トピックス -企業家倶楽部

2013年11月11日

異なった価値観を受け入れ生かし合うことが重要/テンプホールディングス会長 篠原欣子 VS 日本大学芸術学部教授 佐藤綾子

企業家倶楽部2013年12月号 特別対談 ウーマンの時代vol.1

組織には新しい血や揺さぶりが必要


組織には新しい血や揺さぶりが必要


佐藤綾子 (さとう・あやこ)

日本大学芸術学部教授

 博士(パフォーマンス心理学)、パフォーマンス教育協会理事長、国際パフォーマンス研究所代表、「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。信州大学、上智大学大学院、ニューヨーク大学大学院卒業(共にMA)。上智大学大学院博士後期課程満期修了。立正大学大学院心理専攻(Ph.D.)。自己表現を科学する「パフォーマンス学」の第一人者。




篠原欣子(しのはら・よしこ)

テンプホールディングス(株)代表取締役会長

 1934 年神奈川県生まれ。1953年高木商業高等学校卒業後、三菱日本重工業(株)入社。スイス・イギリス留学、オーストラリア就業を経て、1973年テンプスタッフ(株)を設立。2006年東証一部上場、2013年3月期連結売上2,472 億円。2000 年~12 年連続で世界最強の女性経営者(Fortune)にランクイン。




佐藤 こんにちは。今日は御社の女性活用というテーマでお話を伺いに来ました。ところで、週末のウォーキング習慣は今も続けているのですか。

篠原 もちろんです。いい仕事をするには健康第一ですよ。横浜の田舎で育ったせいか、歩くのが大好き。気分転換にもなりますから、週末は、必ず歩いています。

佐藤 今日は「女性活用」がテーマですが、初めて篠原さんに会ったのは青山テピアホールに御社の社員のための講演に呼ばれた時で確か25年前だったと思います。壇上に立ったら150人程いる会場でしたが、全員女性で驚きました。司会も女性社員、そして終わりの挨拶が篠原さんでしたね。

 『派遣スタッフが派遣先でパフォーマンス心理学を活かして円滑な人間関係をつくる方法』がテーマでした。会場の皆さんも猛烈に熱心で私の講演が終わると大きな拍手でしたが、篠原さんが『皆さん、私はパフォーマンス学の話を初めてちゃんと聞きました。素晴らしいですね、私もファンになってしまいました。頑張りましょう』と満面の笑みで言ってくださった。私も感激して、以来、篠原ファンになりました。篠原さんは50代、私も41歳だった。あれからさらにテンプスタッフは拡大しましたね。そして、男性も多くなりました。




篠原 そうでしたね。弊社は元々女性だけの会社でしたので、講演の受講者が女性だけだったのね。10年位前に佐藤さんに電車の中で偶然あったら、『篠原さん、電車乗るんですね!』とあなたが言って、私が男性社員4人を連れていたから『男性が増えましたね』と驚いていたわね。

佐藤 そんなこともありましたね。4人の男性はやたら可笑しそうに笑い出しましたね。テンプスタッフは女性中心の会社という私の第一印象があまりにも強くありました。

 
篠原 私たちはもうずっと何十年も一緒に話をしているから、「女性活用」と改めて話をすると、今まで私が佐藤さんに話したことと重複するかもしれないけれど、最初から順を追って話してみましょう。

佐藤 はい、よろしくお願いします。

篠原 40数年前に私がオーストラリアで仕事をしていた時に、同僚が休むとどこからともなくオフィスに女性が現れて、教えもしないのに仕事を片付けてさっと帰っていく。一体この人たちは何だろうと不思議に思っていました。会社の人に聞いてみたら、これがテンポラリースタッフ、つまり自分のライフスタイルに合わせて都合のいい時間帯に働くというシステムだったわけ。これは日本にもあったらいいなとその当時思いました。

