<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" version="0.3">
  <title>KIGYOKA.com：最新情報</title>
  <link rel="alternate" href="http://KIGYOKA.com" />
  <tagline>ベンチャー企業のためのメディア</tagline>
  <entry>
    <title>ヒットメイキングの裏側   「エレファン」（ダクト式送風機）  イデアインターナショナル</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2559" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-03T02:02:20Z</modified>
    <issued>2010-09-03T02:02:20Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">ヒットメイキングの裏側&lt;br&gt;&lt;br&gt;The other side of HitMaking&lt;br&gt;&lt;br&gt;「エレファン」（ダクト式送風機）&lt;br&gt;&lt;br&gt;イデアインターナショナル（東京都港区）&lt;br&gt;&lt;br&gt;伸縮ジャバラで風向きを調整　ユニークなデザインの送風機&lt;br&gt;&lt;br&gt;　扇風機では馴染みのある３枚の羽根がない送風機が注目を集めている。４月末の販売開始からわずか3 カ月ですでに3０００個が売れてしまったフィルター＆アロマ機能付きサーキュレーターファン「エレファン」（１０５００円）。販売元のイデアインターナショナル（東京都港区）は、インテリア雑貨およびライフスタイル商品の企画開発販売を行い、全国に直営店を20 店舗展開している。ジャバラが付いた送風機という意外性と機能性がうけ、ヒットを飛ばしている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;　連日のように気温３５度を超える猛暑日が続く日本列島。家電量販店では扇風機やクーラーの売れ行きが好調だ。そんな中、象の鼻のような形状のジャバラを伸ばしたり縮めたりして、高さや向きを自由に調整できる送風機「エレファン」（写真１）が売れている。生活雑貨にハイセンスなデザインを加えた商品開発で定評のあるイデアインターナショナルが３年間の開発期間を経て、満を持して送り出した商品である。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　４月２４日の発売から３カ月、販売予想台数を超える売れ行きで、用意した初回製造分３０００個を完売した。吸気口にはフィルターを内蔵し、埃を巻き上げずクリーンな風を送ることができる。大きな３枚の羽根ではなく、筒状のシロッコファンを内蔵しているので、幼児などが誤って手を巻き込むなどの危険がなく、安全面にも配慮した設計になっている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　収納時には３７センチメートルのジャバラは最大７１・５センチメートルまで伸び、自分好みの微妙な角度の調整も可能だ。今まで不可能だった真上や真下へも風を向けられるので、部屋干しした洗濯物の下に忍ばせ、乾燥時間を短縮することもできる。上下左右、首振り機能（角度９０度）を使えばあらゆる所に送風ができる優れものだ。また、風量は強弱ではなく、スライド式になっており無段階に微調整できる。さらに、専用アロマカプセルをつければ、好みの香りを部屋中に拡散し、リラグゼーションとしても使える。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ジャバラを真上に向けて、スポンジのボールをフワフワと浮かせるといった遊び心も忘れていない。部屋のインテリアとしても使え、機能的なデザインが特長だ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;子供を思う気持ちがきっかけ&lt;br&gt;&lt;br&gt;　これまでにない意外性のあるデザインと様々な生活のシーンで使える機能性が融合し、ヒットを飛ばすエレファン。開発のきっかけは、息子を思う優しい父の親心からだった。プロジェクトリーダーの立川裕大さん（写真２左）は２人の息子を持つ父親。２段ベッドの上段で眠る息子が涼しく快適に眠れるように何かいい方法はないかと考えていた。すでに家には３台の扇風機があったが、冬場には片付けるスペースを取り、収納のことも気掛かりだった。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「通常の扇風機では首を伸ばしても風が届かない。新しい扇風機をデザインできないか」。立川さんは、これまでにない扇風機を開発したいと考えた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　エレファンの開発は３年前から始まったが、試行錯誤の連続だった。まず初めに考えたのは、扇風機の首を長くすることだった。しかし、これではファンのある上部が重くなり、バランスが悪い。扇風機は上部の羽根の重量を土台で支える構造になっており、枕元に置くにはスペースを取りすぎる。また、風切り音が大きく睡眠の邪魔になるなど解決しなければならない課題が多くあった。せめてもの救いはプロジェクトの開発期間に経営陣の理解があったことだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;デザイナーの成長を促す&lt;br&gt;&lt;br&gt;「イデアはベンチャー企業なので、デザイナーにも新しいことにチャレンジし、経験を通して成長して欲しいと考えています」と社長の橋本雅治さんは言う。エレファンはＹＵＥＮ‘ＴＯ（ユエント）というレーベルの最新作だ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　イデアのなかには複数のレーベルがあり、外部のデザイナーが作りたいモノをイデアの企画力、販売力と融合して商品化する「ＴＡＫＵＭＩ（匠）」と社内のデザイナーが自由な発想で新しいコンセプトに挑戦するユエントなどがある。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「新しいことに挑戦するプロジェクトなので、失敗も多い。だから、時間の制約は設けていません。遊び心を持つことも重要」と橋本社長はいう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ユエントは、生活や社会の必要性をデザインするプロジェクトで、消費を煽るような売るだけのためのデザインではなく、機能美などモノの本質、基本に返って考えようと４年前に発足した。1:日々の生活に役立つ2:環境にとって役立つ3:緊急災害時に役立つ4:誰かのために役立つといった、主に上記の４つの「所以」をコンセプトに商品開発が行われている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;工場で見かけたジャバラ式スポットクーラー&lt;br&gt;&lt;br&gt;　開発の転機は２年前の夏に立川さんが地方の工場に行ったときに訪れた。工場のように天井が高い吹き抜けの広い空間ではクーラーが効き難いので業務用のスポットクーラーが使われていた。その場で働いている人に向けて長いジャバラが伸び、ピンポイントで送風しているのを見たときに、「これはありだな。ジャバラを一般の家庭に持ち込もう」と立川さんは考えた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;　早速、ダクトの写真を撮って会社に持ち帰り、商品企画部デザイングループのデザイナー、宮ざき直理さんと話し合った。量販店に行きジャバラのゴミ箱を買ってきてファンに被せて試作機を作った。しかし、中で風がぶつかり合って分散してしまい、風穴から充分な風量が出てこなかった。試作品の段階ではジャバラ部分が現在のものよりも太かったのだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そこで、充分な風量を作り出すために横から空気を吸い込み風を作る筒状のフィンを採用した。ジャバラも細くするなど改良が加えられた。また、噴出し口を小さくすることで、課題であった風切り音も小さくすることが出来た。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「これなら行ける！」、開発に携わった立川さんと宮ざきさんは、合理的なデザインで機能性も兼ね備えた商品に自信を深めた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　しかし、ここでストップがかかる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「これが本当に売れるのか」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　実際に製造、販売となれば大きな資金が必要になる。そこで、プロジェクト続行かどうか命運は役員会にかけられた。通常では、商品開発が終了した段階での役員会は異例だった。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「独創的なデザインでしょう。まず売れるのかどうか、役員の間では賛否両論でした。しかし、イデアはチャレンジする会社です。最終的に私がＧＯサインを出しました」と橋本社長は当時の様子を語る。&lt;br&gt;&lt;br&gt;市場見て適正価格に抑える&lt;br&gt;&lt;br&gt;「橋本社長が背中を押してくれて嬉しかった」と宮ざきさんは話す。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　価格戦略も市場ニーズに合致し、ユーザーの支持を集める要因になっている。扇風機の販売価格は４０００円から１５０００円が相場だ。高いもので３５０００円する商品もある。そこで、イデアでは新しいコンセプトの送風機で多機能だが、価格は１０５００円に抑えた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「スタンド部分など、販売価格を上げれば改良を加えることも出来たが、市場に合わせた」と立川さんはいう。その甲斐もあってユーザーの評判も上々で、発売当初から売れ始め、一部店舗では品薄状態が続いた。風を広い範囲にも届けられるよう首振り機能をつけたところ、「ジャバラの動きが生き物みたいにコミカルで面白いなど想像していなかった副産物もあった」と宮ざきさんはいう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　扇風機は季節商品であるが、アロマやボールを浮かせる機能など、部屋のインテリアとしての要望もあり、通年販売も見込んでいる。現在は白色だけの販売だが、黒や赤、シルバーなどの色の追加も検討している。子供を思う親心からスタートしたエレファン。今年の夏の夜は快眠に違いない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;</summary>
    <dc:date>2010-09-03T02:02:20Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>第5部　西川光一の人的ネットワーク</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2557" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-03T01:36:32Z</modified>
    <issued>2010-09-03T01:36:32Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;img src='http://kigyoka.com/kigyoka/upload/news1/2557_20100909.JPG' &gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;第　5 部&lt;br&gt;&lt;br&gt;西川光一の人的ネットワーク&lt;br&gt;&lt;br&gt;Human network of Koichi Nishikawa&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;先代の豪快さをソフトなセンスで包み込んだ企業家。西川は相反する要素を同時に兼ね備えたハイブリッド経営者である。ＧＭＯインターネット会長兼社長の熊谷正寿は「品のよさと大胆不敵な実行力が魅力」、ジャストプランニング会長の吉田雅年は「さらなる発展を目指す熱い二代目」と語る。多彩な趣味を持ち、スタートトゥデイ代表取締役の前澤友作と好きな音楽やクルマの話で盛り上がる。先代の西川清の後を引継ぎ、パーク２４を大きく成長させる西川光一の魅力に迫る。&lt;br&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（文中敬称略）&lt;br&gt;品格と決断力を併せ持つ企業家&lt;br&gt;&lt;br&gt;ＧＭＯインターネット&lt;br&gt;&lt;br&gt;代表取締役会長兼社長グループ代表&lt;br&gt;&lt;br&gt;熊谷正寿&lt;br&gt;&lt;br&gt;Masatoshi Kumagai&lt;br&gt;&lt;br&gt;品のよさと大胆不敵な実行力が魅力&lt;br&gt;　&lt;br&gt;「品のよさと大胆不敵な実行力。その両面を併せ持つ企業家です」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　インターネット業界で躍進するＧＭＯインターネット会長の熊谷正寿は、西川の印象をそう語る。二人が初めて出会ったのは、２００９年９月24日に開かれた会食でのこと。知人の紹介を通じて知り合った。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「第一印象は、品格を感じる二代目の経営者でした。しかし、それだけではありません。大胆な事業展開を実行する事業家の側面もあります。そのギャップこそ、西川さんの大きな魅力ですね」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　熊谷が特に興味を持ったのは、パーク２４のＩＴ化の推進だった。パーク２４とマツダレンタカーは現在、ＧＭＯグループが展開するカード決済サービスを利用するなど、駐車場ビジネスで積極的にＩＴを導入している。全国に展開する駐車場を最新鋭のＩＴでネットワーク化することで、強いブランドを築き上げた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「既存の業界にある企業が成長するには、ＩＴ化がかかせません。西川さんは多額の投資でＩＴ化に踏み切りました。そして見事にＩＴを急成長の原動力にし、大きな成功を収めています。新しいことに積極果敢に挑戦する姿勢と手腕は凄い」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　西川は学生時代からコンピューターに興味を持ち学び続けてきた。現在でもＩＴ分野の勉強を怠らない。熊谷との会食やゴルフをした時も、会話の中でＩＴに関する質問や事業展開を熊谷に投げかけた。日本最大の駐車場ネットワークにＩＴをどう活かせるか。西川はそれを常に考えている。「あくなき探究心と成長意欲で事業を伸ばしていく。これが企業家に最も大切なこと」と熊谷は指摘する。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「二世経営者で陥りがちなケースは、守りに終始し、攻めがなくなることです。でも、西川さんは違います。先代から帝王学をきちんと学ばれ、今でも勉強熱心。その素質と才能を活かして、積極果敢に事業を展開している。とても魅力的な経営者だと思います」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　パーク２４を創業した先代の西川清は、０から１０を生み出す創業経営者だった。その基盤を　から１００に、１００から１０００にする。それが自分の役割だと現社長の西川は考えている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「西川さんは、ご両親をとても大切にされています。『先代』とおっしゃる時に感じる、その言葉の温かみ、ニュアンスから創業者への敬意を感じます。素晴らしいことです」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　インターネット業界では、熊谷をはじめ、ソフトバンク社長の孫正義や楽天会長の三木谷浩史、サイバーエージェント社長の藤田晋ら若手企業家がフロンティアを切り開いてきた。自動車産業も現在、一大変革期にある。ガソリンを活用した従来の自動車から、電気自動車などの環境に優しいクルマの開発が急速な勢いで進んでいる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「西川さんも駐車場や自動車産業を大きく変革してほしい」と熊谷は期待を寄せる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「電気自動車を活かした駐車場ビジネスを展開するなど、世界初の新事業に取り組んでもらいたい。彼はまだまだ奥が深い方。まるでスルメのように付き合うほど味が出る人だと思います。これからも交友が深めていきたいですし、大きく羽ばたいていただきたい。ともに世の中のためになる事業を築いていきましょう」&lt;br&gt;&lt;br&gt;ジャストプランニング　取締役会長　吉田雅年&lt;br&gt;&lt;br&gt;さらなる発展を目指す&lt;br&gt;&lt;br&gt;熱い二代目&lt;br&gt;&lt;br&gt;Masatoshi Yoshida&lt;br&gt;&lt;br&gt;「悪友だから、何も書くことはありませんよ」と吉田は笑う。二人はお互いをよっちゃん、西川ちゃんと呼び合う仲だ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　二人の出会いは２００１年９月11日、あの同時多発テロの日。その年の夏にジャストプランニングは上場し、それを祝った友人からの紹介で知り合った。それまでパーク２４の存在は知っていても西川のことは全く知らなかった吉田だが、帰り道で意気投合し、それから二人の付き合いが始まった。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　吉田は西川にとって仕事の話を抜きにして付き合える貴重な存在だ。一度だけ吉田の会社に来て、仕事の話でもしようかと机で向き合ったこともあったが、お互いに照れくさくなって結局は若い者に任せて会社を後にしたという。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そんな二人にちょっとした事件が起きた。吉田が社長から会長に就任した時、「そろそろ会社を辞めようと思う」と西川に話した。それを聞いた西川はひどく怒り、軽く殴り合いになったという。その頃西川は社長に就任し、ようやく吉田と同じ土俵に立った頃である。「お前だけ先に辞めるのか」という気持ちだったに違いない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　自身で会社を設立した吉田と会社を引き継いだ西川。会社のトップという立場は同じでも、二人は創業者と二代目という点で異なる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「西川は二代目ということをすごく意識している。私のような創業者は乱暴。挑戦しなければ何も生まれないという考え方だから、とりあえず後先考えずにやってみてだめだったら退くという乱暴さがある。しかし彼の場合だと、二代目として大きくなった会社を引き継いで、さらに発展させなければならない。僕らみたいに土台がないところから事業をやるのとは違う厳しさ、難しさがある」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そんな二人の立場や考え方の違いは、自身の進退についてでも顕著に表れた。創業者である吉田は、自身の代わりとなる二代目作りに重点を置いている。そのために、自分は会社を早く退き、次の目標を決めようとしている。それに対して西川は「社長が辞めるのは責任放棄である」という正反対の考え方を持っている。それでも二人は、創業者と二代目という違う世界を経験したお互いを尊敬し合っているのだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　吉田が立ち上げたジャストプランニングは、主に外食チェーン店を対象として、各店舗の売り上げやスタッフの勤怠管理をするシステムをネット上で貸し出すＡＳＰ（アプリケーション・サービス・プロバイダー）を日本で初めて行った。その自身の事業とパーク２４の無人駐車場は全て積み上げのビジネスという点で共通しているという。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　一つの商品を物として売るのではなく、サービスとして貸し出すことによって、毎月一定の収益が見込める。その上、継続的還元がきちんとあるので、収益の浮き沈みも少なく業績が安定する。吉田はこのビジネスモデルを今でもとても魅力的に感じている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ただ問題なのは、一定の収益が常に見込める中で社員のモチベーションをどのように保ち、育てていくかということだ。その点はトップの力量に任されているが、「西川にはすばらしいスタッフが周りにいて、その関係を大事にしているから心配ない」と吉田は言う。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　会社を退きゆくゆくは漁師になり、釣った魚を提供するという気ままなダイニングバーを開き、インターンを受け入れるなどして人材育成にも携わりたいと吉田は語る。そんな吉田は「精々がんばれよ。ただ同じくらいに引退して言葉通りの遊び友達になってください」と悪友にメッセージを送る。