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トピックス -ビッグベンチャー

2014年05月13日

エニグモカルチャーで世界に飛び出せ/エニグモを支えるスタッフ

企業家倶楽部2014年4月号 エニグモ特集第4部


 「良いヤツ」揃いのエニグモのスタッフが持つエニグモカルチャー。それを体現しているのが代表の須田将啓だ。そんな須田に仲間達は信頼を寄せる。利益以上に世の中に貢献できるものを発信したい。「やんちゃであれ」という思いを胸に、一丸となって世界を狙う。(文中敬称略)



須田は決して大事なものを間違えない。だから信頼できる

  
取締役 最高執行責任者 安藤英男



須田は決して大事なものを間違えない。だから信頼できる


大学を出ると、いつものアパートに行く。部屋の主が不在でも鍵がかかっていない。だから勝手に入り、主のスウェットを引っ張り出して着る。そして酒を飲んでマージャン。それが慶應義塾大学時代の安藤英男の日常だった。その部屋の主こそ須田将啓である。

「須田は当時からいつも面白いことを考え出していました。酒の席での罰ゲームとかね」

 そう言って笑う安藤だが、もう一つ忘れられないことがある。須田ら仲間たちと明け方までカラオケに興じていたときのことだ。

「その頃流行っていたMr. Childrenの『Tomorrow never knows』という歌に、『誰かの為に生きてみても……』という歌詞がありました。それを聴いていた須田がポツリとつぶやいたんです、『誰かのために生きるって最高だよね』と。その言葉が今も忘れられません」

 その言葉通り須田はその後、「世界の個人を活躍させる」ために「バイマ」を立ち上げる。安藤はその事業プランも早々に打ち明けられていた。大学卒業後、電通国際情報サービスで働いていた2003年のある日、須田に呼び出され、居酒屋の個室でそっとバイマプレゼン資料の原型を見せられたのだ。

「めちゃくちゃ面白い、すごいビジネスだ!そう感じました。世界の個人がいいものをリアルタイムに買える、今までにない体験ですから。自分もぜひやりたいと思いました」

 ところが安藤はまだ前職の身で、目が回るような忙しさ。日中は会社で仕事をし、夜は須田とともに明け方までシステムの落とし込みに没頭した。バイマが具体的になっていくのにワクワクし、寝る時間がなくとも苦にならなかったという。

 その後、安藤はエニグモに参画し、取締役に就任。現在は最高執行責任者である。現在のミッションは第一に国内のバイマの事業をより大きくすること、第二に中長期的に見てグローバルに会社を大きくしていくことだ。

「これは課題でもありますが、まずバイマをより認知度高く、より安心して使えるプラットフォームにしていくことが重要です。数字としては3年で営業利益30億円、5年で50億円を目指します。そのためには世界中のバイヤーのポテンシャルをもっと活かしてもらうことが必要。昨年は250万品を扱いましたが、いいものがより目につくようなマッチングに注力しなければなりません」

 また海外進出については韓国が一つのモデルとなる。韓国での事業が機能すれば他の国へもよいインパクトを与えられるはずだ。須田とともに誇りを持って始めたサービス、バイマをよりよいものにすることがそのまま自分の夢だとも、安藤は言う。

「それに賛同して集まったメンバーが成長し、世界中で活躍することも、また私の夢の一つです」

 さて現在、須田とは「上下の関係」であると言うが、安藤の須田への信頼は大きい。

「須田は決して大事なものを間違えない。たとえ追い込まれたとしても、お金を選んだりはしないということです。それに人とのご縁を尊び、絶対に踏みにじったりしない。だから心から信頼できるんです」

 だが、安藤によればバイマのビジネスはまだまだこれからだ。

「須田から初めて事業プランを明かされた、あのときに感じたワクワク感、興奮にはまだ到達していません。だから須田にはこう伝えたいですね。『世界をよりよくするために、さらにがんばりましょう』」



須田の抱く“思い”は無限大それが人々の喜びにつながる

執行役員 コーポレートオペレーション本部長 金田洋一


須田の抱く“思い”は無限大それが人々の喜びにつながる


 金田洋一がエニグモに入社したのは2010年10月。前職は流通業。100円ショップやコンビニのPB商品の企画・開発を担当し、金田曰く“形あるもの”を売ってきた。

「今度は“形のないもの”を売ってみたいと思っていました。それに流通は旧態依然たる業界。次は時代の波の先を行く企業の中で自分をもんでみたいとも思ったんです」

 転職のためエージェントに登録はしていたが、求人の中で自ら見つけ、興味を持ったのがエニグモだった。「なぜか『よさそうだな』と思ったんですよ」と金田は笑う。かくして臨んだ入社面接で、まず取締役の安藤英男らと面接を重ね、「この人たちと働きたい」と感じていたという。そして最終面接で、初めて須田将啓と対面することとなる。

「それまで私が知っていたドライな経営者と須田は全然違い、目先の売上や利益よりも、世の中から必要とされることや、一緒に働く仲間と共感し合えることを大切にしていました。『こういう人が成功しなきゃ嘘だ』と思いましたね。自分も嘘をつけないし、信念のないことや曲がったことが嫌い。だから、こういう経営陣が率いる会社ならば、自分が正しいと思うことを実現できると感じたんです」