佐藤 そこで日本に帰国し、人材派遣の会社をスタートしたわけですね。

篠原 そうですよ。でも最初はアパート兼事務所の小さなひと部屋で始めました。ベッドをカーテンで隠してね。当時、海外では日本と言えば六本木だったから、六本木にオフィスを構えました。それが的中して、日本に参入してきた外資系企業が六本木にどんどん増えて来ました。

佐藤 そうでしたね。時代の後押しも有り御社は女性だけで成長していきましたね。

篠原 運も良かったのでしょう。でもある時、男性社員を採用することにしました。

佐藤 その決断をした際は大変だったと聞いています。

篠原 そうですよ。なにしろ創業者の私が女性、そして、活躍している社員もあちこちに作った支店長も、皆女性。そんな中、男性を採用すると言ったもんだから、女性たちは困惑していました。

佐藤 夜中に泣きながら電話をしてきた社員もいたと話していましたね。

篠原 「今まで一緒にやってきたのに、私たちを邪魔にするのか。どうして今までの延長ではいけないのか」と責められました。人間は居心地の良い環境で居たいものです。女同士でやっていて、しかも創業から一緒にやっていれば、気心も分かっていて、なんとなく心地いい。でも、それでは変化・成長できません。当時、派遣法施行により派遣の認知が高まり、競合が一気に増え、攻めの営業が必要になっていました。

 しかし、これまで既存のお客様を大切にする、いわば守りの体制でしたから、戦略的思考がありませんでした。変わらなければならないと私自身が痛感していたのです。企業、あるいは組織は、常に新しい血を入れて揺さぶりをかけなければ停滞してしまう。異質な存在を入れて揺さぶりをかけることが成長には必要だと私は思いました。




佐藤 そうですか。男社会で沢山男性のいる会社に新しく女性が入って来たことが、異分子みたいに思われる会社が多中で、御社の場合はその反対に女性だけの所に男性が新しく入ってきたのが異分子で、揺さぶりの材料になったのですね。

篠原 入社してきた男性は、前職のリクルート社から何人かの仲間を連れてきて、がんがん仕事をするようになった。そして5人の男性社員が私に連判状を突きつけて、「評価制度や組織改革、売上目標設定をして欲しい」と訴えました。「実行されなければ辞める覚悟だ」と。

佐藤 それは悩んだでしょう。その提案に賛成すると、他の今まで長くやってきた女性で辞める人が出るかもしれません。

篠原 その通りです。だから悩みました。でも、連判状を突きつけて変化したいと言っている男性社員に「どんどんやって」と伝えました。敢えて手出しはせず、やりたいようにやってもらうことにしました。結局それが良かったのね。女性社員も男性社員も会社を良くしたいと思うからこそ衝突や摩擦はあったけれども、ネガティブなものではありませんでした。むしろ仕事の生産性やモチベーションは上がっていきました。それぞれの社員が切磋琢磨して、良いアイデアが生まれ、皆が成長したいと思うようになった。結局その時に入ってきた男性社員の水田さんは、この6月に社長に就任しました。やはり、男女それぞれにお互いの個性の素晴らしいところを出し合いながら共に仕事をするというあの時の選択は正解だったと思っています。

佐藤 女性ばかりの組織に異分子の男性が入ってきて化学反応が起こったのですね。



子育て支援のため篠原学園を創設

篠原 私のモットーは、「人には必ず良いところがある」です。女性の良いところ、男性の良いところ、個々人の良いところ、それらが融合し成果を出すのが良い組織だと考えています。異なった価値観を受け入れ、生かし合うことが重要です。多様性を受け入れる考え方は、留学時代に学びました。

佐藤 本当にその通りですね。今、世界中どこに行ってもテンプスタッフの看板があるので、嬉しくなります。さて、女性活用という点では働く女性たちがテンポラリーに仕事をするという以外にも、どうしても子供を産む性として子供を育てながら、子育て期にも仕事をしたいという気持ちが有ると思います。3年間、子育て休暇をとって職場に戻ってきたら浦島太郎、というのでは困りますよね。その辺はどうやっていらっしゃるのですか。

