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【緑の地平vol.16】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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食品ロスをなくそう~さらば飽食の時代へ~

食品ロスをなくそう~さらば飽食の時代へ~

(企業家倶楽部2013年12月号掲載)

世界人口の8人に1人が飢餓に苦しんでいる

 今の日本は飽食の時代と言われている。ホテルのパーティや旅館の宴会場などでは、大量の食品が食べ残されて、廃棄物として処理されている。家庭でも買い過ぎや料理の作り過ぎで廃棄される食品は少なくない。スーパーやコンビニでも、まだ食べられる多くの売れ残り食品が廃棄物として処理されている。実にもったいないことだ。

 だが、飽食の日本から世界に目を転ずると、全く違った世界が見えてくる。FAO(国連食料農業機関)の最新の調査〈12年10月現在〉によると、世界人口の8人に1人(世界人口の約12・5%)に当たる約8億6800万人が、飢餓人口であり、慢性的な栄養失調状態にある。

 世界人口が増え続ける一方、温暖化による気候変動で、時ならぬ大干ばつや水不足、逆に豪雨などに見舞われ、近い将来、世界の穀倉地帯が大きな打撃を受ける懸念も強まっている。今世紀は水不足と食料危機の時代だ。食料のムダは慎まなければならない。

 それでは、日本ではどのくらいの食料が廃棄物として捨てられているのだろうか。農水省の資料によると、日本では年間約1700万トン〈2010年現在〉の食品廃棄物が排出されている(図参照)。内訳は家庭系廃棄物が約1070万トン、事業系が約640万トンで、家庭系が6割強の比重を占めている。 大量の食品廃棄物を出す日本は、一方で世界有数の食料輸入国でもある。米、麦、トウモロコシなどの穀物輸入は年間約2500万トンに達している。

 食品廃棄物は穀物だけではなく、野菜や魚類、肉類、乳製品なども含まれているので、単純な比較はできないが、2500万トン輸入していながら1700万トンを廃棄物として排出している姿は決して健全とはいえない。

食べられるのに捨てられる食品ロスは年間最大800万トン

 約1700万トンの食品廃棄物のうち、本来食べられるのに廃棄されているもの、いわゆる「食品ロス」は、年間約500ー800万トンに達すると、農水省では推計している。

 食品廃棄物の中には、加工、調理過程で不要になるもみ殻や魚の骨、野菜くずのようなものがある。これらは飼料化、肥料化、さらにエネルギーなどとして利用されている。

 問題なのは、加工、調理され、十分食べられるにもかかわらず、食品廃棄物として捨てられている「食品ロス」である。食品ロスが、食品廃棄物全体の3割から5割近くを占めていることである。

 食品ロスは、食品メーカーなどの事業系から排出されるものが約300ー400万トン、食べ残しや過剰購入品の廃棄など家庭系から出るものが200ー400万トンある。食品ロスは世界全体の食料援助量約400万トン(2011年)を上回っており、日本のコメ収穫量850万トン(2012年)と同程度という膨大な量になっている。

 それでは、食品廃棄物の中で、特に食品ロスが大きな割合を占めるようになった理由はどこにあるのだろうか。事業系、家庭系によってそれぞれ事情は異なる。事業系の食品ロスの比率が家庭系よりもかなりに高い理由として、日本の食品業界独特の商慣習が挙げられる。

 日本の食品業界には、食品を生産して消費者が消費するまでの期間(賞味期限)を三つに分ける「3分の1ルール」という制度が定着している。具体的にはメーカーから卸・小売店への納品期限が3分の1、店頭に置く販売期限が3分の1、消費者が購入して消費するまでの賞味期限が3分の1という割り振りだ。賞味期限6カ月の加工食品を例にあげれば、納品期限が2カ月、販売期限が2カ月、賞味期限が2カ月になる。

 「鮮度のいい食品を消費者に提供する」という目的で、1990年代に定着した制度と言われているが、この制度が結果として食品ロスを生む温床になっている。

「3分の1ルール」の見直し検討も

 一般に、メーカー段階では、多めの在庫、規格外品を抱えている。多めの在庫は、需要に敏速に対応するためだが、需要が無く納品期限が過ぎれば、食品ロスになってしまう。製造、輸送段階で、ラベルがはげたり、包装の一部が破れたり、商品の中味が不ぞろいだったりする規格外品も出てくる。

 流通段階でも卸売段階では小売からの注文にいつでも応えられるように一定の在庫を持っている。小売段階では納品期限切れや新商品の販売などで店頭から撤去される「定番カット」などの形で、直接メーカーに送り返される商品は年間1139億円に達するという。小売から卸売へ返品されるものも417億円あるが、これも最終的にはメーカーに返品されるケースが多い。

 食品業界の調査によると、メーカーに返品された商品の約74%がまだ食べられるにもかかわらず廃棄されており、ディスカウント店などの他の販路への転売は、約16%にとどまっている。

 事業系食品ロスが大量に発生する理由として、納品期限が短過ぎるとの指摘が多い。日本の場合賞味期限の3分の1に対し、アメリカは2分の1、フランス、イタリア、ベルギーは3分の2、イギリスは4分の3である。納品期限が長ければ、かなり食品ロスが減少できる。この点については、農水省の呼びかけで、メーカー、卸売、小売などの関係者18名が集まって、昨年から「食品ロス削減のための商習慣検討ワーキングチーム」を結成し、納品期限の緩和(引き延ばす)など、3分の1ルールの見直しの検討を始めている。

新販路の開拓フードバンクとの提携

 食品ロスを減らすためには、食品メーカー側の努力も欠かせない。返品の直接廃棄を極力避け、賞味期限前の食品や規格外品を有効に活用する方法にもっと知恵を絞らなければならない。たとえば、低価格で販売する新ルートの開発である。消費者の中には、規格外品であっても、安心して食べられるなら、たとえ、形が不ぞろいであっても、ラベルが剥がれ落ちていても、価格が安ければ購入したいと願っている人が少なくないはずだ。

 最近では、メーカーに返品された賞味期限切れ前の食品や規格外品を引き取り、児童養護施設、障害者福祉施設、さらにホームレス支援団体などへ無料で提供する「フードバンク」が活動している。フードバンクとの協力によって、食品ロスを減少させることも食品の有効活用だ。日本では、全国に11団体あるフードバンクが2011年には、1689トンの食品を福祉施設などに提供している。

 他方、消費者サイドも、飽食文化との決別が必要だ。日本が貧しかった時代、茶碗に米粒一つ残すだけで、子供は親から厳しく叱られたものだ。お百姓さんが汗水流して作った米の一粒でもムダをすれば、申し訳ないと。日本人が代々引き継いできたもったいない精神を復活させ、食品の計画的な購入、食べ残しがでないような適量料理など新しい食生活への転換が必要だ。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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