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トピックス -企業家倶楽部

2013年08月13日

着実に成長していく企業家/吉松徹郎の人的ネットワーク

企業家倶楽部2013年8月号 アイスタイル特集第5部

着実に成長していく企業家


着実に成長していく企業家


吉松を知る人々は皆、彼の仕事に対する姿勢を讃える。サイバーエージェント社長の藤田晋は「ずば抜けて真面目」と評し、グリー社長の田中良和は「前向きな努力家」だと語る。また、彼の強さについてアクセンチュア社長の程近智は「粘り強さが持ち味だ」と分析し、オイシックス社長の髙島宏平は「未来を見据える力がある」と断言する。エニグモ代表の須田将啓は「心配りが素晴らしく、理に適ったアドバイスをくれる」と慕い、ディー・エヌ・エー顧問の川田尚吾は「これからも大きく羽ばたいてほしい」とエールを送る。(文中敬称略)




粘り強さと愛嬌が持ち味の企業家


アクセンチュア 代表取締役社長 程 近智 Chikatomo Hodo

 程が吉松と出会ったのは、今から10年程前。吉松が1996年から3年間務めていたアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)のOB会の席だった。大多数の人が仰々しく振舞う中で、吉松は人懐っこく他人を全く警戒していない様子だったという。

「正直、経営者として頼りなく、危なっかしい印象を受けました。ただ、後にビジネスパートナーの山田メユミさんがしっかりした人だと聞いて安心した記憶があります。吉松さんは自分に足りないものを持っている人を集める力があると感じました」

 時折、持ち前の人懐っこさで「ゴルフに連れて行ってください」などと連絡が来る。しかし、単にゴルフを楽しむだけではなく、豊富な人材を擁するアクセンチュアから社員を借り受けたいという程へのお願いも忘れないのが吉松だ。

「傍から見れば図々しい頼みも、彼だとなぜか嫌味がない」と程は不思議がりつつ、それは吉松が相手との距離を縮めるのが上手だからだろうと分析する。

「彼は自分本位に話すのではなく、相手が気分良く話せる相槌の打ち方、質問の仕方をしますね。だから相手方もついつい喋ってしまう。OB会やフォーラムなどで彼に誰かを紹介すると、終わった頃には私より親しい関係になっていることもしばしばです」

 吉松の好奇心旺盛で様々な情報を得ようとする姿は、誰からも好かれるのだ。

 そんな吉松もリーマンショックの頃は悄然としていた。99年にアイスタイルを創業してから10年近く、同時期に会社を興した起業家たちはすでに上場を果たしているか、事業を断念しているかであった。そんな中でアイスタイルは中途半端で売上も伸び悩み、若い後輩起業家にも抜かされていく。「本当のところ、どこか大きなIT企業に買収されてしまうのではないかという懸念は個人的に抱いていました」と程。しかし、アイスタイルは2012年に見事上場を果たす。アクセンチュアで入社当初から叩きこまれる「お客様から決して逃げず、泥臭く売り込んでいく」というプロ意識が吉松の会社経営における基礎になっていると程は言う。「O2Oの先駆けとして、成功するまで粘り強く尽力した結果が出ましたね。マーケットもちょうど盛り上がってきましたし、口コミという彼の発想にようやく時代がついてきたなと感じました」と当時を振り返る。

 吉松はIT業界にしては遅咲きの経営者として世の中の厳しさ、理想と現実を目の当たりにしてきた。過去に上場した先輩を大勢見てきて、上場してからが勝負だということも分かっているのだろう。次のステージに羽ばたくための鍵は、「吉松の何に対しても興味を持つ姿勢や人懐っこさ、そして粘り強さを生かしながら、いかに自分の持ってないものを持っている人を引き寄せられるかにある」と程は語る。

 企業家として、吉松は場数を踏んできた。伝統的な従来型企業も知っていれば、デジタルネイティブ率いる新しい企業も知っている。新世代と旧世代の間で、アイスタイルだけではなくIT業界全体を引っ張っていく存在になってほしいと期待を込める。

「大器晩成という言葉があるように、じっくり時間をかけた分、吉松さんは他の人に無い強みをたくさん持たれていると思います。これからも、その好奇心と人懐っこさを活かして、シリアルアントレプレナー(連続起業家)を目指されるのもいいかもしれませんね」




