トピックス -企業家倶楽部

2013年11月07日

潜在需要を有効需要に おいしいしょうゆを世界へ/キッコーマン取締役名誉会長 茂木友三郎

企業家倶楽部2013年12月号 トップに聞く


健康的でおいしいと世界的に広く浸透している日本食。日本食に欠かせない万能調味料のしょうゆは肉とも相性が良い。キッコーマンはしょうゆを現地の食文化にとけこませ、日本食文化をも広めてきた。現在では世界100カ国以上でしょうゆを販売。アメリカでは「KIKKOMAN」がしょうゆの代名詞となっている。「亀甲萬」から「KIKKOMAN」へ。グローバルビジネの要諦について茂木友三郎氏に聞いた。

 聞き手:企業家ネットワーク社長 徳永卓三



国境を越えるキッコーマン

問 6月に「国境は越えるためにある」を上梓されまして、おめでとうございます。出版の経緯を教えていただけますか。

茂木 ありがとうございます。2012年7月に連載しました日本経済新聞の「私の履歴書」をまとめ、加筆したものです。2013年はアメリカ工場と現地法人が40周年を迎えた記念の年です。「亀甲萬」が「KIKKOMAN」となった変遷の記録を、節目の年に出版出来て嬉しく思っています。

問 父上であるキッコーマン元社長の茂木啓三郎氏も1971年に「私の履歴書」連載をしていました。親子二代で「私の履歴書」連載は多くはないでしょう。

茂木 そのように聞いています。アメリカでの事業展開を中心に連載いたしましたので、書籍のタイトルも「私の履歴書」ではなく「国境は越えるためにある」といたしました。

問 6歳の頃に開戦、小学校時代はずっと戦争だったとありました。第二次世界大戦時の日本についてどうお考えですか。

茂木 軍を政府がコントロールできなかった時代です。軍事力を拡大したいという夢に駆られて無意味な戦争に入ってしまった。軍にも政府にも責任はあります。

 1944年から始まった東京の空襲。中でも1945年の3月10日の大空襲はひどかった。私が住んでいた千葉の野田から、西の空が赤く炎に染まるのが見えました。翌日風に乗ってたくさんの灰が降りました。その後半年もたたずに原子爆弾が広島・長崎に落とされました。東京大空襲から終戦までの短い間に膨大な数の人が亡くなっています。なぜこんなに多数の犠牲を出すまで決断できなかったのか、ひとつのケーススタディとして解明しておく必要があると感じています。


国境を越えるキッコーマン

潜在需要を有効需要へ

問 書籍でも重要なテーマのひとつとなっていますが、グローバルビジネス展開についてお伺いします。先輩経営者として、要諦や心構えなどを教えていただけますか。

茂木 まず大事なのはその国に需要があるかどうかを確認することです。顕在していなくても、潜在的なものでもあれば良いでしょう。顕在需要があればすぐ商売できますが付加価値は小さい。時間、手間とカネはかかりますが、潜在需要を掘り起こした方が大きく飛躍できます。

 ドラッカーの「マネジメント」に「企業の目的の定義は一つしかない。それは顧客の創造である。顧客の創造とは、顧客の潜在欲求を有効需要に変えること」とあります。潜在的な需要を有効な需要に変え、付加価値をつけることで、新たな商売が成り立つのです。

 グローバル経営をしてはいるが、需要の確認をしていない企業が案外多いものです。アメリカのしょうゆの需要は我々が潜在需要を掘り起こし、創り出したものです。ただ海外にしょうゆを持って行けば売れる、ということなどありません。



しょうゆと日本食文化を伝えたい

問 アメリカに潜在需要があると判断されたいきさつを教えてください。

茂木 戦後、たくさんのアメリカ人が日本に来ました。ジャーナリストや教師、ビジネスマンなど。日本人や日本社会と接する機会の多い彼らは、日本の食卓に必ずあるしょうゆに興味を持ちます。和食にしょうゆを使うとおいしい。和食だけでなく、アメリカの料理にも使ってみるとおいしい。当時の経営者はアメリカに潜在需要があると判断したのです。アメリカにいる日系人の需要に頼るだけではなく、アメリカ人一般に広くしょうゆの需要を開拓しようと決めたのです。1957年、アメリカのサンフランシスコに販売会社をつくりました。

