• トピックス
  • 企業家倶楽部
  • バックナンバー
  • 企業家チャンネル
  • 私の注目ニュース
  • 新商品コーナー

トピックス -企業家倶楽部

2012年04月06日

固い絆で結ばれた個性派集団 自律型感動人間の育成を目指す/スーパーホテルを支えるスタッフ

企業家倶楽部2012年4月号 スーパーホテル特集第4部





スーパーホテルらしく、幹部スタッフたちもそれぞれ自分らしい個性を確立した人物が多い。長きにわたって山本梁介と二人三脚で走り続けて きた社長の山村孝雄。元は技術職である小森潔。システムエンジニアとしてキャリアを築き始めた山本健策。「すごい会社」を求めてスーパーホテルへの転職を 決意した北原秀造。音楽と山を愛するITのスペシャリスト、日吉常樹。かつて融資付け業務に奮闘した藤沢隆。6人が自らの仕事と会長・山本梁介を熱く語 る。



山本と二人三脚で歩んできた 情熱と信念あふれる闘将 山村孝雄代表取締役

「僕は情熱、執着心、闘争心では誰にも負けません。競争は“一番”志向。断トツの一番でなければ一番とは言えないと思っています」

 そう語るのは社長の山村孝雄。約40年にわたり、山本梁介と二人三脚で歩んできた人物である。山村曰く、持ち前の“闘争心”が芽生えたのは奈良の農村で育った少年時代だ。「父は宮大工でしたが、農業を営む祖父に連れられて春は田植え、秋は稲刈りの手伝いをしている時に、都会の人達が行楽シーズンに車で遊びに来るのが羨ましく、将来立派なビジネスマンになって成功しようと思っていました」

 長じて大学を卒業するとコスモ証券(旧大阪屋証券)に入社。営業実績を積み上げていくが、空しさに襲われる。

「株は自分の力の及ばない世界。家を建てたり、携帯電話を作ったりするのとは違う。こんなことを続けていたらいけないと思いました」

 そういった思いから郵政省へ転職するが、ここでも情熱は満たされない。新しいことをやろうとしても「前例がない」と言われる職場に「ここも長く勤める場所ではない」。幸い物を販売することには自信がある。それなら男子一生の夢である家を買ってもらおう!そう考えて飛び込んだ不動産業界で山本に出会ったのである。

「第一印象は“気品のある方”。顔相でわかりますよ」。そう評する山本の下で、山村は日夜営業に打ち込んだ。不動産事業を手がけていた時代には年間59棟の住宅を売り上げた時もあり、ホテル業界に参入してからも山本を支えて無我夢中で働いてきた。

 ある時、努力をしていたが良い結果が出せず、ついには山本に辞表を出すことになった。その時山本からは、「この事業は絶対に成功するよ、君に出来なかったらこの事業からは撤退する」と言われた。

「その時の気持ちは今でも忘れられません。どんなことがあっても絶対にやり抜くという強い使命感にかられました」

 深い信頼関係で結ばれた2人は現在、会長と社長という立場だ。「山本が将来構想を考え、私が実行を担当する役割」。山村曰く「山本は仕事には厳しいが、人には温かいアニキ的存在」と言う。

「山本という良い上司にめぐり会えたことは私にとって人生何物にもかえがたいものでした。多くの社員たちにもそんな幸せを味わわせてやりたいんです」

 今後の発展のための課題を問うと、「スーパーホテルは規模も拡大し知名度も向上しています。業績も右肩上がりに伸びておりますが、『胡坐をかかないこと』『自己満足しないこと』」との答え。

「今は確かにうまくいっているが、出る杭は打たれるし、良い時期が3年、5年、10年と続く保証はどこにもない。だから『おごるな、偉そうにするな』と毎日、社員に言い続けています」

 そのためにも重要なことが「自律型感動人間」の育成であり、理念浸透主義の徹底である。

 特に今、山村が目指していることは、山本の言う感謝と使命感を持った人材を育てることに情熱を注ぐ。

「ここまで来れたのもお客様や協力会社の方々など世間の皆さんのおかげですから。本当に感謝しているのです」

 必ずそれを伝えたいと真摯な瞳で語った山村。自宅ではカトレアを育てるのが趣味という優しい一面をこの言葉にも感じたのである。




自分で考えて楽しく働けば人間は必ず伸びていく 小森 潔常務取締役

小森潔の前職はスーパーホテル幹部の中でも異色だ。自動車エレクトロニクス設計、繊維機械設計の仕事に取り組んでいた技術系である。その頃、会長の山本に初めて会った時には驚いたという。

