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トピックス -企業家倶楽部

2009年04月27日

特集第1部 キタムラの21世紀戦略 映像・写真の製造小売業を目指し 700日戦争に挑む

企業家倶楽部2009年6月号 特集第1部


写真・カメラ業界ほど技術革新の大津波に翻弄された業界はない。年間450万台生産されていたフィルムカラはデジタルカメラの出現によって、この5年間で ほぼ消滅。この激変の中で写真専門チェーン最大手のキタムラは生き残りをかけた大転身作戦に取り組み始めた。目指す目標は映像・写真に関する製造小売業 (SPA)への転身だ。「人々にとって、映像・写真はなくてはならない。この2年間で人々の思い出づくり、きずなづくりのインフラを創る」と同社会長の北 村正志は、まなじりを決して“700日戦争”に挑む。

(文中敬称略)



■700日戦争の火蓋切られる

4月14日午前10時30分、キタムラの新横浜本社ビル3階の大会議室で同社の経営会議「水曜会」が定刻通りに始まった。正面のスクリーンを囲むよ うにコの字型にキタムラグループの幹部社員45人が席に着く。正面に向かって4月14日に開かれた経営会議「水曜会」.左側中央に座った北村正志が「それ では始めよう」と開会を宣言する。いつもの淡々とした口調だが、新年度に入って初めての経営会議とあって、緊張した空気が流れる。

 一瞬の静寂のあと、北村が新年度に臨む決意を静かに語り始めた。「われわれは日本最大の写真専門チェーンをつくったが、今年度は会社始まって以来 の試練の年になる。なぜなら、世界同時不況に加え、フィルムカメラがなくなるという技術革新の大津波に襲われているからだ。しかし、ひるむわけには行かな い。映像・写真のSPAに転身するという、われわれの700日計画を迅速かつ着実に実行しよう。その先には必ず輝かしい未来がある」と檄をとばす。

 このあと、09年3月期の業績と10年3月期の業績見通しが発表される。09年3月期のグループ連結売上高は前期比微減の1600億円台を維持、 経常利益は前期水準に届かなかったものの、まずまずの成績。しかし、今年度は事業構造改革のための大型投資を控えているため、厳しい決算が予想される。社 長の武川泉、常務の浜田宏幸、甲藤隆造ら北村を支える幹部たちは手元の資料を見ながら北村の次の言葉を待つ。

「700日戦争の実際は360日戦争である。今年を乗り切らなければ明日はない。背水の陣で臨む。そのため人事をリーグ戦制とする。年間に店長、地 区事業部長、取締役の10分の1を入れ替え、大企業病になるのを防ぐ。これは機械的にやる。皆さん、ご異議ありませんね」。言葉は丁寧だが、有無を言わせ ぬ威厳がある。

 北村は全員の覚悟を確かめるように会場を見回したあと、言葉をつないだ。「私は試練に耐えたあと、輝かしい未来があると言った。それはどんな未来 か。今年から力を入れるフォトブック(写真集)は再来年300億円売る。売上高の半分がネット注文になり、NPO法人「フォトカルチャー倶楽部」の会員が 10万人になる。そしてキタムラは人々の映像・写真ライフをプロデュースするフォトコンシェルジュ(執事)となる。全店1万人の社員が一丸となれば、必ず 夢は実現する」。北村の力強い言葉に促されるように全員の表情に闘志が漲ってきた。誰もが700日戦争の火蓋が切って落とされたことを実感した。


■700日戦争の火蓋切られる

■映像・写真の“ ユニクロ"目指す

北村は今年68歳、第一線を退いてもおかしくない年齢である。それにもかかわらず、なぜ、人生最大の勝負に出なければならないのか。それは、120 年の歴史を持つ写真・カメラ業界がこの5年間、激変に見舞われたからだ。第1弾はデジカメの登場。これによって、フィルムカメラは毎年25%ずつ生産量が 減り、450万台の生産量は08年にほぼゼロに激減した。代わって、デジカメは毎年生産台数を伸ばし、遂に08年は1000万台の大台を超えた。

 フィルムカメラからデジカメへ―。パラダイムシフトの間隙を衝いてヤマダ電機、ビックカメラなどの家電量販店がカメラ市場になだれ込んできた。こ れらの家電量販店がデジカメを廉価で大量販売、町のカメラ店を駆逐したのである。3万店あった町のカメラ店は現在では1万店を切った。キタムラも大きな影 響を受け、フィルムカメラでは30%のトップシェアを握っていたが、デジカメでは、ヤマダ電機にトップを譲り、14-15%の2位に後退した。