しぶとく生きる活力を持った企業家

サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田 晋 Susumu Fujita

 藤田と吉松の出会いは、毎年行われるインフィニティ・ベンチャー・サミット(IVS)がきっかけだ。ネット業界の経営者が集まる同イベントにて、役員の一人から紹介を受けた。吉松とは、お酒を飲みながら他愛も無い会話をしているうちに意気投合し、その後も交流を持つようになったという。

「IT業界の経営者としては珍しく、ずば抜けて真面目というのが第一印象ですね。正直、この業界には経営に不向きながらも社長をされている方が多くいらっしゃいますが、そうした中で吉松さんはかなり地に足が着いている方だと思います」

 個人間の交流に止まらず、サイバーエージェントとアイスタイルは2005年に「フラウディア・コミュニケーションズ」という合弁会社を作り、共同事業も行った。当時アイスタイルはまだ創業して間もなかったため、藤田のようなネット業界の先駆者たる経営者と共に事業を展開できたことは吉松としても良い経験となっただろう。

 藤田もこの事業に関して「私たちとしても美容関係に興味があった時期だったため、アイスタイルは心強いパートナーであり、お互いにとって良い共同事業になりました」と笑う。

 藤田は共同事業を終えた今なお、投資家として、そして友人として、吉松と深い関係を築いている。藤田は吉松の真面目さを心から信頼し、高い可能性を見出しているからこそ、アイスタイルに継続的に投資しているのだ。

「IT系のベンチャー企業は、本来多額の資金を必要としません。そのため、過度な資金収集を要求せず、個人的な友人関係で投資できるアイスタイルのような企業の方が、むしろ成功確率は高い気がしますね」

 同じインターネット業界の経営者として情報交換をすることもあれば、プライベートな相談も様々受けるなど、公私共に気の置けない仲となっている藤田と吉松。アイスタイルが一度は上場を見送る決断をした際も、吉松はよく藤田に相談してきたという。

 藤田は一投資家として、吉松について「企画発案の段階では常識に囚われない奇抜さを持っているが、いざ実行に移すとなると論理的な思考力を発揮する真面目さも兼ね備えている。そのバランス感覚が卓越しているからこそ、成功しているのではないか」と分析する。

 吉松は事業計画においても、収益源から事業のシステムの細部まで自身で練り上げることが多い。ただ、その貫徹力に圧倒されつつも、「少し真面目さのウエイトが大きすぎる気もしますね」と藤田。真面目さはもちろん重要だが、あまり細かいことを気にしていると事業内容が平凡なものになってしまう恐れもある。他社との差別化を図っていく上では、やはり柔軟な発想力も不可欠だ。

 資金繰りに行き詰った時期や、上場を見送るなどの苦い経験に悶えてきた時期は、吉松の質実剛健さが経営にもにじみ出ていた。しかし、そうした幾多の山を乗り越えた現在は、以前より余裕も出てきたようだ。「最近では、吉松さんの方からゴルフや麻雀などに誘われることも多くなりました」と藤田も安心する。

 そんな藤田は「経営者人生で多くの困難を乗り越えて来られた吉松社長は、景気変動や環境変化に柔軟に対応していく力を体得していると言えます。この流れの速いネット業界でもしぶとく生き残れる企業家でしょうね。同業界の経営者として、これからも切磋琢磨していきましょう」と吉松にメッセージを送った。




時代を先取り、挑戦する努力家

グリー 代表取締役社長 田中良和 Yoshikazu Tanaka

 田中が吉松と出会ったのは今から16年前。吉松25歳、田中21歳の時であった。当時大学生であった田中はインターネットビジネスの将来に可能性を感じ、IT系のベンチャー企業に出入りしていた。そんな中、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)で働いていた吉松と知り合う。吉松が独立して起業しようとしていることはすぐに見て取れたという。

「ベンチャーと言っても、人材系以外の会社は聞いたことがなく、周りで起業している友人もおりませんでした。そのため、インターネットを利用してベンチャー企業を立ち上げるという人生もあるのだと認識させられ、衝撃的でした」

