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トピックス -企業家倶楽部

2012年05月31日

葬儀業界の革命児/ティア代表取締役社長 冨安徳久

企業家倶楽部2012年6月号 今、日本を最も面白くする企業家たち




感謝される仕事に出会う

 ティアは通夜・葬儀から、それにまつわる法要・仏壇・墓石・供花など幅広い葬儀ビジネスを手掛けています。私と葬儀業界との出会いは1978年に遡ります。ある喫茶店のマスターに「時間給1000円の仕事がある」とアルバイトを紹介されました。78年当時で時間給が1000円は破格です。私は絶対大変な仕事だと思ったのですが、店長は「世のため、人のためになる仕事だからやってみろ」と言うのです。時間給以外の情報は何も聞かされず、アルバイトの面接場所の地図だけ持たされて、辿り着いた場所が葬儀社でした。70年代後半は葬儀会館が整備されていない時代で、集会所や自宅にひな壇や祭壇を飾ったり片付けたりするアルバイトが、私と葬儀業界との最初の出会いです。

 ある時私は、葬儀の集金の場に立ち会いました。すると喪主の方が先輩の手を握り、涙ながらに「一生懸命主人を送ってくれてありがとう」と仰っているのです。葬儀業社がこんなにも感謝される仕事なのかと知り、私は衝撃を受け、葬儀社に就職しようと決心しました。大学に行く意味を見つけられなかった私は結局入学式にも行かず、大学側に入学費を返してくれと怒鳴り込む始末です。その時はただ先輩のようになりたい一心でした。私は小さい頃から家族に「人の為に生きなさい」と教えられて来ましたが、目の前に感謝される仕事を見つけたのです。

 葬儀社の「覚悟」も教えられました。独居の方が孤独死をされ、夏場に何ヶ月も放置された遺体を初めて見た時、私はその遺体を前に躊躇してしまいました。すると先輩に「きれいな仕事だけで葬儀社が務まると思うな。外で泣いていた遺族の気持ちを受け止め、遺族として一緒に悲しみに寄り添え。それが葬儀社の覚悟だ」と一喝され、頭をハンマーで殴られたような思いでした。それから、自分の最愛の人が亡くなった時と同じ気持ちで、一人一人の仏様に向かおうと決心しました。



葬儀社の社会性を高めたい

 その後私は同業他社の年俸契約社員となりました。ある時会社から「今後、生活保護者の葬儀は受けません。採算がとれないから、個人葬儀社に任せなさい」と言われ、この方針に対して、私は机を叩くくらいの勢いで撤回を進言しましたが、受け入れられませんでした。この時、お金の無い人も救える葬儀社を創りたいと思ったのが、ティア創業のきっかけです。

 私は「余命10年」と定め、創業実行に向けた計画を立てました。私は資産家の息子でもないし、葬儀屋経営のノウハウもない、ただのサラリーマンでした。事業計画を作るにも、資金調達をするにも、全て自分でやらなければなりませんでした。事業計画を完成させ、様々な異業種交流会に出席して「独立創業したら10年以内に上場するから私に投資してください」とあらゆる社長に申し出ました。その時は、葬儀社設立に掛かるコストや、予約の取れない業種というリスクに、多くの社長は出資に応じてくれませんでしたが、3、4人の方が私の熱い思いに対して、それぞれ約500万円を出資してくださいました。そして1997年に、独立創業の夢が叶ったのです。そしてまた「余命10年」と定め「上場する」「20店舗展開する」「年間3600件の葬儀を受け持つ」と目標を掲げました。今ではお陰様で、年間6000件の葬儀を担う会社に成長させていただいています。

 今まで「葬儀社」というだけで散々辛い思いをしました。一番悔しかったのは、異業種交流会に出席した際に「いくら異業種交流会でも葬儀社が出席するなんて、縁起でもない」と名刺を目の前で破られた時です。その時は必死に取り繕いましたが、腹が煮えくり返る思いでした。「葬儀社の社会性を上げてやる」と決心しました。今では葬儀ビジネスは私の天職だと思っています。



葬儀業界の常識を打ち破る

 私たちはまず、葬儀業界において今まで不透明だった葬儀価格を完全開示すると打ち出しました。更に、事業者の方がお客様より上の立場に居た葬儀業界の今までの慣行を見直し、お客様である遺族に心から寄り添う、本当の意味でのサービス業への転換を実践しています。ティアは、お客様から「ありがとう」を一番多く受け取る葬儀社でありたいという理念で取組んでいます。

 ティアは創業当時の97年から、葬儀価格の相場の半額以下で葬儀を行っています。この価格でも十分に利益は出ます。ティアの葬儀価格は、「激安価格」と言われますが、ティアが「適正価格」を初めて打ち出したと思っていただきたいです。葬儀を提供するのみが葬儀社の仕事ではありません。ティアの葬儀価格に、ティアの心のこもったサービスを提供すればさらに付加価値が付けられます。故人は話せないけれども、この葬儀をどう執り行って欲しかったかを、悲しんでいる遺族に寄り添って一緒に考えることが出来るように、社員の心の教育を徹底しています。

