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トピックス -企業家倶楽部

2012年08月03日

町のかかりつけ薬局を目指して/スギホールディングス代表取締役会長 杉浦広一 、代表取締役副社長 杉浦昭子

企業家倶楽部2012年1/2月号 今、日本を最も面白くする企業家たち




座右の銘は“不易流行”

   スギホールディングスは1976年愛知県で開業し、現在全国に800店舗を展開しています。最近では中部、関西方面だけでなく関東地方での店舗展開 にも力を入れています。我々の企業理念は地域のお客様、患者さんのお役に立ち、医療を通して地域社会に貢献することです。そしてもう一つの企業理念は、企 業の成長を通して、社員の生活を豊かにすることです。社会に出て自分たちの幸せを求めて成長するためには、勉強もしなければいけませんし、色々なチャレン ジも必要です。

 私は不易流行を経営信念としています。世の中の流れは瞬く間に変わっていくので、時代や会社の規模に合わせて常に事業の方針を変えていかなければ なりません。しかし時代が変化していってもドラッグストアとして守らなければいけない点もあります。守るべき信念は変えず、時代と共に、また会社の成長と 共に変えるべきことは柔軟に対応する、この不易流行の信念を大切にしています。



独自の美容部員

    我々が特に創業以来注力しているのが、処方箋調剤、薬剤師による医薬品のカウンセリング販売、そしてビューティーアドバイザーによる化粧品のカウン セリング販売です。一般的にドラッグストアは、販売員のアドバイスはなく自分で薬や化粧品を選ぶのが主流です。しかし我々は全店にビューティーアドバイ ザーを教育して配属し、更にアナライザーというお肌を診断する機器を置いてきちんとアドバイスしています。処方箋調剤と薬、化粧品に力を入れてここまで やってきました。また、このような事業方針をより良く行うために人材育成の新しい取組みをしています。お客様にきちんとした対応をするためには、薬剤師も 学校で学んできたことだけでは不十分です。そのため、基本的なことから在宅医療のことを含め、3年かけて専門教育をしています。ビューティーアドバイザー についても、専門的な技術を習得し、お客様にきちんとした接客ができるように教育しています。

 しかし専門技術を身につけるだけではマネージメントはできません。そこで、将来のスギホールディングスを支える人材を育てるためにスギカレッジを設立し社員教育にも力を入れています。

 他にも最近ではCSRに力を注いでいます。これから高齢社会に向かっていく中で、医薬品の販売や調剤、在宅、訪問看護など我々の事業そのものがイ ンフラにならなければいけないと思います。事業以外でも世の中に貢献することができるのではないかと考え、4年ほど前にCSR室を作りました。ここではま ず一番初めに、ピンクリボン運動を始めました。主な活動はパンフレットの配布や自己検診についての講演、ピンクリボン講演会の実施、会社でキャンペーンを 行うことです。乳がんは早期発見、早期治療をすれば95%は助かります。しかし日本の女性はあまり検診に行かないので手遅れになるケースが多いのです。こ れは非常に残念なことであり、この運動で受診をする大切さを伝えていきたいと思います。



試練の2000日

   創業当初は苦労の連続でした。自己資金無しで作ったので借り入れをし、立地が悪いため知名度も低く、非常に苦しい状況でした。とにかく売り上げを伸 ばさなければならないのですが、お客様はなかなか来ていただけないのです。冬の寒い日に雨が降った時には、お客様が1日数人ということもありました。仮に 1日に10人のお客様がいらして、1人が大体500円から1000円くらいのものを買っても1日1万円です。そこから様々な経費を取るとほとんど利益が無 いという大変厳しい状況でした。

 当時は食費も出せない状況でひもじい思いをしていました。私の母が私たちを見るに見かねて、近くのせんべい工場で割れて製品化できないものをビ ニール袋にいっぱいに入れて買ってきてくれるのです。そして母はそれを私たちの店の片隅に置いておいてくれました。当時は水とそのせんべいが私たちの唯一 の栄養源でした。借り入れを返さなければという意思が強くあったので、食費や生活費を切り詰めるしかありませんでした。営業時間はお客様を大切にして、約 2000日間、盆、正月なしで朝7時から夜11時まで営業をしました。当時はこれからどうなるのだろうという恐怖や絶望感の中にいました。非常に辛い日々 でしたが、今となってはいい思い出です。

 苦しい時期もありましたが、転機となったのが創業5年目の米国視察です。そこでウォルグリーンという素晴らしい会社に出会いました。米国のドラッ グストアには日本とは全く違った点がありました。店舗が非常に広く、店内は明るい内装、そして処方箋調剤をやっていることが大きな特長です。一方日本で は、店内は狭く暗い、そして処方箋をあまりやっていないのです。アメリカのドラッグストアに非常に感動したと共に、我々もこれをやっていこうと思ったので す。それから店内は明るくし近くのオフィスに勤務するビジネスマンやOLが気軽に立ち寄ることが出来るよう工夫しました。