&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;スタートトゥデイ&lt;br&gt;&lt;br&gt;代表取締役&lt;br&gt;&lt;br&gt;前澤友作&lt;br&gt;&lt;br&gt;Yusaku Maezawa&lt;br&gt;&lt;br&gt;ミスチルとヴェイロンに共感する２人の企業家&lt;br&gt;&lt;br&gt;　前澤と西川の交流は、まだ日が浅い。２０１０年２月、日本列島を一番の寒波が襲った時、防寒具をまといながら、茨城県のゴルフ場で一緒にプレーしたのが交流の始まりだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　前澤は小柄な体ながら、全身バネのように引き締まり、華麗なフォームから伸びのあるドライバーショットを放つ。ゴルフを始めてまだ4年そこそこだが、１Rのスコアは調子が良ければ70台を出す。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　片や西川は大柄な体でドライバーを豪快に振り回す。当たれば２５０ヤードを越えるが、時々、右に大きくスライスする。その荒削りなプレー振りから「バイタリティーにあふれておられ、てっきり創業経営者と思っていた」と前澤は西川の第一印象を語る。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　その後、２、３度、食事をしたり、カラオケに興じて急速に仲を深めた。２人がお互いに驚いたのは共通の趣味が多いこと。西川は仕事柄、車に興味を持っている。ポルシェやメルセデスなど主にドイツ車が好きで、奥さんの分を含めて数台所有している。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　一方、前澤も車には目がない。イタリアのアルファロメオやメルセデスの愛車を持つ。ある晩、２人が食事をした時、西川が前澤にさりげなく尋ねた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「ブガッティ・ヴェイロンはいいですよね」。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ヴェイロンはブガッティ・オトモビル社が製造、販売するスーパーカーで、時速４３０キロの世界最高速を誇っている。車好きにとっては垂涎（すいぜん）の的だが、お値段はオーダーメイド、エルメス仕様で約２億円。おいそれとは手が出せない。３００台が限定生産され、日本には15台が割り当てられるという。前々から前澤は欲しいと思っていたが、西川にズバリ希望車を言い当てられて、俄然ヴェイロンへの購入意欲が高まった。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「西川さんの車の知識には驚いた」と言う。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　時計の趣味も合っている。西川の左手首にはめられたカルティエの腕時計を目ざとく見つけた前澤は西川のファッションセンスが自分のそれと似通っており、急に親近感を覚えた。前澤は幼少の頃から機械類が好きで、精巧な機械時計を眺めていると心が和む。パテックフィリップ（スイス製）、ランゲアンドゾーネ（ドイツ製）を愛用しているが、「今度は西川さんと時計談義をしたい」と語る。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　さらに２人の仲を深めたのがカラオケ。元ミュージシャンの前澤は大のミスターチルドレンファン。西川行きつけのカラオケ店に行った時のことである。西川がいきなりミスチルの「HANABI」を入曲した。前澤は「西川さんは僕の18番を知っているのか」と、その気配りに感心していたら、なんと、自分で歌い出した。何のことはない。西川も大のミスチルファンだったのだ。そのあと、前澤は「花の匂い」を熱唱してお返しした。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ミスチルが世の中に発信するメッセージが自分の思いとシンクロしていると前澤は言う。西川と前澤は10歳の歳の差がある「最初は少し遠い先輩と思っていましたが、親近感を抱くようになった」と前澤。２人はミスチルを通して心が通じているようだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　西川は駐車場ビジネス、前澤はネットのアパレル販売と今の所、接点はないが、同じ厳しいビジネス社会を生きる企業家。前澤は西川を全て受け止めてくれる兄貴分として、西川は前澤を豊かな発想力を持つ若手企業家として、互いの交流を深めて行くだろう。&lt;br&gt;</summary>
    <dc:date>2010-09-03T01:36:32Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>石橋明佳のコーヒータイム</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2556" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:34:33Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:34:33Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;br&gt;石橋明佳のコーヒータイム&lt;br&gt;&lt;br&gt;１引く１は０？&lt;br&gt;&lt;br&gt;　皆さんは、「１引く１は？」と聞かれたら、普通は何も考えずに「０」と答えるかと思います。しかし、本当に「０」でいいのでしょうか？ どうして「０」になるのかを、深く考えたことがあるでしょうか？「１引く１は１」ではだめでしょうか？&lt;br&gt;&lt;br&gt;　物事というのは、本当はどこにも答えというものはないのが真実だと思います。というのも、真実というのは「何を前提とするか」でまったく異なってくるからです。人が、これが正しいと考えるとき、その背後には意識しているといないとに関わらず、「前提」というものが必ずあります。今、現実の世の中で教わることのほとんど全ては、「前提」があっての正解です。前提なしには、何事にも正解・不正解というのは定義できないものです。「人の数だけ真実がある」ことの所以です。いわゆる論理というのも、必ず前提とする公理があって初めて成り立つものです。別の言い方をすると、論理というものは、前提が異なると答えも違ってくる、ということです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　この「１引く１は０」というのは、あくまでも物理的な目に見える次元でいう正解にすぎません。また、０（ゼロ）という概念を前提として受け入れています。さらに、線形世界での答えだということもできます。１０進法が前提とされてもいます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　という風に、ちょっと考えただけでもこれだけの前提があるのです。存在していたものをそのまま取り去っても、それは本質的になくなってしまうのではなく、ただ形や位置（場所）や時間を変えるだけです。物をその場から取り除いたり形を変えることはできても、それ自体を根本的になくすことはできません。既に存在しているエネルギーは、永遠にこの世のどこかに保存されます。そういう意味での真実は「１引く１は１」です。「１引く１は０」と考えるときは、物質的な次元である一定の時間と空間の位置に存在するものと限定して考えているわけです。どのような「系」という枠組みの中で物事を見るかで答えは変わってくるわけで、この「系」がいわば「前提」といってもいいでしょう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　不法投棄やごみのポイ捨てなども、そんなことの一つです。自分の手元から消えてなくなればいいと思ってそういう行為をするわけですが、実際にはこの世のどこかに存在したままであり、それによって迷惑を被る別の人や地球があるわけです。「１引く１は０」という概念の中には、どうも物質的な世界を象徴するような自己中心的な人間の心理が垣間見れます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　さて、話を「前提」に戻しますと、今の世の中で当たり前と思われていることのほとんどは、ちょっと見方を変えて前提を違ったものにするだけで、根本的に常識が変わってしまうことがわかります。常識というのは、あくまでもこの「前提」のコンセンサスが過半数の人たちに暗黙の上で支持されている事柄です。しかし、ほとんどの人たちはその前提が何かなど、考えたこともなく、ただ漫然とそういうものなのだと受け入れて生きています。物事を常識とは違った観点で見ることのできる人は、常にその常識の根底にある前提が何かを理解しています。その前提を疑うことで問題提起をすることができたり、新しい理論の解明、科学技術の開発、商品やサービスの提供等をすることができるわけです。世の中の情報や知識、常識や論調をただ鵜呑みにするのではなく、「どういう前提があった上でのものなのか？」「前提が違ったら、他にどういう考え方・見方・答えになるか？」という点を常に考え、自分なりの考え方やものの見方を養うことが、独創力に繋がります。情報が溢れる世の中です。流されないためにも、前提を見極めたいところです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;著者プロフィール&lt;br&gt;&lt;br&gt;証券投資顧問業を経営する傍ら、独自の感性を方々に発信する魂の人。財務省の財政制度等審議会の委員等歴任。&lt;br&gt;</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:34:33Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>ベンチャー企業の法務心得　その4</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2547" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:04:39Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:04:39Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">ベンチャー企業の法務心得　その4&lt;br&gt;&lt;br&gt;ベンチャー企業の資本政策と種類株式&lt;br&gt;&lt;br&gt;クレア法律事務所　代表弁護士　古田利雄&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;　株式の上場に至るまでに、誰に、いつ、いくらで、どのくらい、どのような方法で株式の移動・増加をしていくかを計画し、最終的に株式上場時の株主構成や予想株価を描くことを「資本政策」といいます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　事業の拡大のために新株発行による増資を行うと、発行済株式総数が増加し、その分だけ創業者の会社への支配比率が低下します。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　一度行った資金調達はリセット出来ませんから、次に述べる点に注意して、あらかじめ慎重に計画しなければなりません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;・株式分割などを利用して、株式上場時の株価を流通し　やすい価格にする。&lt;br&gt;&lt;br&gt;・株式上場時の株価の一株あたり利益（ＥＰＳ）や、　株価収　益率（ＰＥＲ）は、類似業種の企業を参考にする。&lt;br&gt;&lt;br&gt;・ベンチャーキャピタルの保有株数は上場時における発行済株式数の30パーセント程度に抑える（バイオなど資金需　要が大きい事業では50％程度まで）。&lt;br&gt;&lt;br&gt;・ストックオプションなどの潜在株は上場時における発行済　株式数の10パーセント程度に抑える。&lt;br&gt;&lt;br&gt;・提携関係のある事業会社などに株式を保有してもらう　ことによって、安定株主を確保する。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ベンチャー企業の資金調達では、普通株式でなく種類株式の利用も検討するべきです。ベンチャー企業では、汗を流しながら事業を進めていく創業者と、リスクの高い投資を行うベンチャーキャピタルという性格の異なる株主が同居することになるため、異なった内容の株式によって両者の利害の調整を行うニーズがあるからです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　会社法では、種類株式として、次に挙げる９項目について他の株式と異なる内容を定めることができます（会社法１０８条）。これ以外の合意事項、たとえば財務内容の定期開示については、種類株式の内容とすることはできず、投資契約に定めることになります。種類株式は、契約当事者の債権的な合意ではなく、会社の定款の内容になるため、投資契約よりも効果は強力です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;1:剰余金の配当&lt;br&gt;&lt;br&gt;2:残余財産の分配&lt;br&gt;&lt;br&gt;3:株主総会において議決権を行使できる事項&lt;br&gt;&lt;br&gt;4:譲渡による取得につき当該株式会社の承認を要すること&lt;br&gt;&lt;br&gt;5:株主が当該株式会社に対してその取得を請求できること&lt;br&gt;&lt;br&gt;6:当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得できること&lt;br&gt;&lt;br&gt;7:当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること&lt;br&gt;&lt;br&gt;8:株主総会や取締役会の決議事項で当該決議のほか種類株主総会の決議を要すること&lt;br&gt;&lt;br&gt;9:種類株主総会において取締役または監査役を選任すること（但し、委員会設置会社及び公開会社を除く）&lt;br&gt;&lt;br&gt;　これらのうち、通例ベンチャーファイナンスで利用される項目は、 2:残余財産の分配、 5:株主が当該株式会社に対してその取得を請求できること、 6: 当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得できること、 8:株主総会や取締役会の決議事項で当該決議のほか種類株主総会の決議を要すること、などの項目です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ベンチャー企業では、金融機関からの借入金　（負債）の比率が低く、また完全に破綻にする前に清算に至るケースもあるため、投資したベンチャーキャピタルとしても、 2 を使って、清算時の残余財産分配について優先権を得ておくことにはメリットがあります。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　また、ベンチャーキャピタルとしては、会社が一方的に増資を行って持分が希薄化することがないように、増資や合併などの重要事項については、 8 の拒否権を要求したいところです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　創業者側としては、ベンチャーキャピタルにこのようなメリットを与える代わりに、１株あたりの株価を高くして引き受けてもらって、会社の支配比率を維持することができます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;P ro file&lt;br&gt;&lt;br&gt;ベンチャー企業の創出とその育成をメインテーマに、１００社近い企業の法律顧問、上場会社の役員として業務を行う傍ら、ロースクールで会社法の講座を担当している。平成３年弁護士登録。東京弁護士会所属。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:04:39Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>注目企業  テンダ  代表取締役　小林　謙 （こばやし　けん）</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2548" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:04:39Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:04:39Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">　高機能マニュアルで人材育成　　　　&lt;br&gt;&lt;br&gt;　企業が新システムを導入しようとする時、必ず必要になるのがマニュアルである。しかし、膨大な情報量のあるシステムを、場面に応じた操作方法を明示し、マニュアル化するのは簡単な事ではない。それに加え、全ての従業員がマニュアルを頭に入れ、使いこなせるようになるまでには、恐ろしく時間がかかってしまうだろう。テンダが開発したＤｏｊｏは、従来の作成行程を大幅に削り、インターネットを通じて繰り返し学習できるマニュアルを制作するソフトウェアである。既に三井物産を始めとした１６００社の企業で導入されている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　例えば、ある情報システムの操作方法をマニュアル化したいとしよう。作成者は教えたいシステム操作を実際に行う。するとＤｏｊｏが、行程毎の操作画面を捕捉し、自動的に操作説明文を記述したマニュアルデータを作成する。これにより、画像の貼付けや文章の打ち込みといった手間が省け、作成工数は50％以下にまで削減されるという。作成されたデータは、テキスト・動画・ＨＴＭＬなど10種類の幅広い形式で出力される上、英語と中国語に自動翻訳する事も可能だ。さらにマニュアルを使用する場面では、紙に印刷して配布する他に、教材システムとしてネットワーク上でテストを行い、従業員の学習進捗状況を確認する事もできる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　Ｄｏｊｏの導入企業である大成建設は、資材調達で提携する６０００社もの企業との取引のため、資材の発注、見積もりを行う「ｓｕｐｅｒ　ｔｏｒｉｏ」を自社サイトで公開していたが、取引先から操作法についての問い合わせが絶えなかった。そこで、Ｄｏｊｏで作成したマニュアルを公開したところ、問い合わせが激減したのみならず、他社に教材システム作成を委託する場合に見積もった費用、７０００万円の十分の一である７００万円での導入に成功した。今では、約１万２０００人の社員をＤｏｊｏで作成した教材で研修し、組織・人事情報の収拾に役立てている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;攻めの営業を求めて&lt;br&gt;&lt;br&gt;　テンダの創業者である小林は大学を卒業後、外資系コンピューター企業日本ＮＣＲ社で営業に携わっていた。当時ＮＣＲの営業部は「サソリ」という異名をとっていたという。「一度刺されたら終わり、というような営業が求められていた」と語る小林は、ＮＣＲに勤めた５年間で、一台１０００万円のＡＴＭを約５００台売り上げた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　通常、大企業のシステム構築には、継続して開発を請け負うコンピューターメーカーが存在する。小林はメーカーチェンジのリスクを越えて、大企業との新規契約を勝ち取ることを、「攻めの営業」、逆にベンダーとして、顧客の満足度を維持する事を「守りの営業」と呼んだ。&lt;br&gt;　　　&lt;br&gt;「攻めの営業こそ最高の楽しみだと思っている」という小林は、経営コンサルタント企業ＰＣＩに転職し、ＮＥＣの代理営業を任された。通常、メーカー側が満足度を維持している企業から、大きな商談を受注するのは非常に困難だ。しかし小林は、地方銀行を中心にＮＥＣの製品を導入する事で、ＰＣＩの年商40億円のうち30億円を自分の担当顧客から売り上げた。「商談に勝つために必要な要素をいつも考えていた。そこには教科書がない代わりに、自由がある」と小林は営業への思いを語った。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ＰＣＩで10年勤めあげた後、会社を立ち上げる決意をする。「自分の人生全うするために新しい道を探そうと思ったのが起業の始まりでした」と当時の思いを振り返る。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　パートの女性を１人雇い、従業員２名で始まったテンダ。社名には、「ガッテンだ」「（テン）だ」など様々な意味が込められているが、小林が最も重要視する思いは「ｅｘＴＥＮＤ　Ａｄｖｉｓｅｒ」である。「顧客である企業に深く踏み込み、内に眠る無形の資源を活性化させ、生産性を拡張する。それには地力が必要であり、お客様の事を理解していないとできない」。まさに、それまでの経験で培ってきた力を集約させようという決意を表していた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;人を育て会社の地力とする&lt;br&gt;&lt;br&gt;　しかし、テンダには早くも試練が訪れる。人材確保を目指し、求人情報に広告を出すも、成果は全く上がらず、元金４００万円のうち４分の３が吹き飛んでしまったのだ。しかし小林は、「何とかなるものだ」と、当時の事を明るく話した。知人に頼み込み、適職フェアに来場した失業中のエンジニアのリストを入手すると、受話器を片手に連日電話をかけ続けた。「苦労話や夢を毎日深夜１時頃まで語り合って『一緒に仕事しよう』と誘うと、４人に１人は実際に会社まで来てくれた。始めからオフィスを構えていたのが幸いした。マンションに構えた有限会社だったら帰ってしまっただろう」。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　入社した社員は、ＩＴ系の大手企業を中心に派遣して、プログラミングや設計の業務をさせた。