会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2013年1・2月合併号掲載)
「ひとつよろしく」は、ぬかにクギ
「これはこれ、それはそれ、ひとつよろしく」などとハッキリと明言せずに、「さりげなく相手の心情に訴えるのが効果的だ」という文化が、長い間、日本を支配してきました。
E.T.ホールが「高コンテキスト文化」と名づけた代表格が、まさに日本です。(図1参照)
個人的なつき合いならともかく、これがビジネスや政治の世界にまで持ち込まれると、大変なことになります。
例えば、前述の「これはこれ、それはそれ?」をそのまま英語にしたらすぐわかるでしょう。
聞いた相手は、「はて、なんのことか?」と頭の中に「?」が飛ぶのみならず、それを言った人の論理性を疑うしかない言葉になります。
かつて日本流の「暗示文化」が築いたのが、沖縄返還の際に、アメリカ側の要求、「イン・ア・フュー・イアズ」を勝手に「2、3年のうちに」と訳して、政治的問題に発展したことがあります。「afew」は「2、3」と限らず、「5」でも「7」でもありですから。佐藤栄作首相の時でした。
その失敗にも懲りず、またしても今秋に、野田佳彦首相が「近いうちに」と抽象語を使い、この度「嘘つき」騒動に発展し解散。
そもそも、パフォーマンス学の観点から言うと、ここにはトップの自己表現において、絶対忘れてはならない「ダメ押し」の技がすっぱ抜けていたからいけないのです。
「近いうちに解散する」という大事な問題ならば、それを口約束で終わらせずに、具体的な数字に直して書面にするべきでした。
ビジネス上での約束は、①「口約束」、②「覚書」、 ③「念書」、④「契約書」というように、さまざまな形態で実行されます。そのうち「口約束」は、道義的、心情的、感情的なものであって、相手が正直な場合は守るのが当然のことです。
しかし、たまたま相手が嘘つきで、約束を守らなかったからと言って、「ああ言った」「いや、ああは言ってない」の論争になっても、書面がないのは不利です。結論がなかなか出てきません。
それが現実に国家的問題に発展してしまったのですから、日本人の契約観が疑われるところです。
もっと「契約思想」を
アメリカは、もともとそこに「神の国をつくる」という「契約思想(コントラクト・セオリー)」の元に、イギリスから渡ってきたWASPの人々が、「聖書の通りの行ないをしていれば、神様との約束に基づいて、この国は発展する」という理念でスタートした国です。そのため、すべてが「契約第一」で仕事を進めます。
「わかりやすい」「あとでもめ事にならない」、この点で今こそ日本は、「口約束」の時代を脱出する時期でしょう。
ほのめかしの「暗示表現(インプリシット)」は、世界に通用せず。「明示表現(エクスプリシット)」でいきましょう。そして、紙に書いておくことが肝心です。私の図表をご覧ください。(図2参照)
GDPで中国に追い越され、「ジャパン・バッシング」どころか「ジャパン・ナッシング」と言われるほど、経済も外交的発言力も落ちている時に、口約束などしている場合ではありません。
せめて経営者は、きちんと理論的に話し、念書・覚書・契約書くらいのステップは踏むのが、ビジネスで最高責任を取るトップ・エグゼクティブのやり方でしょう。
「数字の明記」が必要で、「いつ・何を・いくらで」という、いわゆる注文書や明細書に書かれているような内容を明示しないと、あとでもめ事のタネになります。訴訟社会、クレーム社会でもあるのですから。
そうは言っても、実際のビジネスシーンにおいて、社内で部下との間のちょっとしたやりとりの中で、書面で契約を交わしたりする上司はいないでしょう。そこにこそ、信頼関係が必要なのです。
毎度、選挙のたびに政治家たちの言葉を聞くと、「熱心にやります」「誠心誠意でがんばります」「命をかけて」などと、ずいぶん“命の大安売り”が目立ちますが、ここにはなかなか信頼性の考え方が入り込む余地がありません。
なぜなら、嘘つきの政治家たちに辟易して、国民はもはや「もともと疑わしい者」として政治家を見ているからでしょう。
ビジネスの一流エグゼが、これをマネしては困ります。社内外でしっかり成果を出す「ダメ押し」の手法を、具体的に見ていきましょう。
理念の「ダメ押し」
まず、物事をはじめる前には、「理念の明示」が必要です。模範になるのは、ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長・柳井正氏の次の言葉でしょう。
「ノー・チャレンジ、ノー・フューチャー」
日経新聞の新入社員募集の広告です。
彼は、社員となしてこれから働きはじめる人たちに、自分の望んでいるポリシーを明言しました。直訳すれば、「挑戦しなけりゃ、未来はない」となるでしょう。
今や世界第3位の経済国に成り下がってしまった日本の中で、「ユニクロ」は猛烈な快進撃で、大変革を続けています。世界の中でも、大きな台風の目のようになっています。「挑戦しなけりゃ、未来がない」は、「会社の未来がない」ともとれますが、新たに入社した人たちが最大限の努力をして最大の成果を出さないと、「君の未来はないぜ」と言ってもいるのです。
入社後どのように働くべきか、そして、最大の努力と成果を成し得ない場合のデメリットを示し、初期の段階で明確なクギを刺しています。
その意味で、多くの知識ある日本人が暗記し、未だにホレボレと思い出す、ひとつの忘れられないセリフがあるでしょう。
ジョン・F・ケネディの演説での言葉です。「国が君に何をしてくれるかを問うな、君自身が国に何ができるかを問え」
就任早々にこんな演説を聞かされたら、国民も責任を感じて当然です。これもまた、良いものが自分に与えられなければ、「くれない、くれない」と騒ぐ多くの日本人に、今一度、聞かせたい「ダメ押し」のクギの名文です。
まずは、経営者としての「理念」を明確にし、短いセンテンスで最初にバッチリと「クギを刺す」こと。
これを、トップ・エグゼクティブが今年実行する事項に加えていただくと、多くの社員はきっと燃えることでしょう。
注)図表は、佐藤綾子『自分をどう表現するか』(講談社現代新書)より共に引用
Profile 佐藤綾子
日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『プレジデント』はじめ連載9誌、著書170 冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで