会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2018年10月号掲載)
昨今話題となることの多いAI、IoT、5G。今回は、インターネット総合研究所(IRI)所長、ブロードバンドタワー会長兼社長を務め、インターネットの黎明期から同業界で活躍し続けてきた藤原洋氏が、これら新技術を分かりやすく解説すると共に、それらがもたらす未来について具体的な事例も交えながら語った。
第4次産業革命の波が到来
近年、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、5G(第5世代移動通信システム)といった言葉が新聞を賑わせています。こうした最先端技術はどのように私たちの生活を変え、ビジネスに影響してくるのでしょうか。
まず、これらの技術が注目されるに至った背景には、第4次産業革命の進展があります。これはドイツで提唱された「インダストリー4.0」という言葉が元になっていますが、従来アナログな手法で経営されてきた既存のビジネスが尽くデジタル化されていくプロセスと見ることができます。
思えば、第1次産業革命では蒸気機関、第2次産業革命では電力、第3次産業革命ではコンピュータがそれぞれ発明され、様々な自動化が行われました。第4次産業革命で起こるのは、インターネットを駆使した更なる効率化と言えます。
第4次産業革命を経ると、既存の産業がインターネットによって全く新しい産業に生まれ変わります。元々ドイツで第4次産業革命が叫ばれた時、この言葉は製造業に適用されましたが、今後あらゆる産業に波及し、ビジネスモデルを変えていくでしょう。
企業のデジタル化が進み、それが集積されて産業全体がデジタル化する。この流れはデジタルトランスフォーメーションと呼ばれています。フィンテックのサービスによって銀行のATMが不要となり、スマートフォンが支店代わりになるのも、この顕著な一例です。最終的には現実世界とサイバー空間が同一化するでしょう。自動車はネット接続されたコネクティッドカーに置き換わり、工場はスマート工場に進化を遂げ、印刷は消滅して全てペーパレスメディアになります。
日本が20年で失ったもの
さて、このように激変する世界にあって、日本の現状はどうでしょうか。
インターネットが商用化された1994年、日本のGDPは4・85兆ドルありました。アメリカは7.3兆ドル、ドイツは2・21兆ドルです。日本はドイツの2倍、イギリスの4倍もの経済規模を誇っていました。
ところが、それからインターネットが完全に普及した2014年までの20年間で、アメリカは2.4倍、ドイツは1・75倍、イギリスは2.6倍、フランスは2.0倍とGDPを伸ばしたにも関わらず、日本だけは経済規模が伸び悩んでいます。中国には大幅に追い越され、イギリス、ドイツ、フランスといった先進国にもかなり接近されている。これは、インターネットを上手く使えていないからではないかと私は結論付けています。
日本ではトヨタ自動車、三菱UFJフィナンシャルグループ、NTTといった伝統的な企業が時価総額ランキングの上位に名を連ねますが、アメリカと比べると、創業20年程度かそれ未満のフェイスブック、グーグル、アマゾンの方が企業価値は圧倒的に高い。約20年前には無かった会社が、日本の伝統ある10社をあっけなく追い越してしまったのです。
また、14年にマサチューセッツ工科大学(MIT)が発表した、最もイノベーティブな世界企業トップ50のランキングによると、1位はゲノム解析を手掛けるイルミナ。あとはテスラ、グーグル、サムスン電子、セールスフォース、ドロップボックスなどが並びますが、日本企業の名前は1社もありませんでした。
今後、人口の急激な減少に伴い、一人当たりの労働の質を高めねばならないことからも、今の日本に求められるのはイノベーションに間違いない。それを実現する手段がIoT、ビッグデータ、AIなのです。
半数の仕事はAIに奪われる
では、IoT、ビッグデータ、AIとはいかなるものか。一つひとつ順を追って説明していきましょう。
インターネットビジネスの変遷を辿ると、第1世代はポータルサイトでした。ヤフー、グーグル、アマゾンのように、サービス事業者がユーザーに情報を提供するケースです。第2世代はユーザーに情報を発信させるSNSモデルで、フェイスブックやツイッターは誰もが知っています。そして、第3世代として登場したのが、情報発信源を人ではなくモノとしたIoTです。ついにモノとモノが繋がって、人間を介在せずに交信するようになりました。
人間しかインターネットへの接続を行わない場合、当然ながらその接続数は人口に縛られるわけですが、現実として既にネット接続数は全世界の人口など優に超え、約250億まで増えています。20年にはこの数が500億まで増加するでしょう。
これは、インターネットがあらゆるモノに繋がり始めたためです。ウェブカメラ、自動販売機、自動車、その他諸々のモノが、インターネットを介して勝手に喋っているわけですね。デバイスの数の推移を見ても、もはやパソコンとスマートフォンの伸びが止まる一方、IoT機器は右肩上がりで増えていくことが予想されます。
こうした膨大な通信から集められるのが、今までの常識を遥かに超えたサイズのデータの集合体、すなわちビッグデータです。定義としてはボリューム(=データ量の多さ)、ベロシティ(=データの発生頻度の高さ)、バラエティ(=データの種類の多さ)という3つのVを兼ね備えたデータのことを、ビッグデータと呼びます。
このビッグデータが注目されているのは、AIと密接な関係があるからです。AIの精度は、ビッグデータの量にかかっています。データが蓄積されるほど、自らどんどん改良していくディープラーニングによって、チェス、将棋、囲碁の世界ではAIがプロに勝ってしまいました。
