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【企業家賞審査員コメント】経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授/企業家賞審査委員/三橋規宏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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企業家賞の現代的意義~無から有を創り出す~

(企業家倶楽部2018年4月号掲載)

 時代を変えるエンジン役の企業は既存の企業群からは生まれない。無から有を創り出すことにがむしゃらに挑戦する新興のベンチャー企業の中から誕生する。だがベンチャー企業の立ち上げは簡単ではない。創業者の発想や行動、経営姿勢などが既存の企業社会の常識や尺度と大きく異なるため、「うさんくさい奴」と見なされ、事業立ち上げに必要な資金調達や人材確保に苦労する。「時代を大きく変えるのは企業家のイノベーションである」と経済学者のシュンペーターは指摘している。

 高齢化を伴う成熟社会、急速に進むICT(情報通信技術)革命、地球環境保全と再生エネルギーの推進、経済のグローバル化などを背景に、製造業中心の20世紀型社会は限界に直面している。今世紀はそれに代って、質の高い生活を支えるための様々なサービス、システム、多様な働き方、きめ細かなコミュニケーションなどを包含した人間味溢れる絆(きずな)社会の構築が求められている。

 これらの課題に挑戦し結果を出す主体こそベンチャー企業である。そのベンチャー企業は立ち上げに苦労し、志半ばで撤退を余儀なくされるケースも多い。
 
 20数年前、本誌創業者の徳永卓三会長からベンチャー企業支援のため、「元気のよいベンチャー企業を積極的に評価し、表彰したい」と相談を受けた。同じ考え方だった私は一も二もなく賛成した。それから数年後に企業家賞がスタートした。企業家賞は一代で企業の立ち上げに成功した創業者が対象である。企業家賞の中で、ずば抜けた実績をあげた創業者を特に企業家大賞として表彰している。

 企業家賞の選考委員長は初代の飯田亮(セコム最高顧問)氏を別にすると、永守重信日本電産社長、澤田秀雄H.I.S社長、髙田明ジャパネットたかた創業者といずれも大賞受賞者である。選考委員会では企業家倶楽部事務局が事前に選んだ候補者の説明を聞き、その中から適格者を選ぶわけだが、「なぜその候補者を選ぶか」について、歴代委員長の着眼点は明確で、「なるほど」といつも感心させられる。

 選考委員会では、受賞対象者の企業理念を最も重視している。お金儲けのための起業は論外である。「我が社は、世のため、人のために何ができるか」を明確に語り、相手を圧倒してしまう情熱が必要である。理念と儲け話が矛盾する場合は、迷いなく理念を優先する企業家が選ばれる。

 第二の条件は、時代の先を読む洞察力である。企業家にとって時代の先を読む洞察力とは、隠れている需要、ニーズを掘り起こし、顕在化させ、無から有を創り出し、それをビジネス化させる能力のことである。過去に存在しない製品やサービス、システムだが、それが登場すると、なるほど便利だ、楽しい、健康に良い、省エネだなどと評価される。これが無から有を創り出すということである。

 第三の条件は強いリーダーシップと全体をまとめていく協調性だ。最も重要なのは即断即決力である。「いったん本社に持ち帰って・・・・」などと構えていては勝機を失ってしまう。

 今日までに企業家賞受賞者は118人に及んでいる。その多くが受賞を機に大きく飛躍している姿に勇気づけられる。企業家賞の現代的意義は、ベンチャー企業の登竜門としてこれからも輝き続けることである。

profile 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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