MAGAZINE マガジン

【企業家は語る】アクセルスペースCEO 中村友哉

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

宇宙を「夢の場所」から「普通の場所」に

宇宙を「夢の場所」から「普通の場所」に

(企業家倶楽部2020年4月号掲載)

 夢のビジネスと言われた「宇宙産業」が現実のものになりつつある。莫大な費用を要するため長い間国家主導の域を出なかったが、今日ではその主役は民間宇宙ベンチャーが担っている。宇宙旅行など華やかなニュースに注目が集まるが、地に足のついた宇宙事業を展開している日本発宇宙ベンチャーがいる。超小型衛星の製造から次世代衛星インフラの構築までを手掛けるアクセルスペースである。今回、同社の中村友哉CEO に、「宇宙ベンチャーの過去と現在と未来」というテーマで語っていただいた。

 「宇宙ビジネス」という言葉を聞いた時、自分とは程遠い存在だと思ったかもしれません。数十年前であればそのイメージは正しかったかもしれません。ですが、今では「宇宙」というものは想像以上に私たちの身近なものになりつつあります。今回のお話を通して少しでも宇宙を身近なものに感じていただければと思います。

 

宇宙は国家から民間へ

 まずは、宇宙開発の歴史から見ていきましょう。宇宙開発の起源は冷戦時代に遡ります。アメリカとソ連が、国の威信をかけて技術開発競争を行いました。その結果としてアポロ11号の有人月面着陸など、70年代は人類史で最も宇宙に関しての出来事が多い時代でしたね。
 しかし80年代に入り冷戦が終結すると、宇宙開発は「競争」から「協調」に変わりました。それまで勢いのあった宇宙開発も、予算が抑えられてイノベーションは起きなくなります。アポロ以降、月に人が行っていないという事実からも、宇宙開発の停滞が分かると思います。
 この状況が大きく変わったのは2000年に入ってからでした。これまで国家しか手を出すことが出来なかった宇宙開発という分野に、民間も参入するようになります。その中心にいたのはスペースXやブルーオリジンといったベンチャー企業でした。IT業界などで成功した資産家らが、私財を宇宙開発へ投じて自らの宇宙への憧れを実現する。その流れが現在の宇宙開発ブームを牽引していると言えます。
 現在、世界中で宇宙ベンチャーの数が正確な数を追えないほど増えています。その中でもアメリカと中国が群を抜いて多いです。2000年代以降、民間での宇宙ビジネスの機運が高まっている状況で、国家は宇宙に対して「主導」から「支援」へと立場を変えています。国が法整備を行ったり、民間企業支援の政策を立ち上げたりすることで宇宙ビジネスはさらに良いものになるでしょう。


「宇宙ビジネス」という言葉は間違い

 先ほどから「宇宙ビジネス」という言葉を使っていますが、厳密に言えば正しくはありません。なぜならば、宇宙を取り扱う全ての分野の企業を括ってしまっているからです。では宇宙ビジネスにはどのような分野があるのでしょうか。
 まず代表的なものは「宇宙アクセス」という分野です。簡単に言えば、ロケットですね。ここにはブルーオリジンやスペースXといった企業が有名ですよね。日本ではエイチ・アイ・エスの澤田会長が出資したことでも有名になったPDエアロスペースという企業が頑張っています。
 次に「次世代衛星インフラ構築」です。軌道線上に衛星を打ち上げて地上で使えるインフラを構築しようというのが目的です。私たちアクセルスペースもここに属していますが、この分野で注目を集めているのはワンウェブでしょう。彼らは人工衛星から電波を飛ばし、通信インフラの届かない地域にもインターネットを届ける技術を開発しており、ソフトバンク・ビジョン・ファンドから出資を受けています。
 そして「衛星データの利活用」です。この分野に属する企業は衛星画像を解析し、付加価値を付けて提供しています。この分野で面白いことをやっているのはオービタルインサイトというアメリカの企業です。彼らは石油タンクの中にある原油量によって屋根が上下することに目を付け、タンクの影の解析を行いました。結果として、原油の備蓄量を推定することが出来たのです。 このように全く毛色の違う業務を行う企業が、宇宙を扱うという一点で「宇宙ビジネス」という言葉に一括りされています。ですが宇宙ビジネスという産業がより成熟していけば「宇宙アクセス」のようにそれぞれ分けて考えられるようになるでしょう。


