(投資信託事業)の運用資産額は28兆円と世界最大です。分割払いも簡単で、信用度が高ければ、スコアに基づいて瞬時に分割ローンが組まれます。

 これらの決済手続きが0コンマ数秒で自由自在に行える。これが私たちの提供する利便性です。現在日本で、証券会社で契約しているMMFを解約し、銀行に振り込んで使うまでに、どれだけの手数料と時間がかかると思いますか。日本はまだこのレベルなのです。

 中国では今、既存の銀行に置かれていた預金がアリペイのプリペイド口座やMMFに流出する現象が起きています。ただ、私たちは銀行から何かを奪おうと思ったわけではありません。こうした現象は、あくまでユーザーの利便性を追求した結果なのです。

中国人の移動データが鮮明に

 今、日本には年間750万人近くの中国人観光客が訪れていますが、その約6割は個人旅行です。彼らの多くはアリペイを使っていますから、私たちは400万人以上の中国人が日本のどこで決済しているかの行動データを握っています。一週間単位で変化を追えますので、私たちはインバウンドを狙う小売業界と出店計画やキャンペーンなどマーケティング施策で協業しています。

 例えば、北陸新幹線の開通により、富山や石川の空港は閑古鳥が鳴いています。そこで富山は熱心に中国のLCCを誘致しました。昨年1年間の推移を見ると、富山空港周辺から立山黒部アルペンルート、白河郷、飛騨高山に至る動線において、一気に中国人の動きが活発になってきているのが分かります。これを見た私たちは、先回りして飛騨高山の信用金庫と組み、現地で中国の方が便利に購買できるよう、アリペイ経済圏を構築しました。他にも大阪のあべのハルカスや関西国際空港のりんくうタウンのプレミアム・アウトレットに送客するなど、事例は多数あります。

ECの潮流は新興国から起こる

 中国のB2Cでは、EC取引が100兆円以上を占めます。一方、スーパー、コンビニ、デパートを足した売上げの全体額は25兆円しかありません。これを聞いた経営者は当然、100兆円のマーケットで勝負する方を選びますよね。

 しかし、ここで日本企業は間違えてしまう。中国の責任者として派遣される担当者は、卸会社の人たちを接待し、ドラッグストアやデパートに商品を陳列して、テレビCMで攻勢を仕掛けるという、昔の成功体験に基づいた施策を打とうとするのです。

 ただ実際に中国へ行くと、デパートなど小売のリアル店舗はボロボロ。そこに一生懸命商品を並べても大して売れません。にも関わらず、デパートの小売をサポートする社員は大勢いる一方、デジタルマーケティングを仕掛ける社員はほとんどいない。つまり、多くの日本企業では兵力分布が全く最適化されていないわけです。これでは失敗するのは当然でしょう。裏を返せば、経営資源をリアルからデジタル側へ転換するだけで売上げは上がるのです。

 こうしたデジタルディストラクション、すなわちデジタル側からの破壊は、新興国と先進国を比較すると顕著です。日本、ヨーロッパ、アメリカのように、リアルな小売業が40~50年前から生活のインフラとして成立していた場合、インターネットの潮流が爆発的に来ても、人々の習慣はすぐには変わりません。一方、中国やインド、インドネシアといった新興国では、デパート、スーパー、コンビニといったリアルな小売とECの展開が同時に始まりましたので、EC側が圧勝しました。

 確かに、先進諸国には技術力はあるかもしれませんが、それによる既存システムの破壊は間違いなく新興国から起こります。したがって、日本の将来の姿を見ようと思えば、現時点では新興国側を見た方が良いでしょう。

広告は投機から投資へ

 私たちは、一社で様々な事業を展開しておりますので、多種多様なビッグデータを組み合わせて使えます。EC事業における84兆円分の単品明細、世界中のどこで何が買われているのかというデータ、動画サイトでの視聴履歴、ウェイボー(中国のSNS)における発言内容や人との繋がりなどなど……1つの買物データだけでは大したことが分かりませんが、様々なデータが全て合わさると、見えてくるものがあります。

