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【緑の地平vol.14】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

排他的経済水域守るサンゴ礁が危ない

(企業家倶楽部2013年8月号掲載)

世界6位の海洋大国ニッポン

 日本の国土面積は世界62位。だが排他的経済水域(EEZ)で比較すると日本は世界6位の堂々たる海洋大国になる。国土面積の約12倍の広さに当たる。これを可能にしているのが、南太平洋に点在するサンゴ礁でできた島々だ。沖縄、小笠原諸島、硫黄島、さらに沖の鳥島、南鳥島などである。これらの島々が太平洋上に広く点在しているため、日本の排他的経済水域は約447万9000平方キロメートルと広く、中国の約5倍の大きさだ。

 今、世界の主要国は、陸上資源が枯渇気味になっている現状を踏まえ、最後のフロンティアとして海洋資源の確保、探鉱、開発に積極的に乗り出している。海洋資源を確保するためには、排他的経済水域が広いほど有利になる。日本の排他的経済水域には、豊かな漁場、海底の大陸棚には、熱水鉱床、コバルト、リッチ・クラスト、マンガン団塊、メタン・ハイドレートなど豊富な天然資源が存在する。

 この排他的経済水域を定めているのが、国連海洋法条約である。同法は領海、公海、大陸棚、排他的経済水域などを定めた国際条約で94年11月に発効した。日本は96年に批准、08年現在156カ国、地域が参加する。

 同条約第5部〔第55条ー同75条〕に排他的経済水域についての規定がある。それによると、海岸線から200カイリ(約370km)までは、領有国が優先的に漁業や海底資源の開発ができる権利が認められている。また、水に囲まれていて高潮時にも水面上にある自然に形成された陸地を島と定義し、島にも排他的経済水域が認められている。ただし、人工島や「人間の居住、又は独自の経済的生活を維持できない岩」に対しては、排他的経済水域を認めないと定めている。

 海洋資源開発時代を迎え、太平洋上に点在するサンゴ礁の島々が日本の大きな財産であることが改めて認識されている。

何千万年、何百年の歳月を経て、サンゴ礁は形成される

 サンゴ礁は、2千万年以上も前に海底火山が噴火し、その上に造礁サンゴ虫が群生し、その死骸(石灰質骨格と石灰藻など)が長年かけて蓄積されたものだ。サンゴでできた島は、島全体が海面すれすれで、高いところでも海抜3ー4m程度。南太平洋のツバルやインド洋のモルジブなどでは、満潮時に、島の一部や大部分が水没するケースが頻繁に発生している。

 サンゴは海の生態系を維持するために大きな役割を果たしている。サンゴは見た目には植物のように見えるが、れっきとした動物である。そのサンゴが二酸化炭素(CO2)を吸収し、酸素を排出していると言えば、首を傾げる向きもいるだろう。その通りである。正確にいえば、サンゴ自身が光合成を行うのではなく、ポリプ(サンゴ個体)の体中でサンゴと共生している褐虫藻(かっちゅうそう)という藻類(植物)の働きによるものだ。

 一定面積当たりのサンゴのCO2吸収量は、陸上植物の10倍以上もあり、地球全体で比較すると、サンゴのCO2吸収量は陸上植物を上回ると言われている。

 CO2を吸収し酸素を生みだす光合成活動の他に、サンゴは海を浄化する働き、多様な魚介類の生息場所の提供、天然の防波堤など様々な役割を果たしている。

 そのサンゴが、最近急速に減少している。サンゴ減少の原因は色々指摘されている。生活排水による水質汚染、開発による赤土の流出、海域の埋め立て、ゴミの放棄など様々な人的要因が重なり合って、サンゴの生息環境を狭めている。

温暖化や海水の酸性化の影響でサンゴの減少目立つ

 しかし、最近急激に進むサンゴの減少については、温暖化が原因だと多くの科学者が指摘している。それがサンゴの白化現象だ。サンゴは水温の上昇や強い紫外線に当たると、個体が白化して、死んでしまう。

 健康なサンゴは、褐虫藻が活発に活動しているので、褐色などの濃い色をしている。しかし高い水温などのストレスが加わると、サンゴ体内の褐虫藻が元気を失い、大幅に減少してしまうため、骨格が白っぽくなる。それが白化現象である。

 サンゴは必要な栄養(炭水化物など)の大部分を褐虫藻からもらっているため、白化状態が続き、褐虫藻が光合成を数週間もしなくなると、サンゴは飢え死してしまう。

 サンゴの白化現象は、1997ー98年に世界規模で発生し、注目されたが、最近また白化現象が世界各地で目立っている。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書でも、産業革命前と比べ、気温が2℃程度上昇すると、サンゴ礁の生態系が壊滅的な打撃を受ける、と警告している。

 この他、海水の酸性化が、サンゴの生育を損なうという指摘もある。大気中のCO2濃度が高まり、その一部が海水に溶け込み、海水を酸性化させる現象だ。海水が酸性化すると、炭酸カルシュームの骨格(石灰化)を持つ貝類やサンゴが骨格をつくれなくなる懸念がある。

 サンゴの生息環境が悪化すると、サンゴ礁の形成も止まってしまい、台風や波の浸食、温暖化に伴う海面水位の上昇などの影響で島の消滅や水没の恐れがでてくる。

サンゴ礁を守り広げることが国益にもつながる

 サンゴ礁の盛衰は、これからの日本の国益に大きな影響を与えることは明らかである。

 現に、海洋進出に積極的な中国は、排他的経済水域(EEZ)の規定の中にある「人間の居住、又は独自の経済的生活を維持できない岩」には排他的経済水域を認めないという条項に着目して、日本の太平洋上に点在するサンゴ礁の島のいくつかは、「島ではなく岩である」として、日本の排他的経済水域の縮小を迫るキャンペーンを国連などの場を利用して盛んに展開している。

 将来サンゴの生息条件が失われ、サンゴ礁の島の一部が消滅したり水没したりすれば、EEZが縮小してしまう危険性がある。

 サンゴが健全に育つ環境を維持できれば、サンゴの死骸が蓄積され、サンゴ礁の面積を増やすことも可能だ。サンゴの蓄積量は100年間に20ー30センチに達するとの研究もある。微々たるものだが、それに成功すれば、サンゴ礁の面積が増えることになる。サンゴが守る経済水域を持続可能な水域として今後も維持、確保していくためには、海洋生物学者などの科学者の知見を積極的に取り入れ、サンゴが元気で生きていくために必要な海の生物多様性を守るための様々な対策、工夫が求められる。政府は海洋大国、日本の安全保障を守るという視点からサンゴの育成、保護のための資金を惜しむべきではない。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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