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トピックス -企業家倶楽部

2013年11月29日

「半沢直樹」が独立?!「倍返し」東京オリンピック開催 /日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝

企業家倶楽部2013年12月号 日の丸キャピタリスト風雲録 vol.33




「半沢直樹」と組織依存症

 銀行内の熾烈な人事抗争を描いたTVドラマ「半沢直樹」(TBS、原作:池井戸潤)が、不調のTV番組の中で、久しぶりに視聴率40%を超える(最終回)大ヒットを記録した。TVドラマも、ネットが普及した今でも高い視聴率を叩き出すことがあるのだという事を発見した驚きもあった。

 久が原に住む東大卒のエリート「大和田常務」が、社内規則に基づき形式的に運営される、会社意思決定組織の官僚的欠陥を上手に利用して、巧妙に出世していく。そこに、敢然と立ち塞がって、ネジ製造業という地方中小企業創業者の息子で慶應卒の「半沢直樹」が、現場の事業の取引先などとの正常なあるべき関係の健全さを回復して再構築しながら、上司を「倍返し」でとっちめる、という分かりやすいストーリーである。

 「半沢直樹」がヒットした理由は、現在の日本人のほとんどが組織依存症に陥っていることの証明ではないかと思われてならない。第二次世界大戦の戦中派世代が起業家ベンチャーの時代(半沢直樹の父親)であったとすると、高度成長期が終わって社会を生きた日本のエリートたち(半沢直樹)にとって、バブルで頂点を極めた大企業組織での人生が社会そのものであった。バブルも今や崩壊し、現在の視聴者にとって、大組織に生きる半沢直樹らの生き方は、その組織の変な所や、金融監督庁や税務署が乗り込んでくる事も含めて、非常にリアリティがある。

 ところが、もともと高度成長を生み出した戦中派世代による起業家の時代があってはじめて、20世紀末の大組織が当たり前になり、バブル崩壊があるのである。半沢直樹の時代は、戦中派の時代に比べて、高度成長を達成した後の大組織が当たり前になり過ぎた、ある意味異常な時代、「組織依存症の時代」を表現していると言える。



組織依存症の不健全さ

 「半沢直樹」において、組織の非生産性の悪しき構造が見事に描かれている。大組織というものは、本来現場において合理的であるべき事業経営判断が、組織内の人事異動を伴う出世競争など、顧客を相手にする事業そのもの以外の理由で、表向きは筋が通って偽装されているが、正しい現場情報が巧妙に粉飾され、人事抗争を優先する銀行内の歪んだ組織的結論を導いて行ってしまう。

 そもそも事業の繁栄は、「顧客に対して、素晴らしい商品をある原価で効率よく製作して、ある価格で販売提供でき、顧客が価値を見出し喜んでくださる」、という事業の基本ストーリーが、単純に社会の中で実現できるかどうかにかかっている。それが、大組織のルールと、組織内の人事や出世に力点があるとなると、事業の最適化など出来る訳がない。あれだけ命がけで出世競争に精を出して、内部抗争をやり、本業の判断を遅らせたり、狂わせたりしていれば、事業の生産性が上がるわけがない。会社を経営する者にとって、本当は「社会の中の事業最適を追求」せねばならない。それが間違っても、「大和田常務」の様に、「会社の中の出世最適化追求」などではあり得ない。

 ところが実際には大組織の場合、会社の中の最適化つまり内部論理で、ほとんどの事が処理されていくことを、東日本大震災時の原発事故の折の東京電力の対応の混乱や、2013年10月のみずほ銀行の暴力団への融資問題のマスコミ対応のまずさに見ることが出来る。内部組織依存症が、いかに不健全で、経営不効率で、余計な時間やコストが発生する経営実態であるか、もう少し良く認識すべきである。

 つまり、一言で言うと、自分を組織に依存した部品だと位置づけている一部の有名大学卒のエリートたちには、出世や人事異動の方が気になって、事業の最適化は、実はなかなか無理だという事だ。それは、組織に勤めたことのある人は、皆身をもって体験して知っている。組織依存症は事業最適化にとって、不健全、不完全、かつ不効率である。



「大和田常務」を追い出せない!