 悲しいかな、グーグルは趣味趣向など「何が欲しいか」という検索データは抱えていますが、「どこで購入に至ったか」というアマゾンのデータは持っていません。また、グーグルもアマゾンも、フェイスブックの「誰とどう繋がっているか」というデータは分からない。VISAやペイパルの決済データも、それらと全く別の領域にあります。世界中でそうしたビッグデータを全て自前で、かつ統合された状態で扱えているのは、私たち1社でしょう。

 そうすると、こんなことが可能になります。5.5億人が使うTモールに化粧品大手A社が出店したとしましょう。彼らは年間数百億円を売っており、年間100万人単位の新規購買データが溜まっています。その100万人の中で、年間100万円以上購入するロイヤルユーザーは約1万人。そのプロファイルを見ると、「20~30代の既婚者、子どもがいて、沿岸部に住み、ドイツ車を所有している日本ドラマ好き」と出て来るわけです。

 消費財メーカーは、自社商品を何度も購入してくれるロイヤルユーザーを増やすのが最大のミッション。そこで私たちの抱える5.5億人のデータを駆使すれば、化粧品大手A社のロイヤルユーザー候補が抽出できます。その上で、相手がA社の商品を1回でも使ったことがある人なのか、全く知らない人なのか、アリペイの信用ランク、どんな動画を好んで見ているかまで全て分かります。

 動画は広告として分かりやすいですね。15秒の動画を3秒で飛ばした方は、商品に興味が無いことが明白ですし、反対に10秒以上見た方は7割型試供品を頼みます。

 顧客との距離感に応じて、動画の出し方も変えられます。A社のブランドを一切知らない方には社名を出さず、スキンケアで肌が美しくなっている女性のストーリーを打ち出します。一方、A社から他社製品に乗り換えた人には「今、上海のA社店舗に来れば特典がある」といった動画を流すという具合です。こうしたことは全てAIで制御されています。

 1万人いれば、それぞれに対して広告の打ち出し方を変えていく。これは、不特定のマスに向けて打つ新聞広告やテレビCMとは全く費用対効果が異なります。こうなると、広告は「投機」から「投資」に変わる。これを使いこなせるか否かで、業績は劇的に変わっていくでしょう。

高級車300台が30秒で完売

 こうしたデジタルマーケティングは、一番売りにくいと言われる高級車にすら通用します。私たちはイタリアのアルファロメオから相談を受けました。同社は中国ではショールームもディーラーも整備していない後発企業。しかし、半年で300台を売りたいと言います。

 車の売り方は、中国も日本と一緒です。ディーラー網を全国に整備し、ショールームを作る。あとは「土日はショールームにご家族でお越しください」と新聞やテレビで広告を打つのです。

 全てはお客に試乗してもらうため。それならば、試車センターだけ作れば良いと私たちは考えました。私たちは5.5億人の中から、車の買い替え時期に差し掛かっていて、かつ1500万円するアルファロメオを買えるだけのアリペイ残高を持っている人を抽出できます。彼らに特化してデジタル広告を打ち、試車センターに連れてきて試乗させる。現地では、アリペイの信用ランクに基づいて保証金を払う必要の無い人を顔認証できる仕組みを作りました。

 3日間試乗でき、1日ごとに車を変えられますが、3日間同じ車に乗った方の購買率は極めて高い。アルファロメオの購買層を信用ランク、預金残高、ヨーロッパ車への関心度で抽出し、そこから更に絞り込んで広告を打ちました。蓋を開けると、アルファロメオが半年の目標にしていた300台は、ものの33秒で完売しました。

 従来はメーカーが巨額資本で中国国内にディーラー網を敷き、テレビや新聞を使った広告を打つ資本力の戦いでした。小さなメーカーは中国全土にディーラー網など整備できませんが、ビッグデータとデジタルマーケティングで試乗まで持ち込めば十分戦える。すると、先行者利益を目論んで巨額なディーラー網を整備した企業は、むしろ負の遺産を抱える可能性すらあります。ビッグデータの登場により、ECで2000万円弱するスポーツカーが売れる時代になったのです。

