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【先端人】トランジットジェネラルオフィス 代表取締役社長 中村貞裕

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

1×100方式でトレンドを創り出す

(企業家倶楽部2016年12月号掲載)

“ 世界一の朝食”として話題となった「bills」(以下ビルズ)、「マックスブレナーチョコレートバー」、台湾のかき氷「アイスモンスター」など、海外の人気飲食店を次々と“ 初上陸”させ、行列店を仕掛けるトランジットジェネラルオフィス。社長の中村貞裕は稀代のトレンド仕掛人として今、注目を浴びている。そこにはどんなヒットメイクの法則があるのか。時代をリードし、今を最大限に生きる中村の仕事術に迫る。(文中敬称略)

 1階にカルティエが店舗を構えるオークラハウスがこの秋、東京・銀座に誕生した。その最上階になんとビルズ7号店がオープンした。12階に上るとそこは別世界。145席もある広い空間。バーカウンター、個室も揃えたここは、これまでのビルズとは全く別物、大人の香りが漂う。夕方のぞいてみると、ワインを楽しみながら談笑するビジネスマン、ゆったりと食事を楽しむ女性グループ。ほの暗く落ち着いた空間は心地よく、充実したフード類はお客に満足感と新たなエネルギーをもたらす。

 こんな店が日本にあったろうか。このビルズをプロデュースしたのが、トランジットの中村貞裕なのである。「そのままニューヨークに持っていっても通用する店を創りたかった」と中村。これまで見たこともない新感覚のラウンジレストランに、中村の新たな決意が見えてくる。

 それだけではない。銀座のグッチカフェも、乃木坂のメルセデス・ベンツコネクションも、渋谷ヒカリエのシアターテーブル、東急プラザ銀座に出現したギリシャレストラン、虎ノ門ヒルズカフェなど、今、人々をワクワクさせる飲食店のバックには、必ずトランジットが存在しているといっても過言ではない。

トランジットという会社

 中村が率いるトランジットジェネラルオフィスは、「ファッション、建築、音楽、デザイン、アート、食などをコンテンツに遊び場を創造する“空間創造総合企業”」を掲げるユニークな企業である。このトランジットが今、東京を面白くしている。

 カフェレストラン、ケータリング、ホテル、レジデンス、オフィスのブランディングプロデュースから運営までと事業は多岐にわたる。一番の柱は飲食を中心としたオペレーション事業で、70店舗を手掛けているが、この先1年、決まっているものだけで15店舗を予定しているという。そこには直営や受託事業、そしてビルズやアイスモンスター、といった話題の飲食店などのフィービジネスがあるが、これについては各ブランドごとに合弁会社を作り、トランジットがプロデュース・運営を担っている。

 得意のプロデュース事業は、飲食からホテル、レジデンス、空間プロデュースまでと幅広い。これらが常に60ぐらいは進んでいるという。トランジットの強みはプロデュースするだけでなくヒトを確保、運営まで手掛けていることだ。ケータリングビジネスでは、ファッションブランドのセレブパーティの7割が当社と中村。「イケメン300人を登録、ブランドに合わせて送り込むから、ファッション誌にもよく取り上げられる」

 そして今、中村が力を入れているのが「シェアオフィス」である。青山のトランジットが入っているビルも、空いているスペースを借りて、リニューアル。小分けにしてオフィスとして貸し出している。ワンフロア300坪の古いビルは、トランジットの手により、居心地の良い空間に変身、新しいワークスタイルを展開している。

 今年1月には三越伊勢丹トランジットを設立、伊勢丹と組んで事業を始めた。「大きなライセンスを取りにいくには伊勢丹と組んだほうがいい」と中村、大きな仕掛けが頭に浮かんでいるのであろう。

 その中村は伊勢丹の出身だ。カリスマバイヤー藤巻幸夫の元で7年弱働いた。「藤巻さんの下にいると色んな人に会えたしネットワークができた」。藤巻の退職と共に、中村も30歳で退職することとなるが、ここからトレンド仕掛人中村の本番が始まったといえる。

「当時駒沢にオープンした『バワリーキッチン』を見てピンときた。そして外苑前の倉庫を改修、すぐカフェをオープンさせた。この時のピンときた感覚と、その後ビルズやアイスモンスターを見つけた時の感覚は同じ」と中村は語る。

ヒットメイクの法則

 ヒットの仕掛け人にその法則を聞いてみた。「何が流行るかを探すにはきちんとマーケティングをすることが大切。まずはありとあらゆるメディアを見てインプットする。雑誌やSNS、海外にもドンドン出かけインプットするが、インプットするだけではただの情報オタク。情報オタクとミーハーの違いは、アウトプットすること。良い情報が入るほど目利きになれる」

 なるほどと感心していると、さらに続けた。

「僕のブームの定義は、1番でなくて良いということ。2番目でも3番目でも、マラソンでいう1位集団に入っていればいいし、またそこの場所で初めてならオーケー。朝食カルチャーやパンケーキブームも、シドニーにあるのを持ってきただけ。ゼロから1を作るより、1を沢山見つけて10にすることがブームを作るということ。その場所でゼロから1に見えればいい」。この前提があれば気が楽になるのだという。 

「アーティストや建築家は二番煎じを否定、ゼロから1を作る。だから事務所がストイックな雰囲気になる。トレンドを作るときはもっと活き活きとしていることが必要。だからゼロからではなく、1を沢山つくってそこから大きくするという発想が大切です」

