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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレス】MOVIDA JAPAN代表取締役兼CEO孫 泰蔵氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

スマホアプリの収益化の流れ

(企業家倶楽部2012年10月号掲載)

■スマートフォンに特化したサービスの台頭と急成長

 iPhoneなどスマートフォンの普及で、わざわざPCを開く時間が減っています。スマートフォンさえあればメールのチェック、インターネット、チャットなど何でもできる時代になりました。国内では今、10代の若者を中心に無料通話アプリLINE(ライン)が普及しており、会員数は2300万人を超えました。海外を見てみると、お隣の韓国ではカカオトーク、中国ではWeChat、米国ではvoxerなど、ポストフェイスブックを狙ったモバイル版のSNSも数多く登場しています。

 となれば、注目されてくるのは当然ながらスマートフォンを介して収益を得るビジネスモデルです。ゲームアプリにおけるアイテム購入や、特別コンテンツが利用できるサービスをインアップパーチェスと言いますが、このようなアプリ内購買を収益モデルとする企業も出てきました。今後、スマートフォンに特化したサービスは、今以上にITビジネスの大きな軸のひとつになってきます。

 また、ゲームもテレビゲームからPCによるオンラインゲームへと移行してきましたが、これからはスマートフォンを使ったゲームが主流になります。たとえば日本最大級のオンラインゲーム、ラグナロクオンラインの運営を行うガンホーでも、現在スマートフォン向けゲームの制作に力を注いでいます。なかでも『パズル&ドラゴンズ』というゲームアプリケーションは、パズルとRPGの融合が功を奏しユーザーからの人気を集めています。その証拠に、現在110万ダウンロードを突破しApp Storeの「トップセールス」ランキングでは1位を獲得しており、現に課金による月間数億円もの収益があります。このことからも明らかなように、スマートフォンにおけるアプリ内購買を使ったビジネスが今後、伸びてくるでしょう。

 今回ご紹介したいのが、アメリカはサンフランシスコに拠点を置くTiny Coです。TinyCoは2007年にインド系アメリカ人のスリ・アリ氏が創業したiOS向けのソーシャルゲームの開発・運営会社で、インターネット普及に貢献したネットスケープ社を生み出したマーク・アンドリーセン氏が共同設立に携わっていることでも知られています。すでにTiny Co内のゲームアプリの総ダウンロード件数は2000万回を超えている、まさに急成長中の注目企業です。

 ですが、注目すべきはダウンロード件数だけではありません。Tiny Coは、自ら500万ドル(約4億円)のスマートフォン向けゲームアプリ開発のファンドを創設しているのです。ゲーム1タイトルにつき50万ドル上限で開発費の援助を行うだけでなく、必要に応じてプロモーションやマーケティングなどの面でもサポートを行います。自社のスマートフォンからのアプリダウンロードでかなりの収益を上げているにもかかわらず、ゲーム業界の人材育成に力を入れている。アプリによるゲーム業界の盛り上げ役となっています。

■リスクをとらないことが最大のリスク

 高学歴のエリートと言われる学生たちからも「失敗が怖い」とか「リスクを負いたくない」といった声をよく聞きます。失敗は誰しも避けたいものですが、始める前から失敗を恐れてしまっているのです。たしかに大きな勝負をするときはリスクマネジメントをしておかないといけません。しかし、最近のスタートアップで起業しようとしている人たちにとって、いったい何のリスクがあるのでしょう。かつては高額であったサーバーなどは以前のように買う必要はありませんし、ほんの数人集まればアプリが作れてしまう時代です。会社を辞めて独立してからでなければできないわけでもない。せいぜい週末の時間を費やせば十分に新しい仕事が出来るわけです。仮に上手くいかなかったときにリスクがあるとすれば、それに掛けた「時間」くらいでしょう。でもその時間は勉強になっているのだから、決して無駄ではないはずです。そう考えるとスタートアップをすることで起こりうるリスクはほとんどありません。

「Start fast,fail fast(早く始めて、早く失敗しろ)」という言葉があるように、まだ何もしないうちから足踏みしたりすることのほうが何倍も「もったいない」と私は思います。私たちの頃に比べればお金もほとんどかからない。リスクがほとんどない今だからこそ、やりたいことがあれば、起業すべきなのです。

■ベンチャーを身近にしたい

 海外では、優秀な人ほど起業し、次いで優秀な人がベンチャー企業に、あまり優秀でない人は大手企業に就職すると言われています。では、日本はどうでしょう。学歴社会のなかで、優秀な学生は大手企業、公務員に就職することを希望します。若いのに保守的だと思います。海外の優秀な学生と進路が逆行している、というのが現状です。

 もちろん国内でも起業をする人はたくさんいるし、私が起業し始めた頃に比べればその絶対数は圧倒的に増えているといえるでしょう。けれども全体的に見て、一般の人々には身近に感じられていないのです。以前「起業の大衆化」が進んでいるという話をしましたが、まだまだ伸びしろはあると思います。

 たとえば日本野球でも、1990年代後半にしてメジャーリーグに行った野茂選手、イチロー選手らは特にカリスマ的存在でした。その当時は他の国内選手もメジャーリーグに対して積極的ではなかった印象があります。ところが2001年、新庄選手がメジャーデビューを果たしたことの影響は大きかった。「新庄選手が通用するのなら、俺にだって…」と奮起されたのでしょうね。今では多くの日本人選手が海を渡りメジャーで活躍しています。

 同じことがベンチャーにも言えると思うのです。今以上に絶対数を増やしていくこと、そういった起業家を増やしていくことで、現在の他の学生たちも起業することを身近に感じられ、感化されていくのだと思います。

■日本の学生ベンチャー

 先ほどの話で言えば、Tiny Coの創立者であるアリ氏は、2003年にジョージア工科大学を卒業し間もなくTiny Coを設立したわけですが、日本でも若くして起業している優秀な学生がいます。

 ソーシャル旅行サービスを提供するtrippieceや、「すごい時間割」アプリで知られるLabitは学生たちが発足させた企業ですし、いずれの企業のサービスも学生を中心に多くの支持を得ています。tripp ieceでは、旅行代理店のパックツアーでは体験できないような旅行プランニングが魅力です。学生でも海外経験の豊富な人たちは現地の情報や知識に富んでいます。その国、地域に精通した学生が「アラスカへオーロラを見に行こう!」、などと旅行プランを練り、ウェブ上で掲載します。その掲載情報にフェイスブックを通じて参加希望者が集まり、実際に旅行計画が実行される…といった仕組みです。実は私もtripp ieceを使って、出身である福岡の旅行プランを掲載して実行しようと思っています。予定では、夕飯だけで1軒目は鳥皮2本、2軒目はとんこつラーメンといった様にお勧めだけをはしごして三軒は回ろうと思っています。( 笑)

Profile 

孫 泰蔵 (そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、若手ベンチャーへの支援プログラム、Seed Acceleration Program を推進。

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