データのために小売買収

 私たちは、デジタル生鮮スーパーも中国で50店舗近く運営。世界中の優れた海産物をその場で売ったり、調理して半径3キロ以内には無料で宅配したりするビジネスを展開しています。半径3キロ以内に宅配するとなると、巨額な赤字が出ますが、ビッグデータが手に入ればそれで良い。人々が日常的に買っているもののデータは、最後まで捉えにくいものです。それらのビッグデータを従来のものに足し込むと、更に精度の高い予測ができるため、有意義だと考えました。

 私たちは、中国第3位のデパートを完全買収し、中国のショッピングモール最大手にも出資しています。2兆円の売上げがある中国最大の生鮮食品スーパーも買収を進めています。正直、リアルの小売の時価総額は非常に安い。だから、データを集めるためにも買ってしまった方が早いのです。そうすることで、全く違う次元の小売を再構築できます。もはや、「持っているデータの価値=会社の時価総額」なのです。

 今はリアル店舗を買収し、デジタル化を推進。在庫は一切売り場から無くし、全て一括管理してそこから発送するように指示しています。デパートは生活提案のショールームであり、そこで買物をしても何も持って帰らせません。あらゆるものをデジタル化して、人件費を削減しています。

AI、ビッグデータと騒ぐな

 中国では数百兆円が600万店舗あるパパママショップ(家族経営の零細店舗)で消費されています。パパママショップのお陰で約8億人が暮らしている。アリババグループは沿岸部の5.5億人の消費データはほぼ完璧に把握していますが、小都市のパパママショップは全く開拓できていません。このデータを先取りして抑えたいとの戦略から、現在600万店舗のデジタルコンビニエンス化を推進しています。この1年半で100万店舗の完全デジタル武装化が終わりました。

 日本でも、170万店舗あったスーパーやコンビニが約100万店舗にまで減り、それも法人経営が大半となっています。昔はパパママショップが商店街や近所にありましたが、スーパーやコンビニによって淘汰され、今度はそのスーパーやコンビニすら、新しい破壊者であるECに攻められている。こうして、シニアの方々が生活するためのインフラは全て破壊されてしまいました。

 中国ではそうならないように、私たちが先にパパママショップをデジタル化してしまおうというわけです。アリババグループはそのエリアで何が売れていて何が必要とされているか把握しています。そこで、デジタルコンビニ(=旧パパママショップ)に置くべき商品を中国国内の小都市に至るまでカバーする、メッシュのような物流網を1兆円投資して1から作り上げました。

 商品のロットも適宜変えています。例えばクッキーの「オレオ」ですが、12枚パックでは3級都市の年収で買えませんので、小ロットのパックにしたところ、月間億単位で売れるようになりました。これで「オレオ=美味しいクッキー」との認識が広がる。中国は経済成長が凄まじいので、半年も経てば12枚パックが爆発的に売れるようになります。こうした緻密な分析と戦略を要する3級都市の攻略は、日本企業には真似できません。

 IoTはデータを集めるための道具です。例えば消費財メーカーの方なら、IoTを駆使してがどこでどのように使われているのかを把握すること。既存事業とIoTを掛け合わせる形で展開せねば、ビッグデータは手に入りません。きちんとしたデータも持っていないのに、「AIだ、ビッグデータだ」と騒いでも無意味です。

 まずはデータありきで、そこにAIを導入すると、もしかしたら新しいビジネスにトランスフォーメーションできる可能性が出てきます。ある面では、現状を自ら壊しながら新しい付加価値のあるビジネスに変えていく必要があるかもしれません。自ら覚悟して新時代に適合したビジネスモデルを構築していくのが、経営者の役割でしょう。

P R O F I L E 香山 誠(こうやま・まこと)

1957年生まれ。1986年ソフトバンクに入社。長年にわたる国内B2Bビジネス、さらには、国内や海外企業とのインターネットビジネスにおけるジョイントベンチャーの立ち上げを経て、2008 年5 月にアリババ株式会社代表取締役社長CEO に就任。2018年2 月にアントフィナンシャルジャパン代表執行役員CEOに就任。

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