売り上げを伸ばすと同時に顧客開拓し、経験を積ませる事が狙いである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　半年で社員を一気に60人にまで増やすと、事業をセミナー運営へと転換させた。プログラミングスクールを立ち上げ、６人の未経験のテンダ社員も入学させて、月１５０万円かけ一緒に教育した。その中の１人、吉村勇作は現在の専務取締役に成長している。「教育された事を恩義に感じる人間は強い。会社を良くしようと動いてくれる」と小林は言う。こうして着々と会社としての地力を蓄えていったのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;Ｄｏｊｏ開発から世界へ漕ぎだす&lt;br&gt;&lt;br&gt;　コンテンツ事業に切り替るきっかけは、ベトナムにあった。撤退したアメリカの企業を買収し、そこで制作されていた「ｓｏｆｔ　ｓｉｍｕｌａｔｏｒ」に目を付けた。「植民地文化といって、住民同士で働かせる場合には、共有意識が仲間の中に芽生え非常に強い。しかしボスがつくと忠実になってしまい、ある面で期待はずれになってしまうと感じた」と話す小林は、現地民に新企業「ニューセンチュリーソフト」を起こさせた。機材や給料の一部を負担すると、ベトナム人の社員たちは目の色を変え生き生きと仕事に乗り出してきたという。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　共同開発から２００２年ベトナム国内での商品化に成功し、アジアを中心とした海外へ展開した。そして６年後の08年４月、説明文自動作成などの新機能を盛り込み、純国産のＤｏｊｏとして刷新。昨年、中小企業優秀新技術・新製品賞のソフトウェア部門で優秀賞に輝き、テンダ総売上の約３割を担っている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　小林は今後、Ｄｏｊｏユーザーに更なる付加価値として、Ｄｏｊｏで作成したマニュアルをスマートフォン向けに配信する事を考えている。「人は最も生産性の高い時にこそ次の事を考えるべき。仕事で恥をかかなくなったらその仕事を離れた方がいい」と小林は言う。次世代のマニュアルで高まった能力は、企業を新しいステージへ押し上げる鍵になるだろう。５月期の売り上げ11億円、経常利益６０００万円に達したテンダは海外事業の本丸として、北京に中国拠点を置いた。海を越えたテンダの次なる事業に注目しよう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;【会社概要】&lt;br&gt;社　名　●　株式会社テンダ&lt;br&gt;&lt;br&gt;本　社　●　〒171-0021 東京都豊島区西池袋１丁目１１番１号　メトロポリタンプラザビル１７階&lt;br&gt;&lt;br&gt;設　立　●　１９９5年6月1日&lt;br&gt;&lt;br&gt;資本金　●　２0００万円&lt;br&gt;&lt;br&gt;電　話　●　０３　３５９０　４１１０&lt;br&gt;&lt;br&gt;従業員数　●154名（連結）</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:04:39Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>社長のおしゃれ　5  The President Dressing Up</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2552" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:04:39Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:04:39Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">　夏の想い出。７月下旬、夏を感じさせる草花でいっぱいの中央高速を妻と愛犬を伴って山中湖の山荘に行く。妻の趣味はガーデニング。朝から１日中庭で何かをしている。しかし、いくら草花や畑仕事をしても、次の週には野生の鹿に荒らされているのに、どうも懲りることがないようだ。つまり自然の中に浸ることが楽しいのだろう。しかし、それを幸いに私は車で10分ほどのゴルフ場に向かうことが多い。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　多くの週末ゴルフ族が友人になったが、コースで熱くなってスコアにチャレンジしているのは私くらいのものだ。友人達はショートパンツにロングソックス、色とりどりのポロシャツを楽しむというリゾートゴルフそのものだ。時には「今日はスコアカードいらないよ」ということになる。夏の深い緑の中で、カートに乗って大声で語り合いながらプレーする姿は幸せそのものだ。時々、眼の前の富士山がベレー帽をかぶったような姿を見るが、夕方の雲のいたずらだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ゴルフが終わって心地よい夏の柔らかい微風を感じながら、妻の迎えの車を待っていたとき、私の前を大変お洒落な男性が通り過ぎた。ネイビーブレザーが良く似合っていたが、それ以上に刺激を受けたのが、ボウタイにシルクのポケットチーフをし、しかもブルージーンズがよく似合っていた。いつかファッション雑誌で見たことがあるようなそのスタイルに、私の視線は彼の後を追った。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そこには、もう３人程の男性がそれぞれ奥様を連れてテーブルについていた。たぶんメンバー達だろう。ゴルフ場を単にプレーだけに使うのではなく、食事会やパーティーに使うのって、まるで本場英国のクラブライフを見たような気がしたものだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　しばらくファッションプロの眼で彼らのスタイルを観察することにした。65歳も過ぎただろうか、少し髪も薄くなる年齢だが、先程の男性はバツグンだ。自然に胸ポケットからのぞくシルクのポケットチーフとジーンズのアンマッチングが楽しい。そのファッション感性はまさに国際的であり、私好みでもある。リゾートディナーだからこそ、こんな個性的なファッションがよく似合う。もう20年以上もベストドレッサー賞の選考委員長をしているが、過去に授賞したサックスプレーヤーの渡辺貞夫さんを思い出していた。きっと彼の好みのスタイルだろう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　こんなファッションは若者達にはムリだ。服に負けてしまう。エクセレントなビジネスの中から自然に生まれるセンスだ。企業家のみなさんに是非オススメしたい。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「ファッション」とは流行服を着る若者たちのもの。多くの新しい体験を重ねながら大人になっていく。しかし大人は「スタイル」だ。自分の中に秘めている未知の自分を引き出し表現する。それは生き方の主張でもある。だから若者よりも大人達こそ、もっともっとセンスアップに投資すべきだと思う。きっと多くのチャンスを作ることになるだろう。決して他人に見せるためではなく、自分の生き方としてお洒落は大切なことだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;池田ゆう&lt;br&gt;&lt;br&gt;ファッションデザイナー。ベストドレッサー賞選考委員長、（社）日本メンズファッション協会前理事長、（社）日本プロゴルフ協会学術委員。各界著名人や企業経営者の服装コンサルタントも多数手掛けている。監修したDVDに「池田ゆうの男のおしゃれ 人は見かけによるのです」がある。『あらゆる出会いの第一印象は最初の6秒が勝負！ベストドレッサー賞の選考委員長池田ゆうが誰でもできるスタイルテクニックを伝授。コツはたったの７つ！同じスーツなのに全く印象が変わります!!』&lt;br&gt;&lt;br&gt;http: / / yuhikeda. com</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:04:39Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>新番組 今、日本を最も面白くする企業家たち  この国の旅を変えて30年 長崎ハウステンボスの救世主</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2553" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:04:39Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:04:39Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">この記事は、テレビ東京系ＢＳデジタル放送・ＢＳジャパンで放送中のワールド・ビジネス・チャンネルの同名番組（木曜夜12時から放送）を紙面化したものです。今、日本を元気に、面白くする企業家が、彼らの熱きドラマを語ります。なお、過去放送分も含めた当番組の全てのラインアップは、企業家ネットワークのホームページでご覧頂けます。　　　　　（ｈｔｔｐ： / /ｋｉｇｙｏｋａ．ｃｏｍ ）&lt;br&gt;&lt;br&gt;挑戦の血が騒ぐ&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ハウステンボスは、自然と花に恵まれ、ヨーロッパを再現した空に電線１ない町並みです。日本一の美しさでしょう。日本が観光立国に注力している時に、ディズニーランドの1.6倍の大きさもある日本有数の空間が閉鎖されるのは、日本の観光ひいては地域開発にとっても良くないと思ったのが、ハウステンボス再建に乗り出した最初の理由です。この18年間、様々な企業が再建に乗り出したものの、成功できませんでした。敷地が広いので経費が高く、商圏も小さくアクセスも悪い。18年経っているので修理や設備投資にかなりの資金を投じなければならず、経営は非常に大変です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　我々エイチ・アイ・エスも一部上場会社ですから安易なことはできません。随分悩んで検討して、役員には反対されましたが、引き受けることを決めました。やり方次第では可能性があり、弊社にとってもプラスになることと、難しければ難しいほどやりたくなるという自分の挑戦の血がそうさせました。もちろん、挑戦しなければ失敗せずに済みますが、新しい時代も、新しいこともできません。挑戦することで世の中のためになるのです。挑戦していかなければ企業も日本も駄目になるでしょう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;アジアを狙う&lt;br&gt;　今年の４月に再建を引き受け、直後のゴールデンウィークではとても賑わいました。話題性があり、マスメディアに取り上げられたのも理由の一つですが、今までのやり方ではお客様に来ていただけないので、引田天功さんのマジックや、閉鎖店の復興、夜の賑やかなショーやパレードなど、次々と新しいことをやったことが主な要因です。また、雨の降らないゴールデンウィークは十数年振りで、結果として、前年に比べて来客数が20%増と、良い成績を残せました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　これからは中国や韓国などアジアからお客様を呼び込むことも大切になっていきます。国内だと東京からハウステンボスまでは飛行機で１時間40分、更にそこから車で１時間弱かかります。しかし、ソウルからは約１時間20分、上海からは約１時間30分と、東京より近いのです。中国や台湾、韓国などを合わせると関東の商圏より大きく、我々はこの海外からの来客数の増加に注力しています。この２カ月での伸びは約２倍です。アジアからのお客様を取り込むために、今までは日本語だけだった表示を、英語や韓国語、中国語でも掲載することを考えています。また、ミュージカルにも、韓国語や中国語を取り入れたいです。これからはアジアの方が喜ぶようなエンターテインメントやおみやげを開発し、アジアの人にリピーターになっていただきたいです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;世界規模のイベント&lt;br&gt;&lt;br&gt;　現在日本には年間で７００万人前後の海外観光客が来ていますが、イタリアやフランスはその10倍の人数が来ています。今までの日本の観光政策に問題があったと言わざるを得ません。観光客が喜ぶ要素は買い物、食べ物、見る物の３つです。その点で、自然や歴史、食事など日本には素晴らしい観光資源がたくさんあります。アピールの仕方が少し下手だっただけで、やり方次第ですぐにアジアや欧米の方にも喜んでいただけるようになるはずです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　例えばイベントとして、10月９日からガーデニングの世界大会を開催します。ガーデニングは今世界で人気が出ており、イギリスのチェルシーはガーデニング世界大会のナンバーワンなのです。チェルシーのガーデニングフラワーショーは、４?５日の間に数十万人が来ます。そのような世界的なガーデニング大会のハウステンボス開催計画を進めています。世界のトップガーデナーを招き、ワールドカップのように競い合うのです。場所が遠いので、何か新しいイベントをやらないとお客様に来ていただけません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　今年の夏休みのイベントは、７月から３カ月限定ですが、マンガやアニメで有名な「ONE　PIECE（ワンピース）」とコラボしています。ワンピースは若い世代から家族連れの方にも人気がありますので、これを機にハウステンボスに来ていただきたいです。その他に世界一のスリラーミュージアムをオープンします。おばけ屋敷とは少し違ったもので、こちらではショーなどのイベントを考えています。季節ごとにお客様の層も違うので、メリハリのある運営をしていきたいです。日本的に人気のあるものや世界的な大会を取り入れることで様々な方に来ていただきたいと考えています。ただのテーマパークではディズニーランドには勝てませんから。ヨーロッパを越える&lt;br&gt;&lt;br&gt;未来都市&lt;br&gt;&lt;br&gt;　弊社の立てた計画は、今年で体制を作り、来年には黒字にするものです。経費も上手く削減でき、新しいイベントの準備もしており、計画より早く黒字化できると思います。感触的には今のところ非常に良いです。赤字脱却は簡単なものではありませんが、早く黒字にして、設備投資や環境改善、従業員の待遇を改善したいです。ただ、今年は、利益向上より中身の改良に注力していきたいのが私の本音です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ハウステンボスの従業員に訴えたことは、何のためにハウステンボスがあるのかという意義です。地域観光などの活性化と共にお客様に喜んでいただくためだということです。具体的には、経費を２割削減し、お客様を２割増やすことを掲げました。２割といっても今までより1.2倍早く仕事をするだけです。だから一切リストラをしませんでした。私はハウステンボスをヨーロッパ風の場所ではなく、未来都市にすべきだと考えています。ヨーロッパと日本の融合だけでなくさらに進化した未来都市にしていかなければなりません。住んでいるのは日本人で、言語も日本語です。それを全部ヨーロッパ人にしたところで、ヨーロッパもどきでしかありません。そうではなく、ヨーロッパを超える未来都市にすべきなのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;顧客ゼロからのスタート&lt;br&gt;&lt;br&gt;　私は学生時代、ヨーロッパに４年半留学していたのですが、30年前の日本の航空券は非常に値段が高く、ヨーロッパへ行くには60?70万円、アメリカへは30?40万円かかりました。しかし、海外から日本へはその半額で手続きができたのです。若い人が行きにくい環境と、日本人が高額料金を払わなければならないことに疑問を感じました。これは将来大きなビジネスになると考えたのが格安航空券販売に乗り出した理由です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　当初、大手旅行会社の半額料金で航空券を販売したのですが、半年間来客はほとんどありませんでした。来店しても、旅行代金を聞くと「少し考えます」と言って店を後にし、再来店する方はいませんでした。安すぎる価格にどこか「危ない」と感じたのでしょう。会社は電話１本と机が２つしかない狭い部屋で低家賃でしたが、ヨーロッパから持ち帰った１０００万円ほどの資金も徐々になくなっていきました。この状態が続くなら辞めようと思ったこともありました。名もなく資金もないことの大変さを痛感しました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　実際、電話は一日１本ほどで、来客はほとんどない毎日でしたが、時間はあったのでパチンコ屋さんに行って多くの本を読みました。中でも「ランチェスター戦略」や「徳川家康」全26巻、「孫子兵法」などが今に生きています。読書の影響はとても大きかったです。「継続は力なり」とか「石の上にも３年」を本で学び、３年は頑張ろうと思いました。1年で辞めていたら今はなかったと思います。「ランチェスター戦略」や「孫子の兵法」はとても勉強になり、競争の原理に関連した、集中戦略やナンバーワン戦略などはここから学びました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　不安な毎日が変わったきっかけはお客様のクチコミでした。私が４年半の海外旅行で仕入れた情報量と、良質なサービスにより、穴場として広がっていきました。また、広告費がないので、弊社を利用したお客様に、旅券割引の代わりに弊社の紹介やポスターの掲示をしてもらいました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;時代に合わせた経営&lt;br&gt;&lt;br&gt;　常に挑戦をし、時代に合った新商品を開発してきたのが弊社の強みです。一番大事なのは、お客様の目線で、商品・値段を提供することです。あとは、時代に合ったシステムを構築してきたことです。コンピュータもいち早く導入しましたし、インターネットもそうですが、システム的な新しい導入にチャレンジしてきました。今までの30年は私のやり方でよかったと思いますが、これからの30年は若い、新しいスタッフのやり方でないと生き残れません。創業時は、インターネットもモバイルもありませんでした。しかし、今ではインターネットで予約ができるようになりました。このような時代の変化に対応するには、若いスタッフが時代に合ったことにチャレンジしていかないとなりません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　一方で、学生の時やハネムーンで利用したお客様が、30年後の今では50、60歳代、役職では部長や課長クラスになっています。彼らは料金というよりは、内容やサービスの質を求めてきます。そこで、ＱＵＡＬＩＴＡ（クオリタ）という、別ブランドを建てました。店舗や雰囲気もエイチ・アイ・エスとは全く違う会社です。我々もその時代に合うよう変化していかなければなりません。こういうものをたくさん取り入れるべきだと思っています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;目指すは世界一の旅行会社&lt;br&gt;&lt;br&gt;　従業員のおかげでここまで来れました。ただ、目標にはまだ到達していません。スカイマークを始め、航空業やホテル業、銀行再建など様々なことをやってきましたが、経営の基本は集中です。一業種で日本一、世界一になることが成功の秘訣だと思います。集中と選択、経営の王道は一つのことを極めることです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　真面目な努力に加え、意義も大切です。何のために会社はあるのか、社会的貢献など、考え方や目標がしっかりしていないと長続きしません。もちろん利益は大切ですが、いかに世の中のためになるかが企業にとって一番大切だと思います。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　あとは人です。「企業は人なり」と言うように、人に恵まれる、人を大切にすること。例えば、モンゴル銀行は赤字の国営銀行でしたが、我々が入札し、今ではモンゴル一の銀行に建て直すことができました。金融は欧米の方が進んでいるので、欧米の一流の経営のプロにお願いしたのが成功の秘訣でした。そこは自分で失敗した経験からの判断です。モンゴルには個人的に経営しているホテルがあるので年に数回行きます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　この先やりたいことは２つあります。まずは教育です。大学か塾かはともかく、世界に通用するような教育、養成機関を作りたいです。観光大学を作りたい思いはありますが、今はハウステンボスに集中しないといけないので、ある程度ハウステンボスの目処が立ったところでやってみたい。もう一つは、これから石油・石炭の時代が終わり新しいエネルギーの時代に代わろうとしているのでエネルギー関連です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ただ、まずはエイチ・アイ・エスを世界一の旅行会社にしたい。戦略は若いスタッフが現場に合うように立てていけば良いと思います。いつも言っているのは、世の中の役に立つ、時代に合った会社にするということです。今はシステムや店舗展開など様々な戦略で世界を目指しています。現時点での海外店舗数は１００余ですが、今の幹部はこれを１０００店ぐらいにしたいと言っています。私は５年、10年かかると思います。ただ拡大していくのではなく、しっかりした中身を持ちながら拡大していかねばなりません。ただ拡大していくとコミュニケーションが取れなくなったり、質が落ちたりします。私は、急がなくて良いのできちんとした体系で世界を目指して欲しいと思います。&lt;br&gt;&lt;br&gt;P r o f i l e&lt;br&gt;&lt;br&gt;澤田秀雄（さわだ・ひでお）&lt;br&gt;&lt;br&gt;1951年大阪府出身。