「こっちはゆっくり、のんびりの技術屋なのに、あちらはバリ(とても)テキパキ。『怖い人やな〜』って思いましたよ」

 1994年、当時のサンコーリンクスに入社。運営企画部で働くこととなる。それまでの技術職から一転、飛び込み営業で銃弾爆撃的なパンフレット配り。スーパーホテル・シリーズをスタートしてからも、一つ一つ営業を工夫し、勉強していったと振り返る。小森が在籍した運営企画部の業務は店舗の立ち上げと、支配人の指導。立ち上げではまず期日を守ることが重要である。

「以前はタイで家具を作らせていたので、それがきちんと入ってくるまでが大変でした。社員とタイまで赴き、ちゃんと作られているか、サイズは合っているかなどを検査していましたね」

 一方、支配人の元へはなるべく頻繁に訪ねて話をし、歩調を合わせることに注力したという。そうした仕事を経て現在、小森は業務企画の仕事に打ち込む。こちらは立地調査と業務委託支配人の管理・指導が業務である。立地は集客に加え、たとえ不景気であっても需要のキャパシティがあるかが重要だ。社長の山村が探してきた案件を調査するのが小森の任務だが、「いつも喧嘩で、いがみ合ってますわ。こちらも責任があるし、『あかんもんは、あかん』とね」と笑う。

 業務委託支配人を募集すると年間40組ほどの応募があるが、ここでは“間口”を厳しく絞っている。

「仕事に対する情熱が足りない人がいれば、『自分達でちゃんと考えてやってください』と厳しくお願いします。つまり自律型感動人間ですね。自分で考えて仕事を楽しくすると、人間は伸びるものなんです」

 具体的には面接のあと、教育センターで50日間の研修を行なうが、その途中でお引き取り願うこともある。すべては人柄と、研修の途中でどこまで成長しているかが鍵だ。そんな業務に取り組む小森は、会長の山本をどのように見ているのだろうか。

「同じ午年ですが、一回り年上の山本はたくさんのことを経験しています。引っ込み思案な僕と反対に、すべてにおいて積極的だし、前向きに新しいことに取り組みますね。ロハスもその一つ。自分の中にきちんとした思いや道筋があるからこそ、その重要性に気づけるのでしょう。まさに“気づき千両”です。それに人のことをよく考え、その人を活かしてくれるところもありがたいですね」

 そう語る小森自身の趣味は温泉旅行。日頃多忙な自分へのごほうびだ。一方、仕事柄、年間およそ100日と出張も多い。ビジネスホテルに泊まると、やはり設備やサービスが気になる。

「清掃をする人と廊下などで顔を合わせた時、『おはようございます』と挨拶をしてくれるのは当たり前のこと。でも中には『お泊まりいただいてありがとうございます』とつけ加えてくれる人もいます。これはその人の自信であり、心の部分ですよね。そんな時にはやはり、自分で考え、気づき、自信を持って自律的に仕事をするのはとても大切なことだと、改めて感じるのです」



システム構築の立役者 常務取締役 山本健策

1998年に大学を卒業した山本健策は、第一勧銀情報システム(現みずほ情報総研)でシステムエンジニアとして働いたのがキャリアのスタートだった。心の中で、2年間でITを学ぶと決めていた。2000年、家業であるスーパーホテルに入社、半年間ほどホテル支配人の下でチェックインから一連の業務を肌で学ぶため、現場を経験した。その後、名古屋で新規店舗の立ち上げを担当する。当時のスーパーホテルは知名度もなく、オープン3ヶ月前から現場の半径2キロメートルを足でローラー営業し、平行して業者の搬入やホテルのオペレーションを完成させなければならない。接客には慣れておらず苦労もしたが、それらの業務が後々に担うシステム構築に活かされていく。
 
 会長の山本梁介はホテル事業参入以前の賃貸マンション事業当時から、競合他社に先駆けてシステム投資に対する造詣が深く、オペレーションを合理化させてきた。「人員を増やさずに客様のニーズの先読みをし、充分満足して頂けるサービスを提供できるシステムを期待されていた」と回想する。
 
