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【緑の地平3】千葉商科大学名誉教授 三橋規宏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

再生可能なエネルギーを普及させるための制度を創る

(企業家倶楽部2011年10月号掲載)


再生可能エネルギー特別措置法案

 東京電力福島第一原子力発電の深刻な事故がひとつの契機になり、太陽光発電や風力発電などのクリーンで、再生可能な電気の普及を促進させようとする動きが強まっている。その推進役になる法案が「再生可能エネルギー特別措置法案」だ。フルネームは「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案」という長い名前が付いているが、法案の内容から、産業界では再生可能エネルギー全量買い取り法案などと呼んでいるところもある。

 菅直人首相が、退陣の条件として、今国会で第二次補正予算案、公債発行特例法案と並んで、再生可能エネルギー法案の成立を挙げていたので、ご記憶の方も多いと思う。

 この法案は、裸のままでは市場競争力を持たない太陽光発電や風力発電にハンデキャップを付けることで、中長期的に火力発電や原発と競争できるように促すことをねらった法案である。

 将棋や囲碁、ゴルフなどを楽しむ時、競技者に実力の差がある場合、事前に、飛車角落とし、置き石、ハンデキャップなどで調整し、スタート段階で優劣の差が付かないように調整するが、この法案も、再生可能エネルギーに一種のハンデキャップを付与することで、市場競争力を付けることをねらっている。太陽光発電や風力発電などは、確かにクリーンで、再生可能なエネルギーである。健康にも優しいし、温暖化の原因になる二酸化炭素(CO2)を排出しない。事故が起っても放射性物質をまき散らす心配もない。

 しかし再生可能なエネルギーには問題が多々ある。最大の問題は、発電コストが火力や原発と比べ割高なことだ。図からも明らかなように、1 kwhの電気をつくるための費用(発電コスト)は原発が5から6円で一番安く、火力発電が7から8円。これに対し、再生可能エネルギーの水力や風力発電は8から14円、太陽光発電に至っては49円もする。しかも再生可能エネルギーは使い勝手が悪く、天候に大きく左右されるため均質かつ上質の電気を安定的に供給するためには不安が残る。

再生可能エネルギーに競争力を持たせる

 だが、温暖化の悪影響や今度のような深刻な原発事故を避けるためには、発電コストが高くても、使い勝手が悪くても、クリーンで安全性が高い再生可能なエネルギーをもっと積極的に普及させていくことが望ましい。

 普及させるためには再生可能エネルギーが市場で競争力を持てるようにすればよい。

 そのためには、電力会社に割高な価格で、太陽光発電や風力発電の電気を買ってもらえる制度をつくるのが効果的だ。割高な価格で一定期間電力会社が再生可能な電気を購入する制度のことを固定価格買取制度(FIT)と呼んでいる。再生可能エネルギー法案は、実は、固定価格買取制度を導入するための法案である。

 電力会社が割高な価格で再生可能な電気を購入してくれれば、太陽光発電や風力発電などの分野に新規参入する企業が増え、競争によって発電価格を引き下げる要因になる。一戸建て住宅に住む個人も、通常の電気代よりも割高な価格で買ってもらえるので、自宅の屋根に太陽光発電を設置し差額を儲けることが出来る。10年程で初期投資を回収し、それ以降は利益になる。ヨーロッパでは、すでにドイツやスペインが固定価格買取制度を導入して、太陽光発電や風力発電の普及に成功しており、日本でも期待できるだろう。

 産業界では、同法案の成立を前提に再生可能なエネルギー分野を新しいビジネスチャンスと受け止め進出する動きが活発化している。たとえば、ソフトバンクの孫正義社長は、全国の知事に呼びかけ、各地の休耕田を活用して大規模太陽光発電所(メガソーラー)を設置する構想を進めている。同社長は「事業が成り立つためには、全量買取制度の導入や送電網への自由なアクセスなどが必要だ」と指摘しており、再生可能エネルギー法案の早期成立を望んでいる。

太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスの5種類が対象

 再生可能エネルギー法案には、固定価格買取制度を普及させるための具体的内容が記載されている。まず、対象となるエネルギー源は太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスの5種類だ。水力については出力が3万kw未満の中小水力発電に限定されている。一方、買取価格については、太陽光発電以外は1 kwh(キロワットアワー)当たり、15から20円の範囲、また買取期間は15から20年の範囲に決められている。風力や水力の電気を仮に20円で購入することになれば、発電コストをかなり上回るため、ビジネスとしてかなりのうま味が期待できる。

 一方、太陽光発電については、現在すでに余剰電力の買取制度(家庭などで太陽光発電を設置している場合、家庭で使用する以上に発電した場合、余剰電力を電力会社が購入する制度)が10年11月からスタートしている。その時の買取価格は、48円(10KW)だったが、11年度は42円(同)に引き下げられている。太陽光発電の場合は、当初高い価格で買い取り、年を経るに従って買取価格を低下させるルールになっている。早く設置するほど得になるシステムにして普及を促進させるのが目的だ。同法案が成立した段階で買取価格が決まるが、その場合、太陽光発電システムの価格動向などを参考にして決めることになっている。

負担の受け入れが必要条件になる

 一方、電力会社は、自社で発電する電気よりも割高な価格で再生可能な電気を購入するため、電気を利用する需要家に対して、一定の負担を求めることができるようになっている。法案では、サーチャージ(賦課金)という言葉を使っている。高い電気を購入するので、その分を電力料金の引き上げなどで賄わなければ電力会社の経営は成り立たない。戦後の日本は、火力発電と原子力発電を両軸とする電力供給体制によって、豊かな生活をすることができた。だが火力発電はCO2を大量に排出し、温暖化の原因になっているし、原発も万一事故を起こせば、深刻な放射能汚染をもたらすなど危険な側面を抱えている。両軸の火力も原子力もこれからはその利用が限定されてくる。

 それに代わる有力なエネルギー源が再生可能エネルギーであるならば、それを積極的に活用していくことが望ましい。そのために、需要者である消費者や企業が電気料金の引き上げを受け入れることはやむをえないことだろう。企業の中には、電気料金の引き上げはコストアップになり企業の対外競争力を弱めることになるので反対だとの声も根強い。だが、中長期的にみれば、再生可能エネルギーの需要が増えれば、イノベーションが起こり、価格引き下げも見込めるだろう。世の中、すべていいことずくめとはいかない。多少の負担を受け入れることで、温暖化や放射能被害を避けることができるのであれば結構なことで、この法案の早期成立を期待したい。


プロフィール 三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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