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【著者に聞く】『週刊現代』特別編集委員 近藤大介氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

『週刊現代』特別編集委員 近藤大介氏

中国を敬遠せず活用せよ

中国を敬遠せず活用せよ

『活中論』近藤大介 著 講談社(1300円+税)

トランプ大統領就任で潮目が変わる世界情勢。東アジアもその例外ではない。年間で何度も中国を訪れる著者が、現地の幅広い人脈を駆使した生の情報を元に、中国の現状を赤裸々に描き、かつ日本は今後中国とどのように接していくべきか提言する。


(企業家倶楽部2017年6月号掲載)

対中の一本槍ではいけない

問 本書では中国の実情が赤裸々に描かれていて、興味深く読ませていただきました。こちらを書かれたきっかけを伺えますか。

近藤 執筆を思い付いたのは、昨年11月9日にトランプ大統領が当選した時です。アメリカの政策がガラリと変わる中、日本もこれに対応せねばなりません。特に、隣の大国である中国との関係は重要で、これまで安倍政権が外交の基本路線として掲げてきた中国への対抗政策は転換を迫られる可能性がある。私は、中国とむやみに争うのではなく、これを活用した方が日本の国益に適うと考えました。本書タイトルの『活中論』も、「中国を活用せよ」との意味を込めて名付けております。

問 トランプ政権が発足して、中国で実際に変わった点はありますか。

近藤 トランプ大統領の誕生は、日本では悲観的な反応が多かった一方、中国では「100年に一度のビッグチャンス」と楽観論・期待論が高まりました。

 それもそのはず。アメリカは、中国があれほど止めてくれと言っていたTPPを自ら離脱します。また、トランプ大統領は商人気質なので、理念や人権といった面倒な話をしません。日本と中国、アメリカのビジネス相手としてどちらが大事かと言えば、貿易額が桁違いの中国。もしヒラリー氏が当選していたら、より強固な対中包囲網を敷く可能性がありましたが、これが少しは緩くなるという憶測もあります。

 何より、中国ではアメリカ自体が混乱と自壊の時代を迎えると考えられています。トランプ政権には強硬な反対派が多いですよね。マスコミはほとんど敵ですし、メキシコなどの近隣諸国も敵に回している。これは世界二番目の経済大国である中国にとっては嬉しい限りでしょう。

 翻って日本を見ると、今後もアメリカが守ってくれる保証はありません。彼らはもっと多様な外交をしてくる可能性もある。例えば、「南シナ海に自衛隊を派遣しろ」、「アメリカの兵器をもっと買え」などと言ってくるかもしれないのです。こうした不安定な日米関係とアジア情勢を見るに、もっと幅のある外交が必要でしょう。そうなると鍵を握るのは中国ですから、やはり「対中」の一本槍ではいけません。

3億人の親日中間層を取り込め

問 ただ、中国の懐に入っていくのも一筋縄ではないでしょう。

近藤 もちろんそれには努力が必要ですが、今の日本には中国を嫌なものとして拒否しようという姿勢が強すぎます。世の中を見れば、往々にして嫌でも付き合わなければならない状況はあるでしょう。

 特に近年、中国は存在感を増しつつある。世界一の大国アメリカと比べても、GDPで6割以上、軍事費で4割まで追い上げていて、アジア地域に関して言えば、軍事力はアメリカと同等の水準に達しています。そして、日本を含むアジアのほとんどの国は中国を最大の貿易相手国としている。そのように重要な国と敵対している場合ではないのです。

問 確かに、日本人に対中感情を聞くと、8割が悪印象を抱いていると言います。しかし一方で、その巨大市場に魅力を感じている企業が多いのも事実でしょう。

近藤 毎日14億人が消費していますからね。しかも、購買力のある中間層が2~3億人と増えてきており、彼らはまさに日本製品を欲しがるターゲット。これからがチャンスと言えます。

 日本は戦後の歴史の中で、中間層の台頭や少子高齢化など、中国が今後直面するであろう問題を全て経験してきました。それに即して作られた最先端技術やサービスなど、彼らが必要としているものを持っている。これを提供することで、お互いに補完できるのです。

 最近は中国人の「爆買い」が無くなったと言いますが、中国国内では日本料理がブームになっています。これは、日本を訪れた観光客が親切なおもてなしや美味しい食事、綺麗な空気に触れ、親日派になって帰っていった結果です。こうした層をうまく取り込めば、中国の「量」と日本の「質」を掛け合わせることが可能でしょう。

中国事情に疎い日本政府

問 民間での日中交流は進展が見込めるかもしれませんが、政治面では尖閣諸島に中国の船団が襲来するなど、事あるごとに対立が続いており、難しそうですね。

近藤 その点について、私は日本が中国の事情に対してあまりに鈍感との印象を受けています。言うなれば、無駄に中国を怒らせている。

 例えば、安倍首相が靖国神社を参拝したのは2013年12月26日でした。この日は、中国の初代国家主席である毛沢東の生誕120周年記念日。毛沢東を誰よりも尊敬する現国家主席の習近平は、この日のために綿密な準備をして臨みます。そこに「日本の安倍首相が靖国へ参拝する」との情報が入ってくる。どう考えても自分の予定にぶつけられたと思いますよね。

 野田佳彦前首相も同じです。彼が尖閣諸島の国有化を国会で宣言したのは2012年7月7日。実はこれは、日中戦争が始まった日なのです。中国では、一年で一番反日感情が燃え上がる日。その日に限って、尖閣諸島国有化などと国会で言ってしまう。