沢山のインプットをして、経験を積んだ人ほど価値が高いわけですが、この「経験を積む」という行為を瞬時にして行うディープラーニングの勝利は、人間もうかうかしているとAIに職を奪われることを暗示しています。ディープラーニングで学習した方が高効率な単純作業の仕事は当然ながら、法律や会計基準に乗っ取って行う弁護士、公認会計士の仕事も置き換えられるかもしれません。約半分の仕事は10~20年以内にAIに取って代わられると説く研究者もいます。
IoT時代は日本のチャンス
ただ、こうした中でも、IoT、ビッグデータ、AIが三種の神器のようにビジネスの重要なツールとなりつつあることは間違いありません。
GE(ゼネラル・エレクトリック)の面白い事例があります。同社でダントツの主力事業はジェットエンジン。シェアは50パーセント超を誇りますが、そうなるきっかけを作ったのがIoT、ビッグデータ、AIの活用と、それによるビジネスモデルの転換です。
GEは、非常に複雑な構造をしているジェットエンジンの部品一つひとつにセンサーを取り付けてインターネットに接続し、現状把握を行えるようにしました。その結果、これまではボーイングやエアバスといった航空機メーカーがお客であったところ、航空会社と直接契約を結ぶようになりました。GEはエンジンの燃焼状態などを見える化することで、燃費が最も安く抑えられる航路を選ぼうとする航空会社のニーズを見事に汲み取ったのです。
グーグル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト、IBMといった米国のIT企業も、可能な限り多くのデータを集められる仕組みの構築に必死です。これまでは、日本はデータ量で世界と真っ向勝負するのは難しいとされてきました。技術力云々の前に、英語や中国語の使用者が日本語使用者よりも圧倒的に多いため、サービスの運営段階で決着が着いてしまっていたのです。しかしこれからのIoT時代、繋がるのはモノ同士ですから、言語という障壁は取り除かれたも同然。日本にとってはチャンスと言えます。
AIを活用し、ビジネスモデルの変革を行う上で、自分たちだけで出来ることは限られていますから、関連企業や大学と提携するなどオープンイノベーションを意識することが不可欠でしょう。また、言語の障壁が無くなったとはいえ、やはりデータが無ければ話になりません。いかに自社の得意分野でデータを集める仕組みを作れるかが、勝負の鍵を握ります。
5Gを押し出したブロードバンドタワーのロゴ
あらゆる産業がIT化する
こうしたIoTやAIを動かすための情報通信インフラが5Gです。4Gまでの通信規格は比較的に連続した進歩を遂げてきましたが、5Gでは劇的な変化がもたらされるでしょう。
具体的には、5Gでは最大10Gbpsという4Gの100倍に近い超高速通信が可能となります。また、1平方キロメートル当たり100万台の機器に繋がる多数同時接続性も持っている。更に、ネットワークの遅れは1ミリセカンドです。
これによって、IoTが普及する土壌が整いました。スマートフォン、タブレットといった今までの4Gマーケットとは異なり、自動車、産業機械、ホームセキュリティ、スマートメーターといったあらゆる分野が、インターネット接続の対象となるでしょう。
顕著な取り組みとして、これまでITとは縁の無かった化学工業の事例をご紹介します。化学と言うとあまり馴染みが無いかと思いますが、石油化学、セメント、肥料、化学薬品、染料、合成樹脂など、私たちは直接的・間接的にお世話になっている分野です。
化学工業では、原料の反応や分離によって新しい物質を生成するなどします。生産プロセスにおいては、対象とする生成物、反応する条件、反応する場所という3つをどのようにするかが鍵を握る。そこで、原材料の量、温度、圧力、反応場所といった決定要素を測るセンサーを付け、情報をデジタル化しようという動きが出てきました。
例えば石油コンビナートならば、原油からガソリン、ナフサ、灯油などを作り出し、それらを分解するとエチレンやプロピレンといった様々な材料が出てくるわけですが、その過程をIoTセンサーで計測することにより、最終的にプラスチック、合成ゴムなどを生成していく上で、より良い結果が出せるようになるかもしれません。
化学のデジタルデータを収集・蓄積する。デジタル情報は劣化しませんので、一度できたことは再現率100%です。また、これをAIによって分析すれば、今まで見つからなかった新しい合成法や新物質が発見される可能性もあります。
AIによる判断で品質や安全性が高まり、コストとリスクの低減にも繋がります。タービンやボイラーをインターネットに繋ぎ、自分で診断する仕組みを埋め込んでおけば、リアルタイムで自動メンテナンスを行い、事故が発生する前に危険源を特定できる。AIが判断して、エネルギー消費を抑えたり、生産効率を上げたりすることも可能です。更に、これまでは熟練工の専売特許であった「匠の技」をデジタル化して、製品のばらつきを減らすこともできます。
こうしたIoT、AIによる生産性向上は、化学に限らず、今後いかなる分野にも置き換えられる現象です。30年に向けて、IoT、AI、5Gが社会を変えていくことは間違いないでしょう。
P r o f i l e
藤原 洋(ふじわら・ひろし)
1954年生まれ。77 年、京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)卒業。日本IBM、日立エンジニアリングを経て85年、アスキー入社。96年、インターネット総合研究所(IRI)を設立、代表取締役所長に就任。99年、東証マザーズに上場。2000年、第2回企業家賞を受賞。05 年6月に子会社のIRIユビテック、8月にブロードバンドタワーをヘラクレスに上場させる。現在ナノオプトニクス・エナジーの代表取締役も務める。