 では、世の中の「大和田常務」のような人を、大会社から葬ればよいと思うだろう。でもそれが可能なのだろうか。それは一般的には大変、困難である。なぜなら、彼らエリートは大組織に見事に順応して、形式的にはルールを守ったように見せ、大義もあるように偽装するくらいの強力な能力を持っているからだ。

 日本を代表する有名大学を優秀な成績で卒業したような人たちであるから、そう簡単に馬脚を現したりしない。子供の頃から、受験勉強の偏差値世界で、テストで形式的な高得点をとる世界では、嫌というほど優秀に人生を生き抜いてきた人たちだ。見事に、優秀な経営者を演じることぐらい訳はない。つまり、誰が「大和田常務」か、実際の組織の中では、とても簡単には分からない。

 分かったとしても、「半沢直樹」の様に、まず「大和田常務」をそう簡単に土下座させられない。土下座させられたとしても、ドラマですら「大和田常務」は、降格になっただけで追い出せていないではないか。常務取締役でありながら、大失敗をしたにもかかわらず降格や出向や減俸というのは、大組織内部の論理、つまり会社サラリーマン的感覚からすると、「凄くまともな改革」なのだが、社会的感覚から言うと「生ぬるい」。それほど社会の起業家感覚と、大組織のサラリーマン感覚はずれているのだ。

 改革前の日本航空のサラリーマンから聞いたことがある。「役職員全員が、組織が不健全なことをよく知っている。でも誰にもどうにも改革できないのだ」、と。大組織依存症のサラリーマンでは改革が難しいのだ。

 さらに改革を阻止する構造が組織の中にあると、改革は非常に難しいものになる。それが、組織内部に社内派閥がある場合だ。組織依存症の人たちは、「大和田常務」がそうであるように、顧客に商品を売ってご満足いただく、という事業生産性の尺度が弱いから、組織内部で派閥を作って出世競争に精を出す。旧日本航空には、二桁数の労働組合があって、互いに勢力を競っていたという。それぞれが、労働基準法を盾にとって、社内派閥を擁護し合って、社内勢力を作り、派閥が弱体化しないように、改革を阻止する。

 組織的に必要な意思決定途中の情報を共有するコンプライアンスを盾にとって、社内で情報を収集し、重要な意思決定事項、例えば次回の人事情報を、派閥同士が事前に他派閥の行動を察知し、改革を阻止し合うから、余計に改革は困難である。派閥抗争は、コンプライアンスの強化で、会議の様子が記録され、場合によっては社内で公表され、表面化しやすくなっているように思われる。



サラリーマン感覚でVC出来ない

 サラリーマンがベンチャーキャピタル(VC)を感覚的にできない、最大の理由がここにある。生ぬるい改革しかできない、しにくい感覚のサラリーマンが、とてもではないが、投資先ベンチャー起業家と対決し、積極的に健全化のために対策を講じることが心理的に難しい。よっぽどのことがなければ、サラリーマンは人の報酬を業績が悪いからと言う理由で、積極的に下げられない。批判まではするが、家族もいらっしゃるだろうに、大胆な減俸や、辞任勧告は出来ない感覚のサラリーマンVCが日本には多い。 

 投資先ベンチャーが、不健全で良くないことが分かった時、どうすべきか。ちゃんと改革すべきである。それがベンチャーキャピタリストの善管注意義務であり、忠実責任である。これは日本で、いくら強調しても、強調し過ぎる事は無い。



なぜ組織依存症になるか?

