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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第38回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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発信力の強さ

発信力の強さ

(企業家倶楽部2017年4月号掲載)

1.「社会性」というブランド

 日産自動車、三菱自動車工業、ルノーの3社のCEOを務めるカルロス・ゴーン氏は、単に日産やルノーの生産性を上げた実業家であるということだけでなく、真のグローバルリーダーとして明解なことばを持ち、社会貢献にも明解な姿勢を見せていることが特徴でしょう。例えば、働く人々の意欲についても、行動主義者としての明解な言明をしています。「他人からプレッシャーをかけられたときよりも、自分で自分にプレッシャーをかけて働いている方が、人は遙かに大きなことをやってのける」

 これは箱根駅伝の優勝チームを率いる原晋監督と同じで、誰が見てもよくわかります。原監督も、選手の直接指導を週3回にしてあとの3日を自主トレにした方が、チームメンバーが自分で自分の鬼監督になって頑張ると、常に明言しています。

 ゴーン氏は母国のひとつであるブラジルへの愛についても、リオオリンピックの聖火ランナーを務めたり、ブラジルの青少年のために経済的援助をしたりしています。単に日産の利益追求だけでなく、人材教育や社会貢献にも力を尽くしていることが、結局は会社のブランド力を高めることにもなっているのです。社会性があること、つまり社会に対して何らかの貢献をしている仕事であることが、企業のモットーやビジョン、パンフレットなどに明示される時代になった証でしょう。その方がトップも仕事がしやすく、また社員も誇りを持って働くことができるのが、今の時代の特徴のひとつだと思われます。

2.優れたトップの発信力がぶれない理由

 企業のこんな社会的役割を考えるときに参考になるのが、紀元前からのアリストテレスの考え方です。アリストテレスは、何かを成し遂げるリーダーの特徴として、「内なる良い精神(ユーダイモニック)」に注目しました。これは「利己的な目先の快楽(ヘドニック)」の対極にあるものです。「内なる良い精神」つまり、人のために役に立ち、人から感謝される目的意識を持っている人の方が、目的の達成力とそれによって得られる幸福感が強いことを指摘したのです。

 後になって、イギリスの心理学者マイケル・アーガイルがやはり同じ2分類をしています。目的に向かって努力し、それが社会から認められていることを感謝していく幸福を「認知的幸福(人生の幸福)」と名付け、「何となく気分がいいなぁ」という幸福を「情緒的幸福(気分の幸福)」と名付けました。これがアリストテレスの「ユーダイモニック」と「ヘドニック」に呼応しています。

 今伸びている会社の優れたトップたちのパブリックスピーチを聞くと、必ずこのトップの発信の中に、「ユーダイモニック」の傾向あるいは、アーガイルの言う「認知的幸福」の傾向、そしてゴーン社長が示したような社会貢献の傾向などがはっきり出ていることがわかります。こういう高い旗印があるから、本人も熱意が続き、周りもついて行きやすいのでしょう。

3.やり抜く力(GRIT)と社会目的

 アメリカのアンジェラ・ダックワース教授の『GRIT やり抜く力』は、日米でベストセラーになっています。その中で、やり抜く力の強い人の特徴として面白いグラフを掲載しています。図を見てください。

 やり抜く力を「グリットスコア」と名付け、5段階にしているのですが、やり抜く力が強い人の傾向は、まさに「人から感謝される目的意識の高い人」であり、自分の快楽だけを求める人はやり抜く力が弱いことを指摘しています。このテストは誰でも簡単にできるものなので、実は私もやってみました。グリットスコアは4.9で、99%のアメリカ人よりもやり抜く力が高かったというのは、非常に日本的な傾向なのかもしれません。

 私たち日本人は1つのことを掲げた時、できたらそれをやり抜こうと思います。そこに「みんなのために」という意識があると、余計頑張ります。人のためを思い、やり抜く力の強い人が自然に目的を達成しリーダーになっているケースが多いということでしょう。

 彼らの話を聞いていると共通して、「この仕事は社会においてどんな目的があるか」ということを明言しています。ジャパネットたかたの髙田明前社長も、手軽に安い金額で良いものが多くの人に届くことをご自身の目標に掲げ、そのために伝える力をを磨きあげた事はよく知られています。IBMのワトソンの開発にしても、宇宙衛星にしても、みんなそのことによって何か社会の幸福に貢献しているという思いがあり、それをはっきり言うから周りにもわかりやすく、夢を分かち合えるのでしょう。

 リーダーが周りの人々あるいは自分の部下たちに話をする時、最終目的に「社会とどうつながるか。社会にどう貢献するか」という高い目的意識を示すと、下の者は胸を張ってついて行きやすくなります。

4.不易流行

 会社設立から何年も時間が経つと創業社長が代替わりしていきますが、もともとの会社の高い貢献意識を持ったポリシーはきちんと引き継がれる必要があります。これは時代がどうなっても、鉄のように固い会社の進む方向性の明示です。

 松尾芭蕉が俳諧の世界で、時がどのように移ろうが、それに動じず変わらないものを「不易」とし、今の時代のトレンドをしっかりキャッチしていくことを「流行」と呼びました。「不易流行」という言葉は、変わらない根幹と、時代の情報をキャッチしてそれを素早く取り込んで変化していくことの両方ができることを示しています。トップの発信力では、これは大事なポイントだと思われます。

 今の時代はガラガラと変わっています。世界のリーダーであるはずのアメリカ大統領が自国の利益最優先を掲げて、世界への貢献を拒否するのですから。これは昔とは違う今の国民の不満に応えたゆえに、分かりやすくて当選したのでしょう。これが「流行」です。そして「不易」であるはずの「世界のリーダーとしてのアメリカ」の度量の大きさを示すことはできなくなってしまったのです。

 会社でも根本精神がくるくる変わったら、社員はどこに照準を合わせたらいいかわからなくなります。根本は同じ。その上で、どれだけ流行を追っていけるか。これがトップの発信のポイントであり、腕の見せ所だと思われます。

Profile 

佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『日経メディカルOnline』、『日経ウーマン』はじめ連載6誌、著書178冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。21年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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