トピックス -企業家倶楽部

2012年03月02日

おいしい記憶を作りたい/キッコーマン名誉会長 取締役会議長 茂木友三郎

企業家倶楽部2012年4月号 今、日本を最も面白くする企業家たち




醤油を世界の食卓へ世界に羽ばたくキッコーマン

 キッコーマンは醤油の代名詞として世界100カ国以上に日本の味を提供しています。私たちの経営方針の柱はグローバル経営です。現在、海外の売り上 げが4割以上、海外の営業利益が6割以上と国外部門が国内部門の利益を上回っています。醤油工場は全世界で7つあり、アメリカは2つ、ヨーロッパはオラン ダ、アジアはシンガポールと台湾に1つずつ、中国本土に2つあります。トマトの加工食品のデルモンテの海外生産拠点はタイと中国の2カ所です。他にも健康 食品の海外工場がアメリカに2カ所あり、全世界合わせて11カ所の生産拠点を持っています。

 キッコーマンを支える経営戦略が、醤油関連調味料を使った加工食品です。現在、加工食品が醤油の売り上げを上回り、キッコーマンの主力商品となっています。



ピンチから見つけた新拠点

 キッコーマンは明治時代から醤油の輸出を行ってきました。記録では、明治 元年に日本からハワイ向けの移民船が出港し、大量の醤油が船積みされたと残っています。戦前は、現地の日系人や日本からの駐在人を対象に海外輸出や醤油工 場建設を行ってきました。そして戦後に輸出を再開したのは明治24年で、本格的に輸出を開始したのは1957年です。戦後間もない頃、国内では醤油販売数 は増加しました。戦争中に原料や労働力が不足するなど醤油業界全体で生産量が急激に減少したのです。だから作れば売れるような状態で生産が伸び続けていき ました。ところが昭和30年代に日本経済が復興すると、生産レベルが戦前の水準に戻ったのです。国内の醤油の需要は頭打ちになり、窮地に追い込まれた当時 の経営者は戦略を2つ考えました。一つは醤油が売れなければ、醤油を使った新商品を開発する多角化戦略。また、もう一つは国内で醤油が売れないならば、海 外に進出する国際化戦略です。

 当時の経営者は、海外進出の決断を下しました。カリフォルニア州のサンフランシスコに販売会社を設立し、日系人や日本人だけでなく、現地のアメリ カ人を主な対象にしようと考えたのです。その決断の背景にはアメリカ人の醤油の潜在需要がありました。戦後、来日したアメリカ人が、日本人が使う醤油を日 本食はもちろん、自分たちの料理にも使い始めたのを当時の経営者は見ていたのです。そしてポイントとなったのが醤油と肉の相性が良いこと。アメリカ人が肉 をよく食べることが功を奏して、少しずつアメリカの市場に醤油が浸透していきました。



万事を尽くして醤油を世界へ

 ニューヨークのコロンビア大学経済学部への留学時代、大学の休暇中に販売業務を手伝いました。スーパーマーケットで醤油を使って肉を焼くのです。ビーフと醤油がよく合うので反応は良かったです。

 アメリカ市場に醤油が浸透してきたと言えども、当時の販売量は微々たるものでした。そのため宣伝費を沢山出すことはできないので、注目を集める宣 伝を大規模にやる戦略を立てたのです。その典型となったのが、アメリカの大統領選挙です。アイゼンハワーが2期目の選挙で、テレビの開票速報に15分おき にキッコーマンの宣伝を出しました。それが契機となり、アメリカの大手スーパーに私たちの醤油が並ぶようになったのです。1年分の宣伝費をわずか数時間で 使ってしまったわけですが、効果はてきめんでした。

 アメリカで醤油の需要が増加し、国際化戦略の確信を得る一方、売り上げは赤字だったのです。その解決策として工場建設の話が持ち上がりました。醤 油は単価の低い商品なので、輸出をすると売り上げの中の運賃の割合が高くなります。尚且つ、醤油の原料の大豆と米と食塩は米国産なので、アメリカに工場を 作るのが先決だと判断したのです。

 ところが、当時の販売量では工場建設は採算に合わないのです。米国工場設立は時期尚早と断念することになりました。その代わりの解決法として、日 本からバルクで醤油を運び、現地で瓶詰めだけ行うことになったのです。日本から醤油を積み、カリフォルニア州のオークランドにある瓶詰め専門の会社へコン テナ船の運航を開始しました。これにより、ペイラインに近い水準まで赤字要因を削減できたのです。そして昭和45年、販売量も増加し、再度米国の工場建設 を提案しました。当時米国に工場を持つ日本の企業はゼロだったので、社内には慎重論がありましたが、昭和46年の3月に最終的に意思決定が下され工場建設 が決定したのです。

 工場建設には大きな苦難がありました。建設場所はアメリカ中西部、ウィスコンシン州の南部。ここはアメリカ全土への醤油の輸送、原料の大豆や小麦 を入手するのにも便利で、労働力の質が良い場所です。工場建設の計画は順調でしたが、その後が大変でした。工場建設で農地を失うこと、環境破壊に繋がるの ではないかという危惧を抱いた地元の住民に猛反対されたのです。これを説得するのに約2ヵ月間、醤油の工場の説明や公害を出さない約束をし、お互い共存出 来ることを訴え続けました。誠意をもって訴え掛け、最終的に地元の人が納得してくれたのです。



