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【緑の地平vol.17】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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日本はもっと野心的な温暖化ガス削減目標を掲げよ

(企業家倶楽部2014年1・2月合併号掲載)

特別化石賞を贈られる

 2013年11月中、下旬、ポーランドのワルシャワで開かれたCOP19(国連・気候変動枠組み条約第19回締約国会議)で、日本は20年の温室効果ガス(GHG)の排出削減目標を05 年比で3.8%削減すると発表した。この目標値は90年比3.1%増で、先進主要国の中では、唯一90年比増になっている〈表参照〉。この数値が発表されると、「交渉に後ろ向きだ」と会場に集まった世界の環境NGOグループから「特別化石賞」が贈られた。

 化石賞は世界各国の約850の環境NGOで作るグループが、「最も交渉に後ろ向きな対応をした国」に対して皮肉を込めてCOPの会期中に贈っているものだが、今回は化石賞よりさらに交渉に後ろ向きだとして、「特別化石賞」が贈られた。何とも不名誉で情けない話である。

 日本の数値目標については、環境NGOだけではなく、会議に参加したEU加盟国や多くの途上国の代表からも苦情と落胆の声が発せられ、「温暖化対策に不熱心な日本」というイメージを国際社会に植え付けてしまった。

 実は、11年3月の福島原発事故が起こる前の日本は、20年のGHGの排出量を90年比で25%削減する方針を明らかにしていた。25%削減の前提として、政府は20年までに9基の原発を新増設し、原子力の発電比率を40%以上(事故前は約26%)にすることで25%削減を達成するシナリオを描いていた。しかし、計画策定後福島原発事故が起こり、原発依存による25%削減が物理的に困難になってしまった。

 民主党政権時代の12年9月に策定された「革新的エネルギー・環境戦略」では、原発事故により、20年のGHG排出量は、原発がほとんど稼働していない現状を考慮すれば、90年比で「5ー9%削減がやっと」という試算結果を明らかにした。

 今回政府が発表した目標値は、ほぼ同じ条件を前提にした民主党政権時代の数値と比べても大きく見劣りがする。

原発ゼロではガス排出削減は無理だという思い込み

 政府はGHG排出削減についてもっと野心的な目標を掲げて取り組むべきである。現在の安倍政権内部には、「原発ゼロではGHGの排出削減はムリ」という強い思い込みと錯覚があるように思われる。近い将来原発を稼働させて、GHGの排出削減目標値を高めに修正し、それを原発推進の錦の御旗にしようとする安倍政権、原子力産業界の思惑が透けて見える。このため、原発ゼロでもGHGの大幅削減は可能だというもう一つの選択肢を無視ないし最初から考慮の枠外に置いているように思われる。

 原発推進を掲げる安倍政権は、原発がなければ、その分を天然ガスや石油などの化石燃料で賄わなくてはならなくなる。天然ガスなどの価格は上昇気味なので、その輸入額は年間4ー5兆円近くに膨れ上がってしまう。この結果、大幅な所得の流出を招き、日本経済に大きな打撃になる、と説明している。

 果たしてこの指摘は正しいのだろうか。経済学的に言えば、化石燃料価格が高騰すれば、企業は新エネなどの代替エネルギーの開発、省エネルギーのためのイノベーションに必死で取り組み、問題を克服する行動に出る。それが市場経済の良さである。政府がそうした企業行動を税制面や補助金支給などで積極的にバックアップすれば、GHGの大幅削減は十分可能になる。政府が指摘する巨額の所得流出は、それを避けたいとする企業が代替エネルギー、省エネルギー分野で、ブレークスルー〈現状打破〉を伴う多様なイノベーションを誘発させる千載一遇のチャンスになる。

80年代のデカップリング経済の経験を今に生かせ

 その格好のテキストが80年代の日本にある。歴史的に見ると、経済成長と化石燃料とは、切っても切れない密接な関係(カップリング)にあった。経済を成長、発展させるためには、石炭や石油などの化石燃料が必要だった。高い経済成長を目指すためには、化石燃料の消費を大幅に増やさなければならなかった。

 この関係がカップリング経済である。これとは逆に経済成長は右上がりだが、化石燃料の消費は減少し、右下がりになる経済がデカップリング経済である。
 80年代の日本は、経済成長は年率3.8%で右上がりだったが、原油の輸入量は逆に減少し、デカップリング経済が実現した。これを可能にした最大の理由は、原油価格の暴騰だった。企業は省エネ、再生可能エネルギーなどの開発、利用に全力で取り組んだ。その結果、省エネ、再エネ分野で様々なイノベーションが起こり、経済成長は右上がり、原油輸入は右下がりの理想的な経済が出現した。

 この経験を今こそ生かすべきである。原発ゼロ、低炭素、省エネ、再エネ、燃料電池、スマート・グリッド(賢い送電網)を活用した地域分散型発電システムなどに積極的に取り組む。また、11年の原発事故後、国民、企業が夏場の電力不足を大幅な節電で乗り切った経験も生かす。これらを総動員することで原発ゼロでも、20年のGHG排出量を90年比で15ー20%程度削減させることは、それほど難しいことではないはずだ。

 野心的な目標は、国民に勇気と希望を与えるものだ。

猛威をふるう異常気象が多発の恐れ

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、昨年9月末、地球温暖化の科学的根拠をまとめた報告書(第5次報告書)を発表した。それによると、温暖化による気候変動は、このままで推移すると、今世紀末には制御不可能な状態に陥る可能性が強いと指摘している。

 報告書によると、今世紀末の地表の温度は、最悪の場合、4.8度まで上昇すると予想している。現実はこの最悪のコースをたどる可能性が最も大きい。4.8度上昇なら、異常気象が生態系に与える影響は一段と深刻化する。食糧危機、水不足、さらに水没による居住環境の喪失などによる環境難民が急増し、国際的に大混乱が起こる可能性もある。

 この1年を振り返ってみても、異常気象は世界中を荒々しく駆け回った。猛暑、集中豪雨、洪水、干ばつなどが頻発するようになった。11月初旬、フィリピンを襲った台風30号の影響は特に深刻だった。風速100メートルをこえる史上最強の台風は、5000人を超える死者、行方不明者を出し、破壊された地域の復旧は遅々として進んでいない。温暖化対策が進まなければ、台風30号のような破壊力の大きい台風が今後多発する可能性が大きいことをIPCCの報告書は警告している。

 日本が原発に頼らず、再エネや省エネ、節電、地域分散型の電力供給システムなどをフルに動員して、世界の手本になるような低炭素社会を構築するためには、20年のGHG排出目標はあまりに低過ぎる。25%削減は現実的に難しいとしても、それに近い目標値を掲げ、日本人の心意気を示す絶好のチャンスが到来しているのである。


2020年の主要国の削減目標 〈 1990年比〉

日 本     3.1%増   (05 年比3.8%減)

米 国     3%減    (05 年比17%減)

欧州連合(EU) 20ー30%減(05 年比13ー14%減)

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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