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【トップの発信力vol.10】佐藤綾子のパフォーマンス心理学

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

「目ぢから」はリーダーの条件相手と視線を合わせる意味

(企業家倶楽部2012年6月号掲載)
 

第146回芥川賞の受賞者が「不思議な自己表現をする」というので、いくつかのテレビ局が私の元に取材に来ました。

 動画を何度も巻き戻して細かく分析してみると、「なるほど、みんながその理由を知りたがるわけだな」と、私も納得しました。記者会見だというのに、受賞者のひとりだった田中慎弥氏は、身体を記者のほうにめったに向けないのです。

 身体ごと逆方向にひねり、しかも背筋を丸めて顔を伏せ、どうしても答えなければならない時は嫌々ながらと言いたげに、質問した記者のほうにゆっくりと顔を向けます。それでも、視線はだれともまったく合わせずに、自分の両手の指に視線を止めたまま、「え、今後変わるかですって? 変わるわけがないでしょう。こんなことで」といった調子です。

 視線の接触、別名「アイコンタクト」は、私たちが相手とコミュニケーションをとろうと思う時に、最も手早く最もインパクトをもって使える表現手段です。

 そのため、「人づき合い尺度」あるいは「ソーシャルスキルズ」と呼ばれているものの中で、最初のチェック項目となるのが「人の目を見て話せる」ことなのです。

 彼はなんらかの意図があって、それをすることを意図的に避けたわけです。作品自体が勝負であって、この記者会見の場で人づき合いをする必要はない、という考えだったのかもしれません。

 ところが、田中氏が会場を出る時に見せたおじぎは、今までとはまるで別人のような表現で、両足と両手をきちんと揃えた礼儀正しい動作でした。このギャップのどちらを彼の本心ととるかは、見ている人の決めることです。

 でも、ビジネスリーダーには、そんなことは許されません。「良し悪しは見る人が決めろ」などと開き直ったら、だれもついてこないでしょう。

「目ぢから」は業績と比較する

 ビジネスリーダーには、「目ぢから」が必要です。でも、どのリーダーも常に生き生きと目が光っているとは限りません。

 例えば、私が長年存じ上げているT氏は、高級マンションの建築および販売業の経営者として名の知れた人です。

 ところが、バブル崩壊直後で業績が不調の時、あいにく自分の体調不良も重なりました。

 すると、まったく相手の目を見ないで話をする日々が続きました。ゴルフ場などで遠くから見かけても、なんだか背筋が丸まっていて、視線はいつも地面に落ちていました。食事中の会話でも、なかなかこちらの顔を見てくれないので、話しかけにくい雰囲気でした。

 しかしその後、事業を持ち直してグングンと上昇気流に乗ると、T氏は再びしっかりと相手の目を見つめて話をするようになりました。

 もう1人は、日本最大手のスーパーマーケットのひとつを経営するS社長です。

 彼もまた経営問題と後継者問題で悩み、しばらく人の目を見ないで話をする状態が1年ほど続きました。ちょっと話はじめても、すぐに視線を下に落としてしまうので、私も気を遣って早々に話を切り上げていました。

 その後、業績が上向き、後継者問題も解決して、彼の話にはスマイルと強い眼光が戻ってきました。

「眼光」については、バラク・オバマ大統領やヒラリー・クリントン国務長官も、とてもわかりやすいタイプです。

 彼らが演説中に聴衆を見つめる時間は、1分間あたり31秒から35秒です。しっかりと強いアイコンタクトで、聴き手を捉えていることがわかります。

「目ぢから」は、見つめる時間の長さも大事ですが、何より上まぶたの筋肉の引き上げによる「目の見開き」の強さが重要です。

「上眼瞼挙筋」と呼ばれるこの筋肉にぐっと力を入れて、相手の目の中央をしっかり見つめましょう。これで最大のインパクトが伝わります。

視線のデリバリー

 相手が1人の場合は、その人の顔だけをしっかりと見つめれば良いのですが、記者会見などの場合は聞き手が複数になり、「視線のデリバリー」が必要になってきます。

 だれか1人だけを見て話をしていると、見られていない人たちが注意散漫になって私語が出たり、やる気が湧かなかったりします。そのため、視線を「今、この話を届けよう」と思う人たちに、均等に分配していく工夫が必要です。

 その名人はバラク・オバマ大統領です。

 以前、「巻き込み話法のwe」あるいは「理念ある言葉の繰り返し」をテーマに本連載でもご紹介しましたが、2009年の大統領就任演説19分20秒間におけるオバマ大統領の視線のデリバリーは、ほぼ完璧と言えるものでした。

 基本は正面を向いて話しながら、ぎっしりとつめかけた群集に対して、センターから左に62回、同じようにセンターから右に64回、彼は視線をデリバリーしていたのです。

 もし顔の向きを変えずに視線だけを動かそうとすれば、目が左右どちらかに寄ってしまい、不安定な印象になってしまいます。視線を左右均等にデリバリーしようと思ったら、首を基点にして顔全体の向きを変えて、アイコンタクトするようにしましょう。

 もちろん顔だけで切り替えようとせずに、身体ごと向けて目の前の聴衆を見つめたり、時にはにらみつけたり、微笑んだりすることも有効です。

 この点が巧みだったのは、アドルフ・ヒトラーでした。

 彼の映像を分析して驚くのは、ヒトラーは身体ごと両足でステップを踏みかえ、全身の向きを変えて、相手をしっかりと見据えて話をしていたことです。

 しかも、まばたきも少ない。だからこそ、ヒトラーは「言葉の名人」でありながらも、さらに「非言語表現」によって、さらに人々を魅きつけたのです。

 トップとして、何か演説やプレゼンをすることが決まったら、すぐに話す内容についての原稿を書き、まずはその原稿を手に持って話し、続いて鏡を見ながら原稿を見ずに、聴き手の目を見て話す練習をしましょう。

 さらに、会場は縦長なのか横長なのか、話す場の情報をきちんと把握した上で、前もって顔の向きも調節します。それが良い視線のデリバリー、つまり、視線の分配につながるのです。

 会場全体をぐるりと見回して、左右同じ回数でアイコンタクトをすること。これで聞き手がグッと集中力を高めて、あなたに食いついてきます。

 顔の向き、視線のデリバリーは、演説やスピーチの仕上げなのだと覚えておきましょう。

Profile 佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。連載月刊誌8誌、著書166 冊。「あさイチ」(NHK)、「教科書にのせたい!」(TBS 系)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/

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