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【緑の地平vol.9】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

最後のチャンス~変化恐怖症を脱して「3K立国へ」~

(企業家倶楽部2012年10月号掲載)

経済成長の駆動力を180度転換させる

 先日、「日本経済復活、最後のチャンス|変化恐怖症を脱して『3K立国』へ」(朝日新書)を出版しました。戦後70年近くが経ちますが、今の日本ほど国民全体が意気消沈している時代はありません。終戦直後の日本は、焼け野原が目立ち、極端なモノ不足で、食糧もままならない貧しい時代でしたが、戦争が終わったという安堵感から、国民の間には、心機一転頑張ろう、と明日への希望、期待、熱気が満ち溢れていました。

 今の日本は豊かな時代になったにもかかわらず、国民は将来への夢が描けず、「失われた20年」といわれるほど落ち込んでいます。

 巨額な財政赤字、深刻なデフレ経済、日本の実力を反映しない異常な円高、追い打ちをかけるように昨年3・11の東日本大震災とそれに伴う深刻な原発事故で、日本経済は身動きが取れないほど打ちひしがれ、疲弊しています。

 本書の読者からは、「日本は本当に復活できるのか」、「最後のチャンスとあるがまだ間に合うのか」など様々な感想が寄せられています。

 本書で私が強調したかったことは、「日本を良くするのも、悪くするのも、私たち日本人のやる気にかかっている」ということです。

 日本人が清水の舞台から飛び下りる覚悟で、過去のしがらみと断絶し、本気で日本再生に取り組むなら、日本は素晴らしい国としてよみがえることができるし、その覚悟が中途半端なら衰退の道を歩み続けることになる、それは私たち日本人次第だということです。

 日本が衰退してしまったのは、高度成長時代の余韻に浸りきり、そこから飛び出す勇気を失ってしまったからです。1億人を超える日本人全体が変化恐怖症に陥り、現状維持に必死になり、その結果、衰退してしまったのです。日本に必要だったのは現状維持ではなく、現状変革でした。新しい時代に対応できるように、古くなった制度や法律、慣行などを思い切って捨て去る勇気が必要だったのです。

 今、世界や日本に求められているものは、高度成長ではなく、「低炭素、資源循環、自然との共生を満たす社会」を築くための新しい成長です。日本人がこの目標に果敢に挑戦し、成果を上げることができれば、「グリーン成長の国」として世界から称賛され、日本人の自信も戻ってくるでしょう。

 それでは、グリーン成長を実現させるためにどのようなアプローチが必要でしょうか。

 そのためのキーポイントは、経済成長の駆動力を転換させることです。
 
18世紀後半の産業革命から今日に至るまで約250年間、経済成長と化石燃料(石炭、石油など)とは、切っても切れないほど密接な関係(カップリング)を維持してきました。経済成長するためには大量に化石燃料を使わなくてはなりません。化石燃料が成長の駆動力でした。だが化石燃料を使えば、CO2排出量も増加してしまいます。

 石炭や石油などの化石燃料に支えられた経済成長のことを「ハイカーボン・グロウス」(高炭素型成長)と呼びます。ハイカーボン・グロウスは豊かな社会の実現に大きな貢献をしましたが、一方で深刻な環境破壊や地球温暖化、資源の枯渇化を引き起こし破綻しました。

 早急に「ハイカーボン・グロウス」から「ローカーボン・グロウス」(低炭素型成長)へ成長軌道を転換させなければなりません。

 そのためには、経済成長と化石燃料の密接な関係を引き離すことが必要です。両者の関係を引き離すことをデカップリングと言います。デカップリング経済は、化石燃料の消費を抑制するための設備投資やイノベーション、それに伴うライフスタイルの転換などがもたらす新規需要が駆動力になって経済成長を支える新しい発展パターンです。

 具体的には、太陽や風力、バイオマスなど化石燃料に代わる新エネルギー、省エネルギー、節電分野に集中的に投資を行い、新たな需要を拡大させる。政府はイノベーションを誘発するための優遇税制や補助金、金融支援などを法律や制度面から積極的にバックアップをすることが求められます。

3K立国〈科学技術、観光、環境〉で勝負せよ

 ローカーボン・グロウス社会を達成するため、本書では科学技術、観光、環境の3K立国の推進を提言しています。

 高度成長時代を支えた規格化された工業製品の大量生産分野は、低賃金を武器とする中国や東南アジア諸国の台頭で、劣勢に追い込まれています。大量生産型の産業としては、自動車や家電が日本を代表する産業ですが、たとえば、自動車などは海外売り上げ比率が8割近くに達しています。それに伴って生産拠点を海外に移転させる動きが急です。

 自動車や家電などが生産工場を外国に移転させても、それがなければ完成品がつくれない、完成品が動かないといった技術集約的高性能部品や中間製品、システム装置などをしっかり押さえておけば、日本の製造業は安泰です。世界に冠たる部品大国に生まれ変われ、ということです。

 そのためには、ICT(情報通信技術)や新素材、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、新エネルギー、省エネルギーなどの環境技術など日本が得意とする技術分野にブレークスルー(現状打破)を伴うようなイノベーションを引き起こし、技術に一段と磨きをかけ、科学技術立国としてやっていくことが必要です。

 観光立国が必要なのは、大震災や原発事故で打撃を受けた東北地方を中心に、環境と防災、再生可能エネルギーの積極的な活用で革新的で持続可能な地域社会を日本列島の各地に構築し、世界中の観光客を呼び寄せる戦略が望ましいからです。たとえば、再生可能エネルギーの効率的な活用のためのスマート・グリッド(次世代電力網)シティー、農漁村地帯では、生産者が生産、加工、販売までを一貫して手掛ける付加価値の高い第6次産業の確立、火力や原発に依存せず、100%バイオマスエネルギーに依存するバイオエネルギー村、防災と再生可能エネルギーを一体化した21世紀型住宅地区、さらに美しい自然環境を楽しめるジオパーク作りなど様々な取り組みがすでに動き出しています。特色ある地域作りを新しい観光資源として位置付けることです。

 環境立国が必要なのは、資源循環型社会への転換が求められているからです。20世紀後半の膨張の時代を経て、金属資源やレア・メタル、レア・アースなど多くの資源が世界的に枯渇気味です。資源の有効活用のためには、これまでのフロー(新品生産)重視経済からストック(既存品の活用)重視経済へ軸足を転換させていかなくてはなりません。

 これからの日本は、科学技術、観光、環境の3K分野を新しい産業として大きく育てるため、限られた資源であるヒト、モノ、カネをこれらの分野に集中的に投入し、グリーン成長を実現させなければなりません。それに成功することで、日本経済は必ず復活します。本書にはこんな願いを託しました。

プロフィール 三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 

千葉商科大学名誉教授

1964年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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