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トピックス -企業家倶楽部

2013年08月09日

トレーナーの地位向上と業界全体を盛り上げたい/R-body project代表取締役 鈴木 岳

企業家倶楽部2013年8月号 モチベーションカンパニーへの道 vol.4





一般人にもパーソナルトレーニングを

 R-body projectでは、オリンピックで活躍するような運動選手やプロ野球やサッカーの選手といったトップアスリート向けの専門的なトレーニングを一般の個人でも受けられるスポーツジムを手掛けている。特長は、医学的知識を持ちトレーニング指導が出来るトレーナーが常駐しており、一人ひとりの目的に合ったパーソナルトレーニングを手軽に受けられる点だ。







 所属しているトレーナーは大学等で専門知識を学び、アスレティックトレーナーの資格を取得している。会員は、現役で活躍する第一線のプロアスリートから、一般人までと幅広い。トレーニングの目的は人それぞれだが、トップアスリートには、どこの筋肉を鍛え、パフォーマンスを伸ばしていくのかといったトレーニングや身体の使い方やケアの方法を教えながら、ケガをしにくくする取り組み方を指導している。

 一方、プロではない一般人には、要望の多い健康を意識したダイエットの他にヘルニアなどの腰痛、四十肩などケガの予防、改善を指導している。会員の内訳は、男女比率はほぼ半々で、健康や身体のメンテナンスを意識し始める40代が多い。見た目の体型だけではなく、痛みのない身体作りなど本質的な健康を求めてくる人が多い。

「会員には全員必ず一人のトレーナーが付き、現状の身体の評価を行います。何を目的にしているのかヒアリングし、その人に適したオーダーメイドのプログラムを作っています。だから、皆さん一人ひとりトレーニングメニューが違います。もちろん、トレーニングの際も必ずトレーナーが付きます。とりあえず身体を動かそうではなく、目的意識の高い方が多いのが特長です」と代表の鈴木岳は話す。

日米のトレーナー業界の差

 鈴木は米国でアスレティックトレーナーの資格を取得し職を得ていた。15年前に全日本スキー連盟からオファーを受け帰国したが、日本ではまだトレーナーという職が仕事として認知されていなかった。収入も不安定で、米国で学んできた知識や経験を生かす場が日本にはなかったのだ。

 自宅近くのフィットネスジムに入会すると、会員同士が「先週、ゴルフをしたら肩が痛い」「腰痛が治らない」など雑談していた。どうするか様子を見ていると、ジムに置いてあるマシーンを一通り使って帰ってしまう。自分が知っている日米のトレーニングの差に「衝撃を受けた」と鈴木は言う。

 当時の日本のフィットネスジムでは、肩や腰が痛いと話しているのに、改善を目的とした運動を指導していなかった。近くにインストラクターがいたが、笑顔で挨拶をし、隣で回数を数えているのが現状だったのだ。

「これは何かおかしい」と鈴木は疑問を感じ、医療とトレーニングを掛け合わせたメディカルトレーニングの必要性を既存のジムに提案しに行った。ところが、20代の若者の話を理解してくれる者は誰もいなかった。その頃、フィットネスジムは装置産業と呼ばれ、ランニングマシーンなどハードさえ揃えていれば良しとされていた。トレーニング方法などのソフト面は後回しにされても仕方のないことだった。鈴木は企画書を机の引き出しの中にしまった。少し時代が早かったのだ。

 良い兆しもあった。大学や専門学校にて鈴木がトレーナーの講師として呼ばれると優秀なトレーナーの卵たちが多く存在していることが分かったのだ。だが日本ではトレーナー業界とフィットネス業界は分けられており、彼らが卒業後に学んだことを活かす働く場がなかった。これまで日本では、トレーナーは、プロ野球やサッカーなどスポーツ選手に指導するのが王道であり、その道は狭き門であった。優秀なトレーナーがフィットネスジムに流れておらず、職場を得る機会が存在しなかったのだ。




ゼロから立ち上げる

「トレーナー業界とフィットネス業界を掛け合わせたら需要と供給が合うに違いない」、と鈴木は考えた。オリンピック選手を指導し、その活躍もありトレーナーとしての地位を確立していた鈴木は再び行動を起こした。帰国して8年が経っていた。

 日本のフィットネスジムの現状を説明し、メディカルトレーニングといったソフト面強化の提案をすると今度は反応が良かった。時代が変わり始めた。しかし、大手企業は人材教育のコストと時間がかかると判断し、まだまだ行動が遅かった。

「せっかくトレーナーに教えても辞めてしまうんだよね」、そういう大手の担当者の声が多かった。

「これは、自分でやらなければと思った」と鈴木は起業のきっかけについて語る。仲間たちと資金を出し合ったが、当然足りることはなかった。銀行に融資して欲しいと頼みに行ったが、どこも相手をしてくれない。それどころか口座さえ作ってくれない銀行すらあった。投資家にも足を運んだが、結果は全戦全敗だった。

 健康セミナーの講師など、ドサ回りをしていたとき一人の事業家が声を掛けてくれた。

「ビジネス的に成功するかは分からないが、あなたの想いに共感するので、出資しよう」

 設立資金に目処が立ち、一般人にも専門的なパーソナルトレーニングを提供するジムを立ち上げたが、業界では「鈴木さんは何を考えているんだ」「きっと失敗するに決まっている」と冷ややかな声が大半で、鈴木も「出る杭は打たれる」というベンチャーの洗礼を浴びた。しかし、会社説明会を開くと、トレーナーの講師をしていた鈴木の元に200名の応募があった。すべて、鈴木の教え子だった。まだ、物件も決まっていなかったが、人材には困らなかった。僅か設立一年目で損益分岐を超えた。

業界全体の地位向上を目指して

 事業も軌道に乗ってきたが、鈴木の目指すゴールには達していなかった。カリスマトレーナーは必要ないと考えていた。組織としてのトレーナーカンパニーを作りたいというビジョンを掲げ、スタッフが同じ方向を向いて、いつも活き活きと仕事をする企業文化を作って来た。R-body projectでは、トレーナーとして医学的な専門知識を持っていることは当然のごとく、社会人としてのマナーや見識を持ち、サービス業として接客のコミュニケーション能力も必須条件としている。

「学ぶことを通して、働く楽しさを知って欲しい」と鈴木は社員に対していつも話している。R-body projectにいると、学び続けることができるというのが、働く動機付けになっている。鈴木の両親は小学校の教師だという。幼い頃から両親の背中を見て育ち、人を育てることの重要性が身体に染み込んでいるのだろう。

「トレーナーを育てる大学を作り、日本全国に優秀なトレーナーが存在するようにしたい。そして、海外にも進出したい」と鈴木は将来の夢を語る。日本人の手先の器用さと勤勉さは世界で通用する。

「まずはアジアに広め、いずれは世界に広めたい」と鈴木の夢は尽きない。一社のみが努力しても、その壮大な夢は叶わないことは鈴木自信が一番よく分かっている。

「トレーナー業界全体の地位を上げること」が、鈴木の信条だ。今後も鈴木は、スポーツ産業を支える人材を輩出していくに違いない。



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