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【緑の地平vol.20】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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企業家賞の時代的役割

(企業家倶楽部2014年10月号掲載)

「失われた20年」と決別する先兵は誰か

 先日、本誌主催の第16回企業家賞授賞式が東京・日本橋のロイヤルパークホテルで開かれた。選考委員の一人として毎年授賞式に参加し、受賞者の講演やシンポジウムでの発言を聞くのを楽しみにしている。今回も若い受賞者の話を聞きながら、「もし、『失われた20年』と決別し、新しい日本を創り出す役割を果たす先兵がいるとすれば、彼らの新鮮な発想と旺盛な行動力ではないか」との思いを改めて強く意識した。

 世界の奇跡といわれる経済発展を成し遂げた戦後の日本は、80年代後半のバブルの時代を経て90年代に入ると成熟社会に移行した。成熟社会に入ったとたん、経済成長は止まってしまい、名目成長率は20年間ゼロで推移した。経済のグローバル化の波にも乗り遅れ、日本は衰退の坂道を転げ落ち始めた。

 なぜ「失われた20年」に陥ってしまったのだろうか。

 成熟社会を支える産業群は、高度成長期を支えた産業群と同じではない。高度成長を支えた産業は、鉄鋼、造船、石油化学、一般機器などの重化学工業、土木建設や電子機器、自動車などが中心だった。具体的には、道路や鉄道、港湾、空港などの社会インフラの構築、製鉄一貫工場や石油コンビナートに代表される大型工場の建設などが日本の経済発展に大きく貢献した。産業構造でいえば第二次産業(製造業)が主役の経済発展だった。

 これに対し成熟社会を支える産業は生活の豊かさや楽しさの享受、快適な住宅、健康や娯楽、食事、旅行、教養、スポーツ、金融などの第三次産業(サービス業)と環境・生態系保全型の第一次産業(農林水産業)である。

 成熟社会に移行した90年代始めに、政府は成熟社会に向けた産業構造転換を大胆に進めるべきだったが、それができなかった。成熟社会もまた高度成長期を支えた産業群が主役であると思い込み、古くなった産業構造やエネルギー構造を温存し、その転換を怠ってしまった。その一方で、これからの成熟社会を支える新規企業群の育成には驚くほど冷淡でほとんど力を入れてこなかった。

新規企業の群生が経済発展の条件

 この結果、90年以降今日まで、日本では企業の廃業率が開業率を上回る異常事態が続いている。日米欧先進国の中で、廃業率が開業率を上回る国は日本だけである。企業の絶対数が毎年縮小していけば、中長期的に見て、経済の活力が失われるのは当然である。80年代、サッチャー英首相がイギリス病の克服にオオナタをふるったが、その中でもっとも力を入れて取り組んだのは、多様な中小企業群の育成、特にこれからのイギリスを支えていく元気いっぱいのベンチャー企業群の育成だった。

 今、日本で一番求められているのは、成熟社会を支えていく元気に溢れた企業群の登場である。これからの成熟社会に必要な新規需要、ニーズの多くはまだベールに覆われ、我々の目には見えていない。そのベールを引きはがし、新しいニーズを顕在化させビジネス化させる必要がある。その役割を担うのが創業型の企業家群である。その企業家群を発掘し、表彰し、激励することで新しい日本を創るための突破口にできないものか。
 
 20年前、本誌創業者の徳永卓三会長からそんな奨励賞ができないものかと相談を受けた際、私は一も二もなく賛成した。それから4年後企業家賞がスタートした。

「無から有を生み出す」のが企業家の条件

 企業家賞の選考に当たって、私は三つの条件を設けている。この条件を満たす人物を受賞対象者として推薦している。第一の条件はしっかりした企業理念を持っていることだ。成熟社会を支える企業家はお金儲けのためだけで起業してはならない。平たく言えば、「我が社は、世のため、人のために何ができるか」を明確に答えられなくてはならない。理念と儲け話が矛盾する場合は、迷いなく理念を優先する企業家が選ばれる。

 第二の条件は、時代の先を読む洞察力である。企業家にとって時代の先を読む洞察力とは、隠れている需要、ニーズを掘り起こし、顕在化させ、無から有を創り出し、それをビジネス化させる能力のことである。過去に存在しない製品やサービスだが、それがビジネスとして登場すると、なるほど便利だ、楽しい、健康に良い、省エネだなどと評価される。これが無から有を創り出すということである。

 たとえば、今回の受賞者である「ハーツユナイテッドグループ」の宮澤栄一社長の事業は、「無から有を創り出す」典型的な取り組みと言えるだろう。同社はデジタル機器のデバッグ(不都合)検出事業をビジネス化し、東証一部上場を果たしたベンチャー企業だ。同社がユニークなのはデバッグの検出作業に多くの「ニート」や引きこもりを雇用していることだ。ニートや引きこもりは、社会的適応力が欠けるとして、多くの企業が採用を敬遠しがちだが、宮澤社長は逆に彼らの持つ集中力に着目し、彼らを積極的に採用しデバッグの発見に成果をあげている。

 昨年はがん治療の新しい方法として樹状細胞ワクチンのビジネス化に取り組むテラ(株)(東証ジャスダック上場)の矢﨑雄一郎社長、ミドリムシの培養技術開発で健康食品やジェット機燃料の開発に取り組むユーグレナ(東証マザーズ上場)の出雲充社長が企業家賞を受賞したが、彼らも無から有を生み出した企業家である。

時代の落とし子としての起業家

 第三の条件はリーダーシップである。企業家賞に選ばれる経営トップは強いリーダーシップと全体をまとめていく協調性が求められる。創業型企業のリーダーに求められる能力の中で最も重要なものの一つが即断即決力である。高度成長期を支えた大企業で多く見られる「いったん本社に持ち帰って・・・」などと構えていては勝機を失ってしまう。創業型企業が成長していく過程で直面する最大の難問は有能な人材の確保である。外部から人材をスカウトする場合、まだ若いがあのリーダーの下でなら一緒に働きたい、汗を流したい、こんな信頼感を相手に感じさせるような包容力を備え、しかもネアカで未来志向型の人物が新しい時代のリーダーだ。

 企業家賞の対象に選ばれる企業家は、高度成長期の企業家にはない大きな特徴がある。既存の産業を支えている企業家の多くは、現状維持、既存の枠組みを必死で守ろうとする。自分の分野への他業種からの進出や新規参入を防ぐために政官財の鉄のトライアングル、別の言い方をすれば「レントシーキンググループ」(超過利潤獲得集団)を構築している。

 これに対し、企業家賞の対象になる企業家は、旺盛な自助努力精神の持ち主であることだ。既存産業を守るための様々な規制を乗り越えて、自分の感性、努力、行動力を信じ、まだ顕在化していない新しい時代のニーズ、サービスを果敢に掘り起こしビジネス化に成功していることである。いわば、これからの時代が必要だとして誕生してきた企業家であり、「時代の落とし子」と表現してもよいだろう。政府にすり寄らず、依存せず、これからの時代を支える起業家群だ。彼らを支えているのはIT(情報技術)である。インターネットを駆使し、時代のニーズを掘り起こし、多様で便利なシステム、サービスを開発しビジネス化に挑んでいる。

 さらに、彼らがリーダー役を務める産業群は、高度成長期を支えた産業群と比べ、はるかに省エネ、省資源型の産業群であることも、強調しておきたい。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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