中村流ブームのつくり方

「まずはネーミングを決める。店舗やプロジェクト名を決めたら、次はコンセプトを作り、キャッチフレーズを考える。ビルズは『世界一の朝食』、アイスモンスターなら『世界一のかき氷』とした。次に店を因数分解し、お店を作っている要素を1つずつ書き出していく。インテリアデザイン、グラフィック、メニュー、スタッフのユニフォーム、BGMとかを沢山書き出す。次はキャスティング。これは具体名で、例えばインテリアデザインだったら片山正道さんとか。このキャスティングが大切。普通なら2個程度しか挙げない要素を僕らは50個絞り出す。これを散りばめながらリリースをかけていく」

 中村の話を聞いていると、ブームはまさに創り出すものだと納得する。

「ポイントは今一番何が流行っているかということ。見開きの頁に出る、テレビの情報番組に出る。日本初上陸の出店場所なら表参道、テーマはスイーツ。いけてる海外としてはニューヨーク、台湾、ハワイ、オーストラリアが人気。インドやベルギーで大行列していてもピンと来ない」。出店場所というコンテンツなら最近は表参道より銀座、2年後は渋谷という。このように強力なコンテンツに変えていくことを無意識のうちにやってきたという。まさに天才的といえよう。

ブームをトレンドに

 そして次からがポイントと、中村は身を乗り出した。

「ブームを終わらせないために、ブームを大きなトレンドにしていく必要がある。日本人のライフスタイルに影響を与えるようなトレンドにすればブームが終わらない。それには他のクライアントもまとめて一緒に発信してしまう。例えば日本初上陸のGAPは、ZARA、H&Mも一緒に宣伝することで、ファストファッションというトレンドになった」

「僕らはさざ波とさざ波をくっつけて大きな波を作る。そうすればライフスタイルに入り込み大きな波となって継続する。ビルズも世界一の朝食として打ち出し、朝食カルチャーの大きな波を作った。シェアオフィスも競合もくっつけて発信、オフィスをシェアするという大きなトレンドをつくりたい」

 欧米のライフスタイルがカッコいいと思っている日本人に、どういうカルチャーを根付かせたいかを考える。例えば日本にない朝食カルチャー、レストランという名のライフスタイルショップ、今まで日本になかったシェアスタイルのオフィスなど。チョコレートをカジュアルに愉しむカルチャーを日本に根付かせたいと考えたのが、マックスブレナーチョコレートバーなのだという。

「次はインターナショナルフードカルチャーを根付かせたい。ギリシャ料理、メキシカン、スペイン料理が面白い。但し僕らがやるのはただのスペイン料理ではない。150坪とか200坪で、そのままニューヨークにあっても成り立つようなレストランビジネスを仕掛けたい」

クールジャパンではなくホット東京

 クールジャパンではなく「ホット東京」を提唱したいと語る中村。東京が盛り上がらないと日本が盛り上がらないし、表参道が盛り上がっていたら、日本が元気に見える。だからクールジャパンに対抗して「ホット東京」という言葉を創り出した。

「ニューヨーク、東京、ロンドン、パリという構図から東京を落としたくない。最近、ライブのツアーも東京ではなくソウルでやったり、ニューヨークで人気の店のアジア1号店が上海に出来たり、東京が抜けてしまっている」と中村。東京の価値を上げるには、ニューヨークにあるものは当たり前に東京になければならないと力説する。

「ニューヨークはゆるぎなくイケてる都市。東京になくてニューヨークにあるものは、イケてるホテル、巨大なレストラン、ナイトライフを充実させるラウンジレストラン。TVドラマ『セックス&ザ・シティ』に出てくるようなレストランだ」

 一気に語る中村、「ホット東京」提唱者として、東京の存在価値を高めるのが中村の次の仕事なのだろう。そんな中村のもとには、さまざまなオファーが寄せられるが、トランジットには自分のようなミーハーが沢山いるという。これでは他社は到底適わない。

 子供の頃から熱しやすく冷めやすいミーハーだったと中村。「1×100=100×1」という独自の論理を展開する。ひとつの世界を100突き詰めるのがプロだが、自分のように広く浅く、1を100持てば同じではないかと。仕事のポリシーは得意なことを沢山やること。得意なことでないとワクワク感が伝わらないと言う。

 夢は自分の限界を決めてしまう。だから今できること全てを限界までやってしまいたい。やりたいことだらけと語る中村の頭には、さまざまな火種が渦巻いているのだろう。その中から次はどんな爆発をおこすのか。人々をワクワクさせるヒットメーカー、中村貞裕はまさに時代の先端人である。


プロフィール 中村貞裕 (なかむら・さだひろ)

株式会社トランジットジェネラルオフィス 代表取締役社長

1971年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、伊勢丹を経て2001 年に「ファッション、建築、音楽、デザイン、アート、飲食をコンテンツに遊び場を創造する」を企業コンセプトに掲げトランジットジェネラルオフィスを設立。カフェブームの立役者としてカフェ「S i g n 」をはじめ、数多くのブランドカフェや「b i l l s 」などレストランの運営を行う。ホテル「CLASKA」、「the SOHO」などの話題のスポットを次々と手がけるほか、オフィス、商業施設のブランディングやプロデュースなどその仕事は多岐に渡り、常に話題のスポットを生み出すヒットメーカーとして活躍。

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