問 日本にいたアメリカ人はしょうゆに慣れ親しんでいたのですね。

茂木 慣れ親しむまではいかなくても、しょうゆを知っていたという事です。潜在需要ですね。需要を顕在化させるために販売促進を行いました。

 ひとつは、しょうゆで味を付けた肉の店頭での試食。しょうゆの味を知ってもらうために行い、かなり効果をあげました。

 もうひとつはレシピの開発です。アメリカの販売会社の中にキッチンを作り、ホームエコノミストと呼ばれる家庭の主婦目線で商品開発・マーケティングを行う社員に、レシピの開発をしてもらいました。できたレシピを新聞社の家庭欄に売り込んだり、クックブックを出版したり。小さなブックレットをつくり商品につけたりしました。アメリカの食卓においしいしょうゆの使い方を提案し続けたのです。

問 アメリカでしょうゆというと、テリヤキがすぐ思い浮かびますね。しょうゆは健康食として世界中で人気の日本食の代表的調味料です。日本食ブームの火付け役を担ったのではないでしょうか。

茂木 日本食ブームの一助を担ったと自負しています。日本食は健康的で味が良いと世界中で伸びています。日本の食文化を伝え広めることは、しょうゆが伸びていくためにも欠かせません。


しょうゆと日本食文化を伝えたい

欧米の企業と戦うために技術優位性を持つ

問 需要の調査の他に、グローバルビジネスの展開において大事なことはありますか。

茂木 技術優位性です。これは海外だけでなく、国内でも同じことが言えます。マーケティングのテクニックだけで技術のバックグラウンドがなければ、短期的にうまくいっても砂上の楼閣となるだけ。海外ではより顕著です。海外で食品を売る場合、欧米の大企業との競争になります。ただ売らんかなでは勝つことは難しい。全ての分野において優位に立っていなくてもいいのです。特定の分野でこれは絶対に負けないぞというものが必要です。

問 キッコーマンの技術優位性はなんでしょう。

茂木 発酵、しょうゆの醸造技術です。しょうゆはもっとも古いバイオテクノロジー商品の1つ。しょうゆづくりに関しては科学的なバックグラウンドがあり、容易に真似られません。キッコーマンは海外に出ても競争力があります。

 販売会社をサンフランシスコに作った当時、アメリカにライバル会社が2社ありました。アメリカの食品会社ですが、アミノ酸を合成してつくるケミカルなしょうゆで大変安価な商品。キッコーマンのしょうゆは長い時間をかけ発酵・熟成させてつくるので値段は高いが、はるかに味が良い。味の違いは一目瞭然で、ケミカルなしょうゆは一部の味の濃い料理にしか使えません。日本の醸造しょうゆは万能調味料です。



郷に入っては郷に従え

問 キッコーマンは経営の現地化にもこだわっていらっしゃいましたね。

茂木 郷に入っては郷に従え。海外では日本流にやることは考えません。その上で、日本の経営の良さは取り入れます。原則は現地にとけ込むこと。一つ、取引はできるだけ現地の、なるべく工場近くの企業と行う。二つ、なるべく現地の人を採用する。三つ、日本人だけで固まらない。四つ、現地の活動に参画をする。現地の活動は地域社会の役員を引き受けるとか、ロータリークラブなどの奉仕活動に参加するなど。地域の活動を通じて企業市民と認められるのは、どこの国でも同じです。

