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【頑張るしなやか企業】ダイシン百貨店 代表取締役社長 西山 敷 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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地域と共に歩みを進める町のインフラ百貨店

地域と共に歩みを進める町のインフラ百貨店

(企業家倶楽部2012年12月号掲載)

不況時にぐんぐん売上げを伸ばすダイシン百貨店。元気の理由は顧客を地元住民に絞り徹底的にお客様の要望に応える姿勢と、単なる小売業の垣根を越えた「コト」の提供にあった。1948年創業以来60 年以上東京都山王の地に店を構え、地元住民に愛され共に成長を続けてきたダイシン。一時は多額の負債を抱え、倒産の危機も経験したダイシンの異例のスピード再建の裏側や、西山敷社長の語るダイシンの夢について迫る。

地元住民に愛されるユニーク「百貨店」

「ママー、カキ氷食べたい」「おうまさんだー!」夏休み最後の週末、子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。芝生が敷かれた会場は人の海。周りはカキ氷やアイスの屋台が立ち並び、中央には特設ステージ。そしてなぜかポニーが子供を背中に乗せて会場の隅っこをのんびり歩いている。ここは近所の公園でもふれあい牧場でもない。東京都大田区山王にある百貨店の屋上である。この日は第5回山王夏祭りが開かれていたのだ。あまりの大賑わいに思わずここが百貨店の屋上だということを忘れてしまうほど、不思議な、わくわくする空間が広がっていた。

 この百貨店の名前はダイシン百貨店。ダイシン百貨店は5階建てで、5階が駐車場兼イベントスペース、4階が駐車場兼食事スペース、3階から1階までが売り場だ。ダイシン百貨店の特徴の一つがその品数の多さ。20万点を超える商品がお店に並んでいる。しかし店内はゆったりと広く、きれいで新しい。それもそのはず、2012年の8月4日に約2年半に渡る改装が完了しグランドオープンしたばかりなのだ。「広く感じられるんですよ。土地の広さは前と全く同じなんですが」と社長の西山は言う。西山社長は社長就任以前建築設計事務所に勤務していた建築家で、この改装の設計も社長自身が図面を引き手がけたものだった。自身の経歴を活かし、理想の店を自分の手で創りあげた。「生意気ですけど、自分としては成功かな」と西山も出来に満足気だ。

 ダイシン百貨店は山王にある本店1店舗のみで営業している。では2年半の改装中はどうしていたのか。答えは実にユニークで「全部壊さず、半分じょきんと切って」半分ずつ営業を続けていたという。2年近くお店を閉めていたらお客様に忘れられてしまう。そのための策とは言え実にユニークである。

「やってることは邪道なんですよ」

 ユニークなところは改装方法だけではない。社長自身が「やってることは邪道なんですよ」と言うように、「普通の百貨店」とは一味も二味も違う百貨店なのである。

 ダイシン百貨店は2011年度売上げが50億円、今期は60億円を見込む。改装が完了し、本調子で臨む来期の見込みは70億円。ダイシンを支える従業員はパート含め300人。不況にも負けず成長を続けている。

 では何が「邪道」なのか。

 店舗は本店1店舗のみで拡大の予定はない。利益追求よりも別の視点、建築家の思考で、地域周辺をよりよくしたいという地域主体、お客様主体の経営理念の下営業を行っている。そんなダイシンを表す代表的なスローガンが「住んで良かった街づくり」、「電気水道ガスダイシン」である。地域に欠かせないインフラとして大森山王地区を発展させていきたいという思いが込められている。

お客様を第一に様々なコトを提供

 ダイシンの特徴は大きく分けて二つある。

 一つは地元のお客様に寄り添い、共に成長していく姿である。「半径500m圏内シェア100%」を目指し、店舗拡大ではなく狭い商圏を確実に確保するスタイルを取っている。例えば、お客様の一人がある商品を欲しいと言えばすぐにその商品を入荷する。商品を最新型から旧型まで幅広く取り揃えることにより、欲しいものが必ずある店作りをしている。売れるかではなく欲しい人がいるかどうかで商品を決めているため、店内には昔懐かしい花柄の炊飯ジャーや、馬、山羊、熊の毛で出来た天然毛歯ブラシなど普通の百貨店や店では見たことも無いような商品が並ぶ。流行に左右されず変わりなく商品が置いてあるので、ここに来れば安心、と地元住民はダイシンのファンになっていくのだ。

 また、ダイシンのお客様はお年寄りの方が多い。そのため昔ながらの商品が豊富で、お年寄り向けの気遣いが各所に見られる。広い売り場の随所にソファが設置され、買い物に疲れたお年寄りの方が休憩できる、エレベーターの押しボタンが通常の4倍の大きさで読みやすく、押しやすい……。この細やかな気遣いもダイシンファンを増やす理由の一つかもしれない。

 二つ目の特徴はモノではなくコトを売るスタイルである。社長曰く、自分は小売業のプロではないからモノを売ることは出来ず、コトを売ることしかできないと言うが、実に多彩なコトを提供している。まずは冒頭にも述べた夏祭りなどのイベントを数多く開催していること。コミュニケーションの場を提供することで社員とお客様、お客様同士の繋がりが生まれる。またコンサートや作品の展示会などでものづくりや芸能・文化の発信も行う。5階のイベントスペースに芝生を敷き、夏にはプールを作って今失われつつある遊び場を子供たちに提供する。また、大量生産、大量消費の形式を疑問視し、イチからモノを作って、店に出して売るというオリジナリティこそ重要と考え、ものづくりというコトも提供している。現にダイシンではパンや店内のカフェで出すコーヒーは自家製である。カフェは社長曰く「蔦谷から着想を得た」ブックカフェ形式で、利益を追求せず「男の道楽」を体現したものになっていると言う。

