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トピックス -ビッグベンチャー

2014年01月07日

仕組み力で世界を制す無印良品/良品計画の21世紀戦略

企業家倶楽部2014年1/2月号 特集第1部


今や世界20 数カ国に出店、日本発の世界ブランドとして人気を誇る無印良品。コンセプト『わけあって安い』を貫き、成長路線をひた走る。しかし無印良品30 数年の歴史は順風満帆ではなかった。2001年8月中間期には38億円の赤字を出し、無印良品ももはやこれまでと囁かれた。その危機をV字回復させたのは当時社長(現会長)に就任した松井忠三であった。いかにして赤字から脱却、世界有数のブランドを創りあげてきたのか。復活の武器は何か。日本有数のグローバル企業、良品計画の未来戦略に迫る。(文中敬称略)



世界一の規模を誇る無印良品有楽町店

東京・有楽町、JR有楽町駅京橋口に降り立つと、大きなMUJIの文字が目に飛び込んでくる。中に入ると無印良品の巨大な文字と、壁一面に取り付けられたポスターが目に入る。「人類は温暖か。」の文字と、アルパカが佇む南米の穏やかな風景写真が、無印良品の世界観を物語っている。

 民族音楽のような心地よいBGMと共にエスカレーターで2階へと上がる。ワンフロア400坪はあるだろうか。そのスケールの大きさに圧倒される。素材にこだわり地球に優しい暮らしを提案するMUJI。11月末のこの日はカシミアのセーター、そしてヒット商品である首がチクチクしないセーターがディスプレイされていた。これは首がチクチクしないようにと身頃部分はウール、首は綿素材というMUJIならではの開発商品である。綿素材とウールの2つの異素材を繋ぎ合わせているが、見た目では全くわからない。この品質の高さがMUJIの商品力を物語っている。

 1階奥に進むと、最近注目されている「無印良品の家」が丸ごと一棟展示されている。家そのものをMUJIの思想でつくるとこうなる、という提案の場である。この日も若いカップルが熱心にスタッフと話し合っていた。

 広いフロアのかなりのスペースに食堂「Meal MUJI」がある。ここではMUJIが考える身体に優しい食事を提供しているが、100席ほどの店内は満席で、長い行列ができていた。

 奥にはこの時期の温かい衣料品、化粧品、旅行用品、ステーショナリーなどが並び、MUJIファンをワクワクさせる。さらに奥の子供向けコーナーには、『木育』とかかれた木でできた遊び場が設置されており、子供と母親の笑顔が広がる。ここは子供たちが自由に遊べる場で、おもちゃの相談にのるスタッフも常駐している。



MUJIワールドの提案

 3階の広い売り場には家具やファブリック、生活雑貨が整然と並び、MUJIの世界が広がっている。「体にフィットするソファ」1万2600円は、累計136億円を売り上げ、世界的にもヒット商品となっている。これはお客様の要望によって生まれた商品だ。シンプルで機能性に優れ心地よい、MUJIの精神そのものがフロア一杯に詰まっている。

 この有楽町店は2822㎡と世界一の広さと品揃えを誇る無印良品の旗艦店である。世界に向けてのMUJIの思想、MUJIのある暮らしを提案する発信基地となっている。訪れる客は平日で4000人、土日ともなれば6000人は訪れ、外国人も多いと語る店長の新井真人。世界最大規模の店舗を仕切る新井は自分もMUJIファンと笑顔を見せる。

 店内の一角では出汁素材の企画展示が行われていた。普段なにげなく口にしている出汁を改めて考えさせる展示は圧巻といえ、その静謐な空間は素材を大切にするMUJIなればこそといえる。まさにここには無印良品の全てが詰まっている。ここにくればMUJIの全てが体験できる。MUJI好きにはたまらない大人のワンダーランドとなっている。



無印良品の魅力

 なぜこれほどまでにMUJIが人気なのか。これは無印良品のコンセプト「わけあって安い」という不要なものを省き本質を追求した機能的な商品が、顧客に理解されているからといえる。まさにMUJIの思想・理念が顧客を創りあげてきたといえる。シンプルな機能美、使いやすく心地よい。色はアースカラーで限りなく地球に優しい暮らしを提案する。