 山本は2003年、経営企画室で予約のシステム改良に着手する。

「ホテル業では予約システムがお客様のファーストコンタクトであり、それを強化することが予約へダイレクトに繋がってくる」と山本は言う。従来のシステムは空室か満室のみを表示し、残室数は反映出来なかった。その為インターネットで同時に複数の予約が決済され、オーバーブッキングしてしまうことがあった。
 
 残室数を明示し、正確な予約を行えるシステムを作る必要があったのだが、山本は1つの失敗をしてしまう。自身のSE経験から納期にこだわる余り、リリースされた予約システムはバグだらけで、現場に混乱をきたしてしまったのだ。1つの失敗から学んだ山本は協力業者と正確なシステムを作り上げていった。
 
 その後は顧客情報一元化へ着手した。各ホテルが抱えていた顧客情報を全て統合して東京のデーターセンターへ集約したのだ。これにより様々な事が可能になった。以前はインターネット経由の予約情報を改めて各ホテルのシステムに入力していたが、これら入力業務が不要になった。また、深夜12時以降ホテルを出入りするための暗証番号を紛失した場合、エントランスの電話をかけるとホテル内のスタッフではなくコールセンターに繋がり、即座に暗証番号を入手出来る。これによって、顧客の利便性が向上しただけでなく、スタッフの就労環境も改善された。更には、角部屋が好みであるなど希望の部屋のタイプや寒がりで毛布が必要などが記録され、2回目以降は全国いずれの店舗で利用してもそれが反映されるなど、ニーズの先読みが可能となった。機械でチェックインし、チェックアウトは不要な事から、ともすれば無機質になってしまうところを、顧客好みのホスピタリティで迎えられるようになったのだ。

 スーパーホテルの強みについて、「現場の意見を吸い上げ、新しい発想やサービスを展開出来る社風」だと話す。企業理念が記された「Faith」を全従業員が携帯し、社員だけでなく、ビジネスパートナーである清掃業者へも理念の浸透が図られており周知徹底されている。異業種から参入したこともあり、常識にとらわれず一つ一つやり抜いていく。それは、不可能だと言われてもこれと決めたら徹底的にやり抜く会長自身の性格とも重なるという。最後に山本は、スーパーホテルの未来図について、こう力強く語った。

「21世紀のホテルをつくろうというロマンを掲げて社員、お客様、社会とともに感謝、感動の輪を大きく広げていきたい」



8割耳を傾け、2割話す山本の“聞く力”に感服! 北原秀造取締役

北原秀造がスーパーホテルに入社したのは99年。40歳の時のことである。起業という意味ではないが、自分ですごいと思える会社を作りたい。そんな昔からの目標をかなえられる会社だと直感したのである。山本との初対面は第二次面接。第一印象は物言いが柔らかく、人の話をよく聞く紳士。経営者としては珍しいと感じたという。

「8割聞いて、2割話し、人の意見を聞く。その“聞く力”は今も変わりませんね。後日の話になりますが、ある時、山本とある社員の会話を聞いていたんですよ。その社員がかなり好き放題に言うものだから、私は内心『いいかげんにしろ!』と思っていたのですが、山本は『そうか、そうか』とじっくり話を聞いている。そして最後に適切な指示やアドバイスをする。本当に『すごい!』と、びっくりしましたね」

 そう語る北原は入社後、大阪開発企画部でオーナー開拓を手がけたのち、運営企画部へ。これは店舗の立ち上げと支配人の指導を担当する部署で、2年後の04年には部長に任命された。その重要なミッションが上手に運営している店舗の特長を分析し、全体で共有できるように仕組み化することである。

「たとえば赤羽の店舗で支配人が代わったら、稼働率、リピーター率がアップした。そこで店舗へ行って工夫を聞くと、『普通の当たり前のことをしてるだけ』との返事。それでもしつこく聞くと(笑)、顧客アンケートを元に、お客様の名前や宿泊日、特徴などを記録した自分なりの手帳を作り、またそ方の宿泊予定がある時は“思い出し”の確認作業をしているというんです。さっそくそれを全体の仕組み作りに落とし込みました」