 遊び場として、つながりの場として、そしてもちろん百貨店として、子供からお年寄りまで世代を越えて地域に愛される店こそがダイシン百貨店の特徴だ。

「迅速」と「覚悟」のスピード再建

 ダイシンは終戦後、長野県出身の創業者、故・竹内義年が、長野からりんごを積んで、山王の闇市で売り始めたのがはじまりである。1948年に信濃屋という屋号で本格的に商売事業をスタートさせた。実に60年以上の歴史を持つ百貨店である。

 一方社長の西山は建設会社退社後、大手スーパーチェーン長崎屋に勤務し、設計や開発のノウハウを学んだ後独立、商業施設専門の建築設計事務所を設立し数多くの商業施設の建築設計を手がけていた。自身の会社が倒産し、ある上場企業の下請けとして働くうちに顧客として出会ったのがダイシン百貨店であった。

 二代目社長の故・竹内洋一に気に入られ、ダイシングループの店舗改装や施工の多くを西山が担当することとなる。始めは闇市でスタートしたダイシン百貨店だったが、当時は規模をどんどん拡大していき、グループ全体で最大7店舗にまで事業を広げていた。しかし事業を拡大したもののその過大な投資に見合う利益が出ず、また景気低迷の煽りを受けて80億円を超える莫大な借金を背負った倒産寸前の企業になってしまっていた。

 そんな中、ある日西山にダイシン百貨店の従業員から一本の電話が入った。「社長、死んじゃったよ。うちの会社、倒産しちゃうよ」。西山は建築業として不動産面に明るいことと、本人曰く「強面の」顔つきから銀行対策として呼ばれた。それから西山のダイシン存続をかけた闘いが始まる。「この会社の社長をやろうなんて、一度も思ったことないんですよ。ほんとに成り行き」と西山も言うとおり、社長の急死後SOSを受けてから見事再建を果たし、社長に就任し、オーナーにまで至る過程は実にスピーディーで波乱万丈なものだった。

 社長の死後呼び出され銀行対策を懇願された西山は、役員就任を条件にダイシン再建に奔走することになる。倒産も囁かれ、早急に負債を返さなければならなかったため、西山は「迅速」と「覚悟」をモットーに本店以外の店舗、社員寮を全て売却し、2年間で全物件の清算までを終えるという異例のスピード売却を達成した。この行動力とスピードに、初めは主導権を握ろうとしていた銀行も考え方を改め、ついには西山を社長にという話が出てくるまで信用を勝ち得た。

 こうして、その手腕を買われ銀行と旧役員から社長へと請われた西山はまた一つ条件を出して同意する。それは自分が全てを掌握したら社長になるというものであった。宣言通り社長就任後役員を解散させ、創業者から株も買い受け、経営、資本ともにダイシンの全責任を負う立場となった。

 しかし、華麗に再建を成功させた手腕家は「自分が再建したのではない。この60年間の歴史が、お客様一人ひとりのご要望に応えてきた歴史こそが再建の真の立役者なのだ。自分がやったことは、棚卸しなど商売の基本を徹底させただけだ」と言う。

コミュニケーションの架け橋に

 西山が将来目指すものとは。それは商業の枠を超えた壮大な夢である。

 まず一つの夢が、メーカー、無名の芸術家たちがそれぞれ商品を売り、自分を発信する架け橋にダイシンがなることである。メーカー、無名の芸術家、地域住民がダイシンという場でミックスされ、コミュニケーションが育まれるような空間を提供したいと言う。ものを買うためだけに来店するのではない、もちろん商売なので買ってもらわないと困るが、買いさえすればあとはどのようにうちを使っても構わない。そんな場にしたいと言う。

生活密着型の次世代ポイントカード

 西山の思いはまだまだ止まらない。さらなる大きな夢は次世代株式市場としての、また地縁社会への鍵となるポイントカードの利用である。

 ダイシン百貨店はアップルポイントカードというポイントカードを発行している。もちろん投資法との兼ね合いはあるが、カード会員に一人50万円分投資してもらったとしたら、例えば1万人で50億円。これだけで本店の改装費がまかなえてしまう。従来の株式と違って配当はない。代わりにポイントがつく。ポイントは買い物用の資金になるわけだから、より生活に密着したものを会員に還元できることになる。

 だが西山の構想はここで終わらない。このカードに医者を巻き込んで、医療カードとポイントカードを一緒にした管理カードを普及させたいという思いを持っている。これは高齢者がお客に多いダイシンならではの発想かもしれない。例えば店の中で急に倒れても、そのカードがあれば名前や過去の病気、健康診断の結果まで全て読み取れ、適切な救急処置を行うことができる。これを応用すれば、一人暮らしのお年寄りの生活面、健康面をサポートすることができるのだ。

 商業施設として地域社会に貢献できる形を模索し、「住んで良かった街づくり」にもあるように、商品だけでなく街全体をよりよいものに進化させていく。まさに地域に愛されているダイシン百貨店ならではの大きく、そして是非叶えてほしい夢だ。   (S)


● 会社概要●

社 名:株式会社ダイシン百貨店

設 立:1948 年1月

本社所在地:東京都大田区山王3-6-3

電 話:03-3773-1721

事業内容:百貨店経営

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