 こうしたMUJIの思想が日本だけでなく、ヨーロッパはもとより、中国、東南アジア、最近ではクウェートやドバイなどイスラム圏にも進出、かの国の人々に受け入れられている。

 MUJIは国境を越えてライフスタイルそのものを提案している。それがヨーロッパ、特にロンドンでは日本の「禅」にも通ずるとして受け入れられているという。そして中国では若い女性を中心に、ある種のあこがれをもって無印のライフスタイルが浸透しているというのだ。


無印良品の魅力

世界を駆ける無印良品

 このMUJIの思想が世界で受け入れられ、無印良品は世界23 の国と地域に出店、今や国内384店舗、海外は230店舗(2013年9月末現在)に及ぶ。商品は1989年の設立当時はわずか40アイテムだったが、今や生活雑貨を中心に、衣料品、食品と7500アイテムに広がっている。生活雑貨や衣類でここまで世界に浸透している日本ブランドは他に類がない。まさに世界のMUJIとして親しまれている。

 無印良品の海外進出は早かった。89年に良品計画を設立以来、91年にはロンドンと香港に出店、その後94年には良品計画ヨーロッパを設立、98年にはパリに出店した。2001年8月中間期には大幅赤字に陥り海外店舗を整理するが、2003年にはシンガポール、台湾、韓国と矢継ぎ早に出店。2004年にはスウェーデン、イタリア、2005年に初進出した中国は今期中に100店舗を超える予定で、海外での利益を稼ぎ出す。そして北米には2007年に本格進出、ニューヨークソーホーに1号店をオープン、MUJIが世界で通じることを証明してみせた。

 無印良品の挑戦はそれだけでは収まらない。2008年にはイスラム圏のイスタンブールに出店、2013年にはクウェート、そしてドバイの世界的なモールに出店を果たしている。

 こうした無印良品の積極的な海外展開は定評があり、日本の流通小売りからは「MUJIが先に進出してくれてありがたい。MUJIの隣に出せば成功する」といわれるほどだ。現に世界でも有数のショッピングセンターにはH&M、ZARAと並んでMUJIがテナントとして入っていることが、成功の条件とさえ言われている。



V字回復の騎手

 1989年に設立以来、グローバル企業として成長。連結売上1877億円(2013年2月期)、経常利益198億円(同)をたたき出す良品計画だが、一時は38億円もの赤字を出し、「MUJIももはやこれまで」と囁かれた時期があった。2001年8月中間期のことである。

 その赤字に陥った良品計画の危機を救ったのが、01年に社長(現会長)に就任した松井忠三である。1973年に西友に入社以来、一貫して人事畑を歩んできた。その松井に白羽の矢が立てられた。

 突然の失速の要因について、松井は慢心と驕りがあったと述懐する。10 年も好調が続くと、過去の成功神話に囚われ、これでいいと思い込んでしまう。その放漫経営をいかにして改革したのか。

 社長に就任した松井は、すぐさま全国の店舗を廻り現場との対話に力を入れた。そして傷をあぶり出し、構造改革に取り組んだ。まずは出血を止めるために衣料品の不良在庫の処分を断行。担当者が見ている前で在庫の山を焼却した。担当者の目からは涙が溢れたという。



標準化の仕組みづくり

 あたりまえのことをコツコツ続けるのが最も難しいと語る松井だが、改革を実行するために基本となるマニュアル創りに取り組んだ。その手本としたのがしまむらである。しかし、しまむらのマニュアルを学んでもそのままMUJIに当てはめることはできない。結局一からつくることになる。しまむら社長(現相談役)の藤原秀次郎には、社外取締役を依頼、経営改革の指南役として教えを受けることになる。

 改革プロジェクトチームをつくり、仕事の標準化の仕組みづくりに心血を注いだ松井。社員の経験値を「みえる化」することに注力した。そして出来上がったのが、ムジグラム(店舗業務マニュアル)と本部の業務基準書である。今やムジグラムは13冊2000ページに及ぶが、その細かさに驚く。業務内容全てがわかりやすくビジュアルに記されており、この基盤があるからこそ、多店舗展開が可能になる。