 ティアの名前にもこだわりがあります。従来の葬儀業社は「-葬儀」「-セレモニー」と一目で葬儀社と判る社名が多かったのですが、新しい葬儀社が出てきたイメージをわかりやすく伝えたいと考え、英語の「涙」を意味する「TEAR」を社名にしました。悲しみの涙を一滴でも和らげたいとの思いを社名に込めています。

 私は、人の死を司るビジネスを唯一許されたのが葬儀社だと考えています。厳粛な儀式を司る立場として、命の尊さや、悲しみに寄り添う気持ちを忘れてはいけません。相手のために尽くしたいと思う感性が大切です。毎日葬儀を行っている環境に身を置くと、葬儀に慣れてきてしまいがちですが、その状態でお客様の「ありがとう」をいただける葬儀は出来ません。



社員に「尽生観」を教える

 人が亡くなった時、「あきらめる」という表現を使う事があります。この言葉の元々の意味は「明らかにする」ということです。大切な人を亡くして、遺族は「なぜ私を置いて旅立ってしまったのか」と諦めきれない気持ちになります。葬儀は人の死を明らかにし、命が次の世代に受け継がれたとけじめをつけた上で、前に進むための重要な儀式です。

 私は大切な人を失って、明日への希望を失っている遺族にどう気持ちを整理したら良いかを相談をされることがありますが、一方で故人は、遺族に前向きに生きて欲しいと願っているはずです。悲しみにくれている状況で、敢えて遺族と反対の故人の立場に立つ大切さを遺族に伝えたいです。そのためには命のはかなさ、尊さを伝える社内教育が重要です。

 ティアは、ティアアカデミーという社内教育プログラムを実施しています。葬儀の作法・マナー・儀式・宗教知識を学ぶのは当たり前で、その上で心の教育を繰り返し徹底的に行います。これによってフランチャイズ契約をされている他の業種の方々への教育ができます。会社が大きくなればなるほど、このカリキュラムに「時間」「労力」「資金」を注入したいと思っています。ティアアカデミーによって、死に無感覚になることのないような人材を育成し、死を司る究極のサービス業としてのクオリティを上げたいです。

 社員一人一人がそれぞれの人生を歩んでいますが、ティアという葬儀社に出会ったからには、自分の人生を人のために尽くす「尽生」に変えることが、世界でたった一人しかいない人の最期を司るものとしての覚悟であると考え、社員に「尽生観」を教えています。

 私は大勢の人々の死を目の当たりにして、遺族を通じて命の尊さを理解してきました。その中で、「人は何故生きるのか」「なぜ働くのか」が理解できたと感じています。この生き方の本質を理解しないと、給料のためだけに働くことになってしまいます。仕事という人生の大部分を占めるものを理解すると「何のために生きるのか」が見えてきます。私は長年人の死を間近に見てきました。本の執筆や様々な講演を通して、人の死を通じて学んだことをアウトプットしたいと感じています。心の教育ができる学校を創り、小学校から中学校までの間に、命や徳育を学ぶ場を提供したいです。



「ありがとう」と言われる葬儀社に

 葬儀の数は増えることが予想されますが、その形態は、かつての自宅、お寺での葬儀から、利便性を求められ、専門会館での葬儀にシフトしています。会館のインフラを全国に整備したいと考えています。今は56店舗目をオープンする段階ですが、200店舗の展開を目標にしています。これを10年以内に成し遂げたいです。成し遂げるためには必ず死ぬ覚悟で臨みます。私はこれくらいの気概でないと、目標を達成できないと考えています。地域の人に愛され、真心を込めて故人を送れる会館を整備すると同時に、遺族に寄り添える人材を育てます。

 2012年8月には、越谷に関東圏初となる店舗をオープン致します。是非期待していてください。思いを持った社員が悲しみに暮れている遺族に寄り添う、ティア式の葬儀を全国に広げていきたいです。店舗の全国展開を目指し、名古屋・関西中心の事業を東京へ広めたいと考えています。そして名古屋以上の波及力をもって、東京から店舗を全国に展開したいです。ティアは日本で一番「ありがとう」を言われる葬儀社を目指します。

 

P r o f i l e

冨安 徳久(とみやす・のりひさ)
 

1960年愛知県生まれ。18の春、知人から紹介されたアルバイトで葬儀業界に入る。大手葬儀社で葬儀の施行や会館マネジメントに携わるが、閉鎖的な業界の改革を目指し、97年7月、株式会社ティアを設立、翌98 年、名古屋市中川区に1 号店をオープン。その後、中部圏を中心に出店し、規模を拡大。2006年6月、名古屋証券取引所セントレックスに上場。08 年9月、名古屋証券取引所市場第二部へ上場市場を変更。不透明な葬儀業界に一石を投じ、安心感、信頼感のある葬儀社を目指している。

肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。



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