80年、インターナショナルツアーズ（現H.I. S.）を設立。格安航空券販売などを手掛け、急成長する。95年、株式を店頭公開。96年、スカイマークエアラインズを設立。98 年、35 年ぶりに国内航空業界に新規参入を果たす。99 年協立証券を買収し、エイチ・アイ・エス協立証券（現エイチ・エス証券）を設立。第1 回企業家大賞を受賞。現在、エイチ・アイ・エス代表取締役会長、企業家賞審査委員を務める。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:04:39Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>ベンチャー必勝の法則 WBC  提携企画  駅から始まる日本の活性化</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2554" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:04:39Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:04:39Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">この記事は、テレビ東京系ＢＳデジタル放送・ＢＳジャパンで過去に放送したワールド・ビジネス・チャンネルの同名番組を紙面化したものです。&lt;br&gt;「ベンチャーで成功するためのポイント」を第一線で活躍中の企業家が語ります。なお、過去放送分も含めた当番組の全てのラインアップは、企業家ネットワークのホームページでご覧頂けます。&lt;br&gt;（ｈｔｔｐ：//ｋｉｇｙｏｋａ．ｃｏｍ）&lt;br&gt;&lt;br&gt;コメンテーター： リンクアンドモチベション社長　小笹芳央&lt;br&gt;&lt;br&gt;キャスター：八塩圭子&lt;br&gt;&lt;br&gt;「通過する駅」から「集う駅」へ&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ＪＲ東日本グループは、駅を「通過する駅」から「集う駅」に変えていく取組みを進めております。そこで誕生したのが当社です。我々は、駅というＪＲ東日本グループ最大の経営資源をお客様視点でもう一度見直し、駅と一体となった商業空間を作っていく使命を担っております。２００５年の大宮、品川を初めとする６つの駅にｅｃｕｔｅ（エキュート）という商業空間を展開しています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　同じエキュートでも駅によって店舗の種類が違います。駅によってお客様のニーズやその街の特性が違うからです。目的地としての駅というのもありますが、大宮や品川は乗り換え利用者が多い駅です。そのため、我々の扱う商材は基本的に移動を前提としたものにする必要が出てきます。また、いかに男性を呼び込んでいくかも大切です。例えばスイーツの売り上げは、夕方から夜と、閉店間際との２回のピークがありますが、閉店間際のほとんどが男性のお客様なのです。百貨店は閉店していても、エキナカが開いていると帰りにお土産を買っていく気持ちになるようです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　このようなお客様の男女比、年齢構成というのはあくまでもデータにすぎません。我々はそれを立体化していきます。そこは実際に駅の散策や店舗訪問して確認するようにしています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　更にエキュートをどのように展開していくのかという「ストアコンセプト」を考えることに時間をかけています。例えば、大宮は「パークサイドマーケット」と設定し、駅そのものを一つの公園と見立て、その中にお店を集めることでお客様に気軽に散策していただきたいと考えました。また、品川では、ビジネス需要や年齢層の若いお客様が多いので「プレミアムプライベート」をストアコンセプトとしました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;決め手はベンチャー精神&lt;br&gt;&lt;br&gt;　私は元々小売業に興味があり、百貨店からも内定は頂いていたのですが、ＪＲ東日本が鉄道以外に力を入れていく話を聞き、入社を決めました。出来上がっている百貨店よりも、ＪＲでゼロから始めた方が面白いと思ったのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　01年12月にエキュートという当社の前身となるプロジェクトができました。私は03年12月に直接参画し、大宮の初代店長となって開業準備をしました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;ＪＲ東日本ステーションリテイリング 代表取締役社長　江越弘一の必勝の法則&lt;br&gt;&lt;br&gt;1駅の特性を活かす&lt;br&gt;&lt;br&gt;2共通のベースを作る&lt;br&gt;&lt;br&gt;3現場を強くする&lt;br&gt;&lt;br&gt;そこでは「エキュート大宮」という施設の運営をゼロからどのように作っていくかが一つの大きな課題でした。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そして、05年３月５日のオープン直後、大失敗をしてしまいました。この時期にはバレンタインデー・ホワイトデーの２つの商戦があります。今思うと考えが甘かったのですが、前者の方が大きいものだと油断していました。そして３月14日、８時の開店と同時にサラリーマンが殺到しました。最初は正直、何が起こっているのか分からない状態で、すぐにホワイトデーだからだと気付きましたが、当日ではもう遅いのです。何とか取引先に頼んで商品を集めていただいたのですが、ホワイトデー向けの商品は午前中でほとんど完売状態でした。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　我々営業側はエキナカを作るにあたって多数の店舗を回り、当たり前のようにデパ地下を出入りしているため、一般男性がデパ地下へ一人で入るのに抵抗感を持っていることに気付けなかったのです。結果的に、普段の動線にある「便利なエキナカ」で気軽に買い物ができるというお客様の心理を読めなかったためにホワイトデーという最大の商機を逃してしまいました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　今ではエキュート品川が過去最高の売り上げをホワイトデーで出しています。実際３月14日に現場へ行ってみると、売り場がスーツを着た男性のお客様で埋め尽くされ、真っ黒になっていました。おかげさまで当初我々が想定していた売り上げを大幅に上回ることができています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;駅から日本を変える&lt;br&gt;&lt;br&gt;　何もないエキナカに飛び込んできていただいた取引先は我々にとって宝物です。開発担当者の取引先に対する強い思いを運営側まで持っていくため、一人の人間が開発から運営まで責任を持ってやるようにしています。その思いの部分ではライバル企業に負けません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　また、現場なくして当社は成り立ちませんので、この「現場」の感覚を非常に大事にしています。クリスマスなど大きい商戦は本社の営業部で指揮を取りますが、「パンの日」などそれ以外の日常的なものは現場主導でやっています。言わば「マルチタスク」を現場の社員にお願いしているのです。現場を知っているのは店長です。彼らの声を大事にして、なるべく口を挟まず、現場に権限委譲しています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　当社のミッションは「駅を変える」ことです。何百回も言い続けてきたので、社員全員が即答できるはずです。このように我々らしさの共通の土台を作っていくことは幹部がやるべきだと思っています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　鉄道・ホームなど駅を構成する様々なものに可能性を見出していくことや商品的な改善をしていくことはもちろんですが、人を変えることも駅を変える筋道になっていると思っています。我々は「人材」を「人財」と考え、社員だけでなく、現場で働く人も含めた「人財」の改善を図っていきます。将来的には海外進出もあるかもしれませんが、まずはこのＪＲ東日本からです。街のランドマークである駅を活性化することで街が活性化され、ひいてはこの日本を活性化できればと思っています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;P r o f i l e&lt;br&gt;&lt;br&gt;江越弘一（えごし・こういち）&lt;br&gt;&lt;br&gt;早稲田大学政治経済学部を卒業後、ＪＲ東日本に入社（９２年）。入社３年後にJR 東日本企画、9 9年ＪＲ東日本商業開発。2005年、ＪＲ東日本ステーションリテイリングに出向し、エキュート大宮の初代店長、取締役営業企画本部長などを経て、２００８年代表取締役社長に就任。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:04:39Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>日の丸キャピタリスト風雲録  第16回 ベンチャーの失敗に学ぼう 立上げ失敗の現場</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2555" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:04:39Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:04:39Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">新規事業投資は地獄の出発点か&lt;br&gt;&lt;br&gt;　起業家からコンタクトがあり、ベンチャーキャピタル（VC）は新事業への投資を検討する。そのうち起業家の情熱にほだされて、事業の可能性を信じるようになって来る。そしてとうとう投資を決意する。最初のAラウンドは数千万円の投資かも知れない。VCから投資を受けられただけでも大成功だと、皆で居酒屋で騒いだりする。ところが投資を受けた翌日から、当初の事業計画は、だいたい予定通りに進捗しない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　まず予定の商品が、計画通りには技術開発が進まず、遅れに遅れる。エジソンの電球実験やキュリー夫人の放射線実験、冒険物語を引き合いに出すまでもなく、技術は科学技術が相手だから予定通りになど開発出来ない。未定だからこそフロンティア領域なのだ。特許を取ろうとしたり競合を出し抜こうとするが、さらに競合も頑張りもするし事業環境も時間とともに変化する。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　資本を使うのは計画通り使って、結果は予定通りでない。遅れるという事は想定以上に資本を使ってしまうという事を意味する。テスト販売が始まるはるか以前に当初投資した資本が底をつきそうになるのだ。起業家と投資家は協議してBラウンドの追加投資をする（受け入れる）。&lt;br&gt;&lt;br&gt;人を増やしても予定通り立ち上がらない売上&lt;br&gt;&lt;br&gt;　さて、ようやく出来あがった商品の発売時期も仕様も想定外のものとなるが、更に直面する次の計画外の出来事はテスト販売の惨憺たる結果である。予定ではもっとどんどん売れて行くはずなのに、実際には一部を除いて顧客候補の反応が鈍い。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　つまり、売上が立ち始めるはずなのに、商品がいけないのか、顧客が商品の魅力に気がつかないのか、値段が高いのか、競合に阻まれているのか、そもそも市場が無いのか、いずれにせよ事業を見直さなければならない状態におかれるのだ。せっかく仕入れた材料も作り掛けの商品も在庫の山だ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　役員会や経営会議で原因究明と対策が打たれる。売れないのは営業力が弱いからだと、営業組織を人を雇って整えれば、赤字は膨れ上がり人を管理する本社機能まで肥大化して経費は増大の一方だ。管理担当役員は予算による経費の統制と管理がいい加減だからだと事業が出来てもいないのに経費を節約の為立派な管理システムを導入しようとする。特に金融系の上場を目標とするアドバイザー連中は焦って、上場審査時必要となる有価証券報告書が書けるような作業に早々と着手させようとし過ぎ、余計な人材が事務所をウロウロする。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　当然資本が尽きて来るので、起業家は投資家と協議して新しく事業立ち上げのためのCラウンドの資本を集める。&lt;br&gt;&lt;br&gt;立ち上がらない事業をリストラへ&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ここまでAからCラウンドまで資本を投じて来たのに事業はまだ立ち上がらない。投資累計額が、数年で数億円に膨らんで来ているかも知れない。良い兆しもあるが、悪い兆しもある。積極策に出ても、それでも売上が十分立たず、赤字からどうしても脱却できない。起業家は必死で計画の変更に至ったやむを得ない経緯と明るい将来性を内外に説明しようとするが、不思議な理由で幹部が退職したりする。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　とうとう株価を下げるなど条件を悪くしてDラウンドの増資を実行する。かろうじて増資で資金が集まると、また起業家は資金を使って積極策に出ようとする。せっかく集めた経営資源を生かし、失敗を挽回しようと必死になるのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ここまで来てさらに赤字が続き、お金が尽きて来ると、投資家も起業家も、過去の夢のような計画が実現しない現実に直面して、夜も眠れなくなって来る。事業が立ちあがらない無限のアリ地獄に落ち込んだような気になって来る。売上不十分のまま、もう数億円もすってしまったのだ。膨らんだ余計な営業組織だけでなく、商品の開発陣や出荷要員も、今となっては多すぎるかも知れないと思えて来る。熱心に雇った人に辞めてくれと頼むのは心理的にきつい事だし、出来れば避けたい。前にも後ろにも進めないが、後ろに進むしか道がない。人生の汚点になるのか。そもそも、このプロジェクトを最初から始めなければ、どんなに苦しまないで済んだだろうか。残念ながら二度と過去は戻らないのだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;事業第一の失敗&lt;br&gt;&lt;br&gt;　「顧客向け商品が出来ない」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ここに掲げた事業立ち上げの典型的失敗をよく振り返ってみよう。失敗は世の中の景気が悪くなったせいか。政府のベンチャー政策の失敗か。それとも予算管理体制の構築失敗なのだろうか。ベンチャーキャピタルとの打合せの失敗だろうか。それとも幹部の退職だろうか。それとも技術開発の遅れだろうか。そのどれでもない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　第一の失敗の原因は、結局一定の数がある顧客の購買行動に合致した商品を妥当な価格で、競争を乗り越えて提供出来なかった事にある。商品の仕様と、価格と、顧客の存在、商品供給環境、及び競合は、五つの切っても切れない事業成功の最低条件である。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　特に、「顧客の現実の存在に対して商品を企画すること」に成功せずして、事業の成功はあり得ない。顧客とは誰で、どのくらいの数世の中に居て、それはどんな生活を送っている人、又は会社なのだろうか。その人又は会社は、当社の商品を購入するのだろうか。想定顧客が存在し、想定顧客が満足する様な商品を企画開発出来ているかどうか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　こういう問いかけでもよいだろう。「タダだったら、開発した商品を実際、顧客は喜んで今すぐ使い続けますか」。タダでも使う顧客が居ないモノを、お金を出して使ってくれる奇特な人は世の中に居ない。いっぱいいますよと言うなら、一週間以内に使って喜んでいる商品のユーザーを目の前に連れて来て、使用した感想を聞かせて欲しい。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　Ｎ社は最先端のチップを開発製造している会社だが、顧客が必要とする性能が出なかった。性能が出ていない製品をいくら技術が優れていると言っても、客が使いようがない。結局本格的に売れ始めるのに8年も時間がかかってしまった。早期に雇った営業マンや上場のための管理部長はとうの昔に退職していなくなった。売れ始めたのは性能が出るようになったからで、営業マンの営業努力ではなかったのだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　だいたいこのタイプの売れない理由を営業のせいにする技術ベンチャーは、そもそも顧客関係情報の紙のファイリングすら出来ていないケースが散見される。つまり顧客観察が雑なのだ。製品につける名前や価格、マニュアルもいい加減だ。まずは営業のアクセルを踏まず、想定顧客に向けた実際に売れる商品開発、ビジネスモデル開発という目標に集中しよう。技術が高度であるという事に満足して、顧客むけの商品開発を怠って成功はない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;資金のプレッシャーと起業家の成果説明失敗&lt;br&gt;　第二の失敗は、成果説明のごまかしだ。限られた資本で事業を立ち上げようとする活動の中で、資金が枯渇する時間切れのプレッシャーが強烈に起業家にかかっている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　気の弱い起業家は、商品開発の遅れを投資家が恐ろしくて正直に説明しづらい。事業計画を説得して資金を調達した手前ついつい、「商品の開発は順調です」、と投資家に言ってしまう。そして、「生産体制の構築に遅れはない」、又は「販売の反応は順調で好評です」、と耳触りの好い成果報告をしてしまう。「本当は少し遅れている」という報告と「全く解が見えません」という報告は、本質的に内容が異なる。これで行こうという開発商品にたどり着くには初期購買顧客との間で相当のテストが必要になる。「初期顧客をよく観察させて頂く」という手間のかかる丁寧な作業時間の投入が必要なのである。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　本来時間経過とともに学習により成功確率は上がっていくはずだが、計画を宣言した手前、プレッシャーに負けて成果説明を誤魔化していると、起業家自身辻褄が合わなくなり、目標へ達成進捗状況の実態がつかめなくなってしまう。そこで何が起こるか？余計な人を雇ったり、無駄な会議が増えたり、取引先提携先の契約が相互に矛盾したり、本音と建前が食い違う社風が出来たり、限られた時間や資金を無駄に浪費する事になる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　もっと最悪なケースは起業家が責任を負いたくないため、営業幹部を採用し、事業所を増やし、すべての責任を営業幹部のせいにして、採用しては首を切るということを繰り返す場合だ。事業計画責任者の採用と退職というケースもある。いったい責任を回避する目的で貴重な資金と時間をどれだけ無駄にすれば良いのだろうか。立上げ失敗から目をそむけるために事業を複雑化した罪は重い。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　現実の経営分析と、それの元となる報告は、極力本音と建前を排し、愚直で具体的、論理的にシンプルかつ合理的でなければならない。商品供給環境構築の失敗&lt;br&gt;&lt;br&gt;　売れそうな商品が出来たからと言って、供給体制を甘く見る失敗が第三の失敗だ。品質条件を満たしているのか。商品番号を管理しているか。出荷の時にどういう方法で検査しているか。仕入れ業者、外注業者は良く管理できているか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　DeNAは最初のシステム開発の外注管理を失敗して危機に陥った。T社は命運を掛けた新製品の外注管理に失敗し、顧客に不良品を出荷した結果、新事業を3年間棒に振り、訴訟問題を抱えてしまった。P社は肌に触れる材料の加工工程を変更したら製品が原因不明の肌荒れを起こし、上場プロジェクトがとうとう民事再生プロジェクトになってしまった。競争や機会を見過ごす失敗&lt;br&gt;&lt;br&gt;　以上の失敗は目の前で起こっている失敗なので、よく注意していれば役員会や経営会議で指摘して改めやすい失敗である。ところが、「競争や機会の変化の見落とし」は、すぐには商品開発や営業成果に反映してこないから、失敗の因果関係が分かりづらい。しかし、実はそもそも事業を起業した大前提条件に関係のある重大要件である競争と市場の機会の変化は、会社の存在意義（ポジショニング）に関わる重大問題である。知らない間に競合に包囲されている事もある。ニュースにうとい起業家はサボっている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　役員会の報告事項、決議事項の中に、事業を取り巻く重大な環境の変化について経営陣が説明して、事業構造の見直しをする検討の時間を設けているだろうか。ドラッカーの言う事業定義の議論だが、たいがいのベンチャーの役員会は、月次財務報告と予算実績分析と決議事項だけで終わって満足しているのではないか。私の出席する役員会では、事業内容そのものを再検討をする為、必ず環境変化を評価する時間を大切にしてもらっている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;その他の失敗&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ベンチャーが失敗する原因を経験あるベンチャーキャピタリストは多く見てきている。役員候補を雇うのに、どうしても過去の実績にとらわれ高齢者の昔有名だった方を採ろうとする起業家の失敗とか、ストックオプションを恩賞的に過去に活躍した人に与え過ぎ、新しい有能な人達に渡らないケースのほか、資本政策失敗や借入過多など様々な失敗がある。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　失敗の中でも最悪の失敗は、失敗を認識しない失敗だ。起業家の失敗を投資家ベンチャーキャピタルや景気、政府のせいにしているような起業家は、自らの犯した失敗から何も学ばず、せっかくの成功への学習という財産を、みすみすどぶに捨て続けている起業家だ。頭を丸め、当面瞑想が必要である。失敗から学ぶ&lt;br&gt;&lt;br&gt;　新しいことにチャレンジすれば、それだけで失敗はつき物である。途中のチャレンジ結果の失敗は、最終的な失敗ではない。問題は挑戦した結果の失敗を直視し共有する勇気と、改革の機会とタイミングを逃がさないこと。そしてそこから何かを学び取り、最後まで成功を信じ諦めないこと。起業家精神の最も重要な要素だろう。ＤｅＮＡの南場社長の優れている点である。恥を捨て、愚直にシンプルに成功に向かって、腹を決めよう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;著者略歴&lt;br&gt;&lt;br&gt;日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合&lt;br&gt;&lt;br&gt;代 表　村口和孝　《むらぐち かずたか》&lt;br&gt;&lt;br&gt;　1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:04:39Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>新興国の現状　アフリカ市場の光と影</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2558" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T08:04:39Z</modified>
