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【トップの発信力vol.6】佐藤綾子のパフォーマンス心理学

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

繰り返すなら理念のある言葉を

(企業家倶楽部2011年10月号掲載)
   

 会社で経営者が部下に、どんな言葉を繰り返しアピールしていくのか? 営業で担当者がクライアントに、どのようなフレーズを繰り返し強調するのか? これはとても大切なところです。

 ジャパネットたかた・髙田明社長のテレビでのプレゼンをデータ分析すると、この技法がいつも巧みに使われていることがわかります。

「このブルーレイは、使い方が簡単で安い」という長所をアピールしようと思ったある日、彼はたった数分の間に「簡単で安い!」を6回連呼していました。

 テレビコマーシャルでは使える時間が限られているので、「何を繰り返すか」が入念に計算されています。

 このように聞いて耳に入りやすく、すぐに覚えてしまう言葉で相手の心にグイと食い入っていくスピーチ技法を、パフォーマンス学では「サウンドバイト」(音の噛みつき)と呼んでいます。

 ところで、6月15日の再生エネルギー会議では、菅直人首相はとんでもない言葉を記者団に向かって繰り返しました。それはテレビでも放映されました。自分の顔を「本当に見たくないのか、本当に見たくないのか、本当に見たくないのか」と3度、言ったのです。もちろん見たくありませんが、それよりも、その言葉を聞きたくもないと、誰しも思ったことでしょう。

「見たくないのか」と繰り返すことに、なんの主張も理念も入っていない、まったく無駄な戯言と言うべきです。翌週、テレビ朝日『サンデー・スクランブル!』の取材を受けた私も、「理念なき言葉の繰り返しは無意味」とバッサリ。

 これに対しては、全国の経営者、法律関係者、学校関係トップから、「よくぞ言ってくれた。スカッとした!」と、たくさんの共感のメールが届きました。

 似たような無意味な繰り返しを、菅首相のお仲間は実によくやってのけています。最新バージョンは7月3日、松本龍前復興相が宮城県庁で、村井知事に向かって言った会談中の言葉。

「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか、みなさん。いいですか? はい。書いたらもうその社は終わりだから」

 これは、「お客さんが来る時は、自分が入ってから呼べ。しっかりやれよ」と、自分が知事に命令したことについての言及です。これまた、とんでもない勘違いでしょう。知事は国会議員の部下であると考えていたとしたら、大いなる非常識です。

 けれど、話法として学ぶべきは、この反面教師の使った「繰り返し技法」です。

「オフレコ」も「書いたら終わり」も、意味的には繰り返しですが、明確に、まったく同じ音が繰り返されたのは、「いいですか?」です。これがサウンドバイトとして使われて、実際この言葉は、ドスを効かせて2度リピートされました。しかし、この繰り返しには理念のメッセージ性が何もないのです。

 しかも正確に書くと、実際には、ほとんどのメディアがこの発言を書いたり、放映したりしてしまったのですから。「オフレコ」を2度、「いいですか?」を2度念押ししても、まったく効果がなかったという証拠でしょう。

 ここから大切なことがわかります。繰り返すならば、皆が喜々としてそれを会社や家庭でキャッチフレーズにして、使えるものだけを厳選せよ、ということです。例えば、「全社挙げて不況に立ち向かっていこう」とか「復興にがんばろう」という意味ある言葉を繰り返すべきなのです。

 全世界の人々の心をゆさぶった名演説の中でも、人種差別撤廃を訴えたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の4回にわたる「I have a dream.」(私には夢がある)の繰り返しは、まさにサウンドバイトの極みと言えるでしょう。この「私には夢がある」を、日本の民主党党首選でも、小沢一郎氏と菅直人氏がそれぞれ1回ずつ真似をして引用していましたが、「夢」の中身にまったく理念の高さが感じられませんでした。

 その点、名人芸に近いのが、オバマ大統領でしょう。下の表を見てください。

 これが、あの全米を興奮の渦に巻き込んだ2009年1月20日、第44代アメリカ大統領就任演説の22分間における「繰り返し技法」です。

 このような繰り返しの技法を、専門的には「二元重複」(コンデュプリケイション)と呼びます。 トップに覚えてほしいのは、ここで繰り返されているのが、「平和」「自由」「勇気」「希望」といった意味のある単語であるということ。さらに、それを神に誓うという「God」に関しては、5回も繰り返されています。これもまた、キリスト教精神のもとに国を建ち上げてきたアメリカには、重要な理念のある言葉です。

 オバマ大統領については、2004年の民主党党大会で、「change」と「hope」を繰り返したのも有名です。「hope」(希望)という単語は、この2004年民主党党大会の基調演説のクライマックスでは、11回にわたって繰り返され、こだまのようにいつまでも人々の耳に残りました。

 そして、街行く人々はそれを皆で繰り返したわけです。「change」「hope」、さらには「Yes, we can.」も、この繰り返し話法です。繰り返している本人たちも気分のいい言葉、高揚感が伝わってくる理念のある言葉が選ばれています。つまり、大事なことはボーッと成り行きで繰り返しては、ナンセンスだということです。

 このサウンドバイトで噛みついて繰り返して、さらにそれを覚えさせる名人はアメリカにしかいないかと言うと、もちろんそうではありません。日本国内にもいます。

 小泉純一郎元首相が、この理念のある言葉の繰り返しでは、並はずれた技法を持っていました。

 彼に見るコンデュプリケイションは、以下4点が典型です。

「構造改革」

「郵政改革」

「聖域なき構造改革」

「郵政民営化」

 これらの単語は、2001年5月7日の首相就任所信表明で使われました。するとすぐに、一般のサラリーマンがアフターファイブの焼鳥屋でも、「わが社の構造改革は!」だとか、「なにしろ聖域なき構造改革だから、給料がちょっと下がってもしょうがない」などと使うようになったのです。こうして人々の口にのぼるようになれば、サウンドバイトはもう大成功です。

 経営者の方々、企業に携わる人々は皆、自分の理念を人に伝える際に何を人にわかってもらうか、と常に考えているに違いありません。

 まずは、自分の予定した話しの中から、絶対これを主張したいと思う選りすぐりの理念を持つ単語をピックアップしましょう。これを繰り返して伝えていくのです。そうすれば、自然に聞いた人々の心の中に、高揚感と共にその言葉が入っていきます。「見たくないか」や「オフレコ」を繰り返しても、まったく意味がないのです。 

 トップが伝えるからには、理念のある言葉を選びましょう。

Profile 佐藤綾子

 日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。連載刊誌8誌、著書162冊。知的バラエティ番組「教科書にのせたい!」(TBS 系)他、多数出演中。18 年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰(体験)も好評継続中。

 詳細:http://spis.co.jp/seminar/
 
 佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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