3000人の顧客を記憶する

   お薬を調合し、色々なお悩みを伺った方は名前や住所を帳簿に書き、次に見えた時には極力お名前でお呼びしてその後の容態を伺いました。3000人の名前や住所、家族の背景、お薬を頭に入れ接客をすることでお客様からますます信頼を寄せていただくことができました。

 また、創業の頃から商品購入の点数やポイントを台帳でお預かりしています。きちんとお預かりしてこちらで管理をするので便利だとお客様からは喜ばれました。時間がある時には、台帳を見ながらお客様のポイントを計算しておき、ポイントの交換は商品を買える金券ではなく景品にしました。景品の種類は時代と共に変わります。創業当時はお茶碗や電気ポットなどを交換する方が多かったのですが、最近はモノがいらない時代になり、また女性のお客様が多いということでスイーツや旅行、理美容品、ドライヤーなどがよく景品として出るようになりました。お客様から意見を伺い、流行に合わせて楽しんでいただける景品を考え、品揃えをしています。

 創業当初は、苦しい日々が続きました。2000日経った頃には、借り入れも返し終えてやっとひと段落し、初めて休みをとることができました。そこで恩返しの意味もこめて豊川稲荷にお参りに行ったのが昨日のように思い出されます。そうした苦労のおかげで、努力すれば報われる、結果が出るというのが身にしみて分かりました。こつこつと一人ひとりお客様を大切にしながらご相談を受け、その方の症状にあったお薬を調合する。そしてお薬が効いたという噂がだんだん広まると共に、事業はますます拡大していきました。



地域医療のインフラに挑む

 日本は、超高齢化社会に突入してしまった地域もあり、これからますます少子高齢化が進んでいきます。この先高齢者が増えていく日本の人口構成において、病院の中で様々な種類の治療を受けるのは、その分医療費の増大を意味します。特に高齢者は病院の中で全ての医療を受けるのでは医療費も大変です。ついに病院で受ける医療を家庭で提供する時代となったのです。

 我々は地域医療対応型ドラッグストアを目指しています。一般薬の販売と共に、処方箋調剤を受けるサービス、ご自宅に直接伺う在宅医療、訪問看護事業を展開していきます。安心したサービスを提供するために医師、看護士、薬剤師そして介護福祉士など医療機関と連携して高齢者を支えていきたいと思います。

 そしてこれこそが我々のこれからのビジネスの中心になると思います。そのために10年後には現在の3倍以上の3000店舗、売り上げ1兆円の目標を掲げています。在宅医療は薬剤師と看護士がご自宅に伺うというのが基本です。従って患者さんのご自宅から遠くではなかなか成りたたないので、7000世帯約2万人が住んでいる住宅地の中に1店舗を置くことを検討しています。在宅医療のために出店するというのが我々の出店戦略です。処方箋調剤やお薬のカウンセリング、あるいは化粧品のカウンセリング販売などは、世の中から本当に必要とされるものです。そういった社会が求める、必要とするビジネスである以上、我々の目標は必ず実現すると思っています。

 また、点滴薬などを無菌状態で作るクリーンルームの設備にも力を入れています。これからは地域医療の時代になりますので、本来ならすべてのドラッグストアがクリーンルームを持って地域医療を担うという形があるべき姿だと思っています。

 スギホールディングスとしてこれから取り組んでいく目標は、日本全国に店舗を作ることです。我々のクリーンルームの在宅医療機能を持つ店舗が、全国に3000店舗必要であり、一部のエリアだけでは駄目なのです。3000店舗というと、現在の3倍近くになるので、社員数も3万人以上必要になるということです。そうすると創業の思いや理念をどれだけ社員全員に徹底することができるかが今後の課題だと思っています。人材が規模に合わせて育ってきて初めて、大きな規模でのサービスが充実したものになると思います。薬剤師、医師、訪問看護師、介護福祉従業者などが一丸となって支え合い、地域で解決していくような医療環境を整備し、町のかかりつけ薬局を目指していきます。


杉浦広一(すぎうら・ひろかず)

1950 年7 月22日、愛知県西尾市生まれ。1974 年、岐阜薬科大学製造薬学部卒業。76年に昭子夫人と町外れに16 坪のスギ薬局(現スギホールディングス)を創業。82年に株式会社化して社長に就任。2008 年 9 月に持株会社化した。09年5 月から現職。2011 年第13 回企業家賞を受賞。

杉浦昭子(すぎうら・あきこ)

京都府出身。1976年、岐阜薬科大学薬学部製造薬学科卒業し、同年スギ薬局を夫とともに創業。1982年よりスギ薬局の取締役を歴任し、97年、スギホールディングス副社長、200 8 年CSR室長に就任。2011年第13回企業家賞を受賞。



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