    <issued>2010-09-02T08:04:39Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">South Africa&lt;br&gt;&lt;br&gt;新興国の現状&lt;br&gt;&lt;br&gt;Current state of rising nation&lt;br&gt;&lt;br&gt;アフリカ市場の光と影&lt;br&gt;&lt;br&gt;ストラテジック・デシジョン・イニシアティブ代表取締役&lt;br&gt;&lt;br&gt;Kazuki Moribe森辺 一樹&lt;br&gt;&lt;br&gt;９億人のボリュームゾーン&lt;br&gt;&lt;br&gt;　残された最後の巨大市場アフリカ。約９億の人口を誇る市場である。今、このアフリカの中間層市場が拡大し始めており、世界中の企業が熱い視線をおくっている。日本企業も例外ではない。アフリカには現在約１００社が既に進出している。しかし、アフリカは中国や東南アジア、インドやブラジル市場等の新興国と比較しても一段と難しい市場だ。マーケティングの過程で、他の新興国では不要となる課題が多々存在する。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　従来アフリカは日本企業にとって市場としての魅力はさほど無かった。いくら人口が多くても顧客ターゲットとなる層が殆ど存在しなかったからである。これは他の先進国の企業にとっても同様だ。しかし、近年、このような認識が徐々に覆されつつある。９億の人口に占める中産階級、所謂、ボリュームゾーンの割合が拡大し始めている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　国連の予測によると、現在約９億人いるアフリカの総人口は、２０３０年には13億人まで増加し、これは世界人口の15％に匹敵する。そして、２０５０年には、18億人まで増加し、世界人口の20％を占めることになる。ここで注目すべきは、人口の多さもさることながら、増加が予測されている人口に占める若年層の割合の高さである。若年層の比率が高い国は一般的に市場が著しく成長すると考えられるからだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　アフリカ全体で個人の消費支出の構造を見ると、食品や飲料等の生活必需品が40％強と依然高い比率を保っているものの、近年、通信、交通、教育、娯楽等の非生活必需品への資質も増加し始めている。事実、アフリカ全体における自動車や家電など多くの耐久消費財の需要は順調に伸びている。消費は必ず生活必需品が先で、その後、非生活必需品へと移行する。従って、非生活必需品がどれだけ伸びているのか、今後どれだけ伸びると予測できるのかが、今後の成長力を図る重要なポイントとなる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ジェトロの報告によると、南アフリカ、ケニア、ナイジェリアの乗用車販売台数は、08年には約83万台に到達した。03年の53万台と比較すると、5年間で約1.5倍の成長をみせている。家電を見てみると、エアコンが07年に37万台に到達、02年の14万台と比較すると約2.7倍の成長である。冷蔵庫も07年に54万台に到達、02年の41万台と比較すると約1.3倍の成長となっている。　また、テレビやステレオ等の分野では、日系企業の中でも特に先行しているのがソニーである。早くからの進出と、徹底した現地人のライフスイル分析調査には予断を許さない。また、先進国で不動のものとなった“超一流”というソニーのブランド力に甘んじることも無い。アフリカは新興国であり、先進国のブランド力が時に覆されることを熟知しているのだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　これらアフリカの成長を支えているのは、拡大する中産階級であることは間違いないが、低所得者層を対象とした外資系の日用品メーカーや金融機関によるマイクロファイナンス等も広がりを見せている。これは低所得者層を中産階級へと押し上げる好材料である。ＢＯＰ（低所得者層）がアフリカで上手く回れば、今後の長期的な成長への期待も益々高まる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;５つのエリアと53の国&lt;br&gt;&lt;br&gt;　しかし、このゆっくりと動き出した最後の巨大市場アフリカには、まだまだ多くの問題や難しさが残されているのも事実である。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　アフリカは北アフリカ、中部アフリカ、東アフリカ、南部アフリカ、西アフリカの５つのエリアに分けられる。ヨーロッパ植民地支配にあったアフリカは、１９６０年のカメルーン独立以降、次々と独立を果たした。現在では９億人のアフリカ市場は53の国から成り立つ。最も人口が多い国は、ナイジェリアの１億５０００万人で、次にエチオピアの８３００万人。３位がエジプトの７５００万人だ。その他は、数万、数十万、数百万、数千万人前半の国が無数に存在する。最も人口が少ない国はセーシェルで８万人。確かに９億の市場とは言うものの、53の国に分れているため、様々な要素を考慮すると、南アフリカが現時点でのアフリカ最大のマーケットとして位置付けることは正しいが、次に狙う国を選ぶのは、厄介だ。単純に人口の多い国を狙えば良いというわけにはいかない。エチオピア等は、確かに人口は多いが、ＧＤＰや一人当たりの所得等は著しく低く、消費財メーカーのターゲットとはならない。アフリカでは、国境を越えたエリア戦略が重要となる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　また、これはアフリカ全体に言えることだが、アフリカ人の平均寿命は、日本の平均寿命である82歳と比較すると15歳?45歳も低い。最長がチュニジアの67歳で、最短はなんとシエラレオネの37歳である。平均寿命が短い理由は様々だ。エイズや病気、内戦や内戦が生む難民、そして犯罪の多発地域でもある。特に人口比率が多いＢＯＰが様々な理由で長生きできない現実がある。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　治安に関して言うと、経済成長が最も期待されている南アフリカだが、経済の中心地であるヨハネスブルグは世界で最も治安の悪い都市という汚名も持っている。南アフリカでは年間１８０００件以上の殺人が起きており、これは1日50件に相当する。他の犯罪も含めると、年間何かしらの犯罪が１００万件も起きている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　当然ながら、治安が悪い根源は、失業率である。南アフリカの失業率は高く、20％以上にも及ぶ。これは中国でも同様の法律が08年より施行されているが、企業側が簡単に解雇を出来ない法律になっている。労働者側が守られているのだ。その為、企業側も雇用に関しては非常に慎重になる。結果、失業率も上がるという悪循環が生まれる。&lt;br&gt;&lt;br&gt;先駆者という競合の存在&lt;br&gt;&lt;br&gt;　今、このアフリカで、ようやく新興国市場への重い腰を上げた日本の大手総合電機メーカーがマーケットリサーチを本格的に開始した。しかし、このアフリカ市場にも、既に先回りをしている強敵が存在する。資源開発等でアフリカと密接な関係を築いている超大国中国と、韓国のサムソン、ＬＧ陣営である。日本勢はＢＲＩＣｓ（ブラジル、ロシア、インド、中国）市場では、韓国勢に完全に先を越され、先行していたはずのアジア市場も例外ではなくなった今、残された最後の大市場がアフリカなのだ。ここで負けるわけにはいかない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　しかし、簡単に勝てる市場でないのも事実。アフリカには中国やインドとは比較にならない位の問題が多く存在している。戦略を間違えれば、大きな痛手を被ることになる。我々のようなマーケティング調査を請け負う側も相当に本気に成らざるを得ない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　アフリカに限ったことではないが、重要なのは業種毎に異なる進出のタイミングに応じた戦略である。日系企業の場合、業種を問わず出遅れるか、戦略無き進出のパターンが目立つ。中国などは完全にそうだ。今になり成長が確実視され、ようやく中国内需獲得に本気になり始めているが、出遅れや、出てしまったが戦略が定まらない現状からの巻き返しは大変だ。中国市場の失敗を繰り返さない為にも、アフリカ市場の定点観測は欠かせない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　先日、パナソニックが新興国照準で売上高10兆円の中期経営計画を発表した。連結売上高に占める海外比率を現在の約48％から55％に高めるという。いよいよ日本勢の新興国市場に対する本格的な応戦が始まった。アフリカ市場は、確かに難しい市場ではあるが、10年後、この最後の巨大市場を席巻する日本企業の勇姿が今から待ち遠しい。&lt;br&gt;&lt;br&gt;plofiele&lt;br&gt;&lt;br&gt;森辺一樹 （もりべ かずき）&lt;br&gt;&lt;br&gt;２００２年にＳＤＩ香港法人を設立。07年、本社を東京へ移転。充実した海外ネットワークを武器に中国・インド・東南アジア等を中心とした新興国市場のリサーチとマーケティングの各種サービスを提供している。&lt;br&gt;</summary>
    <dc:date>2010-09-02T08:04:39Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>時評　21世紀の落とし穴 vol.1</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2544" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:23:41Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:23:41Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped" />
    <dc:date>2010-09-02T07:23:41Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>小川 浩のモバイル・インターネット最前線 Volume11</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2545" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:23:41Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:23:41Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">アップルとグーグルがモバイルデバイス市場に注力&lt;br&gt;&lt;br&gt;　アップルとグーグルがもっとも力を入れている事業は、スマートフォンを中心とするモバイルデバイスの市場だ。iPhoneとAndroidが世界の携帯電話を大きく変えつつあり、その過程の中で一時は蜜月の間柄であった両者は競合することになってしまった。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　彼らの蹉跌が明確になった経緯を時系列で見てみよう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2004年、アップルが携帯電話事業を開始。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2005年、グーグルがアンドロイド社を買収。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2006年、グーグルＣＥＯのエリック・シュミットが、アップル外取締役に就任。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2007年1月、アップルがiPhoneを発表。シュミット氏も発表会に登壇。&lt;br&gt;&lt;br&gt;11月、グーグルが米クアルコム社、独Ｔモバイル社らとともにオープンハンドセット連合を発足し、アンドロイドを発表。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2008年、アップルがiPhone3Gを発表。グーグルがＴモバイル社ＨＴＣ社製のアンドロイド端末第1号を発表。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2009年3月、グーグルはアンドロイドアプリの有料販売をアンドロイドマーケットで開始。7月にアップルがiPhone3GSを発表。グーグルは日本版アンドロイド第１ 号ＨＴ｜０１Ａ発売。そして8月、エリック・シュミット、アップル取締役を退任する。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2009年11月、アップルとグーグルがモバイル広告企業のアドモブ買収を巡って争いグーグルが獲得。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　2010年1月、グーグルが独自ブランドのアンドロイド携帯「ネクサスワン」を発表。その頃、アップルはiPhoneのＡｐｐＳｔｏｒｅの30億ダウンロード達成のリリースを出し、アドモブのライバルであるクアトロワイヤレスを買収。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　その後両社は5 月にはグーグルＩ／ＯでグーグルがアップルのiPhoneを閉鎖的として非難し、6月のＷＷＤＣでアップルがグーグルを非難するような声明を出すなど、世間の耳目を集める対立構造が明確になってきている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;オープンなグーグルとクローズドなアップル&lt;br&gt;&lt;br&gt;　両社の思想の違いを簡単に言ってしまえば、オープンとクローズド、の違いと言っていいだろう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　アップル製品のほとんどはアップルによって完全に制御された世界の中にあり、バッテリーやメモリ交換さえできない。ハードを制御するＯＳ（MacOS XおよびiPhoneOS）は他社には供給されていない。アップルのドル箱となったモバイルデバイス事業の要であるｉＰｈｏｎｅとｉＰａｄには、アップルの承認がないソフトウェアをインストールすることができない。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　現在、アップルはその売上の40%以上をiPhoneとＡｐｐＳｔｏｒｅに依存しており、この非常に閉鎖的なコンテンツ流通システムによる売上の比率はますますあがっていくだろう。ユーザーはＡｐｐＳｔｏｒｅ以外ではソフトが買えない。この意味ではアップルの事業は確かに閉鎖的な市場を形成していると非難されても仕方ないところはある。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　これに対して、グーグルが運営しているアンドロイド搭載携帯電話向けのアプリケーション配信サイト「アンドロイドマーケット」では、グーグルが定めた利用規約と開発者向けプログラムに反しないかぎり、基本的には開発者が自由にアプリを登録し、開発したアプリを販売することができる。アプリケーションの開発者はアンドロイドマーケットに自分を登録するのに２５ドル払えば、あとは自作のアプリケーションをアップロードできる。急速に対立構造が見えてきたアップルとグーグル&lt;br&gt;&lt;br&gt;　グーグルが整理して管理したいのは情報あるいはデータだけだ。グーグルが目指す世界では、ハードウェアには、ファイルやアプリも置く必要がなく、だからローカルのディスクもない。すべてクラウドで管理するからだ。組込みソフトはいらない、なぜならウェブアプリですべて代用できるからだ。ウェブは進化し、ゲームのように巨大な容量を必要とするアプリも扱えるようになるだろうとグーグルは言う。次世代のＨＴＭＬ言語であるＨＴＭＬ５が普及すれば、Ａｐｐ Ｓｔｏｒｅからソフトを買わなくてもブラウザー経由でウェブアプリを使うことができるようになる。これがグーグルの考え方だ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　つまり、グーグルのオープンソースとブラウザ中心主義は、アップルの自社ＯＳと自社プラットフォームによるビジネスモデルと真っ向からぶつかるのだ。アップルとグーグルが互いに実現しようとしている理想のコンピューティング環境の考え方は、まさしく真逆だ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　とはいえ、アップルがグーグルの目指すオープンなプラットフォームを否定しているかというとそうでもない。確かにアップルはほぼすべての製品を、完全に制御された世界の中に置いているが、同時に彼らは次世代のウェブ標準技術として注目されるＨＴＭＬ５を積極的にサポートしており、オープンで自由なウェブのプラットフォームの普及についても、十分な理解と支援を惜しまない。つまり、グーグルとも世界観を共有しているといっていいのだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　グーグルが一神教的に一つのプラットフォームの普及と、その上でのビジネスの展開にひたすら賭けているのに対し、アップルはアジア的というか、二元論のように２つの、一見相反するプラットフォームの普及と、その２つにまたがるビジネスの展開を矛盾なく行っているといえる。両者の共通点であり相違点が同時に見受けられるのはそのためであると言っていいだろう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;plofiele&lt;br&gt;&lt;br&gt;株式会社モディファイのCEO兼クリエイティブディレクター。東南アジアで商社マンとして活躍したのち、マレーシアのクアラルンプールでネットベンチャーを起業。マレーシア、香港、シンガポールに拠点を広げる。日本に帰国後、株式会社日立製作所、サイボウズ株式会社を経たのち、ITベンチャーのフィードパス株式会社のCOOを務める。2006年12月に同社を退任、サンブリッジのEIR（客員起業家制度）を利用し、2008年1月株式会社モディファイを設立。CEOに就任。現在はソーシャルメディアマーケティング事業を展開。早稲田大学オープンカレッジでの講義、ウェブ2.0Expoなど、講演多数。著書に『仕事で使える！ツイッター超入門』（青春出版社）、『ウェブ2.0Book』（インプレスジャパン）、『アップルとグーグル』（インプレスR&amp;D）、『ソーシャルメディアマーケティング』（ソフトバンククリエイティブ）などがある。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:23:41Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>言いたい放題  感謝は実力を倍化する打ち出の小槌なり</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2546" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:23:41Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:23:41Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">「人の為に生きなさい」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　両親は今も僕に会うたびにそう言ってくれます。