 田中はインターネットについて研究したり、インターネット業界に興味がある人を集めてパーティーを開催したりするなど、インターネットに詳しい大学生として有名だった。時には、事業やサービスについて経営者が自ら意見を聞きに来ることも。そんな企業家のうちの一人として出会ったのが吉松だ。渋谷のカフェで事業計画書を見せられたことは忘れもしない。

 今でこそSNSに代表されるようなインターネット上でのコミュニティビジネスが盛んだが、当時はそもそもインターネット上に広告を出して売り上げに繋がるのか否か、真剣に議論が展開されていた。そのような時代に、口コミサイトのビジネスモデルの可能性について論理的に説明できる人間を、田中は初めて目にしたのである。

「僕のような一介の学生に簡単に事業計画書を見せ、ビジネスを相談している時点で、この人は経営者として大丈夫なのかと思いました。

 しかし、後々聞いた話だと、5人程にしか事業計画書は見せていなかったらしく、こんな大事なことを学生の自分に話してくれて嬉しかったです。今考えてみると、誰かに話すことで自分の意見や想いをより鮮明にしたかったのだろうと思います」

 1990年代後半、現在よりベンチャー企業を立ち上げることへのハードルが高い時代にも関わらず、当時賛否両論あったインターネットを利用したサービスを軸に起業した点は、田中自身も会社を創業した身として尊敬せずにはいられない。

「吉松さんは努力家です。企業家にとって運や波を掴むことは大切ですが、吉松さんに関しては、一生懸命取り組んだ結果として着々と成果が上がってくるのを見てきました。吉松さんからは、努力して着実に地盤を固めていく経営の方が長期的に見ると成功するのだということを教わりました」

 努力は必ず報われる。そう思える身近な例として吉松がいることが、田中の創業期における心の支えにもなった。

 田中はアイスタイル設立後もオフィスまで顔を出している。その際、吉松は資金繰りの苦労や社内の事情を率直に話したという。体調を崩しているのも一目で分かるほどだった。しかし、そのように苦しい状況でも悲観的な様子は見られない。田中は、明るく何もかも話す吉松の姿に精神的な強さや信念を感じた。目の前に困難が立ちはだかっても、ただ前向きに考える姿勢は、企業家として重要な資質のひとつだ。

「創業の折に僕が聞いた、様々なライフスタイルのビジネスを展開したいという夢をまだお持ちなら、是非とも挑戦していただきたく思います。そして、良き父、良き夫として家庭人の良い模範にもなってほしいですね」




常に少し先を行く兄貴

オイシックス 代表取締役社長 髙島宏平 Kohey Takashima

 髙島と吉松の出会いは、今から約15年前。髙島が主催する異業種交流会に吉松が参加したのがきっかけである。当時は二人共会社員だったこともあり、吉松への第一印象は長身であるという程度だった。

 その後、吉松は99年にアイスタイル、髙島も2000年に安全性の高い食品・食材販売を手掛けるオイシックスを起業するが、創業当初に二人の間に交流は無かった。その理由について髙島は「当時はお互い潰れそうで余裕がありませんでしたから」と冗談めかして話す。

 だが、程無くしてアイスタイルが軌道に乗り始め、あっという間に化粧品口コミサイト「アットコスメ」で階段を駆け上がっていくのを感心して見ていた。

 オイシックスも順調にビジネスを拡大し、創業5年を過ぎた頃から、上場を考え始める。同じ頃、アイスタイルも上場にチャレンジし始めていた。ビジネスの内容が女性向けアットコスメのB2Cサービスであることや、社員数、利益規模、上場へのチャレンジの状況などが似ていて、髙島は吉松と情報交換を行うようになっていく。

 髙島は吉松が自分に「近い」と感じている。吉松の方が1歳年上で、起業した年、上場時期もアイスタイルが1年先輩。常に吉松が少しだけ先を歩いているのだ。

 また、二人が一緒に上海へ出張した時のこと。髙島はアポイントの合間の小さな隙間時間に、街の様子やスーパーマーケットを視察するようにしている。直接マーケットを感じたいからだ。すると吉松も同様に街に行き、化粧品売り場で顧客の女性らに混じって観察をしていたのだ。

