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【トップの発信力vol.8】佐藤綾子のパフォーマンス心理学

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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やる気のない部下に悩むトップに

(企業家倶楽部2012年1・2月合併号掲載)
 

【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第8回

やる気のない部下に悩むトップに
    
「やる気があるの?」

 経営トップが集まると、決まって出てくる若い世代への嘆きがあります。

「なぜもっと自分から進んで動かないのか?やる気があるのかないのか、さっぱりわからない」「言われたことだけはやるけれど、それ以上に自分の頭と身体を動かさない若者が増えている」

 私が実際に同席したある日の会議室、リーダーが次のプランについて発表していると、ちょうどその正面の席で、新入社員が無表情でその話を聞いています。机の上に肩肘をついて上半身の体重をすべてそこに乗せ、姿勢もダラリとしています。

 その新入社員の席に近い戸口が開きっ放しで、風が入ってきました。彼はなんとなく寒そうに肩をすぼめるけれど、自ら立ち上がって戸を閉めようとはしない。やむを得ず、少し離れた席にいたベテラン社員が、わざわざ戸を閉めに立ち上がりました。でも彼は、「ありがとうございます」も「すみません」と言うでもなし。

終わると元気!

 さて、会議が終わると同時に彼は、「やっと終わった」という安堵の表情で、さっと誰よりも早く立ち上がり、会議室をさっさと出ていきました。

 私のこの話を聞いて、まわりにいた男性たちが口々に、「そういうヤツ、いるいる」とのこと。「電話が鳴っても、すぐに飛びつくのは先輩の自分で、今年入った新人はデカイ図体でボヨーッと座ったまま。それなのに、会社帰りの居酒屋の話とか、テレビの人気CMの話なんかになると、顔までイキイキとして急に饒舌になる」と言うのです。

 実は、このような一種の「二重人格の無気力人間」ではあるまいか、という若者が今、大学にも増えています。彼らのような学生の症状を総称して、カウンセリング学では「ステューデント・アパシー」と呼びます。本来すべき勉学にはやる気がまったくなく、本業以外の遊びだけイキイキする症状です。

 大学教授として毎年、新卒者を社会に送り出している私にとっても、まったく頭の痛い話です。先日も、教室で生徒にスピーチをさせると、「僕の特技はボーッとしていることです。1日中何もしなくても平気です」と言う学生がいて、「これが“ゆとり教育”のツケだ!」と愕然としました。

「王様マインド」でいくか「奴隷マインド」でいくか

 さて、どうしたら良いのかと考える時に参考になるのが「聖書」です。聖書には、たくさんの「王様」と「奴隷」が出てきます。奴隷は立場上、王様に言われたことをやるだけで、それ以上のことをしようという意欲はなく、それ以下であれば鞭で叩かれます。

 新人が、言われたことだけをそつなくこなして、定時になったら帰っていくというスタイルは、実は「奴隷マインド」なのです。

 一方、王様は、常に多くの人の幸せを考えていなければなりません。新しいアイデアや解決策を常に考えていますから、夜寝ていても名案が浮かんだりします。これが「王様マインド」です。

 現代には奴隷制度はありませんし、それはとても肯定できるものではありません。しかし、現実的に言われたことしかやらないのは「奴隷マインド」に違いないのです。

「奴隷マインド」の人は、進んで何もやらない「省エネタイプ」ですから、疲労も少なく、ストレスもないでしょう。なかなか素敵な奴隷生活だと言えば、それまででしょう。でも、進んで新しい人と関わらず、細やかに気も利かせずにいると、自分の世界が小さくなり、潜在能力が伸びません。このような性格を、心理学では「内向性タイプ」と呼びます。したがって、自分が損をすることは何もなく、「○年○月○日に生まれ、○○会社に就職し、退職して死んでいった」というだけの人生です。まさしく「奴隷マインド」のデメリットはこれ。人生がスケールの小さなものになるということです。

 さて、「王様マインド」の人は、常にたくさんのことを考えていなければならないので、頭の中が忙しい。たくさんのやるべき事柄があるので、常に身体も忙しい。これが最大のデメリットです。

 しかし、これにはメリットもたくさんあるのです。自分でも知らなかった潜在能力が否応なしに自然と磨かれます。考えるために絶えず新しい情報を収集しようとしますから、新聞を読んだり、優れた仲間と話し合ったりして、活気に満ちていて生き甲斐があります。また、自分の仕事によって、たくさんの人から「ありがとう」と言われたり、尊敬されたりもします。

 性格特性は、「外向性タイプ」がもともと多く、それがさらに外交的になり、積極的です。結果として、自分を囲む世界がどんどん大きくなっていきます。このように人に関わる心理傾向を、パフォーマンス心理学では「関与(commitment)」と呼びます。また、関与していく行動を「関与行動」、または「プラスのパフォーマンス」と呼んでいます。

 さて、どちらがおもしろいと感じるでしょうか?どちらを選択するか、それは個人の自由でしょう。しかし、今の若者の場合、自分が「奴隷マインド」であることのデメリットに、本人が気づいていないのです。「考えない習慣」で育ってきたために、いつの間にか「奴隷マインド」に安住しているということもあります。

 幸いにもトップは「奴隷マインド」では人生の勝者になれないことを、経験上知っていますから、“ゆとり世代”でのんびりし過ぎた新人への最良の薬として、自分自身が努力を重ねてイキイキとした生活を送っていることを「モデリング効果」のサンプルとして、いつも見せていきましょう。サーバントリーダーシップ

 加えて、トップが自分の理念を言葉で絶えず明示することです。この仕事によって企業利益のみならず、大きな社会貢献にもなっているのだということを、明るく夢に満ちた顔の表情とメリハリのある声で、絶えず語り続けましょう。

 社会に対する貢献度を強く認識しながら、自らが社会に仕える1人の“サーバント(召使い)”となり、それを明示することで、縁の下から部下を支えていく。そうして自分の社会貢献の夢に、部下を巻き込んでいくのです。部下も人間です。ことに若いうちは、「自分が社会に貢献をしているのだ」という認識は、素晴らしいものです。それを喜ぶチャンスです。

 実はこれこそが、米国AT&T社のロバート・K・グリーンリーフらが1970年代から提唱している、「サーバントリーダーシップ」の考え方でもあります。

 日本でも、多くの経営者がこの考え方を実践しています。実際に、資生堂の前会長・池田守男氏は、「日本中の女性を美しくしたい。そのことに貢献していくのが自分の喜びであり、それを分かち合うのが社員だ」という形でサーバントリーダーシップを徹底し、成功を収められています。

 現在の若者のように、内向的で言われたことしかやらない「マニュアル人間」が多い社会では、やはりトップが理念を明示して、その仕事のおもしろさや楽しさを自らが示しながら、皆を合同作業に巻き込んでいくことが一番です。

Profile 佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。連載月刊誌8誌、著書164 冊。「あさイチ」(NHK)、「教科書にのせたい!」(TBS 系)他、多数出演中。18年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、2012 年1・2・3 月公開セミナー開催。
詳細:http://spis.co.jp/seminar/
佐藤綾子さんへのご質問はi n f o @ k i g y o k a . c o m まで

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