それが今、両親共働き・核家族化で祖父母と暮らさない子供たちが多いため、命の尊さなどの徳育的な家庭教育が、０歳?６歳の子供たちにされていません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　僕が今までの人生の中で一番影響を受けたのは、それこそ両親です。亡くなった祖母にも小さいときから「人の為に生きるんだよ。それが自分の飯食う元手になったらこんなに幸せなことないよ。今はわからないけど、大人になったときに絶対分かる日が来るから。人の為に生きたら自分の喜びに変わる日が絶対くるから」と言われていました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　学校でも今、何のために生きているのか、何のためにこういう行動を起こしたのか、ということを全く教えていません。記憶力ばかり重視しています。例えば歴史の授業で学校の先生が、「坂本龍馬が自分の命をかけてまで何をしようとしたのか」と熱く語ったら、自然と脳裏に刻まれます。それを聞いた中から「自分はこんな風にのうのうと生きていちゃいけないな」と一念発起する子供たちが出てくると思います。我々に与えられた命は次の世代の命にとって、人として何かかっこよく生きるための模範とならなければいけないのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　人の役に立つために生きる仕事、それがこの葬儀ビジネスにはたくさんあります。僕は18歳からこの仕事に惚れ込んで、プロとして徹底的にお客様の喜ぶことを現場で実践してきました。サラリーマン時代に培ったその信念は、独立して２００人以上を率いる社長の立場になった今でも全く変わりません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「建物は高く立てれば立てるほど基礎を深く掘る」。幹部の使命とは「基礎となる理念とビジョンを深く浸透させる」ことです。それを怠ったらもう最初から事業の拡大なんて夢見ちゃいけません。それにお金と労力をいかにかけるかが我々の最大の課題です。社長は理念とビジョンの志、ビジネスに対する思いが全社員の中で誰よりも勝ってなければいけません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;「感謝は実力を倍化する打ち出の小槌なり」という言葉があります。人生もビジネスも心の根底に感謝を持っていなかったら、誰かの為に何かをすると言う行動に走りません。その感謝の本元は親への感謝です。生まれたときから全ての面倒を見て、与えてくれたのは親です。親が存在している・いいに関わらず、親孝行という形で感謝の気持ちを返せば良いのです。そして親がこれだけ自分の為に与えてくれたのだから、今度はそれを出会った方たちに感謝の思いで与えてください。これが生きるということです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　過激かもしれないが、「自殺する人は感謝が足りない」と私は思います。今まで多くの自殺された方を見送ってきて、その遺族と向き合ってきました。追いやられた自分を責めて死ぬのは、周りに対する感謝が足りないと思います。周りの家族に感謝の思いを持てば簡単には死ねません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　自分の人生に価値がないと思う人に、決定的なアドバイスです。劇的に人生が価値あるものにするためにはたった１つだけです。誰かの為に生きなさい。この世に人として生を受けて生きることは誰かのために行動を起こし、役立つということです。それが人生です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　１日24時間という与えられた時間は同じなのに、人はなぜ輝き方が違うのでしょうか。それは死を意識しているかどうか、命の時間を大事にしているかどうかに尽きます。明日の命があるなんて思ってはいけません。今日が全てだと思って生きてください。１年３６５分の１で今日を捉えてはいけないのです。１分の１が３６５回あると思って、今日１日が全て、それが３６５回あるのが１年なのです。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:23:41Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>【Business Wave】  ツイッターが日本に革命を起こす</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2543" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:20:02Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:20:02Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">７月２３日、ツイッター社の主催するイベント「ツイートアップジャパン２０１０サマー」が日本で開催された。創業者でＣＥＯのエヴァン・ウィリアムズが米国から駆けつけ、会場に集まったユーザーからは声援が沸き起こる。その模様はツイッターの投稿や生中継動画サイトのユーストリームでも実況中継され、ウェブ上でも反響を呼んだ。１４０字以内でどこでも自分の想いや考えを投稿できるＴｗｉｔｔｅｒ（ツイッター）は今、日本で大きな旋風を巻き起こしている。（文中敬称略）&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ツイッター旋風&lt;br&gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;　「今日は日本のユーザーの皆さんに感謝を述べに来ました！ツイッターを楽しみ、愛してくださっている皆さん、どうもありがとう！」&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　７月23日19時、ツイッター社の創業者エヴァン・ウィリアムズは、同社が主催するイベント「ツイートアップジャパン２０１０サマー」で、日本のユーザーを前に感謝の意を述べた。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　東京都目黒区の「ザ・ ガーデンルーム」（恵比寿ガーデンプレイス内）で開かれたイベントには、抽選で選ばれた約３００人のユーザーが集結。坂本龍一の娘でアーティストの坂本美雨ら著名人も参加し、大いに盛り上がりを見せた。坂本は「ツイッターを父から勧められて始めてみたら、ファンの皆さんからの返事が直接届いて、とても面白い」と話した。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　ツイッターは２００６年７月にアメリカで誕生し、08年に日本に上陸。１４０字以内でどこでも自分の想いや考えを投稿できるインターネットサービスが日本でも爆発的に広まっている。サッカーW杯２０１０南アフリカ大会の日本対デンマーク戦では、審判が試合終了のホイッスルを吹いた瞬間、日本からの1秒間あたりのツイート（投稿）数が３２８３に達し、秒間ツイート数の世界最高記録を更新した。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　今年４月には、インターネット調査会社のネットレイティングスが「日本のツイッターの利用者が２月から１９０万人増加し、７５０万人を突破した」と発表した。ツイッター社は数字を公表していないが、現在のユーザー数は１０００万人程度と見られている。若年層から経営者まで老若男女問わず愛され、全世界では１億人のユーザーを超えたと言われている。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　なぜ、これだけ人気を集めるのか。「多くのユーザーと気軽にコミュニケーションできること。それが最大の魅力」と坂本美雨は語る。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　ツイッターは一般のユーザーだけではなく、企業や経営者の間でも利用が進む。ソフトバンク社長の孫正義のツイッターは特に人気で、約53万人のフォロワー（読者）がいる。孫は、志やビジョンを熱く語ることもあれば、大河ドラマ「龍馬伝」の感想をつぶやくこともある。ユーザーからの提案には「やりましょう！」と積極的に返信し、生中継動画配信サイトのユーストリームを活用したイベントも定期的に開催。ソフトバンクが力を入れるiPhoneやiPadのファンを着実に増やしている。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　政治家や芸能人をはじめとした著名人の利用も増えてきた。アーティストの浜崎あゆみは今年４月にツイッターを始めると、瞬く間にフォロワーが急増し、現在23万人のフォロワーになった。無料で使えるツイッターが、新作の発表やライブへの集客につながるなど、効果の高い宣伝ツールとしても注目されている。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　ツイッターを活用して、その名を一気に広めた企業もある。米国のザッポス社だ。同社は、靴を中心としたファッション商品のショッピングサイトを手がけ、創業10年足らずで年商10億ドルを突破、急成長を遂げている。その成長の秘密の一つが、ツイッターの徹底活用だった。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　同社のＣＥＯトニー・シェイはツイッターによる顧客サービスを強化。ネット販売の問い合わせやクレームなどをツイッターで受け付け、即座に対応する。これが高い顧客満足度を生み出し、成長の飛躍につながった。トニー・シェイも自ら思いやビジョンなどを発信し、フォロワー数は約１７０万人と圧倒的な数を誇る影響力を築き上げている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;デジタルガレージが日本展開を担う&lt;br&gt;　&lt;br&gt;ツイッターのサービスは、米国のツイッター社が手がけている。日本では、２００８年１月７日に、インターネットサービスを展開するデジタルガレージ（代表取締役・林郁、ＪＡＳＤＡＱ上場）がツイッター社と提携。同年４月に、日本語版が正式にリリースされた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　デジタルガレージは１９９５年に伊藤穣一と林郁が共同創業したベンチャー企業である。伊藤はアメリカのベンチャー業界に強く、伊藤のネットワークの中で有望な企業に投資＆育成する。ツイッターもこのネットワークの中から見出された。伊藤はビジネス向けＳＮＳサービスを展開するベンチャー企業「ＬｉｎｋｅｄＩｎ（リンクトイン）」の創業者レイド・ホフマンからツイッターの話を聞き、ツイッター社との資本業務提携を実現している。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　米国でツイッター社を創業したメンバーは、過去にＢｌｏｇｇｅｒ（ブロガー）というブログサービスをグーグルに売却して得た資金が豊富にある。そのため資金繰りに追われず、資金調達も厳選している。日本からはソフトバンクが熱烈なラブコールをツイッター社に送っているが、日本企業からの出資はデジタルガレージ１社だけという状況だ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　デジタルガレージは最近、　ツイッターの専門部署を強化し、相次いで新規サービスを打ち出した。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　例えば、商品情報提供サービスの「つぶレコ」である。これは自分が気に入った商品や趣味、流行情報などを、ツイッターを通じて広く知らせる口コミ型の商品紹介サービスで、ユーザーが自分の投稿内容に合った商品を検索＆紹介し、フォロワーなどが購入すれば、紹介料がもらえるというもの。商品情報には、アマゾンジャパンやヤフーショッピングなどが協力している。デジタルガレージは８月16日、つぶレコを価格比較サイト「価格.com」の価格比較情報と連携する新サービスを発表した。これにより、商品情報と共に、さまざまな販売店における価格の比較ができるようになる。こうしたビジネス上の利用もこれから加速していくと見られている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ツイッターは、ユーザーがつぶやき合うコミュニケーションツールから、ビジネスツールへの応用も進んでいる。日本からザッポス社のような成功例が今後、次々と生まれてくるだろう。今後もツイッターの動向には目が離せない。　　　　　　　（Ｆ）</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:20:02Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>【視点論点】  企業内大学で企業家型経営者づくり</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2541" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:14:56Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:14:56Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">　最近、有力企業の間で企業内大学を設立する動きが活発である。一般に知られているのはファーストリテイリングマネジメントイノベーションセンター（FRMIC）で、09年1月にスタートした。それに刺激を受けた訳ではないだろうが、ソフトバンクも「ソフトバンクアカデミア」を今年７月から開校した。さらに、アサヒビールも今春、取締役候補を対象とした社内大学を設立している。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　これらの大学に共通しているのは、中堅幹部クラスの教育だけではなく、子会社を含めた経営者の養成を主眼にしている点である。例えば、「FRMIC」は柳井正会長の後継者育成を目的にし、一橋大学、ハーバード大学ビジネススクールの竹内弘高教授をFRMICの副学長に迎えるほどの熱の入れようだ。学長の柳井会長は「経営者、学者と一緒になって３年かけて経営幹部を育てたい。私自身経営者としてやっていること、知っていることを実地で教えていく」と熱っぽく語る。すでに、東京・ミッドタウンの新本社内にFRMICの常設の教室も設けた。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ソフトバンクが７月から始めた「ソフトバンクアカデミア」はグループ会社の社長や取締役を鍛える。とりあえず、グループ各社から２７０人、社外から30人、合計３００人の生徒を選抜、毎週水曜日の午後６時から９時まで３時間、みっちり鍛える。孫正義社長が直接教鞭を執るほど熱を入れている。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　創業30周年の記念事業の一貫として、スタートしたソフトバンクアカデミアは「将来、５０００社のグループ会社のＣＥＯ、ＣＦＯ、ＣＩＯの計１万５０００人を教育する本格的な教育機関にする」と孫社長は張り切っている。その狙いは「ズバリ『孫正義２．０』をつくること」と言う。この中から孫社長の後継者を選ぶつもりである。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　ソフトバンクのホームページにソフトバンクアカデミアの生徒募集案内が載っている。求める人物像は「孫正義の後継者を目指す人で、１情報革命に対する志の高い人物　２多くの人々を惹きつけられる人物　３誇れる経験・実績を持つ人物」と記されている。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　20歳から50歳までの人で、７月28日から10月6までが申込期間で10月2から２０１１年２月中旬まで選考し、２０１１年４月に入校することになっている。孫社長が月に１回から２回教鞭を執り、生徒のプレゼンテーションに対し、孫社長がコメントする「候補者道場」方式を採るとのことだ。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　７月28日に募集を開始したのだが、開始後わずか20時間で約４０００人の応募がｅメールであったそうだ。1カ月間たった現在は軽く１万人を超えているだろう。社内からは２７０人を選ぶが、これも既に応募者が１０００人を超えているそうだ。事務局はテンテコ舞いの忙しさであろう。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　今、なぜ各社は経営者づくりに本腰を入れるようになったのだろうか。経済がグローバル化時代に突入、規模を拡大した企業は即断即決を迫られるようになった。取締役が「社長に相談して後で返事します」とか、子会社の社長が「親会社の意向を聞きます」というような体制では、グローバル時代のスピード経営には後れを取ってしまうのだ。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　創業経営者と同じ意思決定、度胸、才覚、人心掌握術が取締役や部門長に求められているのである。つまり、自分の分身をつくる必要があるのだ。そのためには、ビジネススクールや、有名大学の大学院で勉強させるのではなく、自ら会社内に大学を開設、独自のカリキュラムをつくって、トップの分身をつくろうと思い立ったのではないだろうか。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　いずれにせよ、企業内教育が中間管理職の教育から取締役、なかんずく、ナンバーツー、ナンバースリーの教育に重点を移し、全員企業家、全員社長の経営体制づくりに移っていることだけは確かである。それだけ、経営環境は厳しくなっているといえるだろう。社長の指示を待つテクノクラートではなく、自らリスクを管理し、新規事業を考え、遂行する企業家型経営者の人材を求めているということではないだろうか。 （Ｔ）</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:14:56Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>【トップに聞く】  中小企業をアジアへ導く道先案内人となる</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2542" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:14:56Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:14:56Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">「日本は電話料金が世界一高い」と外国から揶揄された１９８０年代、大久保秀夫会長は盟友ソフトバンク孫正義社長と共に巨艦・ＮＴＴに挑んだ。３分４００円だった長距離固定電話料金は、通信業界の常識を破る「ＮＣＣ・ＢＯＸ」の開発により、現在では３分7.5 円ほどにまで価格破壊が進んだ。当時日本最速記録での上場を成し遂げた、熱き企業家はいまカンボジアに目を向けている。その新たな挑戦について聞いた。&lt;br&gt;&lt;br&gt; 孫正義社長と共に電話料金の価格破壊&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　ソフトバンクの孫正義社長と共同で事業をなさっていたそうですね。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　私が起業した１９８０年頃は、ＮＴＴが固定電話機のシェアを独占しており、「日本は世界一電話料金が高い」などと外国から揶揄されるほど電話料金が高かったのです。そこで電話料金の価格破壊をしてやろうと二人で新事業を考えだしました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　具体的にどのような事業をなさったのですか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　１９８５年の電電公社の民営化以降、通信の自由化によってＤＤＩ（現ＫＤＤＩ）や日本テレコムなどの新電電が事業を展開し始めました。しかし新電電の電話料金は、地域や会社ごとに異なり、利用者は一番安い回線を料金表で確認する必要がありました。また電話をかけるときは、ダイヤルの前に００８８などの番号を付け加えるなど、非常に手間のかかる作業でしたので、通信の自由化が起きても結局利用者がＮＴＴに偏るという事態が起きていたのです。そこで孫社長と共に、利用する地域ごとに最も安い会社を自動的に選び、さらに００８８などのダイヤルも自動的に入力してくれる機械を開発しました。今までは安住していたＮＴＴも電話料金を下げなければならなくなったので、一気に電話料金が下がり、現在の電話料金の安さを実現したと自負しております。&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　それが「ＮＣＣ・ＢＯＸ」ですね。常識破りのこの事業に、壁は多かったのではないですか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　社員を説得するのに苦労しました。孫社長から頼まれた33億円のコミットは、当時のわが社の売り上げとあまり変わらなかったですからね（笑）。また社外の方でも、電話料金の単価が下がるのだから、売上も共に下がり、成功するはずがないと主張する方もいました。ただ、私には「この事業は絶対に成功する」という自信がありました。たしかに、食料や車や家などの消耗品は、価格が10 分の１になったからといって10倍買うかと考えたら、そこまでマーケットは増えないでしょう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　しかし電話は、料金が下がったら下がった分だけ増えるのです。