「思考回路自体が似ているのかもしれませんね」と髙島は笑う。凝り性の吉松が事前に上海の流通業などについて調べ上げ、陳列棚一つとっても、その配置の理由や背景などを推察している姿勢に髙島は驚嘆した。

 吉松の人間的な魅力は「異常に優しい」点だと髙島。それこそ吉松の大きな特徴であり、様々な経営者から慕われる理由なのだという。加えて、経営者としての強みは「未来をよく見据え、世の中に対して自分たちがどのように成長すればいいのかを明確に描いていること」だと髙島は語る。

 アイスタイルの運営するアットコスメは日本における圧倒的ナンバー1であり、その位置を長らく守り続けている。「ナンバー1になるまではいいが、それを維持するには組織構築力と運営力が不可欠」と、髙島は同社の強みを分析する。それは、今後ビジネスを展開していく他国においても同様だ。また、実店舗やEコマースなど様々な形態の事業をグループ内で行い、人材の多様性が高まっていることも特筆すべき点である。

 化粧品は生存に不可欠な衣食住とは違い、文化の発展レベルと共にニーズが強まっていく。そして現在の自分が持っていない願望を満たす製品を求めるため、人種によってニーズが違う。これからアジアの様々な肌の人々が何を望むのか、新しいチャンスが拡大していくのは間違いないため、アジアでのビジネスは面白いと吉松は語る。

 そんな最近の吉松からは、会社の土台を築く時期を経て次のステージ、すなわち大きなビジョンを掲げるトップになるのだという気迫を感じるという。

 二人は好きな日本酒を飲み交わしながらプライベートな会話もする仲。

「吉松さんは飲み方が勇敢ですね」と笑う髙島は、常に少し先を行く吉松に対し、「これからも兄貴について行きます!」とメッセージを送った。




良き友人であり意志の強い経営者

ディー・エヌ・エー 顧問 川田尚吾 Shogo Kawada

「吉松とは学生時代からの付き合いです」

 そう語るのはディー・エヌ・エーの顧問を務める川田尚吾である。

 吉松と出会ったのは1995年、就職活動の折だ。当時、コンサルティング業界は採用人数が少なく、横の繋がりを持つために同業界における内定者同士として知り合った。

「あの頃から彼は、今のようにバイタリティがあって積極的ではありました。ただ、起業を目指しているようには見えませんでしたね」

 当時、すでに学生ベンチャーを興し、将来は投資家になることを夢見ていた川田と異なり、吉松はコンサルティング業界で働くことを目標としていた。

 時は流れ、卒業から4年経った頃、アイスタイル起業についての相談を受ける。互いに事業計画書を見せ合い、熱く意見を交わすこともあった。

 近い時期にお互いの企業を興した二人。2004年にディー・エヌ・エーがモバイル事業に舵を切り、収益体制が軌道に乗った頃、アイスタイルは黒字こそ維持してはいたものの、事業規模の拡大に繋げられない状況に陥っていた。「当時のアイスタイルは失敗こそしていないが、爆発力に欠けていた」と川田は評価する。そうした中で、年に数回、川田は吉松と酒の席を共にし、お互いの事業戦略や人材育成の意見を交換し合った。

「吉松から、準備を進めていた上場を止めたと告白されたときは衝撃的でした。中途半端な状態で挑むよりも、より会社を大きくしてから上場したいという思いがあったようですが、なかなかそうした決断は出来ないものです」

 上場を断念し、「中小企業のまま終わりたくない」と話す吉松に対し、友人として、また同じ経営者として相談に乗ったこともある。

「吉松は社会に出て場数を踏み、学生の頃よりも深く論理的に考えられるようになりましたね。常識に囚われず、意思決定ができる企業家です」

 机上の空論ではなく現場経験を基にした論理的な思考方法が吉松を作っていると語る川田。体育会系のように爆発的な行動力で率いるリーダーとは違い、論理に即した行動ができることが吉松の強みだ。そして、そんな吉松率いるアイスタイルの強みは、データを商品とするネットの世界に止まらず、化粧品という実体ある品を取り扱うリアルの世界で勝負をしていることだと分析する。経営戦略と人材育成が両立できていて、活動量も多い。アイスタイルは筋肉質で強い会社だと川田は称賛する。

