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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第32回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

トップの所信表明論理性と情感

(企業家倶楽部2016年4月号掲載)

 新しい年度の会社の経営方針、あるいは上半期でどうしたいかなど、トップが自分の思うところを部下やクライアントに対して発信する場面が多い時期です。所信表明は、それがどれだけ論理的かつ情感と迫力を伴ってできるかで、周りがついてくるか来ないかが決まる大事な見せ場です。

 小さな会社ならば、ランチの時間や朝のちょっとしたブリーフィング(報告)などでトップの考え方はよく伝わります。しかし組織が大きくなればなるほど、組織の一番下のメンバーが聞いても「なるほど、そうだ頑張ろう!」と思えるように、トップは自分の所信を前もって練り上げるのはもちろんとして、その演出方法までしっかり準備したいところです。

 その例として、安倍首相の1月22日の所信表明演説を分析してみましょう。面白いことがわかります。経済成長、震災復興、沖縄基地問題、北朝鮮、雇用などの問題について、具体的な数字を上げながら、項目別に論理的に話を展開しています。

 企業リーダーもそうですが、「本日は何点について話します」と内容の項目数を言ってから、その項目ごとに「まず、経済成長についてです」などと見出しをつけて話していくのが論理的な話には欠かせません。

 そして前もってきちんと振り分けし、「先ほども触れましたが」というような言い方で話が行きつ戻りつしないことがベストです。スピーチでは、目的を妨げるすべての言語、あるいは言葉以外の非言語の発信を「ノイズ」とくくります。ノイズが多ければ多いほど、聞き手は気が散ってスピーカーに対する集中力を弱めてしまいます。その意味では、今回の所信表明はあらかじめ内容がよく整理され、項目別にきちんと分けられていました。

 では、それだけでしょうか。違うのです。論理性の中に、見事に情感が織り込まれているところがあります。具体的には、「額に汗して働いた人が報われる社会」というフレーズです。

 2006年の第一次安倍内閣の首相就任演説では、「額に汗して勤勉に働き、家族を愛し、自分の暮らす地域や故郷を良くしたいと思い…」と、視覚イメージの浮かびやすい使い方でしたが、少し長すぎです。

 2013年の第二次安倍内閣発足時点では、「皆さん。額に汗して働けば必ず報われ、未来に夢と希望を抱くことができる、真っ当な社会を築いていこうではありませんか」とコンパクトに使われました。短くなったことで、インパクトが大きくなります。

 そして今回2016年1月22日、アベノミクスの中間報告ともいうべき、最新の所信表明がありました。そこでは、「額に汗して働いた人が報われる社会」と、もう一度これが登場しました。三度目の登場です。

 このように、言葉を音で聞いた人々が、実際に一生懸命働いて額に汗を流している農民や工事関係労働者の姿がビジュアル的にイメージできるところに情感が漂うのです。論理性だけでなく情感を盛り込みましょう。これは企業トップにもすぐ使えるテクニックです。

時間軸をリニア(一直線)に整える

 話の流れの中で、時が現在から過去に戻ったり、過去がまた中間過去まで蘇ってきて現在に行ったと思ったらさらに大過去に戻るというような、時間の行ったり来たりは、聞いている人の頭を混乱させます。

 わかりやすい悪い例が、2016年1月26日の維新の党代表、松野議員の代表質問でした。だらだらと原稿を長い時間朗読してしまったので、居眠りをしている議員が何人もテレビに映し出される始末。非常に無様なことです。

 しかしよく聞き耳を立ててみると、退屈する理由がわかります。時間軸が混乱しているのです。現在の話をしていたと思ったら、60年も前の岸首相の時まで戻って、「その時はこうでした」と言われても、若い議員はその時の場面を想像できません。では古い話をしているのかと思えば、話はまた直ちに現在に戻ってくる。このように時間の行ったり来たりが30分以内の話の中で頻繁に出てくると、聞き手は集中力を失います。

 時間は過去から現在に向かって一直線に戻ってくる、あるいは現在のポイントを言った後、「では、過去の歴史から見てみてみましょう」と一言入れて、過去から現在へ一直線、あるいは「5年計画です」というような場合は5年計画の1年目から5年後の未来へ一直線。そのようにリニアな話の組み立てでないと聞いた人の頭が混乱します。活字で読むならともかく、耳で聞いているので時間軸のリニア化は絶対必要です。

非言語表現の大切さ

 拙著「安倍晋三プレゼンテーション 進化・成功の極意」(学研教育出版)でもお伝えしましたが、安倍首相のアイコンタクト(見つめている時間の長さ、強さ、方向性の三点から形成される)は、第一次安倍内閣就任、第二次安倍内閣発足時、そして2013年9月7日のオリンピックプレゼンと時間をおって長くなり、アームの振りあげ回数が増えています。本誌の読者にわかりやすいように、アームムーブメントとアイコンタクトの様子だけを表でお見せしましょう。

 そして、ざっとカウントしたところ、今回のアームムーブメントはおよそ8回です。

 アームムーブメントなどは、回数で数える「マクロエクスプレション」で、さらに微細な表情筋の動きを計測するのが「ミクロエクスプレション」です。その典型的なものが、アイコンタクトです。今回の所信表明演説のアイコンタクトは、オリンピック招致プレゼンよりは少ないですが、第二次安倍内閣発足時よりは微増しています。要するに、パワーが加わった演説になっているのです。

トップへの質疑応答は見せ場

 さて、所信表明演説でも会社社長の年頭挨拶でも株主総会の説明などでもそうですが、話が終わった後、質疑応答の場面がある時、実はここが見せ場です。

 今回の所信表明演説に対して、1月26日に行われた代表質問は、民主党の質問者が全く朗読に入ってしまったことと、質問する項目が全て想定内だったので、首相側としては楽勝でした。

 噛みつかれるとわかっている質問はあらかじめ想定して、こう来たらこう答える、というシナリオを作ってあったわけです。所信表明や株主総会などではどうしても自分の発表だけに気持ちが集中しがちですが、想定質問一覧表を作り、この質問に対しては、どんな内容をどんな動作とどんな声と、どんな目線の使い方で答えるかを用意しておきましょう。

 トップの所信表明、あるいは会社の経営方針演説、株主総会などは、リーダーにとって恰好の実力と発表力の見せ場です。

Profile 

佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『日経メディカルOnline』、『日経ウーマン』はじめ連載6誌、著書178冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。21年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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