日本の大企業は宇宙への関心が高い

 日本の宇宙ビジネスは世界的に見ても特異な点が二つあります。一つ目がそれぞれの分野にバランス良く散らばっているということです。ロケットならPDエアロスペース、インフラ構築ならアクセルスペース、宇宙資源探査ならアイスペース。このように競合しませんので宇宙ベンチャー同士良い関係性を築くことが出来ています。
 二つ目は宇宙と関係ない大企業が宇宙ビジネスに興味を持っているということです。先ほど出てきたアイスペースはKDDI、JAL、PDエアロ企業家倶楽部 2020年4月 号・68スペースはANA、エイチ・アイ・エスから出資を受けています。
 宇宙技術それだけではビジネスになりません。それをビジネスとして成り立たせていくためには、様々な既存の産業と結び付けていかなければなりません。日本の大企業が、「宇宙」に対して興味を示し参画しようとしているのは良い流れと言えます。


缶サットが 歴史を作った

 私たちアクセルスペースは2008年に創業し、11年の歴史があります。「11年もやっていればスタートアップと言えないのでは?」と言われることがありますが、実は初めての大きな資金調達をしたのが2015年です。なのでスタートアップのような動きをし始めたのは約5年になります。
 創業から一貫して行っているのが、小型衛星の作成・運用です。その小型衛星の礎を築いたのは缶サットでしょう。缶サットとは、空き缶の中に衛星の機能を詰め込んだ模擬衛星で、主に実証実験に使われます。どのように実験を行うかというと、ロケットで上空約4キロまで打ち上げます。そこから缶サットがパラシュートを使って落ちてくる間に、写真撮影や太陽光発電などの実証実験を行うのです。
 実験なら本物の人工衛星を使ったほうが良いのではないかと思うかもしれませんが、宇宙ではそれは通用しません。実際に人工衛星を宇宙に打ち上げて実証実験を行ったとします。もし交信をしてみて上手くいかなければそこで終了です。一度打ち上げてしまったものは回収できないので、原因を解明できません。
 ですが、缶サットであれば実験から数分後には地上に落ちてくるので、なぜ動かなかったのかを分析し、次の実験に生かすことが出来ます。日本の大学は缶サットを用いて数多くの失敗を繰り返したことで、信頼性の高い衛星づくりへの基礎が出来ました。
 その後、日本の大学はキューブサットと言われる手のひらサイズの小型衛星の製作を行います。そして初の打ち上げに参加したのですが、完璧に作動したのは日本の衛星だけでした。現在、超小型衛星でスタンダードとなっているキューブサットの運用に成功したのは日本の大学だったのです。まさに缶サットは小型衛星の歴史を変えた存在と言えますね。
 

起業しか方法がなかった

 私は大学時代、人工衛星づくりに熱中していましたが、いずれは卒業後の進路を考えなくてはいけないタイミングになります。同期は皆、小型衛星の開発に携わることの出来ない企業に就職していくのですが、私はそれができませんでした。
 当時、小型衛星は世界中の大学で作られるようになっていたのですが、それは宇宙業界の人から見れば所詮「学生が作った高いおもちゃ」でしかなかったんです。ですが、日々小型衛星を作っていくうちに、技術の進化を肌で感じることが出来ましたし、もう少し頑張れば通用すると確信していました。
 小型衛星の可能性を諦めきれなかった私は、小型衛星を作ることができる企業を探しました。ですがそのような企業はあるはずがありません。将来に絶望しているときに、研究室の先生から「大学ベンチャーを作るための助成金を取っているからプロジェクトに入らないか」と言われたんです。その時に「作ればいいのか」と気づいたのです。
 現在であれば宇宙ビジネスで起業することは普通になりつつありますが、私が起業を決意した2008年当時は「宇宙ビジネス」は誰もやっていませんでした。振り返ってみると、会社経営や宇宙ビジネスのことを理解していたら、起業という選択はしなかったでしょう。