 今、このムジグラムは英語、中国語、韓国語にも訳されているが、これがあれば世界中どこに出店してもこわくない。店舗ディスプレイなどは写真と図解でわかりやすく示されている。全店同じ見え方のMUJIの店舗づくりができる。そしてこのムジグラムを使って教育することで、全世界同じ目線、同じサービスを提供できるのだ。



企業は実行してなんぼ

「計画1割、実行9割」と松井はこの“実行”に只ならぬ力を注いできた。松井の胸中には、堤清二が築いたセゾン文化からの脱却、つまり脱セゾンの発想があった。西友の常識は良品計画の非常識と明言、あえてセゾン文化を否定、計画より「実行」に命を賭けてきた。

 そして松井は語る。このムジグラムはつくったところが始まり。日々改良、自分たちが使いやすい形に刷新されなければ意味がない。ムジグラムは日々進化しているのだ。

 店舗のムジグラムに対して本社部門向けには業務基準書を作成した。ここには各部門の業務内容、その意義、進め方が事細かく記されている。従って初めてその部門に配属された人でも、この業務基準書があれば、戸惑うことなく、仕事にとりかかることができる。

 松井はさらに人事異動や人材育成も仕組み化し、人材委員会と人材育成委員会を設置、部分最適ではなく全体最適の適材適所を実現している。数十人の部長の人事異動は松井と社長の金井政明そして役員で決定する。個人のプロファイルは米国のGEが実施しているファイブボックスという手法を活用。個人の感情に左右されない全体最適での人材育成、人事異動を実現している。



商品開発も仕組み化

 赤字に陥った要因の一つとして、松井は20年続いてきたMUJIのブランド力に陰りを実感していた。そこで商品開発の仕組みも進化させなければと、新しい手法を仕組み化した。ワールドMUJIは世界のデザイナーと一緒につくるというもので、ドイツのジャスパーモリソンや日本の深沢直人ら、世界でも有数のデザイナーが関わっている。但しこれを表に出さないのがMUJ I流である。ファウンドMUJIは世界各地のその土地の“いいもの”を探し出し、MUJI流に現代にフィットさせるというものである。

 その他一般家庭を訪問し、ニーズを探りだすオブザーベーション。2008年には暮らしの良品研究所を創設。また年間17万件のお客様の声を活かす声ナビなど、さまざまな開発手法を仕組み化し実行させている。

 ムジグラム、業務基準書はもとより、商品開発、人材育成、店舗出店についても仕組み化を実現。業績復活の武器は仕組みが9割だと語る。その仕組みが会社の歴史と共にあるので他社は真似ができないと自信をみせる。



MUJIの思想を世界へ

 徹底した仕組み化と実行力で、V字回復を達成、再び成長路線を突き進むMUJIの強さは世界に認知されたブランド力である。ではなぜ無印良品がそれほどまでに世界の人を惹きつけるのか。世界でも有数のデザイナーが関る機能美。表には出してはいないが、デザイナーにとってはMUJIの商品を手掛けることが名誉といわれるほどだ。従って取り巻くデザイナーのネットワークは強烈だ。これが世界規模でネットワークされていることがMUJIの魅力といえる。シンプルで使いやすく、心地よい。本質を追求した商品は国境を越えて人々の心にしっくりとはまるのであろう。

 年間60店も海外出店するMUJIは、2013年12月中旬、アメリカのハリウッドに打ってでた。高額なハイブランドのメッカのようなハリウッドに、MUJIのシンプルな機能美で勝負をかける。さらに2014年度にはインドのデリーかムンバイ、南米にも出店予定で、その準備を着々と進めている。この陣頭指揮をとっているのが、1年の大半を海外生活に明け暮れる海外事業部長の松﨑暁である。

 こうしたグローバル戦略を加速するための人材育成も仕組み化している。MUJIでは3カ月間の全課長海外研修を実施、毎年約20数名を派遣している。3カ月という期間があればこそ、その国の実態を肌で感じることができると松井。さらに現地採用社員の本部勤務を仕組み化、施策の共有や自国店舗への反映など、グローバルリーダー育成に余念がない。2012年度も中国、台湾、香港、ロンドンから優秀な人材が集まった。

