MAGAZINE マガジン

【ヒットメイキングの裏側】クリスメラ 社長 菊永英里 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

1組でどんなピアスの紛失も防ぐ[クリスメラキャッチ]

1組でどんなピアスの紛失も防ぐ[クリスメラキャッチ]

(企業家倶楽部2012年12月号掲載)

大切なピアスをなくしたことがある女性は多いはず。そんな自らの経験から「ピアスを外れにくくするには、耳の裏側で針を受けるピアスキャッチを改良する必要がある」と感じ、発案から3年かけて量産に成功したのがクリスメラ社長の菊永英里だ。9個ある部品には0.01mm のズレも許さない精密加工が施され、特許を取得している。インターネット通販などを通じ、女性の間で急速に人気が高まっており、欧米での展開も視野に入れる。(文中敬称略)

1組3980円から

 クリスメラのピアスキャッチ「ピアスロック」は「2011年楽天年間ランキングジュエリー・アクセサリー部門」で1位を獲得した。ピアスを外れにくくするうえ、1組でほぼ全てのピアスに利用できることも評価されたとクリスメラはみる。シンプルなピアスロックは1組3980円、形状や構造は同じで3色(シルバー、イエローゴールド、ピンクゴールド)をそろえた「クリスメラキャッチ」は同4980円と、価格が手ごろなのも魅力だ。

長野の精密加工技術が基盤

 同社の調査によると、女性の86・4%がピアスをなくした経験を持ち、何度もなくしたことがある人も78・9%いる。これほどなくしやすいのに、ピアス自体はあまり改善されてこなかった。

 元々、ピアスは製品によって針の太さが異なり、細くて0.6 ミリ、太くて1ミリ台だ。従来のピアスキャッチは、この針の太さと合ったものでないと簡単に外れてしまう。板バネでピアスを留めたり、シリコン素材の弾力を利用して固定する構造などがあったが、バネは使っているうちに弾力を失い、シリコンは汗で滑りやすい。

 同社の製品はシャープペンシルの構造からヒントを得た。ピアスの針を通すと、内部に組み込まれた複数のボールがスライドし、針の太さに合わせて止まる。異なる太さの針に対応するため、9個の部品は全て「0・01ミリのズレも許さない」加工で仕上げてある。

 本体の素材には手術用具向けの「サージカルステンレス」を使用。菊永自身がアレルギー体質だったこともあり、体への優しさを重視した。

 こうした繊細な構造を支えているのは、長野県岡谷市周辺に集積する精密機械・加工の技術。しかし、そこにたどり着くまでの道は決して平たんではなかった。

 菊永が「外れにくいピアスキャッチ」を発案したのは24歳。恋人から贈られた大事なピアスをなくしてケンカしたのがきっかけだ。しかもピアスキャッチを買いに行った宝石店で「0.7ミリ用と0.9ミリ用のどちらにしますか」と聞かれて戸惑った。

「ピアスを外れにくくし、一つで全てのピアスに適合するようなピアスキャッチを消費者は求めているはずだ」。菊永は自分自身で、そんな商品を開発することを決意する。

 もともと起業意欲は16歳からあった。銀行員の父親にアルバイトを禁止され、時間を自由に使える起業家に魅力を感じたからだ。そこから50以上のアイデアを父親に出し続けたが、ほとんど一蹴された。そんな父親が初めて賛成してくれたビジネスプランがピアスキャッチの事業だった。

 菊永は05年夏、ピアスが落ちにくい構造を考えて鉛筆で図面を描き、試作を頼める工場を探し始めた。当時はITベンチャーに勤めており、金具製造に関する知識は全くない。様々な工場へ問い合わせたが、話は一向に進まなかった。

「お嬢ちゃん、お金はあるのか」。図面を見せるたび、こんな言葉が降ってくる。

「お金はないけど、必要な分は用意します」と答えても「作るとしたら20万個が最低ロット。こっちは遊びじゃないんだよ」と全く相手にされない。半ば諦めかけた頃、知人の紹介で試作品だけとの条件で請け負ってくれる工場に出合った。

7社の技術を結集して完成
 06年初頭、1組の試作品が完成すると、量産してくれる工場を求めて200軒以上に連絡を取り、40軒近くを訪ね歩いた。苦しい日々が続いたが、「日本の工場の技術力なら、私の考える商品を必ず製造できる」と信じ続けた。

 会社勤めを続けながら事業に取り組む限界を感じ、同年12月に勤務先を退社。07年7月、クリスメラを設立した。「1年で製品化できなければ、資金的にも続けられない。そのときは諦めて就職しよう」と決心していた。

 期限は刻一刻と近づく。焦りばかりが募る08年4月、岡谷市で精密加工を手掛ける岡谷精密工業社長の松嶋勝志(現会長)とのアポイントを取り付ける。起業から9カ月、「最後の賭け」だった。

 松嶋と対面すると、27歳の菊永は例の手描きの図面と試作品を見せて「これを商品化し、世界にも進出したい」と熱く語った。その日の最後、松嶋は「難しいけど、面白そうだね」と言ってくれた。

「やりましょう」との電話を菊永が受けたのは、その3日後だった。

 自ら設定した最終期限まで残り3カ月。菊永は連日、徹夜で工場側と議論を重ねた。目指したのは試作品より小型で、直径0.6?1.1ミリというピアスの針の大半に対応でき、かつ固定力のあるピアスキャッチだ。

 クリスメラと岡谷精密工業を中心に、バネ製造や切削、ベアリング、組み立て、メッキ加工など7社の共同作業の結果、最初の250組が完成。地元の関係者からは「部品だけでなく、商品の企画段階からかかわり、完成品まで作り上げたのはこれが初めてだ」という喜びの声も寄せられた。

4人の会社で世界市場を目指す

 念願の商品を誕生させた菊永の前に、新たな壁が立ちはだかる。宝石店に売り込んでも、ほとんど相手にされない。「ピアスはよくなくすから、新しい商品が売れるんだよ」とさえ言われた。

 上昇のきっかけは、楽天市場に出店しているある店舗からの1本の電話。「この商品は面白い」とみたオーナーが取り扱いを決め、広告にも力を入れてくれた。利用者のロコミなどで売れ行きが伸びていくと、楽天ランキングで上位を占め、楽天内で扱い店舗が増加するという好循環が始まった。

 現在までにピアスロックとクリスメラキャッチを合わせて9万5000組を販売。店頭売上高は3億8000万 円を超える。商品の半分は楽天市場の40店舗や他のネット通販などを通じて販売し、残りは代理店経由で約700の宝石店に卸している。

 今も会社は夫と社員1人の計3人で運営。「会社はなるべく小さく、皆が幸せと感じられる規模にしたいので、卸に専念しています。スタッフも最大4人と決めている」と菊永は言う。

 今後は日本での販売量を拡大する一方、米国やロシアで市場を開拓する計画だ。欧米では幼い頃からピアスを身に着ける習慣があり、利用者も多いからだ。「世界中どこの宝石店に行っても、必ず置いてある商品づくりを目指します」と、菊永は壮大な青写真を描く。
           
■会社概要

社 名:株式会社Chrysmela

設 立:2007年7月

所在地:東京都文京区関口1-9-7 3F

電 話:03-5227-5720

一覧を見る