人生を大きく変えた出会い

 アクセルスペースは起業しましたが、宇宙でビジネスをやっていくのは想像以上に難しいものでした。営業に行くと宇宙ということで興味を持って話を聞いてくれるのですが、それ以降は続きません。そんな苦悩の時期を救ってくれたのが、ウェザーニューズ創業者である石橋博良さんでした。
 石橋さんは「これは受注者と発注者の関係ではないんだ。価値を創り上げる同志だ」と言ってくれて、自社専用の人工衛星の打ち上げを決意してくれました。石橋さんとの出会いがあったおかげで今の私たちがいるのです。
 石橋さんはなぜ私たちのような小さなベンチャー企業に依頼したのでしょうか。ウェザーニューズは国家が独占していた「気象」という分野に参入し成功しました。気象と同じく国家が主導している「宇宙」という業界にチャレンジしている私たちの姿がウェザーニューズの創業当初の姿と重なったからでしょう。


衛星画像を誰もが使えるように

 私たちは創業から合計で5基の人工衛星を打ち上げ、運用を行ってきました。この数字は世界的に見ても誇れるものだと思います。そして現在最も力を入れているのが、新時代衛星インフラ「アクセルグローブ」の提供です。これは、上空600キロの同一軌道上に南北一列に複数の小型衛星を打ち上げて地球全体を毎日観測し、そのデータを解析してお客様に提供するというサービスです。
 撮影された衛星写真は様々な業界で利用することが出来ます。分かりやすいのは農業でしょう。アメリカや中国では、ドローンやセスナを使って農地の状態を確認しています。作物は日々状況が変化するため、毎日確認しなければならず、それだけで莫大なコストがかかります。ですが衛星画像を使えば低コストで作物の状況を確認できるのです。さらにその衛星画像を解析することによって、生育の速度や水分量など様々な情報を得ることができ、農業をインテリジェントにすることも出来ます。
 衛星画像はあらゆる分野で利用することが出来るのですが、これまで普及しなかったのは専門性が高かったからです。まず衛星画像を見るためには専用のソフトをダウンロードし、何千ものパラメーターを調整しなけばなりません。そして解析にも専門の知識を要するため、普通の人は利用できるはずがありません。アクセルグローブによって衛星画像を誰でも簡単に利用できるようにしていきたいです。
 そのためには衛星の数を増やさなければなりません。まずは2020年、4基打ち上げを行い、5基体制にします。そうすることによって特定の地域は2日に1度のペースで撮影が可能になります。そして、2022年にはフルサービスで提供していく予定です。


宇宙を普通の場所に

 最後に、アクセルスペースは「Space within Your Reach」という理念を掲げています。宇宙でビジネスをしていると多くの人から「夢がありますね」と言われます。ですがそれではダメだと思っていて、私たちは宇宙を「遠い夢の場所」ではなく、「普通の場所」にしなくてはなりません。 インターネットが登場した時、世間では「これでビジネスができるのか」と言われていました。ですが現在はインターネットなしでは生活が出来ませんよね。このように宇宙を当たり前に使う世の中を作っていきたいです。 


P r o f i l e

中村友哉 (なかむら・ゆうや)

1979年、三重県生まれ。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。在学中、3機の超小型衛星の開発に携わった。卒業後、同専攻での特任研究員を経て2008年にアクセルスペースを設立、代表取締役に就任。2015年より宇宙政策委員会宇宙産業・科学技術基盤部会委員。

一覧を見る