 創業して間もない頃から海外展開してきたMUJIはブランド磨きにも熱心だ。商品開発のワールドMUJIやファウンドMUJIはその重要な仕組みといえる。



MUJI力で世界を制す

 2013年11月中旬、池袋の良品計画の本社には世界中の店舗から店長や担当者が集まっていた。年2回開催する商品提案会である。会場をのぞくと英語、中国語が行き交い、まさにMUJIがグローバル企業であることを実感させられる。

 トヨタ、ホンダなどのクルマやソニーなど家電商品は世界でも有数のブランドとして知られている。しかし生活雑貨でMUJIほど世界に浸透しているものはない。流通ではユニクロに先んじて世界に認められた唯一の日本ブランドともいえる。これはMUJIの思想が創業当初から1ミリもぶれることなく、脈々と継続されているからといえる。MUJIの思想が世界のどの店舗にも浸透し、MUJIらしさを提案している証ともいえる。そしてそれを可能にしているのが、松井が渾身の力を込めてやり遂げてきた仕組みと実行力である。

 海外は毎年60店のペースで出店している今、2017年の2月末には国内と海外の店舗数が逆転、海外の売上げは1000億円に達すると目論む。そして6ー7年後には売上げも海外が日本を超えていくと松井。流通業では珍しいが、大半の売上げを海外で稼ぐグローバル企業となる。H&MやZARA、シャネルやヴィトンなどのグローバル企業と並ぶ企業となっていく。シンプルで機能性が高いMUJIの魅力が世界を席巻する日も近い。



信念の人

 2001年に社長就任以来一貫して仕組み化で経営改革を進めてきた松井は、これまでの知見をまとめ「無印良品は仕組みが9割」を出版した。発売以来、経営改革の指南書として、絶賛されている。

 温厚な人柄の裏に、静かなカリスマを湛える松井は信念の人といえる。西友でも本流には縁遠く、「良品計画に左遷された」と語る松井、本流ではなかったからこその反骨精神が今のMUJIを成功へと導いたといえる。

 会長5年目となる松井もそろそろ後継者選びの時期となってくる。それも仕組み化で実施すべきと社長候補も文書化している。「社長は苦労人でないとダメ。本流で真直線でなった社長ほどだめになる。ビジネスの本質は苦労するからこそ見えてくる。人生に無駄な経験はない。これがわかる人は乗り越えた人」とサラリと語る。MUJIのイメージは過去はマーケティングだったが、今は地道で仕組み力・実行力の企業へと変化していると語る。その改革をやり遂げた松井の実行力はまさに創業経営者をも超える。



食の達人として

 旨いものを食べ歩くのが趣味と語る松井だが、そのこだわりようは半端ではない。毎年夏休みにはヨーロッパの三ツ星レストランを食べ歩く。2013年の夏はスペインを訪れた。バスク地方のレストラン「アスルメンディ」の味は最高だったと語る。もはや趣味の域を超えている。しまむらの藤原に言わせれば「ワインの博識は日本でも10人の指に入る」と松井のワイン通に舌を巻く。

 その趣味が高じて2011年5月、松井が61歳最後の日に目黒にイタリアンレストラン「ラッセ」をオープンさせた。会長になったのを機にこれまでの仕事一筋から、視点を変えようと思い実現した。 

 将来は食の世界で商品開発をやってみたいと語る松井。無印良品のカレーは美味しいと評判だが、その中の一品は松井が開発したものだ。松井の食への造詣の深さが、食品の品質向上に寄与しているといえる。

 交流関係が広い松井だが、中でもしまむらの藤原、元トリンプ社長の吉越浩一郎、ワールド社長の寺井秀蔵の4人とはそれぞれの夫人を伴っての8人で年に数回食事会を実施する。店選びは4組が交代で担当、旨い店、旨いもの探しに余念がない。4人の中でも最も熱心で楽しんでいるのが松井である。仕事にも趣味にも徹底して全力を傾けるのは松井流だ。食の達人としての松井の次なる飛躍が期待される。



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