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【トップに聞く】ノーベル・チャリタブル・トラスト財団会長 マイケル・ノーベル

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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平和で持続可能な社会の構築を目指す

平和で持続可能な社会の構築を目指す

(企業家倶楽部2010年6月号掲載)

 ノーベル賞の創始者アルフレッド・ノーベル氏の曾甥にあたる、マイケル・ノーベル博士。彼自身ノーベル・ファミリー財団元理事長、ノーベル・チャリタブル・トラスト財団会長、東京工業大学の客員教授などを務める。環境問題や情報システム、紛争解決の分野に尽力し、この功績に対して、ユネスコ・メダル、アルバート・アインシュタイン賞、大十字勲章など、数多くの賞が贈られている。今回の来日に際して、世界で課題となっている再生可能エネルギーの問題について伺った。 (聞き手は本誌編集長 徳永卓三)


環境問題で世界との新たな対話を図る

問 今回の来日の目的についてお聞かせください。

ノーベル 一番の目的は、東京工業大学で開かれる私のシンポジウムでの講演です。テーマは、2009年の12月にデンマークのコペンハーゲンで開催されたCOP15(第15回気候変動枠組条約締約国会議)において、温室効果ガス削減に向けたコペンハーゲン合意が採択されました。その件について、今後の方向性などについてお話したいと思っています。また、現在予定されている日米間での再生可能エネルギーに関する協議について、これまでのものとは違ったものにするために、鳩山首相や大臣の方とお話をするというのが二つ目の目的になります。どのような新しい都市を作るか、将来の目標は何なのかについて話し合う協議にしたいと思っております。

問 日本に来るのは何度目でしょうか。

ノーベル 年に2回ほど、協議のために来日していましたが、今後はもう少し増やしていき、年に4回ほど来日したいと考えています。

問 それは、日本が特に環境問題について重要な役割を果たすということでしょうか。

ノーベル そうです。世界的に承認を得た京都議定書などによって、京都とリオ・デ・ジャネイロで少しずつ環境問題に対する意識が高まっている一方COP15では、ほとんど成果を出せませんでした。日本は25パーセントCO2を削減するという目標を掲げていますし、日本にリーダーシップをとってもらい、このような停滞状況から脱出したいと考えています。

 中国やインド、米国、サウジアラビアなどが産業に環境規制を設けることには反対している中で、そのような高い目標を掲げることで、世界に対して環境問題への取り組みに対する強い意欲や姿勢を示すことが出来るでしょう。世界が危機に瀕している現代において、日本の果たす役割には非常に期待しています。


技術とソリューションが日本の生きる道

問 同感です。しかし、現在の世界的大不況の影響を受け、鳩山政権の支持率も低下している中で、産業界からは25パーセントの削減は不可能ではないかとの声も方々で上がっています。この厳しい状況下で、鳩山首相がいかにして政権を立て直し、海外諸国からの期待に応えていくのかは、なかなか難しいと思うのですが、その点についてはどうお考えですか。

ノーベル 先ほどお話した、来日の二つ目の目的に少々付け加えさせてもらいます。重要なのは、技術とソリューションだと思います。再生可能エネルギーに関して、日本は、大学関連を含めて世界でトップの技術力を持っています。CO2の25パーセント削減の目標を達成する以外に、技術面での支援が求められるでしょう。特に、先端技術が遅れている中国などの地域において、技術の面から貢献するという点で日本が重要な役割を果たすと考えています。

 また、CO2削減の目標を達成するためには、二つの方法があります。一つは、生活の質を落とさずに達成する方法として、技術があります。現に、マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツ氏は、新しい原子発電の方法を提案しており、燃料交換なしで最高100年稼働できる次世代原子炉の開発を、東芝と協力して進めています。二つ目は、エネルギー効率を上げることです。これに関しては、米国で、空調などのエネルギーをバランス良くコントロールする技術が進んでいます。こうした省エネ技術と新しい原子力発電、また大学機関が研究している技術を利用すれば、達成は可能なはずです。


地球規模で環境問題を考える

問 世界規模でCO2の削減を達成するには、アメリカと中国が京都議定書に参画することが必要だと思いますが、まだ参画を表明していないこの二国をどのように巻き込んでいくかについて、ご見解をお尋ねしたいのですが。

ノーベル それができればノーベル平和賞がもらえるでしょうね(笑)。そのくらいこの二国を説得するのは、難しいと思います。

問 国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が今年初めに、07年に公表した第4次報告書の中で、「ヒマラヤの氷河が35年までに消失する可能性が非常に高い」とした記述は誤りだったとする声明を発表しましたが、それについてはどうお考えですか。

ノーベル 報告書に使用された気温変動のデータに誇張表現や、明確な基準が適用されていなかった可能性はありますが、この報告書全体の確実性を否定するものではないでしょう。スウェーデンでも今年は十数年ぶりの寒気に見舞われており、そうした気候の変動によりデータに変異が見られることがあります。しかし、地球全体として温暖化が進んでいるのは疑いの余地のないことですし、そういった天候の問題と温暖化問題は分けるべきでしょう。


