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【緑の地平vol.10】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

「原発ゼロ」選択と日本の覚悟40年

(企業家倶楽部2012年12月号掲載)

40年廃炉など原発ゼロの3原則決定

 野田政権は9月中旬、2030年代に原発稼働ゼロを目指す方針を盛り込んだ新たなエネルギー・環境戦略(革新的エネルギー・環境戦略)をまとめた。昨年3月の福島原発事故を機に高まった「脱原発」の世論を踏まえ、これまでの「原発依存」によるエネルギー政策を180度転換させた。野田政権がまとめた新エネルギー・環境戦略は、表からも明らかなように、

①30年代に原発稼働ゼロを目指す

②原発の40年廃炉を厳格に適用する

③原発の新増設は行わない

 の3原則が柱になっている。この間、安全性が確認された原発は稼働させる、という内容でほぼ妥当な計画といえるだろう。

 民主党政権は、福島原発事故が起こる前は、14基以上の原発を新設し、30年の電力供給に占める原発比率を事故前の26%から50%強に引き上げる計画だった。CO2を排出しない原発への依存を高めることで、20年に温室効果ガスの排出量を90年比25%削減するという民主党政権の国際公約を果たす計画だった。

 だが、原発事故でこの計画はご破算になった。国民生活の安心、安全のためには、一度事故を起こすと取返しのつかない被害をもたらす原発への依存をできるだけ早くなくしていきたい、というのが多くの国民の願いだ。

 民主党政権が「原発ゼロ」路線を今後の日本のエネルギー・環境戦略の基本に据えたのは、その点で、民意に沿った決定として評価できる。

 これまでと180度違うエネルギー・環境戦略に踏み切ったことで、原発を推進してき地域や企業からの反対が予想される。また、原発関連の技術協力を続けてきた一部欧米諸国との関係も当面ぎくしゃくすることは避けられないかもしれない。だが、原発事故でこれだけの惨事を招いてしまった日本が、その反省として原発ゼロ路線を選択することは理にかなっており、国際社会からも受け入れられるだろう。野田政権は大きな決断をしたわけで、覚悟を持って新戦略に取り組んでもらいたい。

核燃料サイクル容認など随所に矛盾もあるが・・・

 今回まとまった「エネルギー・環境戦略」の内容には、上記の3原則と矛盾するような内容が盛り込まれている。たとえば、使用済み核燃料を再利用する青森県六ケ所村の再処理工場の事業を続行させたことである。原発ゼロを目指すなら、もはや、核燃料サイクル事業は必要なくなるが、地元青森県からの激しい突き上げがあり、妥協せざるを得なかった。

 地球温暖化対策も大きく後退した。30年に温室効果ガス排出量を90年比約2割削減が記載されている。その過程の20年時点の排出量は、90年比6~9%削減に止まるとの試算が示されている。京都議定書の公約が今年末までに90年比6%削減だったことを思い起こせば、20年の日本の排出削減量はあまりに低すぎる。深刻な原発事故の発生を考慮しても、この数字では、国際世論から厳しい批判を受けることになりかねない。

 このように、野田政権の新エネルギー・環境戦略を細部にわたって検討すると3本柱と矛盾する記載が多々あるが、「原発ゼロ」に反対する勢力との妥協の産物でもあり、今後矛盾の解決に本腰で取り組んでいく必要がある。

 今後の最大の課題は、「30 年代原発ゼロ」をいかに実現させていくかである。原発はダメ、化石燃料も極力抑制ということになれば、新エネルギーの積極的な開発と活用、省エネ、節電などの役割がきわめて大きくなる。

 新エネルギー・環境戦略では、再生可能エネルギーの発電量を30年までに現在の3倍に増やす計画である。それを進めるための工程表となる「グリーン政策大綱」や再生可能エネルギーの有効活用に必要な電力システム改革戦略などの具体的な内容は、今回は示されず、年末をメドに作成する、として先送りしている。準備不足の感は否めない。

脱原発の動きは世界の潮流になっている

 だが、目を世界に転ずると、福島原発事故を契機に、脱原発の動きは、世界的な潮流になろうとしている。ドイツ政府は福島原発事故を踏まえ、昨年6月に「22年までに17基ある原発を順次閉鎖していく」と世界に先駆けて「原発ゼロ宣言」をした。イタリアも同年6月の国民投票で「原発の新設を認めない」という国民の意思を再確認した。スイスも同年5月に「現在稼働中の5基の原発を34年までに順次閉鎖していく」ことを決めた。

 原発推進を決めているアメリカ、イギリスも過去20年以上に当たって、原発の新設がない。原発事故の危険性が大きく、実際の建設に当たっては膨大な費用がかかることが新設を躊躇わせている。原発の危険性を考えれば、原発はビジネスとして割が合わなくなっている。

 このような視点から見れば、日本の「原発ゼロ」路線は、決して唐突なものではなく、時代の潮流に沿うものである。日本が原発ゼロ戦略を積極的に推進することはこれからの世界への大きな貢献であり、日本経済の復活にもつながることである。

 原発ゼロ路線は、雇用を減らし、経済を停滞させるのではないか。電力料金が上がって家計を圧迫するのではないか、といった疑問が提起されているが、事実はその逆である。

 確かに原発ゼロ路線を推進すれば、既存の原子力産業は大きな打撃を受け、経営は厳しくなるだろう。だが、それに代わって再生可能エネルギーの開発・普及、省エネ型産業の発展、節電革命などの新しい分野でイノベーションが起こり、投資が拡大する。

政権交代で左右されない原子力政策の位置付けが必要

 一方、太陽光発電など創エネ機器、蓄電池、家庭用エネルギー管理システム(HEMS)などを備えたエコハウス(スマートハウス)が普及してくれば、電力料金の値下げも可能になる。電気自動車などの新しい需要が膨らむことで、経済活動は盛り上がってくる。20年の温室効果ガスの排出量も90年比25%程度の削減が可能になるだろう。

 ただ原発ゼロ戦略が発表されると、予想されたように、原発立地県や関連施設を抱える県、経済界から猛烈な反発が起こっている。米政府からも懸念が表明されている。このため、野田政権は戦略文書の閣議決定を見送るなど、早くも腰砕けの様相を見せている。最大野党の自民党も「原発ゼロ」路線に反対している。

 このため、次の総選挙で、民主党が敗れ、自民党が政権を握れば、野田政権の「原発ゼロ」戦略は簡単に破棄されてしまう恐れがある。原子力政策のような重要な問題は、外交などと並んで、政権交代によって左右されるべきではない。超党派でしっかりした基本方針を定め、政権交代に左右されない国家百年の計として作成し、推進していく姿勢が求められる。

野田政権の「革新的エネルギー・環境戦略」の骨子

◆2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、 あらゆる政策資源を投入する。

◆「40年廃炉」を厳格に適用。原子力規制委員会が安全確認した原発のみ再稼働を認める。

◆ 原発の新増設は行わない。

◆ 30年までに1割以上の節電、再生可能エネルギーの30年の発電量を10 年の3倍にする。

◆ 使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクル政策は継続する。

◆ 30 年時点の温室効果ガス排出量は、90年比約2割削減を目指す。

プロフィール 三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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