「アイスタイルが上場した頃、吉松を含めたかつての学友たちと食事をしていたのですが、そこで彼が話していた『負けない戦略と勝つための戦略は違う』という言葉には感銘を受けました。世間ではいかにして勝利を掴み成功するかが注目されがちですが、絶対に外してはならないポイントを明確にし、負けず、失敗しない戦略を構築することが大切だと気付かされたのです」

 派手に大勝利する事業モデルは話題性もあって面白い。しかし、長く経営していく上で重要とされる要素は、自分の属する業界をきちんと理解して運営していくことなのだ。

「言葉の裏に隠された、彼の積み重ねてきた苦労がよく分かります。意思決定を行う吉松の思考方法は、知り合った当初の学生時代よりも大きく変化しました。これからも大きく羽ばたいて欲しい。尊敬しています」




人の心が分かる経営者

エニグモ 代表取締役 須田将啓 Shokei Suda

「私たちが上場した時、3665という4ケタの証券コードが飾られたケーキが届いて感激しました。吉松さんは配慮が細やかで、人の心が分かる経営者です」

 そう熱く語るのは、エニグモ代表取締役の須田将啓。アイスタイルがマザーズに上場を果たした4か月後、エニグモが同じくマザーズに上場した日の出来事だ。上場経営者にとって証券コードは特別な意味を持つ数字。それを吉松は同胞として最も理解していたのだろう。

 須田が吉松と初めて会ったのは2005年。エニグモを創業して2年目で、ファッション通販サイト「バイマ(BuyMa、現BUYMA)」のサービスを開始した頃だった。バイマのターゲットを女性に絞っていくか否かといった検討を行い始めた時期でもあったため、すでに女性を対象とした化粧品口コミサイト「アットコスメ」を運営していた吉松を知人に紹介してもらい、話を聞きに行ったのがきっかけだ。その時、吉松は起業してすでに6年目。実際の年は近くとも、経営者としては須田にとって大先輩だった。

「吉松さんは、若輩者の私にも気さくに接してくれました。ただ、やはり話し出すと頭の良さが端々から伝わって来ましたね。独特の視点から、具体的なビジネスモデルの組み立て方や効率の良いお金の流れなどについて、理に適ったアドバイスを沢山いただきました」

 そんな吉松に魅力を感じた須田は「今後もずっと相談していきたい」と思ったという。

 須田は吉松の「どのような人たちに何がどれだけ売れたか。物を売る時、その背景にあるデータにこそ価値がある。それをうまく活かしていけばどうか?」という助言が今でも記憶に残っている。以来、須田はデータの価値を意識しながら、経営を行うようになった。

 その後、エニグモは縁あってアイスタイルが入るビルに入居。移転が決まった時、吉松は真っ先に須田に連絡して祝辞を述べた。そればかりか、引っ越し当日は「エニグモ歓迎!」の垂れ幕を用意し、移転を祝う内容のビデオ映像まで作成して迎えたという。

「アイスタイル全体で私たちの入居を祝ってくれて、その心配りが嬉しかったですね」

 同じビルで働くこととなった須田と吉松は、エレベーターに乗り合わせたりランチ先で一緒になったりすることも多く、自然と飲みに行く機会も増えた。

「飲みに行くと皆で下手なカラオケを歌ったりします。吉松さんをはじめ、アイスタイルの経営陣にはよく構ってもらってありがたいです」

 エニグモが上場準備を始めた時にも、須田は吉松から上場に際しての手続きや気を付けるべき点など、経験者ならではの具体的なアドバイスを受けて参考にした。上場後も経営上の情報交換をよく行うという。

「日本最大の化粧品口コミサイトであるアットコスメは、他社にはなかなか真似できないでしょう」と語る須田。そんな須田が今後の本格的な海外展開を見据える一方、吉松もアジアを中心とした美容プラットフォームを築こうと必死だ。二人は良き相談相手であるとともに、良きライバルのように見える。

「吉松さんは、自然と中心人物になる人。同じIT業界でも、サイバーエージェントの世代から、グリーやミクシィの世代、そしてリブセンスや我々エニグモといった最近の世代まで、どの年代も知っていて、ベンチャー業界全体の中心核となる人ですね。いつまでも世代間を繋いで盛り上げる存在でいて下さい」



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