 デジカメの出現は現像・焼き付け・引き伸ばし(DPE)事業にも大きな影響を与えた。DPE事業はカメラ店にとってはドル箱で、利幅の薄いカメラ の販売に代わって、利益の大半を稼ぎ出している。ピーク時には業界全体で5億本のフィルムを現像した。ところが、デジカメは必ずしも現像・焼き付けをする 必要がなく、撮影した映像の90%はパソコンにしまい込み、残り10%しか現像・焼き付けしない。この環境の変化を「自動車会社が車を売れなくなったよう なもの」と北村は嘆く。

 だが、北村はひるまなかった。デジカメ販売では、「ヤマダ電機より安くして年間100万台売れ」と販売前線に発破をかけ、現在では120―130 万台売っている。1台2000万円もするデジタルプリンターを500店(当時)すべてに導入、デジカメのプリントにも対応した。合計100億円の設備投資 は経常利益30億円台の同社にとっては大きな負担となったが、「死の砂漠を渡るためには必要なこと」と1年間で集中投資した。

 デジカメ対応がひと段落し、家電量販店の攻勢を何んとかしのいだところに、第2の津波が押し寄せた。ブロードバンド化されたインターネットの普及 とカメラ機能を備えた携帯電話の出現である。これによって、人々のシャッターを切る回数は以前の10倍も増えたものの、映像・写真はネット上を行き交うだ けで、紙に焼き付けされないのである。

 ここで北村は腹をくくった。単なるカメラの販売、DP業では生き残れない。映像・写真を自ら作り出す製造小売業(SPA)を目指さなければならないと。つまり、映像・写真の"ユニクロ“に変身し、人々の映像ライフをプロデュースする業態転換を決断したのである。

 そのためにはある程度の企業規模が必要。06年にカメラのきむら(84店舗)、07年にスナップス販売510店舗)を買収。1000店舗体制をつ くった。09年4月1日には、3社のブランドを統合。新生「カメラのキタムラ」とし、カメラのきむら、スナップスの看板を全店「キタムラ」に塗り替えた。



■4つの作戦を展開

北村が社長の武川泉ら子飼いの若手経営陣とともに練り上げた700日戦争の具体的秘策はこうだ。①プリントの50%以上をフォトブックとする。②プ リントの50%以上をネットで受ける。③写真館を近代化し、撮影事業を強化する。④NPO法人のフォトカルチャー倶楽部を応援する。順次説明して行こう。 フォトブックは、欧米で2000年ごろから流行し出した写真集で、海外旅行、結婚式、子供の入学式など人生の中での諸々のイベント・行事を10ページから 20ページの写真集としてまとめたもの。顧客がデジカメや携帯電話の画像データをキタムラの店舗に持ち込めば、早ければ、その日のうちにフォトブックとし て製作してくれる。

 この種の写真集としては、昔から各家庭に写真アルバムがある。しかし、アルバムは大型で、持ち運びに不便なうえ、ストーリー性がなかった。これに 対し、フォトブックは1冊のノートのようなもので、持ち運びが出来る上、その時々の思い出や印象を文字として印刷でき、ストーリー性がある。1冊のフォト ブックは大体1500円―2000円という低価格が受けて、米国では09年の市場規模が570億円になるとみられている。

 キタムラでは、このフォトブックを今後の主力商品として売り出す。各店舗の販売員は今年から顧客に必ず「フォトブックはいかがですか」と呼びかけ る。「09年は40億円、10年は100億円、11年は300億円を売り上げる」と北村は号令をかける。フォトブックの販売に社運をかけているのだ。

 次にフォトブックを中心にしたプリントの注文のうち50%をネットで受けるネット注文作戦を展開する。インターネットの普及に従って、人々は映像 や写真をネットでやり取りするケースが多くなった。そこで、プリントの注文もネットで受けることにした。これによって、24時間いつでも受注が可能にな る。すでに、ピクチャリングオンラインというeコマースの会社を設立、ネット事業拡充の準備は出来ている。

