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【先端人】コム・ン トーキョー 大澤 秀一氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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2度世界一に輝いたパン職人

2度世界一に輝いたパン職人

トロフィーを掲げる大澤秀一氏と助手の久保田遥氏

パンブームがずっと続いている。一番の理由は、日本のパンが世界と比較して品質が高く美味しいことだ。勿論日本のパン職人の技術が世界トップレベルであることも事実だ。今、日本のパン職人のトップを走るのは、2019年パンの世界大会で日本初の総合優勝を果たした「Comme’N TOKYO(コム・ン トーキョー)の大澤 秀一氏である。その大澤氏がこの3月1~3日に幕張メッセで開催された「ベスト・オブ・モンディアル」で、再び世界一に輝いた。真摯に難題に挑む大澤秀一シェフのチャレンジ魂を読み解く。

(副編集長 三浦千佳子)

 

■二度目の世界大会にチャレンジ

2023年3月2日、千葉県の幕張メッセ会場には多くの人が詰めかけていた。モバックショウ2023が開催されているのだ。中でも一番賑わっているのはパンの世界大会「ベストオブ・モンディアル」の会場である。

日本からは2019年に優勝を果たしたコム・ンの大澤シェフと助手の久保田遥さんが出場。8時間で既定のパンを創り上げる。真剣な面持ちで次々と自分の作品創りに挑む大澤シェフの勇姿に人々の眼が釘付けになる。バゲットなどのハード系食事パン。鶴の舞を模したあんぱん。菊の花をモチーフにしたメロンパン、うなぎを使ったサンドイッチなど、どれもが圧倒的な想像力と美しさに驚く。

 

観客の度肝を抜いたのは飾りパンだ。今回のテーマは「スポーツ」だが、独自の感性で『登竜門』とした。柔道の経験がある大澤シェフ、柔道着を着た人物を中心に鯉が昇って龍になる様子を作り上げ、クロワッサンで柔道着を仕立てた。その発想力、圧倒的な表現力は、見る人全ての心を鷲掴みにした。

翌日結果発表がなされたが、大澤シェフの日本チームが再び世界一に輝いた。2019年の大会から4年、その進化、チャレンジ精神は留まるところを知らない。

 

■世界一のパンが買える店「コム・ン トーキョー」

その大澤シェフの店が世田谷の九品仏駅近くにある。2020年8月に出店した「Comme’N TOKYO」(以下コム・ン)である。以来、静かな住宅街には、大澤シェフが創り出す世界最高峰のパンを求めて、全国からパン好きが訪れる。

黒を基調とした大人の雰囲気の店内は、大澤シェフ渾身のパンがズラリと並ぶ。その数80アイテム。どのパンも魅力的で、選ぶのに苦慮する。まさに「端から端まで全種類部買いたい!」と思わせる。

魅惑的なパンが並ぶ平台の奥には厨房が見渡せる。ライブ感満載の活気のある店内は、客席と舞台が一体となり、まるで劇場のようだ。大澤シェフの情熱が詰まったここは、パン好きにたまらない聖地となっている。

ここコム・ンの一番人気はクロワッサンA.O.P だ。サックリとした食感とジューシーで力強いバターの味わいが人々を魅了する。フランス産のバターを使用、生地の折り込み回数を調整し、外がサクサク、中がしっとりという食感を創り出す。

クリームパン類も人気だ。中でも人気は「本日のクリームパン」である。この日はチョコレートのパンにカスタードをたっぷり挟み、アーモンドをトッピングしたものだ。チョコの香りとカスタードが絶妙で、まるでケーキのようだ。

勿論、食パン類、バゲット類、カンパーニュなど食事パンも、自慢の商品だ。とにかく一つひとつの完成度が高く、訪れた人をワクワクさせる。

 

■世界一のワザでお客様に寄り添う

「誰が食べても食べやすく美味しいパン」にこだわる大澤シェフ。ここには奇をてらったパンはない。カッコ良すぎて食べにくいパンもない。ハード系も見た目は固そうでも、食べると柔らかく口溶けがいい。

