MAGAZINE マガジン

【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレス】MOVIDA JAPAN代表取締役兼CEO孫 泰蔵氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

シリコンバレーにあって日本に無いもの

(企業家倶楽部2012年8月号掲載)

■起業を志す日本の若者は 予想以上に多い

 今回は、私たちの事業内容にも触れつつ、シリコンバレーと日本の違いについてお話していきたいと思います。

 私たちはベンチャーキャピタル事業を中心に展開しておりますが、究極の使命としては、アジアにシリコンバレーのようなベンチャー企業が育まれる環境を創出したいと考えています。そうした思いから、若い日本の企業家たちを育成すると同時に、アメリカ、ヨーロッパ、中国などの海外で急成長しているベンチャー企業が日本に参入する際の支援も行っております。

 以前も紹介したように、現在はクラウド、ソーシャルネットワーク、モバイルインターネットの普及により「起業の大衆化」が進んでいます。従来は、多額の借金など強烈なリスクを負ってでも必ず成功を掴むという強靭な意志の持ち主しか起業できませんでした。しかし現在は、言わばバンドを組むようにベンチャーを創業できるのです。バンドはボーカル、ギター、ベース、ドラムがいれば組めますが、同様にプログラマー、デザイナー、営業、会計が集まればベンチャー企業を興せるという感覚です。

 当社にも、多くのビジネスプランが持ち込まれます。2011年9月に公募をかけたところ、1週間で100社以上の応募がありました。あまりに多かったので一度打ち止めたほどです。そして、応募者の3分の2は学生もしくは20代前半という若い層でした。日本にも、起業志向の若者は大勢いるのです。

■失敗は企業家の勲章

 ただし、シリコンバレーと日本の違いは歴然としてあります。一番の違いは、起業したいという人材の層の厚さでしょう。シリコンバレーには、世界中から優秀な人材が集まってきますし、起業を繰り返すシリアルアントレプレナーも数多くおります。起業に関する経験や知識レベルも超一流です。それに比べて日本の場合は、まだ企業家の絶対数が少なく、2回以上起業を経験している人はほとんどおりません。

 また、日本では多くの方が失敗を怖がります。私たちにビジネスプランを見せに来た企業家の卵たちも、「うまく行かなかった場合が怖くて、実行するか悩んでいます」という方が多いのが実情です。

 シリコンバレーの場合、「失敗=経験」と評価されます。失敗が多いと、逆に評価が上がるのです。今回初めて起業する人と3回失敗した人。同じ規模の企業であれば、ベンチャーキャピタリストは失敗を経験している方に投資をします。失敗経験が無い人は、大きな壁に直面した際に乗り切れるか不安ですが、失敗した経験を積んでいる人は、どうにか対処するだろうと信用されるのです。

「Start fast, fail fast」。最近、シリコンバレーで流行っている言葉です。つまり、早く起業して早く失敗すれば、取り返しのつかないような大きな痛手は無く、次回は成長して更に良い状況を生み出せるということを示唆しています。

 日本にも、何度失敗してもチャレンジできるセーフティネットを仕組みとして作らなければなりません。一回失敗すると自己破産が待っているとなると、ためらうのは当然です。本来、失敗は企業家の勲章だというくらいの気持ちが必要で、失敗した回数を自慢できるような環境を作れたら、日本の状況もかなり変わるでしょう。

■ベンチャーの森を創出する

 私は16年前、23歳の時Yahoo! Japanの立ち上げに関わりました。ヤフー創業者のジェリー・ヤン、デビット・ファイロに会い、衝撃を受けたのです。彼らはスタンフォード大学の大学院生ながら、世界を変えるヒーローでした。

 シリコンバレーからは、毎年のように世界を席巻する新しいヒーローが輩出されます。何年かぶりに会うと、前回会った時に経営していた会社を売却し、新しい会社を創業しているなどざらです。なぜこのように企業の新陳代謝が良く、世の中を変えていくイノベーションがシリコンバレーからばかり生まれるのか、ずっと不思議でした。

 私なりに研究して最終的に分かってきたことは、シリコンバレーにはベンチャー企業が生まれるための生態系が整っているということです。

 生態系と言うと、森がその好例でしょう。木は、種を撒き、芽が出たばかりの時には、水や肥料を一生懸命遣らなければすぐに枯れてしまう。しかし段々育ってくると、自力ですくすく伸びて、枝葉が広がって実をなす。すると鳥がそれを食べ、どこかに飛んでいってフンをし、その中に種が入っていて、また芽が出るという具合に森が大きくなっていく。森が大きくなると、様々な動物や虫が集まり、天然の雨も降ってきて、さらに森が育っていく。

 水が循環するからこそ生態系が保たれ、森が豊かになります。企業を1本の木と仮定すると、成長に不可欠な水に当たるものがお金です。投資をして、ビジネスの種からベンチャー企業の芽が生まれると、それが育って利益を上げていく。すると、創業者や投資家は持っている株に応じてリターンを得ることが出来る。そのリターンを次のベンチャー企業に投資していくという形で、お金が循環します。自分たちもそのように成功させてもらったため、企業家たちは後進の育成に積極的なのです。この循環が、実はシリコンバレー以外の地域ではまだあまり見られません。

 日本の場合、ライオンの親がわが子を千尋の谷に落として鍛えるというようなところがあり、ベンチャー経営者は意外と後輩に冷たいかもしれません。もちろん、甘やかせばいいというものではありませんが、シリコンバレーと違って生態系が整っていないのは事実です。

 ビジネスプランだけで資金を調達するのは困難です。資金面に止まらず、法律面では弁護士、財政面では会計士など、企業家をサポートする様々な人脈が不可欠です。シリコンバレーにはメディアもあって、新たに伸びてきたベンチャー企業を取り上げます。企業家と様々なタイプのサポーターが両方存在してこそ、ベンチャー企業が生まれる風土が出来上がるのです。

■アジアに1000社のベンチャーコミュニティを作る

 私たちは今、ベンチャー企業を公募し、その中から約20社を選抜して、事業を軌道に乗せていくノウハウを提供しております。具体的には、①ビジネスプランを伺い、美点・欠点を分析②内容をブラッシュアップし、採算が取れるであろうビジネスモデルに修正③実際に資金を提供して「モノ」を作る④その原型を元に、投資家の前でプレゼンしていただき、本格的に投資を募る。この一連の流れをプログラムにしているのです。この試みはまだ始まったばかりですが、プログラムを繰り返すことでより大きくしていこうと考えています。

 仮に1000社あれば、たとえ失敗しても、成功し始めて人手が足りない企業が受け皿となりうるでしょう。多くの方がどんどんチャレンジし、失敗しても路頭に迷うのではなく、他の会社と一緒になってやっていけるという状況を作り出したいのです。

 生態系を生み出すためには絶対数も大事で、圧倒的な量が質を生むという結果にも繋がります。最終的にはコミュニティをアジアの各都市に広げ、1000社のベンチャーを育成したいと思います。

Profile 

孫 泰蔵 (そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、若手ベンチャーへの支援プログラム、Seed Acceleration Program を推進。

一覧を見る