国同士の協力体制を構築

問 ノーベル博士は、国際紛争の解決にも努力されていますが、それには、どのような背景があるのかお聞かせください。

ノーベル 国と国が戦争していたならば、地球は滅亡します。エネルギーをどう保持していくかと同時に、国同士がお互いに協力し合う体制を構築することが地球の未来にとって本当に必要なのです。

問 オバマ大統領のノーベル平和賞受賞について、実績がないのに授けた賞だと批判もありますが、それについてご意見をお聞かせください。

ノーベル 私も反対派です。何をやろうとしているかではなく、何をしたかに対して賞を与えるべきです。大統領に就任して、まだ間もないうちに賞を与えたのは、やや早すぎだったと感じています。


人々に真の問題意識を持ってもらう

問 「メディアの報道が国際紛争の火種になっている」というノーベル博士のご意見に共感したのですが、これについて詳しくお話していただけますか。

ノーベル 人々が報道内容に踊らされているという意味です。例えば、エイズを思い出してください。この問題も60年代から70年代にかけて大々的に取り上げられましたが、今となっては、皆聞き飽きてしまって、逆に人々のエイズに対する関心は薄れています。しかし、エイズの問題は解決していませんし、現在も世界で3億人の人が苦しんでいるのです。

 温暖化の問題に関しても、メディアは一気に報道し、それによって人々の意識も高まったかのように見えました。しかし、これも時が経つにつれ、忘れ去られてしまう恐れがある。実際に、現在、石油などがまだ比較的安価で手に入りやすいこともあり、再生可能エネルギーに関する人々の関心が薄れつつあます。家計に負担がかかると捉えている人もいます。

 メディアの役割は、世界で起きている問題を報道することですし、それにはもちろん人間の悪い面も含まれています。問題なのは、世論が古いものはどんどん忘れ、目新しいものばかりを取り上げてしまっていて、人々はその情報に左右され、本当に議論すべき問題が何なのか見えづらくなっているのです。

問 メディアが本当の問題を根気強く追及していくべきということですね。

ノーベル メディアも生き残っていくために、どんどん新しいことを言って、人々の関心を引かなくてはならないという面もあるでしょう。しかし、本当に議論すべき問題を取り上げ、人々がそれについてより深く考える機会を与え続ける。それこそがメディアが果たす役割だと思います。

問 瞑想が人の心に平穏をもたらすとおっしゃられていますが、そのことについてご説明していただけますか。

ノーベル 2年前にタイ政府に呼ばれ、プラモンコンテープムニー大師の生誕儀式のスピーチをしました。その時に、会場のタンマガーイ寺院で初めて瞑想を経験しました。30万人ほどの人がいたのですが、瞑想している間、一人たりともあくびもせず、微動だにしないのです。驚いたのですが、私自身も内面から安らぎを感じることができました。これをきっかけに私は同寺院で行われている瞑想コースに参加するようになり、瞑想は人々の心に静寂と平穏をもたらし、ひいては世界平和につながると考えるに至ったのです。

 そして、一番大事なのは、この瞑想の効果を私たちが周囲の人に伝えることでしょう。寺院の住職の方々など、一部の方がやっているだけでは不十分です。あのマハトマ・ガンジーやキング牧師の世界平和への貢献も、一般の人々の支え・協力があって始めて成り立ったのですから。


環境技術分野は日本の活躍の場

問 では、最後にもう一度再生可能エネルギーに関して、ご意見をお聞かせください。

ノーベル 現在使われているエネルギーの92パーセントが石油などの化石燃料でまかなわれています。しかし、それらは一体、あとどれくらいもつのでしょうか。経済産業省の統計データによれば、石炭・石油・天然ガスの可採年数は、それぞれ155年、40年、65年、 (出所:BP統計2005、URANIUM2003)といわれています。人類の歴史を考えれば、一瞬の間です。また、石油の価格は現在の消費レベルで行けば、1バレル300ドルから400ドルという値段にもなりかねません。そうなれば、今以上の世界的不況が訪れるでしょう。

 今日、代替エネルギー分野において、早急な技術進歩が求められていることは周知の事実です。このことは、日本のような高度な技術力を有する国にとっては、活力を得る非常に大きなチャンスになります。新興国との低価格競争が激化する中、先端技術を海外に輸出することで、日本は再び世界をリードする国となっていくでしょう。

P r o f i l e

Michael Nobel(マイケル・ノーベル)

スウェーデン生まれ。スイスのローザンヌ大学で教育心理学の博士号を取得。その後、同大学のマスコミュニケーション科学研究所及び社会予防医学研究所で研究者として7 年間研究に従事。UNESCO 及び国際連合の社会部(Social Affairs)の顧問を務める。ノーベル・チャリタブル・トラスト財団会長。07年からは東京工業大学・フロンティア研究所の客員教授も勤める。

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