ニーズに寄りそう多角化経営

 キッコーマンでは創業以来、全体の売り上げの中で醤油のウエイトが高かったのですが、徐々に需要が醤油関連調味料へとシフトしていきました。私たち 生産者としては醤油生産のウエイトが大きいが、市場のニーズは醤油から醤油関連調味料へと移っていったのです。この背景には女性の社会参加があります。女 性の家庭での時間が短くなると料理の時間が短くなります。昔は醤油を買い、家庭の台所でその家庭に合う、つゆやたれを作ったものです。しかし今は女性に時 間が無いので、出来合いのつゆやたれを買います。つまり主婦の手間を商品の中にビルトインしているのです。私が社長に就任した1995年、その前後の家計 調査の中で、醤油に対する支出が逆転して醤油関連調味料の方が多くなりました。この結果から醤油関連調味料に進出を決断したのです。

 従来からあった加工メーカーからの風当たりは強く、取引先が怒って辞めてしまうこともありました。しかしそうしなければ、私たちは醤油関連調味料 を製造するメーカーの下請け会社になってしまいます。私たちも一番売れ筋の商品を自分たちで作っていかなければいけないのです。あの時に決断し、醤油関連 調味料に進出していなかったら、今日のキッコーマンは無いと思っています。

 キッコーマンでは多くの商品を多角化してきました。全く新しい商品を開発し、それを中心に新商品を展開していく方法もありますが、私たちは既存製 品に関連するものを展開します。例えば、キッコーマンのトマトケチャップは、オイスターシェアソースやトマトピューレもその原料の一つです。また、ワイン やうちのごはんシリーズも同様に一つの原料から多角化したものです。



貪欲に外向的な経営を

 私はいつもに社員に挑戦しろと言っています。キッコーマンの売り上げは海外事業のウエイトの方が大きくなっています。なぜ海外進出が成功したかとい うと、挑戦的にやっているからなのです。キッコーマンの挑戦的な体質は海外で醤油を売るという高い壁に挑戦していく中で生まれてきました。国内でも挑戦的 になっていくことで企業全体が更に挑戦的になるべきだと思っています。そしてこれが企業の発展に繋がるのです。

 昨今、日本の企業そして日本全体が内向きになっています。日本再生に大切なのは、需要の気概を持つことです。既存の需要に対応するのでは足りな い、むしろ需要を自らが作り出す気概を持つべきです。かつて日本が高度経済成長した時には、多くの企業が需要を作り出しました。需要を創造すると企業の付 加価値が増え、国民総生産も増加し、経済成長をもたらすのです。私たちがアメリカで醤油を広められたのもアメリカで醤油の需要を創造したからです。だから これからは日本の市場のみならず、海外においても需要の創造力を強めていく必要があります。

 そのためには、もっとベンチャー企業が活躍する環境を整備する必要があると思います。規制を撤廃緩和して、自由な競争が行われる社会で、競争に 勝ったものが報われる世界になることです。また努力した人が損をするというような税制はいらないと思います。今の日本ではその逆の方向に向かっていると思 うのです。新しい企業家の芽を摘み取るようなことがあってはなりません。その結果日本で意気込みがある人が国外に出て行ってしまいます。

世界の人々の健康に貢献醤油を世界の調味料へ

 キッコーマングループでは今後の企業方針として、グローバルビジョン2020を掲げています。私たちは醤油をグローバルスタンダードな調味料にす ることを熱望しています。醤油を万能調味料として世界のあらゆる食文化と融合し、世界中の食卓にキッコーマンが並ぶのが夢なのです。現在、アメリカ、ヨー ロッパで醤油の海外向けのビジネスモデルを展開していますが、これを徐々にアジア、太平洋地域、南米、アフリカと展開していきたいです。また食を通して、 世界の人々の健康に貢献したいと考えています。醤油は健康に良いことが、世界で醤油の需要が伸びている要因と言えます。アメリカの成人病予防の委員会の研 究結果で、日本型の食生活が良いと発表されましたが、そ の中心の一つは醤油なのです。健康のために、是非醤油を使ってほしいと思います。そして世界中の人に『キッコーマンがあってよかったね』と思われる企業に なりたいのです。

 キッコーマンは300年以上の歴史があります。そして創業以来品質を第一に考えてきました。消費者の方々に国内のみならず海外でも品質は評価でき るものだと証明できたのが一番の強みだと思います。私たちは醤油を販売することで、日本の食文化を海外に紹介したいのです。日本の食文化を海外で理解して もらうのは、世界の多くの人が仲良くなることに繋がると考え、これからも商売をしていきます。



P r o f i l e

茂木友三郎(もぎ・ゆうざぶろう)

1935年、千葉県出身。1958 年、慶應義塾大学法学部卒業後、同年4 月キッコーマン株式会社入社。1961年米国コロンビア大学経営大学院(経営学修士課程)卒業。1995年キッコーマン株式会社代表取締役社長CEO、 2004 年代表取締役会長CEOを歴任し、2011年より取締役名誉会長、取締役会議長。

肩書き、プロフィール、会社概要等は掲載当時のものです。



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