定番の食パン「パン・ド・ミ」は、わざわざ手で伸ばして成型している。しっとり・もっちりした食感を保つだめだ。バゲットは触りすぎず、生地を締めすぎないように注意している。たからこそ驚くほどの口どけの良さを実現している。高い技術力を駆使し、誰もが食べやすいように工夫、お客に寄り添った商品に仕上げている。

バゲットも食べやすい


■ロス削減の工夫術 

大澤シェフの凄さは余った生地を活用し、さらに美味しく生まれ変わらせるトライフル術に長けていることだ。「カフェブリオッシュ」もその一つ。余ったブリオッシュをコーヒーで炊いて、ブリオッシュ生地に練り込み、新しい味に仕上げている。

リュスティックはフランスパン生地とクロワッサン生地を併せたものだが、サックリと歯切れの良い生地と塩味がマッチし、ここにしかない味わいとなっている。AOPのバターを使ったクロワッサンの残生地を生かそうと、思いついたという。

「もったいない」精神が発想の原点というが、こうした工夫術も大澤シェフの真骨頂だ。SDGs時代合致した、まさにアップサイクルへの挑戦といえそうだ。

■パンの世界大会に挑む

大澤シェフのパン人生についてご紹介しよう。高崎市のパン屋の息子として生まれ、子供の頃からパン屋になると決めていた。2019年パンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」で、日本人初の総合優勝に輝いた。しかしその道のりは険しかった。

憧れの神戸のサ・マーシュ西川氏のもとで修業。西川氏のパンに対する想い、パン生地の扱い方に感動。ゼロからやり直した。すぐ才能を発揮した大澤シェフ、2年で卒業し故郷に戻った。

西川氏に誘われ、目の当たりにしたパンの世界大会が大澤シェフの人生を変えた。そして「次は自分があの場に立つ」と決意。その後、壮絶な努力を重ね大会に臨んだ。特に飾りパンの「流鏑馬(やぶさめ)」は圧巻で、審査委員の心を圧倒した。

「大澤君の凄さは技術的な部分だけではなく、その誠実な人間性」と語る師匠の西川氏。店名の「Comme’N」のCommeはフランス語で「~のように」の意味、Nは師匠の西川氏の頭文字をとった。

■グルテンフリーの店をオープン

多忙な大澤シェフが、2022年5月、コム・ンの向かいにコム・ングルテンフリーを出店、世間を驚かせた。小麦アレルギーを発症した社員のためだ。

小麦アレルギーについて猛勉強。コム・ン閉店後、グルテンフリーのパンの試作に没頭した。米粉、片栗粉をメインに試作を重ねたが、小麦粉を使った時のような旨味はない。自らグルテンフリーの生活を課し、壮絶な努力を重ね、出店にこぎつけた。

オープン直後からヴィーガンの人にも重宝され人気店となっている。味付けが薄いので健康的ともいえるのだ。ここは大澤シェフの社員想いの優しさが生み出した傑作ともいえる。

■社員の成長の場を広げたい

コム・ンをオープン当初は人手不足で、多忙ぶりが限界ギリギリだった。しかし今は改善、スタッフは総勢30人に及ぶ。従って週休2日はもとより、「目指せ8時間」を掲げ、労働環境改善に余念がない。

今年37歳という大澤シェフ、3店舗目の出店が決まっている。場所は東京港区「麻布台ヒルズ」だ。東京進出から2年半、名所となる商業施設からオファーに応えられるのは、大澤シェフの努力の賜物といえよう。

そのためにはスタッフの育成は必須だ。4月には新卒10人を採用、鶴見にラボをつくり、そこでパン職人を育成する考えだ。 将来は何店か出店、頑張る社員たちの活躍の場を創りたいという。「九品仏の店だけでは社員の成長が限られる」と大澤シェフの眼が輝く。それには「コム・ン」のブランドをさらに高め、維持していくことが求められる。

パンはその人の生きざまを映すと言われる。コム・ンのパンが人気なのは、大澤シェフの真摯で優しい人柄が投影されているからであろう。リーダー大澤シェフとスタッフがタッグを組み「チームコム・ン」として、今後どんな活躍を見せるのか、楽しみだ。

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