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【緑の地平vol.6】千葉商科大学名誉教授 三橋規宏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

温暖化対策 空白の10年代を乗り切れるか

(企業家倶楽部2012年4月号掲載)

13年以降の国際的な枠組み暗礁に乗り上げる
13年以降の温室効果ガス(GHG)削減の国際的な枠組みづくりについては、この数年、真剣に議論されてきたが、各国の利害が激しく対立し、暗礁に乗り上げたままである。

 昨年11月下旬から12月中旬まで南アフリカのダーバンで開かれたCOP17(気候変動枠組み条約第17回締約国会議)では、新たな枠組みを15年までに採択し、20年にはアメリカや中国を含めた主要排出国が参加する新しい枠組みを発効させることで合意して閉幕した。この間、EUは、13年以降も京都議定書を延長させることになった。

 しかし世界全体の排出量の15%程度を占めるに過ぎないEUが、13年以降の排出削減を決めても、世界のGHGの排出削減に与える影響は微々たるものである。

 この結果、少なくとも13年から20年までは、EU以外の国のGHG排出抑制のための国際的な制約がなくなる。いわば、法的強制力不在の「空白の10年代」に突入するわけだ。この間、中国やインド、さらに経済が発展期にある他のアジア諸国、ブラジルなどのGHG排出量は増加し、温暖化がさらに高まる可能性がある。

 国連の下部組織で、気候変動と温暖化との関係を専門に調査・研究・分析しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると、気候変動を安定させるためには、50年までに世界のGHG排出量を現在より半減させる必要がある。世界のGHG排出量は毎年増え続けており、09年現在、CO2換算で約290億トンに達している。この増勢をできるだけ早い段階でピークアウト(頭打ち)させ、その後減少に転じさせなければならない。そのために、先進国は20年までに「90年比25〜40%削減することが必要」とIPCCは指摘している。

 このように、10年代は、世界の温暖化対策の節目になるきわめて重要な時期に当たるわけだが、その肝心な時期に排出抑制のための国際条約不在という困った状態に陥ってしまった。

中国はアメリカを抜き世界トップの排出国へ

 GHG削減のための国際的な枠組みづくりに失敗した理由として、各国の利害、とりわけ先進工業国と途上国との厳しい対立が指摘できる。90年の世界のCO2排出量は、アメリカがトップで23%を占めていた。排出量の半分以上は日米EUなどの先進工業国で占めていた。だが約20年後の09年になると状況は大きく違ってくる。経済発展が著しい中国の排出量が世界全体の24%を占めトップに躍り出ている。インドも世界の排出量シェアを3%から5%へ増加させている。一方、アメリカは18%まで低下している。

 このため、09年には、途上国の排出量が先進工業国をわずかに上回った。20年には途上国の排出量シェアがさらに60%近くに達し、先進工業国を大きく上回ると多くの専門家は予測している。

 このような変化を踏まえると、世界のGHGの排出抑制のためには、大量排出国の中国やアメリカ、インドなどが参加する国際的な枠組みが必要になる。

 しかしアメリカは、新しい枠組みには、中国やインドなどの大量排出国が入ることを条件にしている。中国やインドは、温暖化の原因をつくったのは、先進工業国なので、13 年以降も先進工業国だけが削減義務を負う京都議定書を延長させるべきだ、との基本姿勢を貫いている。

 日本の立場は、現行の京都議定書の削減義務国の排出シェアが26%まで落ち込んでしまった現状を踏まえれば、アメリカや中国などの大量排出国が加わらない京都議定書には限界があるとして、13年以降の京都議定書の延長には、参加しないとの決定をしている。一方カナダは昨年末に批准国として初めて、京都議定書脱却を表明し、現行の削減義務を放棄した。ロシアも13年以降の延長には加わらない。

各国の自主的削減目標に期待するしかない
 13年以降のGHG削減のための国際的枠組みづくりの話し合いは、09年のCOP15(コペンハーゲン)、10年のCOP16(メキシコ・カンクン)、そして昨年のCOP17と3年連続で、真剣に討議してきたが、結局、各国の考え方、思惑が激しく対立し、一本化できずに終わってしまった。ただCOPは毎年開かれる。次回のCOP18は今年末に中東、カタールのドーハで開かれる。COPの場を通して、一刻も早く対立の溝を埋め、削減のための国際的な枠組みで合意ができることを期待したい。

 それまでは、主要排出国は、09年のCOP 15 の後、国連に提出したGHGの削減目標〈表参照〉をそれぞれの国の責任で自発的に取り組むことになるだろう。

 各国が掲げた排出目標のうち、中国とインドは排出量原単位の改善を掲げている。排出量原単位とは、GDP一単位を生産するために排出されるGHG排出量のことだ。中国では排出量原単位を05年比で40〜45%削減、インドは同20〜25%削減するという約束だ。これまで排出削減に強く反対していた中国、インドが排出量原単位の削減の形にせよ、GHGの排出削減に大きく踏み出してきたことは評価できる。空白の10年代、両国が原単位の改善に地道に取り組み成果をあげることができれば、ダーバンで合意された主要排出国を網羅した新しい削減のための国際的枠組みを20年に発足させることも現実味を帯びてくる。

日本は25%削減の目標達成を目指せ

 空白の10 年代、日本がすべきことは何か。日本は09年9月に民主党政権が発足した時に、温暖化対策について、20年までに「GHGの排出量を90年比25%削減」という目標を公約として発表した。この公約は、現在も生きている。日本は25%削減のための切り札として、原発依存を高める方針を決めた。30年までに原発を14基新設し、電力供給に占める原発のシェアを50%以上〈現状は約30%〉に増やす計画を立てたが、昨年3月の原発事故で、この計画は白紙に戻った。
10年代の日本は化石燃料もダメ、原発もダメという厳しいエネルギー制約の中で、20年にGHG25%削減目標に挑戦しなければならない。これはピンチに見えるが、実はまたとないチャンスでもある。太陽光や風力発電、蓄電池、ヒートポンプ、電気自動車などの分野でブレークスルーにつながるイノベーションを誘発する絶好のチャンスである。また昨夏経験した節電革命を引き金にしてスマートグリッドの敷設などによる分散型エネルギーの有効利用にも道が開けてくるだろう。10年代を日本再生のチャンスに結び付けるためにも、25%削減の旗を掲げ続ける必要があるだろう。


プロフィール 三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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