問 現地社会とつきあい下手な日本人も多いと思います。現地にとけ込むためのグローバルな人材教育について教えてください。

茂木 最も重要なことは専門能力に優れている人材。海外で仕事をすると人に気軽に相談できないケースが多い。人に相談せずともできる何か専門のエキスパートになることが必要です。もうひとつは異文化への適応性。外国での仕事は、日本で仕事をするのとは全く環境が違います。へこたれても反発してもいけません。現地の文化にとけこみ異文化への適応性をもっていること。これは先天的な資質で、後から教育するという事は難しい。異文化の適応性を養うには若いうちに留学しておくなどがいいでしょうね。後から教育するより、適応性を持つ人材を見つけるところから始まります。

問 専門能力について、海外で困られた経験はありますか。

茂木 交渉するにしても専門知識が必要なので、前もって相当準備していかなければなりません。専門スタッフを自由に連れて歩ける国内とは違います。専門能力も必要ですが、自国に対する知識も不可欠です。案外、日本について知らないことがあるもので、帰って慌てて調べたこともありました。異文化の適応性を持つと同時に日本人としてのアイデンティティも持たなくてはなりません。知りません、わかりませんでは自国のことを知らない根なし草とバカにされてしまいます。


郷に入っては郷に従え

政府は政府の仕事、民間は民間の仕事を責任をもって

問 アメリカ以外にオーストラリア、ヨーロッパに拡大されていますね。これから期待している国はありますか。発展著しい中国はいかがでしょう。

茂木 オーストラリアは伸びています。ヨーロッパは食文化に保守的でしたが、1990年代に入ってから伸びています。中国方面では、1990年に台湾での合弁事業を始めました。2002年には中国・上海の近くに、2009年には北京の近くに合弁工場をつくりました。中国は今や世界第二位の経済大国ですが、1人当たりの所得がまだ低い。キッコーマンのしょうゆは中国の醤油の倍以上の価格ですから、今はまだ所得の高い人しか買ってくれませんが、これから伸びるでしょう。

問 長い目でみているんですね。中国のしょうゆと日本のしょうゆの違いはありますか。

茂木 しょうゆの本家は中国ですが、技術も品質も日本の方が秀でています。これからに期待という点ではブラジルやメキシコには開拓の余地があります。現在すでにしょうゆを販売しています。アフリカでは、ほとんどビジネスしていませんが、将来的にはアフリカの人口は20億になると言われています。是非手掛けたい。人口の多さで言えばインドですが、インドのカレー文化にしょうゆ文化はどう切り込めるのか、現在調査中です。

問 世界中の食卓にKIKKOMANのしょうゆが置かれる日も遠くないでしょう。2020年に決まった東京オリンピックでさらに拍車がかかりそうです。オリンピック招致では安倍さんの「安心・安全」スピーチが注目されました。現在の安倍内閣はどう思われますか。

茂木 アベノミクス、経済成長戦略がどうすすむかが大事でしょう。注点は政府は政府の役割、民間は民間の役割を果たすということ。政府は民間が仕事をしやすい舞台を用意することに徹するべきです。政府がやりすぎるのは良くありません。民間は政府に頼り切ってはいけません。規制の撤廃・緩和、税制改革、地方分権などを進めて欲しいところです。

問 道州制、法人税改革などですね。

茂木 地方に権限を与え、それぞれがベンチャービジネスを育てるために競い合う形をつくるべきです。経済には新陳代謝が必要ですから。アメリカでは各州が競い合ってベンチャービジネスを応援しています。エンジェル税制を整備し法人税も所得税も下げないと外国人が日本に来ません。民間企業のやることは需要の創造です。民間が需要の創造をしないから政府がいろいろやってしまう。民間にも責任があることを自覚してほしいですね。

P r o f i l e

茂木友三郎(もぎ・ゆうざぶろう)

 1935年、千葉県出身。1958年、慶應義塾大学法学部卒業後、同年4月キッコーマン株式会社入社。1961年米国コロンビア大学経営大学院(経営学修士課程)卒業。1995年キッコーマン株式会社代表取締役社長CEO、2004 年代表取締役会長CEOを歴任し、2011年より取締役名誉会長、取締役会議長。



コメントをシェア

骨太対談
 
コンテンツメニュー
企業家賞
企業家倶楽部企業家大学
Page Top