 数千億円の赤字を毎年出したパナソニックも、かつては超優良企業である。それがなぜ組織依存症になるのだろうか。その頃は松下幸之助という創業者がいて、起業家精神で目を光らせていた。ところが、株式を上場し、優良企業になると、組織経営の必要性が多年度にわたって叫ばれた結果、多くのオーナー系企業は「オーナー企業の弊害」ということを言うようになる。組織経営の時代なのだ、と。

 
オーナーが引退すると、現場よりも組織経営の要である本社が強くなり、大企業は官僚的でシステマチックになってくる。すでに組織は業務分掌職務権限規定で分担されており、就業規則に基づいて、まるで役所に就職するように、優秀な大学生が大量に入社してくる。入社した学生は、就業規則を守るように徹底的に教育され、それぞれ配属になった部署の予算と命令に基づいて、活動するようになる。

 もちろん、例えば営業に配属になったのに経理の仕事をするなどという、人事辞令を逸脱した活動は駄目である。ことにコンプライアンスが厳しい昨今は、絶対に組織ルールの逸脱は許されない。
 
20歳代から30歳代へと、いくつかの部署を人事異動しながら、仕事を覚えていき、40歳代で中間管理職へ、50歳代で幹部に、という出世の道を歩むのが、高度成長期以降の大企業の標準的な昇進パターンだっただろう。その間、渡り歩く各部署の組織規定を遵守しながら、部署の目標や予算を達成するために、家族を犠牲にしながらも、一生懸命上司にゴマをすったりしながら、同僚の結婚式の披露宴に出ながら、会社員人生を送っていく。

 5年もサラリーマンをやったら、社会の中の会社の全体最適化などという、当たり前のことが出来ないという、組織人の宿命を徹底的に学習する。これが、組織依存症で、一サラリーマンの努力では、どうしようもない現実である訳である。企業家として全体最適を考えて行動できないサラリーマンは、独特の本音と建前を使いこなす術を身につける。大企業の内部は、そんな人たちの集まりになってしまう。企業家精神のない組織は、世間的には優良企業でも、問題を解決すべき改革がしにくい、重い保守的な企業になってゆく。時代が大きく変化するときに変化についていけなければ、あっという間に「過去の優良企業」と言われるようになる。



日本史の中の、組織依存症の系譜

 歴史的に19世紀は明治維新、日清・日露戦争の時代の組織は、対外的恐怖心が強く、勝利目的ミッション指向で、薩長土肥といった派閥はあったものの、組織内にコミュニケーションの失敗は少なかった。ところが20世紀に入り、第二次世界大戦は、組織人依存症の人たちが、陸軍海軍と組織で派閥を作り、内部抗争を繰り広げた結果、歴史的敗戦に転がり落ちた。巨大な組織の陸海軍は情報が分裂し、インパール作戦など、みんながわかっている不合理な作戦が、修正を加えることなく実行され、多くの将兵を無駄に殺してしまった。

 戦中派の人たちは、第二次世界大戦の体験をもとに、組織がいかに失敗するか、身をもって体験したので、戦後日本に戻って、本音をベースにした会社を創業し、高度成長期へ突入したこともあって、大成功した。ホンダやソニーである。

 高度成長期の日本経済の成功が、組織を大組織化し、有名大学からリクルートスーツに身を包むエリート大学生を大量に採用し、組織依存症の大集団を作った。それが「半沢直樹」たちである。依存症に冒された人たちに、フロンティアの事業開発や、自己改革は無理である。



「半沢直樹」よ、独立せよ!

 エネルギーのある社会の中のエリートが、大組織の中で組織依存症にかかり、社内の出世競争に明け暮れるのは、社会的な無駄である。なぜ、「半沢直樹」は独立しないのか。無名の若者が、未知のフロンティアの新規事業を、その社会的実現のために奔走し、紆余曲折を経て成功する。そんな日本社会が目の前まで来ている。

 東京オリンピックまで、あと7年。日本も、明らかに大きく変化する時代に差し掛かっている。日本経済が大企業中心の不効率な経済社会から、もう一度活力を取り戻す、絶好の好機が到来している。

「半沢直樹」は、これ以上、やれ出向だ、やれ土下座だ、など社内抗争にエネルギーを浪費するのではなく、一刻も早く独立して、社会のために活躍できる会社を興すべきである!


著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合

代 表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。
 投資先にはDeNAの他、ウォーターダイレクト社が3月15日東証マザーズに上場。 



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