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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレスvol.3】MOVIDA JAPAN 代表取締役兼CEO  孫 泰蔵 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

核戦争を想定して作られたインターネット 脚光を浴びるニューヨークのベンチャー

(企業家倶楽部2011年6月号掲載)

本連載では、ベンチャーの本場・米国シリコンバレーの最新情報や、世界中の魅力的なベンチャー企業を紹介していきます。第3 回目となる今回は、災害時に強い通信手段であることを証明したインターネットの最新モバイルSNSサービスとニューヨークのメディア業界で最も注目を集めるベンチャー企業を紹介する。


■災害時で見えたインターネットの真価

 今回未曾有の被害をもたらした東日本大地震ですが、安否確認を焦る人々にとって携帯電話の不通が大きな問題に感ぜられたと思います。しかし、そんな状況にあってもツイッター、スカイプなど、インターネットを利用したコミュニケーションサービスは問題なく動作しました。これは今までの通信では考えられなかったことです。そもそもインターネットは、冷戦時代に寸断されない通信網として軍事用に開発されました。電線は一カ所でも切断されると、それに通じていた全ての線が使えなくなります。対してインターネットの場合、中継点であるサーバに不具合が起きたとしても、世界のあちこちに配置された他のサーバを通じて、目的地まで情報を届けられるように設計してあるのです。非常時の通信手段として、これからますます注目されていくでしょう。

■最新のモバイルSNSサービス

 3月11日の震災後、通信各社は通話量が一時的に増加し回線がパンクするのを回避するため、通話規制をかけました。そのような状況の中でも、ベルーガという海外のグループチャット系のサービスを使い、音声でお互いの安否確認や情報のやり取りを行っていた人たちがいました。ベルーガは、iPhoneやアンドロイドなどのスマートフォン向けに開発された新しいSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の1つで、2010年設立のシリコンバレーに拠点を置くベンチャー企業です。創業者はグーグル出身で、2011年3月にフェイスブックが買収したと発表したばかりです。

 フェイスブックやツイッターの次に来るサービスとして注目しているのが、このショート・メッセージ・サービス(SMS)を使ったグループチャット系のアプリです。

 特長は相手の電話番号さえ知っていれば、メールアドレスは不要で、グループチャットが出来る点です。文字や音声のやり取り、位置情報や複数電話も可能となります。フェイスブックは実名であるけれどリアルタイムではありません。ツイッターはリアルタイムだけど、実名ではないケースがあります。ベルーガは電話番号を知っているので、もちろん相手が誰だか分かっているし、リアルタイムにやり取りができるという利点があります。

 そのベルーガを超える人気のグループチャットに、グループミーというサービスがあります。グループミーは2010年にリリースされた、ニューヨーク発のベンチャー企業です。フェイスブックが流行り注目を集めていますが、機能も多く、グループの輪が広がり過ぎてしまい、もう少し個人的に話がしたいという場合にグループミーやベルーガといったグループチャットが使われています。これらのサービスはパケット料がかからない無料のサービスです。

 4月初旬にシリコンバレーとニューヨークを回ってきました。ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家に話を聞くと、最近はシリコンバレーだけでなくニューヨークのベンチャーにも注目しているとのことでした。両者の企業は少しビジネスの色彩が異なります。シリコンバレーは技術志向であるのに対し、ニューヨークはサービス、デザイン、マーケティング志向で、出来上がった技術を応用したビジネスを得意とします。地域性の違いがビジネスにも現れています。ニューヨークはどちらかというとヨーロッパに近く洗練され、シリコンバレーはよりカジュアルな雰囲気があります。

■全米No.1メディアサイト ハフィントン・ポスト

 毎回シリコンバレーの話題をお送りしていますが、インターネットの新たなサービスは、世界中で生まれています。今、特に注目しているのはニューヨークのベンチャー企業です。例えばフォースクエアはニューヨーク発のサービスです。これは携帯に内蔵されているGPS(全地球測位システム)を使用した、位置ゲームの要素を含んだSNSで、現在利用者数が700万人を突破しています。

 そしてもう1つが今回ご紹介したい「ハフィントン・ポスト」(以下HP)です。設立から5年でNYタイムズを抑え、読者数全米No. 1を勝ち取った新たなメディアサイトです。現在の編集長であり創設者、アリアナ・ハフィントン氏が民主党を応援する政治関連のブログとして立ち上げてから、現在では月間の読者数が2300万人を越えています。政治、経済に限らず28種類のジャンルを取り扱っており、世界中のニュースが集まってきています。

 このサイトの強みのひとつは記者の人数です。日本最大の新聞社である読売新聞の専属記者は200人、NHKは全国に2000人、それに比べてHPは全世界に6000人の記者がいます。フリーランスの記者たちと契約を交わしており、毎日世界中から記事を送ってきます。リビアで何か起きれば、現地にいる記者が記事と写真を送ってくるので通信社の様な役割も果たします。その中からデスクが選出した記事が掲載され、採用された記者には契約に基づいた報酬が支払われます。この体制をいち早く世界中で作ってしまったのです。

 HPの急成長には、ツイッター、フェイスブックとの密接な連携が武器になりました。掲載された記事を書いている記者は、自分のツイッターアカウントをHPに公開しています。彼らは続報を随時ツイートしていることが多く、読者は彼らをフォローすることで、より深く、より早いニュースの理解ができるのです。そこまで徹底的に1つのニュースを掘り下げられるメディアは、アメリカ広しと言えども他にはありません。

 さらに従来のニュースサイトにもあるコメント投稿機能も、フェイスブックアカウントと繋がることで新しい価値を生みます。例えば「△△社が○○社を買収打診か」といったニュースに、内情をよく知る社員がコメントする事はこれまで考えられませんでした。しかし、HPではフェイスブック上でフレンド登録したユーザーにだけ見えるコメントを投稿しています。「もうその提携話はなくなったんだよね」という現場のレアな情報をHPを通じて親しい友人には提供してくれるのです。

 そうしたユーザーの友人達がコメントした記事だけを集めて、紙面が作成される「huffpostsocial news」というサービスも開始されました。つまり6000人の記者が集まるサイトから、自分の友人たちが勧めるトピックだけを掲載した新聞を作れるのです。私の友人はIT業界の最先端を走る人々ですから、彼らが注目する記事を解説つきで読む事ができます。一般紙をすみずみまで読む手間もなく、最新で重要な情報を得る事ができます。

 HPの急激な成長には、CEOであるエリック・ヒッポー氏が大きく貢献しました。この人物はジフデイビス社の創設者であり、ソフトバンク孫正義社長にヤフー創業者のジェリー・ヤン氏を紹介した人物です。3年前にHPを見つけた彼は、ソフトバンクキャピタルを通じて出資しました。もともとジフデイビスも出版会社ですから「ハフィントン・ポストのCEOになってメディアに革命を起こしたい」という強い意志が芽生えました。

 ヒッポー氏がHPに移ると、彼の予感どおり爆発的な急成長を遂げたのです。2月にはAOL社が、300億円で買収する事が決まったので、HPを引き継ぎ、彼自身はエンジェル投資家として活動していく事を決めたそうです。西海岸にあるシリコンバレーがベンチャーのメッカといわれていますが、東海岸のニューヨークもシリコンバレー同様にホットな地域となっています。

Profile 

孫 泰蔵(そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、次世代のモバイルコンテンツやサービスのプラットホームを創るのに燃えている。

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