 ちなみに、私が安倍政権、野田政権それぞれの関係者に話を聞くと、両者とも「そんなことは知らなかった」と笑っていました。つまり、政治的な意図をもって故意にぶつけたわけではない。無知ゆえの所業です。

問 そうした不慮の事態から、日中間で戦闘が起こる可能性はありますか。

近藤 前の胡錦濤政権までは無かったでしょうが、現在の習近平政権では否定できません。

 日本と中国の力関係は既に逆転しています。GDPで中国が日本を追い抜いたのは2010年ですが、瞬く間に差は開き、もうじき日本の3倍規模になります。軍事力でも中国の予算は日本の4倍。陸海空軍はもちろん、サイバー部隊、宇宙開発、核兵器もある。既にアジアは中国を中心に動いていることを認識すべきでしょう。

 ちなみに、中国からすると、尖閣諸島を取ること自体は大きな目的ではありません。彼らが考えているのは、その先の台湾を自国の領土に組み込むこと。これが建国以来の中国の国是です。中国としては、尖閣諸島は台湾の一部という認識であり、台湾は中国の領土であるから、尖閣諸島も当然自国の領土だという論理なのです。特に習近平は、自分の政権のうちにこれを成し遂げるつもりでしょう。

権力を一手に握る習近平

問 国是とはいえ、まさか中国が現実的に台湾を狙っているとは驚きです。その場合、国内で反対などは起きないのでしょうか。

近藤 当然、反対意見も出るでしょうね。現在中国の国務院総理(首相)を務める李克強などは、ビジネスをする上で台湾は現状のままの方が良いと合理的に考えているはずです。一方、習近平は理想主義者。「台湾を取るのが国是ならば、その影響に関係無く実行するまで」というわけです。

問 習近平が自らの考えを実行に移すには、相当な権力が必要となりますね。

近藤 中国の現代史を紐解くと、社会主義による締め付けと自由経済による改革開放路線の綱引きが繰り広げられてきました。ここ最近の中国共産党総書記では江沢民、胡錦濤と改革路線が続きましたが、習近平はこれを再び統制し、社会主義に戻そうとしています。そうすることで、全ての権力を自分に集めようとしているのです。

 権力を握る上で一番大事なのは200万人超の人民解放軍と国有企業利権。すなわち「力と金」というわけです。そこで習近平は、業績不振に陥っている国有企業を淘汰して巨大な独占国有企業を作り、その全てを自分が牛耳るという手法に出ました。

 こうなると、民間企業は育ちません。中国では一日4万社が生まれていると言いますが、本当に生き残っているのは一握りでしょう。経済を犠牲にして、政治で権力を握っているのが習近平。中国の景気が良くなるはずがありません。

問 人口14億人を誇る中国には、優秀な方々も多いでしょう。なぜそうした頭脳が生かされないのですか。

近藤 中国では権力闘争で物事が決まります。すると、必ずしも優秀な人材が生かされるとは限りません。権力闘争は好き嫌いですからね。優秀な人が社長に嫌われて窓際族に追いやられるなど、どこにでもある話ですが、今の中国はそれが顕著なのです。

国民の8割は習近平支持

問 経済成長が停滞すると、生活が苦しい民衆の反発が噴出するのではないですか。

近藤 意外に思われるかもしれませんが、私の肌感覚では、習近平はこの4年間を通して8割の人に支持されています。

 これは実は、中国の人口ピラミッド通りの結果です。中国では、最も上にエリートがいて、それから中間層が続き、残りの8割は貧しい人々で占められています。そして習近平は、その大衆から支持を集めているのです。

 これには、彼が推進する腐敗撲滅運動が関係しています。中国は賄賂社会ですから、特に貧しい人々は多かれ少なかれ賄賂で嫌な目に遭っています。金を積んだ親の子どもが優先的に幼稚園に入れたり、買うはずだった家が賄賂を払った他人に横取りされたり、そんなことは日常茶飯事です。

 これにガツンと一発入れてくれるのが習近平。元々彼は「北京大学を卒業し、ハーバード大学に留学し、英語に堪能」といったインテリのエリートが大嫌い。今は、疑わしい者は共産党の幹部であろうがどんどん捕まえて、牢屋に入れています。大衆は、これが痛快でなりません。

 実はこの運動、「腐敗撲滅」の名を借りた習近平の権力闘争という側面もあるのですが、一般民衆にはそうした実情を知る機会も興味もありません。ただニュースを聞く限りでは、不正を摘発しているようにしか見えないでしょう。

問 今は習近平が実権を握る中国ですが、今後民主化が行われる可能性はあると思われますか。

近藤 急には難しいでしょう。ここまで長い期間、一党独裁で治めていると、他に代わる政治勢力が育っていません。共産党には決め台詞があり、「自分たちがいなくなったら社会が混乱するが、それでも良いのか」と言うわけです。確かに、道を歩いていても殺されることはありませんし、14億人もの人が居ながら秩序が保たれているのは驚異的なことだと思います。

 特に、習近平は永久政権を目指している節があります。ただ、今のような社会主義の締め付けが続けば限界が来るでしょう。若い世代が台頭して、民主化の流れに傾く可能性も無くはありません。

 もっとも、これが日本にとって良いのかは分かりません。仮に中国が民主化して、物わかりの良い国になり、国際社会に積極的に貢献し始めたらどうでしょう。世界は中国を中心に回り出しますから、日本など相手にされなくなるかもしれない。いずれにしても、今のうちから、この超大国との付き合い方は真剣に考えなければならないのです。

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