 そうした取り組みをトライ&エラーで認めるのも山本の懐の深さによるところだ。

「うまくいくかわからなくても、『小さく産んで大きく育てよう』を合言葉に、『とりあえずやってみよう』と許してくれる。そんな山本は、経営者としてすごいと思います」

 また経営品質部の部長を務める北原は、スーパーホテルの強みを次のように言う。

「一見矛盾すると言われている低価格と高品質の両立を目指してビジネスモデルを構築してきたことです。そのためにターゲットを頻繁に出張するビジネスマンに絞り込み、そのニーズから外れることは“一切やらない”と決め合理化を進めてきました。逆に、ニーズに合致したサービスは徹底的に深掘をして日本一を目指しました」
 
 北原によれば全ての顧客の要望に応えようとするから高コストになり、また満足度が低下する。顧客を絞り込み、その絞り込んだ顧客のニーズに徹底的に応えていくことが大切なのだと言う。

「部屋に電話がないことが不満なお客様には、近くの別のホテルを紹介します。徹底して削減し、合理化しているからこそ、安い値段で提供できるのです。ですからセルフを納得してもらえれば安く快適に泊まれるわけです。それを理解していただき、客もホテルも互いに自由に選べることが重要だと思うのです」

 その北原が現在、部長を務める介護事業も順調だ。こちらも基本的な考えはホテルと同様、低料金で差別化したサービスを提供する。

「これまでの介護施設はシャンデリアや高級家具つきで入居金1000〜3000万円と高額。『年金生活で、誰が住めるの?』と思いきや案の定、稼働率は低いんです。そこで入居金30万円、月々14〜15万円という値段で提供し、高稼働率を実現しています。その意味ではホテルとまったく同じなのです」



山本梁介から学んだのは“自責”と“謙虚”の心 IT戦略室 室長 日吉常樹 

IT戦略室室長を務める日吉常樹はシステムのスペシャリスト。前職では東急ホテルや名古屋マリオットホテル、メトロポリタンホテルズなどシティホテ ル・チェーンのシステムを手がけていた。だが不眠不休で体力の限界を超え、ホテルで数回倒れたこともあり、転職を決意。転職エージェントに登録したとこ ろ、スーパーホテルの山本から連絡があったのだという。

「面接で初めて会った山本は情熱と優しさと厳しさを合わせ持った紳士でした。『うちは少数精鋭でやりたいから、コンピュータ化をしたい』と言われたんです」

 そう振り返る日吉に、具体的に託されたミッションはまず“安眠対策”。「社員が寝られるシステムを作ってくれ」と言うのである。

 キーレスのスーパーホテルは夜12時でエントランスを閉めるが、飲みに出て暗証番号を忘れたお客様は仮眠している従業員を起こして鍵を開けてもらう。これでは社員が安眠できないということで、夜間対応のコールセンターのシステムを作り上げたのである。

 徹底的に業務効率化するためにコンピューターをフル活用するというのが会社の考え方。だからIT、システムに関してはいろいろやってOK、まだまだもっとやってくれ、という姿勢がありがたい。ITで他のどこもやっていないことをやりたいですね」

 そう語る日吉はさらに、常務の山本の発想により着手されていたプライベートクラウド化の全店展開に注力した。クラウド化の主な目的は顧客の一元管理。どの店舗でもデータベースで顧客情報をチェックできるようにしたものだ。

「たとえば前日は青森のスーパーホテルに泊まった方には『青森は寒くなかったですか?』と声をかけたり、リピーターの方なら前回は毛布を1枚追加し たとか、角部屋が好みだなど過去の履歴を理解して接したりということができるようになります。その一声が顧客満足度につながるんです」

 顧客情報の共有化の実現は、店舗の業務効率にもつながる。その日泊まる顧客の思い出し作業などが簡単にできるようになるので、空いた時間を接客に 使うことができるのだ。データウェアハウス(DWH)も重要だ。これは前日の売上がメールで届くものだが、稼働率や平均単価なども含めた過去の時系列デー タを自由に分析、可視化できるため、戦略に非常に役立つ。さらに会計の自動仕分けシステムや、日にちによって宿泊料金を変えるためのイールド管理システム なども手がけた。その日吉は山本から“自責”と“謙虚”を学んだと語る。