篠原 弊社ではそういう女性たちのために保育園を運営し、子育てしながら仕事ができるように、女性の子育てと仕事の両立を支援しています。また、復帰のための教育プログラムやカウンセリングも実施しています。

佐藤 5年ほど前に、御社が手掛けている保育園を一緒に見学させてもらいました。子どもたちがイキイキと楽しそうに歌ったり食事をしていて、大人の膝がもうつかえてしまいそうな小さな食卓について、篠原さんと一緒に保育園のランチを頂いたのをよく覚えています。

篠原さんも会社にいるときと違い、目尻が下がり、にこにこしっぱなしでした。一緒に歩いて保育園を出たのをよく覚えています。その後に、例の専門学校づくりがあったでしょう。

篠原 そうそう、篠原学園ね。数年前からこども保育学科を新設し、保育士・幼稚園教諭育成を開始しました。佐藤さんにも何度かきてもらったわね。

佐藤 篠原さんが保育医療情報専門学校の篠原学園を創設したときに私は『テンプスタッフ保育事業アドバイザー』という肩書をいただきました。同時に篠原さんに私の『社団法人パフォーマンス教育協会』の理事にもなっていただきましたね。どちらもその話が出たとき即答で「いいわよ!」と言って引き受けた。女性の決断力ってすごいと思いました。それから篠原学園に行って、対談をして、二人で保育の共著も2冊出しましたね。

篠原 そうそう、あのときは二人でどんどんしゃべり続けて、音声テープを起こした人はきっと大変だったでしょうね。おかげで記念になるいい本ができた。今でも篠原学園の図書室に置いてあります。

佐藤 嬉しいです。そもそも女性が“生む性”として子供を持って仕事を続けるために保育園や素晴らしい保育士の養成は社会の宿題だと思います。篠原さんもいつもそう言っていらした。いつかランチしていて保育の学校をつくると聞いたときに、「教育は後世に残す篠原さんの遺産だから、名前は『篠原学園』が絶対いいですよ」と勝手なことを言ったら、篠原さんは「うん、そうね、それいいね」とニコニコ帰って行かれました。

篠原 そんなことがありましたね。今その篠原学園がやっと軌道に乗り、こども保育学科も最初の卒業生を送り出し、保育士として立派に働いているので、感激しています。あの式典のときに事務長が男泣きしていましたね。

佐藤 私もあの時はもらい泣きして、事務長の近くにいたから、ハンカチをあげました。

篠原 仕事は一生懸命が何より大事で、それは男女関係ないことではないかしら。ただ、女性が働いていくためには、ワークライフバランスを考えて子供が0才の時には働かない、と選択する人が居てもそれはそれで構わない。でも子供が0歳でも1歳でも働きたいという女性がいたら、やはり保育園を用意したり、素晴らしい保育士を育てるための保育士の学校を増やしたりして、社会全体で応援していかなくてはならない。女性活用を推奨するだけでは、結局実際に職場にいる女性たちは働けなくて困ってしまうだけでしょう。女性が働くための援護射撃、つまり保育園やテンポラリーな働き方、教育、カウンセリングなど、幅広い支援が女性が活躍するために必要なことです。

佐藤 女性活用の草分けとしてのテンプスタッフを、篠原さんが命がけで切り開いてきたことは、ここ20年ほどのお付き合いで知っていましたけれど、今日改めて時間の経過を追いながらお話を聞いて、本当によく分かりました。

 女性活用を、声だけ出してもだめでバックアップする支援を作れということですね。それが篠原社長から多くの女性を採用している企業への励ましのメッセージとして読者の皆さんもきっと大事に受け取ることでしょう。今日もまた感激でした。ありがとうございました。



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