今まで高かったからおさえていた電話が、なにげないことでも電話しようかということになる。つまりコミュニケーションとは、安くなれば安くなっただけ増えると確信していました。　事実、現在では固定電話機に加え、携帯電話やインターネット電話など様々な手段が生み出され、コミュニケーションは増え続けています。用事がなくても電話をかけたりします。人間はコミュニケーションの動物なのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　敵陣の中に事業所を構える&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　それがフォーバルの転機となったわけですね。その後、フォーバルはどのような事業を展開していったのですか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　当時、国際電話料金が国内電話料金と比べものにならないほど高いのが問題となっていましたので、次は世界の通信のど真ん中であるニューヨークに渡り、国際電話料金を安くしました。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　ＫＤＤを相手に事業をすることにしたのですが、具体的に、ある交換機をニューヨークに置きました。ＫＤＤ経由の国際電話をかけるときは、利用者は最初に００１のダイヤルを回すのですが、そのダイヤルを回したら、すべてをニューヨークにあるフォーバルの交換機を経由するようにしたのです。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　この事業において一番苦労したことが、交換機を作るための資金や技術と、交換機を置くための場所です。万が一、交換機が壊れたら大変なことになりますから、一番安全な場所に置く必要がありました。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　そこで選んだのがＫＤＤです。ＫＤＤは地震が来ても安全な局社を持っていました。しかしＫＤＤの中にフォーバルの交換機を置くことは、呉越同舟とも言える行為です。普通に頼んでも実現できないと考えた私は、当時の郵政事務次官のＯＢに会いに行きました。そこで私のビジネスモデルを話し、「ぜひＫＤＤを紹介して欲しい」と心からお頼みしました。すると「いずれこの時代がくるでしょうね」と、本当にＫＤＤの社長を紹介してくれました。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　その後、郵政事務次官の方と同席のもとＫＤＤの社長と面会した時、「すなわち、我々がインフラを提供し、あなたがたがそのインフラを使って商売をするということですね。しかし、いずれその時代が来るのでしょう。お金はどのくらい必要ですか」と当時のＫＤＤの社長が、フォーバルに1億円を投資してくださるとおっしゃってくださいました。しかもＫＤＤの中に、フォーバルの交換機を置いてもよいと。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　ニューヨークには世界各国のあらゆる通信会社が展開しています。日本のＫＤＤのバックアップは、世界各国の通信会社のたくさんの信頼を与えて下さり、日本の企業もＫＤＤが出資している会社なら安心だし、フォーバルの交換機に送る方が安い、とどんどん利用してくれました。日本からフォーバルの交換機を経由してきた国際電話は、それぞれの国の中で最も安い電話会社に送るようにしました。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　これにより、再び国際電話会社は電話料金を安くする必要が生まれ、ＫＤＤも電話料金を下げ、それにつられ他の国際電話会社も下げ、結果的に国際電話料金も安くなりました。これは、大きな貢献だと思っています。この事業のために設立したフォーバルテレコムは、２０００年に東証マザーズに上場することができました。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ブロードバンド分野でのセコム&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　大久保会長はこれまでに３社も上場されたそうですね。当時の最速記録でフォーバルを上場させたそうですが、現在のフォーバルの主力事業とはどのようなものですか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　ブロードバンド事業がメインです。フォーバルは徹底的に法人に軸を置いています。この約30年間、この軸は絶対にブレさせませんでした。最近は法人も携帯を使うなど、企業の固定電話と携帯が一体となる時代がきていますので、これからは法人への取り組みが本格化すると思います。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　その中で、現在はセキュリティ関連の業績が一番伸びています。ブロードバンドになると、膨大なデータをやりとりできるようになるので、その分セキュリティの重要性が高まります。つまりブロードバンドが増えれば増えるほど、コンテンツは多くやりとりされ、資金もやり取りされるようになります。そのためネットワークを24時間監視しする必要性が出てくるので、セキュリティ関連のニーズが、どんどん高まってきていますね。&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　具体的にどのようなサービスを提供されているのですか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　主に、24時間常にお客様のパソコン状態をチェックするサービスを提供しています。ウィルスが入った、温度が上がった、変なアクセスがある、このようなお客様が気付かないような事態でも、我々のセンターが24時間監視しているため、すぐに連絡できます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　ある意味で、ブロードバンド分野でのセコムのようなイメージでしょうか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　全くその通りです。我々は「フォーバルしてますか」といいます。実は普通の泥棒より、ネットワークの泥棒のほうが恐いのです。こちらの方が一回で大きなお金を持っていかれますからね。さらに恐いのが、お客様の個人情報の漏洩です。これは下手すれば、桁違いの損害賠償になります。視点を変えて考えてみると、ハッカーにとってはブロードバンド化は天国です。彼らはつけいる隙をねらって、苦労せず昼間に堂々と盗んでいきます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　セキュリティ事業というのは日進月歩で、泥棒もどんどん進化していきますよね。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　そうですね。ですから技術の進歩をしていかなければいけない。常に戦いなのです。こちらが考えても、相手もさらに考えるので、常に技術進歩したサービスを提供することが最も重要です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　「モノ」を売るのではなく「コト」を売るプロになる&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　そのためにも技術者の養成には、力をいれているのですか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　フォーバルは社員全員に、営業マンと名乗るのをやめさせました。我々は「モノ」を売るのではなく、「コト」を売るコンサルタントに名前を変更しました。「このパソコンを使うことによって、事業はこのように変わります」、「このインターネットを使うことによって、このような対価があります」といった「コト」、つまりノウハウを売るのです。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　そこで、社内全体で資格の取得を推進しています。コンサルタントとしてお客様に会ったとき、名刺をしっかりと見せ、自分はこういったプロであるとお客様もわかるほうが、安心して接することができます。それがこれからの時代で一番価値があると思っています。５年ほど徹底し、かなり高い取得率になりました。今では情報通信のコンサルタントとしてだけではなく、経営にも関与する総合コンサルタント部門もできました。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　この30年間で、山ほどの失敗と少しの成功をしてきましたが、そのケースをひとつずつ分析すると、ひとつの法則が浮かび上がりました。この法則を、今度は今までお世話になってきた顧客の皆様に恩返しをするため、提供しようと考えています。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　実際に、コンサル事業はコンサルティングを開始してからたったの１カ月か２カ月半で、来客数が40％伸びるなど、急激に成果は出ています。成功している企業はこの法則をしっかりとクリアしているのです。大企業はもちろんしっかりとやっています。しかし中小零細企業はしっかりとできないのです。だからなかなか伸びません。しかし裏を返せば、簡単に伸びる素地があります。&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　つまり中小企業向けの法人サービスを主に展開しているわけですね。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　はい。しかし国内だけでは限界があるので、現在ベトナムやカンボジアなど、アジアを中心に現地法人をつくりました。アジアに日本の中小企業を導こうと、現在尽力しております。中小企業はとても良い技術を持っていますが、跡継ぎがいないことが非常に問題になっています。しかし、若い人材はアジア諸国にはたくさんいます。ならば中小企業をアジアに連れて行けばいいということです。しかも労働賃金は40分の１です。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　若い労働力が集まる場で、しっかりと技術を継承すれば、工場が日本になくても事業は伸びます。我々は現在、カンボジアではレンタルオフィス提供や現地視察ツアー同行、現地法人設立、人材採用支援などを通して、全面的にバックアップしております。&lt;br&gt;&lt;br&gt;問　中国はどのようにお考えですか。&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保　中国は、もはや中小零細企業は行くべきではないと思います。特に沿岸部についてはものすごい競争で、中小企業にはチャンスがありません。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　すでにタイやベトナムも競争が激しくなっています。やはり次はカンボジアだと思っています。カンボジアについては商圏が生まれない理由がまったく見いだせないほど確実だと思っています。ですからカンボジアに、中小零細企業を早く進出させようとしています。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　日本はもう少子高齢化になっていますので、法務省がよほど外国人の労働者の枠を広げない限りはなかなか厳しいのが現状です。ならばこちらが動くしかありません。そこで、リスクがなくて進出できる道をフォーバルが作らせていただこうと思ったのが、このアジアへの道先案内人としての役割です。これもコンサルタントのひとつだと考えており、この事業を通して日本の経済を活性化させたいと願っております。&lt;br&gt;&lt;br&gt;P r o f i l e&lt;br&gt;&lt;br&gt;大久保秀夫（おおくぼ　ひでお）&lt;br&gt;&lt;br&gt;1954 年、東京都生まれ。國學院大学卒業後、アパレル関連企業を経て、1980 年フォーバル（旧新日本工販）を設立。ビジネスフォンの販売を開始する。1988年に設立から最短記録（ 当時）で店頭市場（現・ジャスダック）に株式公開。フォーバルの２０１０年３月期連結決算は売上高３２２億６００万円、経常利益４億７７００万円。現在、同社代表取締役会長。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:14:56Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>企業家大賞 Eコマース革命賞 三木谷浩史 氏  楽天　代表取締役会長兼社長</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2535" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:02:07Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:02:07Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;img src='http://kigyoka.com/kigyoka/upload/news1/2535_20100909.JPG' &gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;第12 回 企業家賞 記念講演録&lt;br&gt;&lt;br&gt;企業家大賞 Eコマース革命賞 三木谷浩史 氏&lt;br&gt;&lt;br&gt;楽天　代表取締役会長兼社長&lt;br&gt;&lt;br&gt;楽天フェデレーション戦略&lt;br&gt;&lt;br&gt;国際展開の方針&lt;br&gt;&lt;br&gt;徹底して英語化するという、大胆な国際化戦略を掲げる楽天。２０１０年度第12 回企業家大賞に選ばれた楽天会長兼社長の三木谷浩史氏は、日本で磐石な基盤を持った上で国際的な展開を推し進めている。ブランドコンセプトと成功の５つのコンセプトという価値観の共有、ベンチャーマインドと徹底した実行力を兼ね備えた人材育成を重要視する「楽天主義」とは如何なるものか、その真実を明かす。&lt;br&gt;&lt;br&gt;日本企業をやめて日本に拠点を置く世界企業になる&lt;br&gt;&lt;br&gt;　楽天は２０１２年度末までに英語を「グループの公用語」とする方針を表明しました。つまり徹底して英語化するということです。日本のマーケットが少子化の影響を受ける中、生き残る道は大胆な国際化戦略しかありません。それも単純な事業戦略だけでなく、日本企業であることをやめ、日本に拠点を置く世界企業になるということです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　国際化戦略というと、「国内の成長が止まったから海外へ出るのか？」と聞かれますが、楽天では両方がうまく成長中です。１９９７年２月に創業して14年目になりますが、昨年の売上高は約３０００億円、経常利益は約５５０億円と増加しており、さらに大きくできると見ています。つまり日本で磐石な基盤を持った上で国際的に展開をするわけです。それが正しいかどうかは歴史が証明してくれるでしょう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　では、なぜ海外へ出るのか。たとえば地域別のＧＤＰシェア予測を見てみると、グローバルにおけるアジア地域のシェアは２００６年の24％から２０５０年には53％へ、金額にすると48兆ドルから１５５兆ドルへ拡大すると予想されます。ところが日本のＧＤＰシェアはバブルの頃は18％だったものが、06年で12％、今年はさらに下がって１桁。50年には３％にまでシュリンクすると見られています。そんなふうに著しく下がる日本だけでビジネスを行なっていくのか、それとも世界を相手にするのか。答えは明らかでしょう。それに世界を相手にすることで、日本国内のサービスがレベルアップするのも事実です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　また各国のＥＣ（ネット通販）化比率を見ても同様です。これにはいろいろな資料がありますが、たとえばイギリスのＥＣ比率は7.3％、ドイツは3.9％、アメリカ3.5％、フランス2.9％。そして日本は1.7％です。つまり日本はネット後進国なのです。こうした実状を背景に、楽天は海外展開する国・地域を現在の６から将来的には27にしたいと考えています。また現在のグループ全体の売り上げのうち海外は１％で、残り99％が日本ですが、これも将来は海外比率70％を目指します。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そのためにドラスティックな３つの戦略的方向性があります。1:各大陸のハブとなる国でしっかりしたビジネスを展開する企業を買収するか、ジョイントベンチャーを行なう、または自分で作って事業を立ち上げ、全方位型に拡大する。2:地域統括拠点から周辺国へ進出し、各地域での拡大を狙う。3:楽天市場から参入し、順次、楽天トラベルや楽天証券などその他のサービスへ拡大する。その３つです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　楽天はフランスでナンバーワンのＥＣサイトなどを運営する「ＰＲＩＣＥＭＩＮＩＳＴＥＲ（プライスミニスター）」や、アメリカ有数のネット通販サイト「Ｂｕｙ .ｃｏｍ（バイ・ドット・コム）」を完全子会社化しています。また中国検索最大手「百度（Ｂａｉｄｕ）」と合弁企業「楽酷天」を設立しました。ちなみに「楽」は「ハッピー」、「酷」は若者の言葉で「クール（かっこいい）」、「天」は「デイ」です。さらに台湾ではコングロマリット企業「統一超商」と合弁企業を設立。タイやインドネシア、その他４カ国へも年内に進出する計画です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　新たな戦略オプションとしては、進出地域・国の現状に合わせて３つのモデルを複合的に展開していきます。楽天のＢ ｔｏ Ｂｔｏ Ｃモデルは店舗育成、地域貢献型。また「プライスミニスター」は、安全・安心型Ｃｔｏ Ｃ。これは成長市場や個人間取引で有効です。一方、「バイ・ドット・コム」は販売主として品質保証をする在庫非保有直販モデル。こちらは黎明期・新興市場で有効です。この３つのモデルを国によって使い分け、あるいはコンビネーションで活用して、将来的には27カ国で展開していきます。&lt;br&gt;すべてを国際化し 世界で「楽天主義」を徹底させる&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ここで改めて「なぜ国際展開するのか？」という質問に答えるならば、それはマーケットが大きいことに加えて、成長率が高いからです。２００８年から２０１２年までの各地域のＢｔｏ Ｃ　ＥＣ市場の伸び率を見てみると、アメリカが17.2％、フランスが19.0％、中国は実に１０９.３％ですが、日本は10.2％。となれば成長率が高いところでビジネスをしたほうがいいわけです。さらに２０２０年には世界全体のＥＣ市場は71兆円（日本のＥＣ市場は６兆円）になると見込まれているので、ある程度のリスクがあっても進んで行くべきです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　さて楽天の経営モデルは「サービスモデル」「オペレーション」「戦略」「行動規範」「テクノロジー」から成ります。これが「楽天主義イコール楽天ＷＡＹ」。行動規範や倫理観、品性高潔、大義名分などを重んじる骨太な考え方です。たとえば月曜日の朝会や掃除といった行動規範が共有できれば海外でも問題はありません。また楽天の成功モデルは国内の各事業間という横軸で、ノウハウをすごい勢いで共有するというもの。これが成功の秘訣です。同様に日本、アメリカ、ヨーロッパ、中国、その他アジアと、海外の各国間でもノウハウを共有します。そのために必須なのが英語です。そこで２０１２年度末までに社内コミュニケーションを完全英語化することにしたのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　現在もまったく日本語のできない外国人を新卒採用していますが、インド人なら３カ月、中国人は６カ月で日本語がぺらぺらになります。日本人は中学校から大学まで１週間に５時間として３０００時間も英語を勉強しているのに、話せない。しかし必死になればできるのではないでしょうか。その英語が話せないと、たとえば「百度」の社員が来日しても会議がわからず失望するし、技術者派遣もできません。それでは海外拠点との交流のない会社になってしまいます。だから日本語至上主義ではだめなのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そこで楽天ではすべての国際化を目指します。役員会議や経営会議、毎週の全体朝会、さらに社内資料も段階的に英語化し、人事や開発、ＩＴインフラなども国際化を促進します。一方、パリやカリフォルニア、ニューヨークなど海外の拠点でも有志を募り、週1回２時間程度の日本語教室を行なう予定ですが、みんな興味を持っています。こうしてお互いに努力をしなければならないのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　その成功のためには先ほどの「楽天主義」を徹底しなければなりません。ブランドコンセプトと成功の５つのコンセプトという楽天の価値観を共有し、ベンチャーマインドと徹底した実行力を兼ね備えた人材へと育成することが重要です。たとえば右胸の社員章、全体朝会後の朝礼などまで世界で徹底できねばなりません。そうしてこそ世界で成功できるのです。それが同じユニフォームを着るということであり、楽天ファミリーの一員になるということです。それをさせられるかどうかが、世界企業に自立させつつ統治するためのリトマス試験紙です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　楽天の国際化に加えて、日本が変わるための一番有効な打ち手は日本中の人が英語を話せるようになることでしょう。グローバル経済で日本が生き残るには一人一人が国際化をすること。そのために英語が必要であるのに、実状は英語を学んだ３０００時間をドブに捨てている状態です。今回の楽天のアクションが様々な企業に伝播して、日本の英語教育の見直しへの大きな流れになるといい。それを温かく見守っていただきたいと思います。