 これに加えて、北村は「5つの100万人プラスα作戦」を全店舗に指示した。5つの100万人作戦というのは①月間の同社ホームページへの訪問者 100万人達成(現在54万人)②ネット会員200万人達成(同155万人)③携帯会員200万人達成(同105万人)④店舗ブログ訪問者200万人達成 (同168万人)⑤メルマガ会員100万人達成(同65万人)――の5つの100万作戦である。

 現在、ネットを介した売上高は年間147億円で、毎年2ケタの伸びを示し、eコマース(電子商取引)の売り上げランキングではベスト20位内にランクされている。ネット作戦に一段と力を入れ、ランクの引き上げを狙う。

 3番目は映像・写真の製造分野にまで進出、映像・写真に関する主導権を握り、売り上げ増大の機会を創る。ユニクロがアパレルの世界的な製造小売体制を確立したように、映像・写真の世界で製造小売業(SPA)を目指す。



■スタジオマリオを300店体制へ

具体的には「こども写真館スタジオマリオ」事業を拡充し、撮影事業を強化する。各家庭では子供の七五三、小学校入学に際し、記念写真を撮る。子供の 記念撮影市場は経済の成熟化とともに拡大、業界トップのスタジオアリスは売り上げ300億円、経常利益30億円の企業に成長した。キタムラは09年4月か ら3カ月間で110店舗の「スタジオマリオ」を開設、300店体制を築く。このため、スタジオマリオのロゴマークも一新した。

 証明写真の撮影にも力を入れる。就職やオーディション応募などの証明写真の需要は年々増えているが、これまでの証明写真は何の工夫も施して来な かった。しかし、背景に高級感のある色を配したり、肌のくすみなどを最新のデジタル加工技術で修正すれば、見栄えのする証明写真になる。就職やオーディ ションなどには有利に働く。そんなことで、最近、証明写真にこだわる顧客が増えている。そこで、キタムラは「プレミアム証明写真」と銘打って、証明写真の 撮影に力を入れていく。

 そのためには店舗にプレミアム証明写真を撮る体制を整える必要がある。そこで、あらかじめ照明などをセットした「証明写真スタジオK」を6月までに全国200店舗に導入する。「スタジオマリオ」と「証明写真スタジオK」の開設費用は合わせて50億円にのぼる。

 製造小売業を確立するためには大規模な工場と物流施設が必要である。キタムラは四国・高松と埼玉・川口に大規模なラボラトリー(現像所)を獲得し た。川口の大型ラボは06年、コニカミノルタから買収したもので、同ラボには200人の技術者がおり、「フォトブック製作に関する20年のノウハウを頂く ことが出来た」と北村は語る。

 さらに東京・平和島には2300坪の大型物流施設を確保した。全国の取引先から商材を平和島に集め、ここから全国の店舗に配送するもので、月間の 配送量は10万個に達する。物流施設の運営費用は年間20億円にのぼるが、「大規模なSPAを実現するためには必要なこと」と武川は語る。そして最後は写 真の愛好者づくりである。映像・写真のSPA体制を完成させても、肝心の顧客がいなければ、映像・写真業界の明日はない。映像・写真をこよなく愛し、日々 の生活の中で、映像ライフを楽しむ消費者がいてこそ、映像・写真業界は成り立つ。そこで、キタムラは写真愛好家の集まりであるNPO法人「フォトカル チャー倶楽部」の活動を支援している。年間約1億円を支出、フォトコンテストの開催などを後援している。現在、同倶楽部の会員は8000人だが、「1年以 内に3万人、2年後には10万人にしたい」と北村は意気込む。

 4つの転身作戦を700日以内にやり遂げれば、キタムラの目指す映像・写真のSPAへの脱皮にメドが立つ。33年前、年商3000億円のカメラ専門チェーン店を目指して多店舗化に撃って出た時と同じような、心の高ぶりを北村は覚える。



■70年代の流通革命に刺激を受ける

北村は学生時代に学生運動にのめり込みすぎて、早稲田大学を退学、67年に父親の経営するカメラ店に入社した。2、3年は学生運動の挫折感から鬱屈 した時を過ごした。ある時、書店で元東京大学名誉教授の林周二の「流通革命論 製品・経路および消費者」とペガサスクラブ主宰者の渥美俊一の「チェーンス トア理論」に出会って、企業家精神に目覚めた。日本全国に1000店舗を展開、年商3000億円を達成すれば、日本一の写真・カメラ店になれると。 
  76年、岡山県倉敷市の郊外に第1号店を開設した。それまでのカメラ店は駅前の商店街などに売り場面積10-20坪ほどの店舗を構えるのが一般的だった が、北村が開設したカメラ店は売り場面積が100坪程度と広く、セミセルフサービスで、お客が入り易くて出易い、それまでのカメラ店とは全くコンセプトの 異なる店舗だった。この新しい形態のカメラ店が顧客の支持を得て、急速に店舗網を広げて行った。「これが唯一、私が考え出した作品だ」と北村は自慢する。