「山本は紳士的で優しく、決して感情的になったり、怒鳴ったりしませんが、人や物事に厳しく、よく見ています。その山本から学んだのは特に“自責” と“謙虚”な心。たとえば以前はなかなか話を理解してくれない人がいたら腹が立っていましたが、今は自分の説明や言い方が悪かったと反省できる。人を責め るよりも自責で謙虚でいたほうが実は自分自身がラクなんですよね。それにそのほうが仕事が楽しくなるんです」
 
そんな日吉の趣味は音楽と登山。民族音楽を愛し、20年もブルーズ・バンドを組んでいる。一方、登山では日本の3000m級の山“21座”登頂が夢で、現在は7座を制覇。

「点のように見えている山頂を目指して一歩一歩登って行く。そうすると頂上でしか見られない景色に出会えます。それは仕事に似ていますよね。あきらめずに歩き続ければ、いつか必ず、頂点へたどりつけるんです」



山本が夢を語れば、誰もが魅了されて納得してしまう建設企画部 部長 藤沢 隆

「この会社に入りたいと思った決め手……強く覚えているのは、『人のつながりや縁を大事にする会社だな』という印象ですね」

 そう語るのは藤沢隆。経理の専門学校の卒業前に行なわれた就職説明会で、学校の先輩にあたるスーパーホテル社員が非常に熱心に企業説明を行なって いたのが忘れられないという。ちょうど20年前の入社直後は総務部に在籍。上司の「一人三役こなせ」の言葉通り、経理・人事・財務と多岐にわたる仕事を担 当した。まだスーパーホテルのネームバリューがなかった時代は、オーナー様の融資付け業務に苦労したと振り返る。

「『本当につぶれないのか、大丈夫か』と心配され、信用してもらえなかったり、地方の金融機関だと『そんな会社あったんですか?』などと言われたり……。銀行で断られることが多かったんですよ」

 藤沢はそう苦笑するが、そんな時の突破力となったのはとにかく必死に取り組むことだ。

「心底何とかしたいと必死になって取り組んでいると、不思議とまわりから支援してもらえる人が現れるんですね。苦しい中でもオーナー様や金融機関に も『これは面白い事業だ』と次第に認めてもらえるようになりました。そういうご縁の方とは今も長くいいおつき合いをさせていただいています」

 さらに困難な状況でも絶大なる突破力を見せたのは山本梁介その人であったという。

「山本が金融機関にスーパーホテルの将来のビジョンや夢を熱く語るんす。それを横で聞いていると、『こっちがやりたいなぁ』と思えてくるんですよ。金融機関ももちろん同じ思いになりますよね。だから当時は『会長に夢を語ってもらえば大丈夫』と思っていました」

 融資も落ち着いた現在、藤沢は建設企画を担当している。業務内容はオーナーの新築ホテルの建設企画、既存の102店舗のメンテナンスと清掃業務だ。どの業務ももちろん大切だが、特に清掃は建物を長持ちさせるためにも重要である。

「煙草や体臭などの臭い対策と清掃は徹底させねばなりません。山本はよく『清掃に始まって、清掃に終わる』と言います。清掃におきましてはビジネス パートナー(BP)に外部委託しておりますが、定期的に清掃ミーティングを実施するなど品質向上を目指して取り組みを行っております。おかげさまでビジネ スパートナーよりスーパーホテルと取引していると仕事が増えたとお聞きすることもあり、大変嬉しく感動している次第です」

 建設企画部に配属された頃のこと。藤沢には忘れられない出来事がある。建築コストが厳しい時期にもかかわらず、目標の金額に届かなかった時、それでも山本はこう言ってくれたのだ。

「君にだまされてみることにするわ。好きにやったらええ」

「大きなプロジェクトを任されて不安でいっぱいの時でしたが、山本のこの言葉と笑顔で一気に不安が解消されました。そのぶん責任重大で怖くもありま したが、恐れずにやってみようと思えたのは本当にありがたいことです。会長の山本も社長の山村も『スタッフの成長や喜びが自分の夢』だと常々言っていま す。それを実感した瞬間でもありました」

 そんな社員への優しさや気配り、また情熱と信念が山本の人間としての魅力、そして経営者としての強みだと語る藤沢。

「これからも仕事を通じて多くの人と出会い、感謝と感動を感じながら、すばらしい感性を身につけること。これが私の人生の夢です」



  • DEGITAL DATA SOLUTION
コメントをシェア

骨太対談
DEGITAL DATA SOLUTION
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top