&lt;br&gt;&lt;br&gt;P r o fi l e&lt;br&gt;&lt;br&gt;三木谷浩史　（みきたに　ひろし）　&lt;br&gt;&lt;br&gt;楽天代表取締役会長兼社長。&lt;br&gt;&lt;br&gt;１９６５年生まれ、４５歳。兵庫県出身。１９８８年一橋大学商学部卒業後、同年日本興業銀行入社。１９９７年2月（株）楽天を創業、同年５月、インターネットショッピングモール「楽天市場」を開設、日本最大のイーコマースに成長させた。２０００年JASDAQ 上場。その後、インフォシーク、楽天トラベル、楽天証券、楽天クレジット等の参画により業容を拡大、インターネットの総合サービス企業として成功。インターネットを使ってエンパワーしていくことを目指す。２００４年、50年ぶりに新規球団東北楽天ゴールデンイーグルスを設立。&lt;br&gt;</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:02:07Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>企業家賞  サイクルライフ提案賞  あさひ社長 下田 進 氏</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2536" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:02:07Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:02:07Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;img src='http://kigyoka.com/kigyoka/upload/news1/2536_20100909.JPG' &gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;  日本一の自転車専門チェーンである、あさひ。２０１０年度第12 回企業家賞サイクルライフ提案賞を受賞した下田進氏が「創業の理念」や「自転車に対する思い」、「これからの夢」まで、すべてを熱く語った。&lt;br&gt;&lt;br&gt;日本人のサイクルライフの質を上げるために役立ちたい&lt;br&gt;&lt;br&gt;　あさひは街の自転車屋さんです。元は私が22歳で開いた16坪の玩具店でしたが、3年たってもまったくお客様が来ませんでした。そこで自転車販売を始めようと、金もないのに大阪の堺から10台だけ自転車を仕入れ、商売を始めたのです。当時、堺は近郊に部品屋が並ぶ自転車の生産地でした。その頃は自転車が商用車として売れた時代で、値段も高かったため、修理・販売をしていれば十分メシが食えたのです。ところが昭和40年代になると、ＧＭＳ、のちのホームセンターが自転車販売を開始。自転車小売店の数は激減し、堺の部品屋も物作りができなくなったのです。当然あさひも立ち行かなくなりました。これが二度目の挫折です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そこで10年目にして、もう一度勉強し直そうと思い立ち、ＧＭＳが手をつけていないサイクルスポーツを始めることにしました。それから一生懸命仕事をして一つの店を切り回し、知識や技術もやっと及第点かと思えた頃には43歳になっていました。当時はプロショップで競技者やマニアなど限られた人が自転車を買う一方、ＧＭＳなどでは自転車がセルフサービスで安く売られていました。それを見て思ったのです。「果たして自転車が雑貨のように売られていいんか？　自転車は乗り物なのだから安心・安全が確保されなきゃあかんのじゃないか？」と。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　折しも時代はバブル。衰退産業と言われていた自転車業界には若い人は来てくれません。だから人作りをしながら、若者が入社してくれる魅力ある店作り、会社作りを考えました。そこで必然的に１００坪の大型店作りをしたところ、お客様の支持を得られ、成功することができたのです。今でもあさひの強みは商品力と店舗力、そして人間力。しっかりした技術と知識、フレンドリーで親切なサービスを行なう自転車屋を目指してきた成果です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　私のことで言えば、若い頃は知恵を使いながらガムシャラに仕事をしてきましたが、50歳を過ぎてからはあまり仕事で悩まなくなりました。儲かるか儲からへんかや損得はあまり判断基準になりません。それでは何が基準になるのか。それは、そのことが正しいか正しくないか、いいことか悪いことかです。それを判断基準にしてから、お客様や社会、社員に対しても、物事を迷わずジャッジできるようになりました。その結果、お客様や社員の支持も得られて正々堂々と仕事ができるようになったのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　私の願いは、自転車を楽しく生活の一部にしてもらい、日本国民のサイクルライフの質を上げること。それを絵に描いたような理想のシーンがあります。それはお父さんのクロスバイクを先頭に、女の子、お兄ちゃん、お母さんが自転車で公園を走る姿。お兄ちゃんの自転車の前かごには野球のグローブかサッカーボールが入っていて、それで公園で楽しく遊び、またみんなで自転車に乗って帰るのです。小さい女の子にはお父さんが補助輪をはずして乗り方を教えるかもしれません。そんな風景に自転車屋として役立てたら素晴らしい。そんな思いが常に心の中にあります。&lt;br&gt;&lt;br&gt;花が咲き、実がなった今こそ初心に返る「第二創業期の年」&lt;br&gt;&lt;br&gt;　私は、起業は誰にでもできると思っています。でも条件がある。それは仕事に対する責任感を持ち、知恵を使って、人の倍もよく働くこと。あふれるような想像力があること。自己中心的でなく、人の喜びを自分の喜びとするサービス精神とチャレンジ精神があること。ぎょうさんありますが、一生懸命仕事をしているうちに、筋道がピーンと見えてくる。いいかげんにしていては、それは見えてきません。そもそも仕事って面白いですよ。私は辛いと思ったことはありません。22歳で玩具店を開いたあと、人っ子一人来ないのにじーっと待っていた時は確かに辛かった。逆に自転車店を始めてからどんどんお客様が来てくれると、仕事量が増えて体が辛くたって、苦しさなんかまったくありませんでした。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　こうしてやってきたあさひでは20年前に撒いた種が若木に育ち、やっと今、花咲き、実がなる状況を迎えました。まさに今年が「第二創業の年」です。企業は創業期には大きな失敗をしないものです。失敗したとしてもたかがしれています。それは何事も慎重に一生懸命考えるからでしょう。それより危ないのは、今のあさひのように花が咲き、実がなった豊かな時期。こういう時に20年後の崩壊の種が撒かれます。金が入る、利益が上がる、人がやって来る、こうした時期に悪い種が撒かれるのです。それは恐れがなくなるからでしょう。だからもう一度、創業時の気持ちや恐れを持って、次なる大きな飛躍につなげなければなりません。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　考えてみれば、私という普通の人間がたまたま自転車に出会い、一生懸命仕事をして、それなりのことはできました。人の命には限りがありますが、それをフルマラソンに例えるならば、会社というものはリレーです。これからの20年を実りあるものにするために、若い社員に仕事に対する考え方や、自転車への想いなど大切なことをしっかり伝え、バトンタッチをしなければなりません。心がまえを伝えてくれる人を育てるということです。これは親子でも同じですね。余談ですが、子供に物事への対処法を教えるのは大切ですが、あまり金を残したらあかんのではないでしょうか。子の自由を奪いますからね。そもそも人生は闘いであり、自分で工夫をしながらやり遂げていくものです。だから私は節税もしないし、税金もしっかり払う。子供にもあまりお金は残さんとこうと思います（笑）。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　さて一番のオールドビジネスといわれた自転車ですが、21世紀になると運よく環境や健康、スポーツなどが注目され、見直されるようになりました。これはいい職業に就けたな、と感謝しています。世界がこういう時代になったからこそ、自転車は乗り物として素晴らしい商材になり得たのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　嬉しいことに自転車が流行っている昨今ですが、私が危惧しているのはマナーや駐輪場の問題です。戦後60年間、自転車は衰退産業であったためか、国の施策や法整備は遅れています。「自転車はどこ走ったらええんや？」と思うことがしばしばだし、人や車との関係も心配です。一方、ヨーロッパでは道路が整備され、車も人も自転車も法整備の下で、安全に通行しています。日本でも安心・安全に自転車が乗れるよう、国にはぜひともインフラ整備や公共投資をしっかりしてほしいと思います。また自転車に乗る人も例えば左側通行など、みんな一緒にしっかりマナーを守ってもらえたら嬉しいですね。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　世界ではとっくにイデオロギーの壁が取り払われ、みんなが同じ価値観で動き出しています。そういう意味では世界は一つ。ビジネスでも世界で勝てなければ日本で勝てないし、日本で一番であっても世界では負けるかもしれません。グローバル化とはそういうことでしょう。あさひでは先般、北京第一号店をオープンしました。これからアメリカやヨーロッパへも進出を考えています。「世界のあさひ」になれるように頑張っていきます。自転車をもっと愛される素晴らしい乗り物として世の中に位置づけ、世界の人々にも喜ばれる自転車店を作り続けたい。みなさんも近所であさひを見かけたら、ぜひともよろしくお願いいたします。&lt;br&gt;&lt;br&gt;P r o fi l e&lt;br&gt;&lt;br&gt;下田 進　（しもだ　すすむ）&lt;br&gt;&lt;br&gt;１９４８年１月１２日大阪府生まれ。１９６６年府立旭高校を卒業後、玩具卸の仲村商店に入社。１９６８年父とともに旭玩具製作所を共同経営。１９７０年代初めに自転車販売を始める。１９７５年取締役。１９９２年から現職。自転車専門店「サイクルベースあさひ」を全国に約２００店舗展開、自転車業界の「 ユニクロ」としてＳＰＡ（製造小売）モデルを確立する。２００７年に東証一部に株式を上場、自転車専門チェーンで国内最大手に成長した。今年５月には中国・北京に海外１号店の進出を果たす。</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:02:07Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>審査委員長  講評　日本電産社長 永守重信 氏</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2537" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:02:07Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:02:07Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;img src='http://kigyoka.com/kigyoka/upload/news1/2537_20100909.JPG' &gt;&lt;br&gt;&lt;br&gt;  今回の企業家賞の審査は、全般的に難儀しました。昨今、候補者が少ないんですな。条件は厳しくないんですよ。創業社長で、目安としては売上高１０００億円、経常利益１００億円で企業家大賞、売上高１００億円、経常利益10億円で企業家賞ですから。でも、これがなかなかいない。今まで順調に業績を上げてきた会社でも、リーマン・ショック以降の不景気のせいで下がったのも理由の一つでしょう。そんなわけで苦心惨憺しましたが、企業家大賞１名、企業家賞３名を選ぶことができました。人数は少ないが、内容は高い企業ばかりです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　企業家大賞は楽天の三木谷浩史さん。この会社を知らない人は日本人にあらず、ですな。知らん人はおらんでしょう。ネットのショッピングモールでは日本最大。売上、収益を伸ばし、旅行などの分野でも伸びています。海外進出も果たして、取扱高は１兆８０００億円。これからもっと伸ばしていくというんだから、これは“大ボラ三人衆”ですよ。三人衆の一番目はソフトバンクの孫さんね。30年後に時価総額２００兆円にすると言ってるんだから、もうついていけませんな（笑）。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ホラ吹き三人衆の二番目はユニクロの柳井さん。三番目が三木谷さんです。一番目と二番目が過去に企業家大賞を獲り、今回、残った一人の三木谷さんが受賞したんだから、これで全部です。私が実現させたんだから、これで現実に“大ボラ三人衆”と名を変えましょう。三木谷さんはあんなに市場を開拓しているのに、さらに広げ、伸びていくというんだから、世界のランキングでぜひ一番になってほしいものです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　ところで、古臭いメーカー業界の人間はネクタイしか似合わないけれども、三木谷さんは今日もノーネクタイ。しかも、それがとっても似合う男です。これも大賞に値していますな（笑）。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　次に企業家賞です。まずマニーの松谷貴司さん。企業として立派な仕事をしておられます。手術用縫合針で日本の生産量の70％強。日本から輸出される90％強のシェアを占めています。これはすごいことですよ。売上高は93億円、経常利益35億円。売上高に対して経常利益が40％です。独自なものはきちんと特許で保護もしています。今後も成長と収益拡大が期待される企業です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　シミックの中村和男さんは今日はやむなく欠席で、代理で副会長が見えています。本来、欠席者は失格で受賞取り消しなんだけど、やっぱりビジネスが優先なのは当然です。厳重に注意した上で、今回はＯＫとしましょう（笑）。シミックが手がけているのは新しいマーケットです。ＣＲＯ（臨床試験受託業）を日本で初めて行なって、高いシェアを誇り、韓国や中国、台湾にも進出しています。これは社会貢献事業ですな。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　中村さんは46歳で三共（現第一三共）を退社して、92年にシミックを創業。売上高は２８８億円、経常利益は24億円。この分野はさらに伸びていくでしょうから、ますます大きな成長が期待できます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　そして、あさひの下田進さん。自転車は昔の乗り物だなんて思ったら、とんでもない。あさひは今や自転車業界のユニクロです（笑）。全国に２００店舗もあって、私の家の近くにもあります。これが普通の自転車店じゃない。従業員教育もサービスも、メンテナンスやアフターサービスも実にしっかりしています。売上高は２６０億円、経常利益37億円です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　古いと思っていた業界にもまだチャンスがある、掘り起こせばまだ伸びると示した好例ですな。今までは通勤やサイクリングに使われていた自転車が、今は普通に街中を走る風景が増えています。このようにサイクルライフを向上させるのは、日本のためになることでしょう。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　今回、私が大変嬉しいのは、企業家賞を受賞された３人の方が物作りをしている人だということ。私も物作りをしていますからね。そして三木谷さんも世界に進出して頑張っています。そしてネクタイは３人、ノーネクタイが１人。３対１ですが、いずれも大変素晴らしい会社であり、粒がそろった１人と３人です。今年も実にいい企業家を選ぶことができて、私も本当に嬉しく思っています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;企業家大賞&lt;br&gt;&lt;br&gt;Eコマース革命賞　&lt;br&gt;&lt;br&gt;“ ホラ吹き三兄弟”の末弟です（笑）。本日は名誉ある賞をいただき、どうもありがとうございます。楽天は97年にできた、まだ若い会社です。従業員は本当に一生懸命仕事をしています。これからも賞に恥じない大きなチャレンジをしていきたいと思います。&lt;br&gt;&lt;br&gt;楽天会長兼社長三木谷浩史 氏</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:02:07Z</dc:date>
  </entry>
  <entry>
    <title>企業家賞  受賞企業</title>
    <link rel="alternate" href="http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=2538" />
    <author>
      <name />
    </author>
    <modified>2010-09-02T07:02:07Z</modified>
    <issued>2010-09-02T07:02:07Z</issued>
    <summary type="text/html" mode="escaped">オリジナルものづくり賞&lt;br&gt;&lt;br&gt;マニー会長 松谷貴司 氏&lt;br&gt;&lt;br&gt;　私共は医療機器のメーカーです。中でも非常にベーシックな“切ったり貼ったり”の機器を作っています。例えば切開した傷口を縫い合わせる針、皮膚をきれいに寄せながら圧迫しないステイプラー、歯科で神経の穴の治療をするリーマ・ファイル、眼科用のメス・ナイフなどです。特にリーマ・ファイルは世界の40％のシェアを占めています。眼科手術用のナイフも当社が日本で半分のシェアですが、こちらの世界シェアはまだ低い状態です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　こうした機器は非常に安いものであり、継続的に使われます。 売上げは、金額のいかないものの集まりですが、シェアを取ると安定した収益になります。一方、使用の対象が人間なので、基本的に針もナイフもほぼ変わりません。医師はいつも同じ切れ味のナイフでないと手元が狂うのです。そこで品質安定のために、作る人間も継続的に育てることが重要です。また当社では「世界一の品質を世界の隅々へ」という想いから、「世界一か否か会議」も行なっています。製品ごとに世界の製品と比較して、品質をよりよくし、患者さんの治りがよくなるために貢献することが目的です。今回の素晴らしい賞を糧に、全製品で世界一になり、世界の医療に貢献していきたいと思います。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;サイクルライフ提案賞&lt;br&gt;&lt;br&gt;あさひ社長 下田 進 氏&lt;br&gt;&lt;br&gt;“自転車のユニクロ”、サイクルベースのあさひです。２年前、ある雑誌で「ユニクロによく似たビジネスモデルをやっている」と書かれた時、「業績が１ケタも２ケタも違うのに、柳井さんに怒られるで」と危惧していました（笑）。でも今回、賞に選んでいただけて、これで「自転車のユニクロ」と堂々と言っても許してもらえるかと思っています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　私は柳井さんと同年輩で、同じ小売業です。私が「物作りをやらなければいけない」と考えたのは１９９６年のことでした。それは、お客様のために商品をしっかり作っていかなければ、メーカーの出先機関に終わってしまうと思ったからです。そんな強い思いで物作りに入りました。もちろん柳井さんとはスピード感が違いますが、これからも追いつけるように頑張ります。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　世界のみなさんに素晴らしいサイクルライフを提案し、しっかりサポートしていけるよう頑張っていこう。今日は改めて、そう心に強く念じた次第です。私にとって賞という賞は生まれて初めて。これまでは「サボってたで賞」とか「ダメだったで賞」ばかりでしたが（笑）、今回は生涯一度の素晴らしい賞をいただけました。どうもありがとうございます。&lt;br&gt;&lt;br&gt;メディカル市場開拓賞&lt;br&gt;&lt;br&gt;シミック会長兼社長 中村和男氏　&lt;br&gt;&lt;br&gt;　栄誉ある賞、身に余る思いです。シミックは92年、マンションの一室で３人で創業しました。それは日本にＣＲＯの革命を起こすためでした。規制の中でさまざまな働きかけを行い、ＣＲＯ協会を設立して認知度を上げ、薬事法改正を機にＣＲＯへ参入したのです。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　シミックの取組みの柱をお話いたします。一つは先進国の中で唯一日本が抱える新薬の時間差、ドラッグラグの問題を解消すること。安全性と緻密な治験というよさは維持しつつ、効率的に迅速化をはかり、早く新薬を世に出すことです。二つ目はビジネスのイノベーション。オープンイノベーションなどビジネスイノベーションを進める製薬企業と、その先の戦略的パートナーシップを築いていきます。三つ目はアジアでの優位性の確保。日・米・欧という発想を捨て、アジアでの共生と発展に寄与したいと考えています。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　本日は心よりお礼申し上げます。この受賞を糧にさらなる努力をしていきます。　（代理　副会長　清水政男氏）</summary>
    <dc:date>2010-09-02T07:02:07Z</dc:date>
  </entry>
</feed>

