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【緑の地平vol.8】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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バイオエネルギー村に挑むドイツ

(企業家倶楽部2012年8月号掲載)

原発全廃に踏み切るドイツ

 ドイツ政府は福島原発事故が引き起こした大惨事を深刻に受け止め、昨年6月に2022年までに17基ある同国の原子力発電を全廃する方針を決めた。福島原発事故が発生した直後に安全に不安のある8基の稼働を停止し、検査中の原発を合わせるとすでに13基が運転停止、現在稼働している原発は4基に過ぎない。

 脱原発と温暖化対策に熱心なドイツは、それらに代わる代替エネルギーとして再生可能エネルギーの風力、太陽光、バイオマスなどの利用・普及に力を入れてきた。そのため、再生可能エネルギーで発電した電気を発電コストよりも割高な価格で一定期間購入する固定価格買取制度(FIT)を世界に先駆け、2000年に導入した。その結果、再生可能エネルギーの普及が急速に進んだ。ドイツに見習い、日本も遅ればせながら、7月から固定価格買取制度をスタートさせた。

 ドイツの再生可能エネルギーの電力量に占める割合は、10年現在、17%を占めている。政府はこの割合を20年には35%、30年には50%、50年には80?100%まで引き上げる野心的な計画を掲げている。そのドイツ政府が、再生可能エネルギーの中で、最も期待しているのがバイオマスの活用だ。再生可能エネルギーの中ではバイオマスの割合が7割近くを占めている。

 バイオマスは農村地域に豊富に存在する地場のエネルギー源である。ドイツは工業国と思われがちだが、実は国土面積の47%を農地が占めており、EU有数の農業大国である。農業生産額はフランスに次ぐEU第2位、EU全体の13%を生産している。バイオマスの種類としては、ムギワラ、腐葉土、肥料、食品残滓、間伐材、家畜の糞尿、下水汚泥など多岐に渡る。

二つの国立大学が共同研究

 この地域資源であるバイオマスを活用して、農村地域が必要とするエネルギーを100%自給するための研究が、二つの国立大学(ゲッティンゲン大学とカッセル大学)の共同研究として2000年にスタートした。

 この研究のリーダー、ゲッティンゲン大学教授のマリアンネ・カーペンシュタイン・マッハン女史が先日、来日した機会に話を聞くことができた。

 彼女の話によると、バイオエネルギー村の第1号は、05年に完成。現在ドイツ国内には68のバイオエネルギー村が誕生しており、さらに30の村が建設中か計画中だということだった。化石燃料のように温暖化を加速させることもなく、また原発のように一度事故を起こすと深刻な放射能被害をもたらす心配がないバイオマスを地産地消のエネルギーとして積極的に利用しようという試みとして、今、ドイツで急速な広がりを見せている。

 バイオエネルギー村創設の目的として、共同研究は①バイオマスを利用したエネルギーの自給、②農村での雇用促進、③農業者の副収入源確保、④環境に配慮した資源の生産方法、技術の開発、⑤地域のアイデンティティの確立などを掲げている。

 約2年間の研究成果を踏まえ、03年に両大学の共同研究グループは、プロジェクトを実施する候補地の公募を行い、大学周辺の17の村が応募した。この中から4つの村が第2次選考をパスし、さらに住民の熱意、農業者の意欲などを考慮し、最終的にユーンデ村が選ばれた。

ユーンデ村の人口は約750人、発電出力680kw

 ユーンデ村は、ドイツのほぼ中央に位置するニーダーザクセン州にある。人口約750人の小さな村で、日本でいえば、村の中にある一つの集落といった位置付である。農家数10戸(酪農8戸、養豚2戸)の酪農中心の村で、農地面積1,300ヘクタール、森林面積800ヘクタール、村民の多くは近くの都市、ゲッティンゲンに通勤しており、農家と非農家が混住している。

 ユーンデ村では、バイオエネルギー村として三つのバイオ施設を創設した。中核になる施設が、バイオガスを活用した発電所(コジェネレーション=熱電併用システム)だ。コジェネレーションは、発電の際の排熱を熱エネルギーとして回収し、利用する仕組みで、冬が長く熱エネルギー需要が大きい北欧ヨーロッパではコジェネレーションの導入が早くから進んでいた。その技術を利用する。ユーンデ村の発電出力は680kw、エネルギー源は家畜糞尿やエネルギー作物をバイオガスに転換させている。バイオガスの主成分はメタンで、メタンを燃焼させて発電し、その排熱を給湯や暖房に利用する。

 二つめの施設が、地域暖房施設。冬場を除けば、ユーンデ村が必要とする電気と熱エネルギーは発電所でほぼ賄うことができる。しかし冬が長く寒さが厳しい北欧では、暖房用熱エネルギーの需要が大きい。このため、冬場に備え、地域暖房施設を設けた。主として木材チップを燃料として利用している。

 三つ目の施設が、発電所や地域暖房施設から各家庭にお湯を運ぶための長さ  の送水(湯)管の敷設だ。この三ピンセットを整えることで、ユーンデ村が必要とするエネルギーは、100%自給できることになった。

 三つの施設の建設費は約400万ユーロ(約4億2000万円)。このうち、3割は国の補助金で賄えるが、残りの300万ユーロは、村や村民の負担になる。

 これだけの負担を覚悟で、ユーンデ村は、バイオエネルギー村の建設に踏み切ったわけだが、「脱化石燃料、脱原発の先進的試みに、住民意識が高まり、結束も強まっている。エネルギー代も、中長期にみれば、割安になる、課題もたくさんあるが、地域の連帯感が強まっており、新しい実験として評価できるのではないか」とマッハン教授は、控えめなコメントをしてくれた。

大震災で被災した農村復興の手掛かりを与えてくれる

 今、ドイツでは、脱原発、脱化石燃料という国が進むべき方向が明確に打ち出されたことにより、再生可能エネルギーの利活用に拍車がかかっている。再生可能エネルギーの普及のためには、地域住民のやる気、大学や研究所などの知的支援、再生可能エネルギーをビジネスチャンスにつなげていく企業のイノベーションや積極的な投資、さらにそうした動きを促進させるための制度や法律の整備など政府の果たすべき役割も大きい。ドイツではこれらの様々な要因がプラスに働き、再生可能エネルギーへの取り組みが加速している。

 大震災で被災した農村の復興は、元の姿に復元させるだけでは、夢がない。被災した農村が低炭素、脱原発、資源循環を基調とした新しい村起こしの先頭に立ち、将来日本の新しいモデルとして育ってほしい。そのためには日本でも、地元に豊富にあるバイオマスエネルギーの積極的な活用が不可欠だ。日本の発電量に占める再生可能エネルギーの割合は、10年現在まだ10%に過ぎないが、この比率を高めていくためにはバイオマスエネルギーの積極的な活用が求められる。ドイツのバイオエネルギー村づくりの実験は、日本に様々なヒントと教訓を投げかけてくれているように思う。

プロフィール 三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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