 チェーン店を1000店にするには1000人の店長が必要。そこで、人材獲得にも乗り出した。社長の武川泉ら現在の経営幹部は70年代から80年 代前半に入社した精鋭だ。「3000億円企業を創る」という北村営業本部長(当時)の言葉に心を動かされて、武川らが入社した。こうして、98年までに 200店、01年までに550店、そして06年にカメラのきむら、07年にスナップスを買収して一挙に1049店まで拡大した。売上高は1500億円を達 成、当初、北村が武川らに約束した3000億円にもう一歩のところまでこぎつけた。

 そこへ、デジカメとネット普及の大津波が押し寄せたため、デジタル対応とSPAへの変身を余儀なくされた。北村は最後の大勝負に挑むことになった。4つの転身作戦は北村のリーダーシップと武川ら若手経営陣の努力によって、目標を達成するだろう。



■データファクトリーサービスを開始

しかし、「ライバルは変化だ」といつも北村が言っているように、時代の変化は北村たちが想定した以上に速く来るかもしれない。例えば、ネットの進化 によって、人々の映像・写真の楽しみ方も大きく変化する可能性がある。動画の投稿サイト、ユーチューブは05年に米国で生まれ、瞬く間に全世界に普及、現 在ユーザー数は全世界で数億人に増大している。

 写真の投稿サイトも現れた。イメージシャーク(米)は、200億枚、フリッカー(米)は34億枚とすでに10サイトが写真の掲載数を競っている。 これらの映像・写真投稿サイトが色々の閲覧サービスを開発するだろう。ネットの出現によって人々の映像ライフは今より格段に豊かになるに違いない。変化に 対応して、キタムラはネットによる映像ライフを楽しむためのサービス提供にも周到な準備を進めている。大型ストレージに顧客のネガ・フィルム、昔のアルバ ム、写真・映像テープを預かり、希望に応じて加工、修正、デジタル化して自分史や結婚アルバム、生い立ちムービーなどに変えるサービスである。お蔵入りし ている映像や写真に新しい命を吹き込むのである。新サービスは「データファクトリーサービス」と名付け、09年6月からサービスを始める。

 さらに、画像保管サービス「マイフォトボックス」もスタートさせる。同サービスはネット会員のすべての画像を大型ストレージに保管し、会員が好き な時に自宅や会社のパソコンで閲覧したり、フォトブックを作成できるようにする。ネット戦略を指揮する武川は「人々の大切な思い出に新たな命が吹き込ま れ、鮮やかに生き返る。わが社は映像・写真に命を吹き込むプロデューサー兼コンシェルジュとなる」と力強くと語る。

 武川が自信をのぞかせるのは1000店舗の現場があるからだ。ヤフーや楽天はネットの巨人であってもリアルの店舗を持っていない。ビジネスの原点 はやはり人にある。1000店の店舗には約1万人の社員が毎日、顧客と接し、年間3500万人の顧客がキタムラで買い物をする。写真の撮り方、フォトブッ クのつくり方、カメラの選び方など映像・写真のあらゆる相談に応じる。ネットでは不可能な人と人の心のつながりがある。クリック(インターネット)&モル タル(実際の店舗)の両方を持っていることがネット時代には威力を発揮する。

 キタムラはこれまで何度も危機に見舞われた。その都度、北村の類まれなる決断力と真正面から課題に取り組む突進力によって、危機を乗り越え、日本 一の写真専門チェーン店に成長した。危機を糧に成長を遂げてきたといえる。今また、技術革新の大津波が押し寄せている。しかし、キタムラは不屈の闘志と変 化対応力を発揮して、次なる成長のステージに向かうに違いない。前人未踏の映像・写真のSPAに向けた北村の真剣勝負を写真・カメラ業界は固唾を飲んで見 守っている。

 



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