 こうして金田は2010年10月、エニグモに入社。自身曰く「サービスを運営すること以外すべて」の業務に携わってきた。現在もコーポレートオペレーション本部長として財務、経理、人事・総務、法務、経営企画など管理業務を担当。これまで手がけた仕事で最も印象深いものの一つが公開準備だという。

「普通、上場に向けては社員にも話せないことがあるものですが、経営陣は想像以上に社員に正直であり続けました。常に全員が状況を正しく知って納得できるように努めていたんです。そして上場の日。社員全員、東証で記念撮影をしましたが、みんなの笑顔が一番感慨深かったですね。『いい年をした大人がこんなに喜んで、はしゃぐのか』と思いました」

 金田によれば上場は“ジャパニーズ・スタンダード”として一つ階段を上ったということ。今後はさらにグローバル・スタンダードを目指さねばならない。「トヨタやソニーのように世界で認知される会社、世界で知られるサービスになることです。それが達成できたとき、自分がこの会社のコアな一員でいられたら……それが私の夢です」

 そう語る金田は毎日ほぼ須田と行動を共にする。「長年コンビを組んでいる芸人みたいなもの。ほとんど一緒にいるので、会社を出ると左右に離れる感じです」と笑うが、あらためて須田将啓について尋ねると、こう答えた。

「一企業人、一人の大人として、常に相手の立場に立って考えること、相手と向き合うことを忘れない人。正直に誠実に自分の“思い”を形にするために、自ら手を動かし、行動して社員が働きやすくすることも忘れません。私は“形のないもの”を売りたいと思ってこの会社に入りましたが、形のないものとは人の喜び、心の充実なんですね。形あるものは限りがありますが、“思い”は無限大。それこそがエニグモのできる差別化だと思います」

 そして金田は最後に、須田へこんなメッセージを寄せた。

「須田に限ってそんなことはないと思いますが、一般論として人は変わっていく生き物です。グローバルに通用する会社を目指しても、須田には今と変わらないスタンスを貫いてほしいと思います」



苦しいときも須田の笑顔を見ると、乗り越える力が湧く

ソーシャルコマース事業本部 部長 山中秀登
苦しいときも須田の笑顔を見ると、乗り越える力が湧く


『謎の会社、世界を変える。エニグモの挑戦』。この須田将啓の著書を読んだ山中秀登は思った。「この会社に行きたいな」と。その後、前職の企業がリーマンショックで移転することとなり、転職のためエニグモの入社面接を受けることとなる。明るいキャラクターに見えてアガリ症だという山中は緊張していたが、須田はそれを察してか、温かい雰囲気で話を引き出してくれたという。

「最初は望んだ転職でなかったのでポジティブになりきれず、心残りがありました。正直に『一緒に働いていた仲間と別れるのが辛い』と話すと須田はニコッと笑ってくれたんです。大きな心で受け止めてくれたと思いました」

 この面接を経て2009年6月に入社。当時はシェアモのサービスを手がけたが、その後、バイマを担当。当初、ECサービスには興味がなかったが、世界中にバイヤーを持ち、個人の力を最大化するバイマは、人の思いや熱量を乗せ、人の心を動かすサービスだと強く思うようになる。現在はソーシャルコマース事業部長を任されている。現場と役員のスピード感や温度差を調整することが役目の一つだ。

「日々の業務においては現場のほうが適切な判断を素早く行えることもあれば、2~3年後と長い目で見れば役員の戦略のほうが本質を掴んでいるときもある。役員のビジョンを噛み砕き、ワンフレーズのメッセージとして発信したり、それを裏打ちする案件を実行したりするのも僕の仕事です」

 また、バイマをいかにして日々盛り上げていくのかも山中の重要なミッションである。

「課題は多いけれど、使っているユーザーが多いということは伸びしろも大きいということ。一朝一夕にはできないサービスであることもバイマの強み。その素晴らしさをいかに伝えていくかが大切です」

 そう語る山中は、かつて須田の著書の中の「世の中を変えるボタンがある」という言葉に心引かれた。自分たちの仕事で世界の価値観を変え、多くの人の生活を変えよう。変えたい。それを実行できるメンバーがそろっていることがエニグモの強みだと感じている。そして言うまでもなく須田将啓がその要だ。

「たとえ厳しい状況でも、須田の笑顔と笑い声には雰囲気を一変させる力があります。重苦しい会議の最中でも、部屋の外から須田の笑い声が聞こえると、『大丈夫だ、乗り越えられる』と思うんですよ。それに須田が右の口角を上げてニヤッと笑う顔も好きですね。その一笑が欲しくてがんばるとさえ言えます」

 以前、エニグモは広告事業の伸び悩みから業績が落ち、オフィスのランクすら落として移転した時期があった。そのとき、あらためて真摯に「良い会社になる」ことに向き合ったことで、エニグモは、須田は、社員はハングリー精神を取り戻し、たくましくなった。山中はそう語る。殊に須田のメンタルの強さは別格だという。

「須田から見れば我々はまだまだ頼りなく、『自分がやったほうが早い』と思うでしょう。それでも信頼して仕事を任せ、困ったときには手を差し伸べる。そのメンタルタフネスはすごいですね。僕はつい部下に『どう?』『大丈夫?』なんて聞いちゃうんだけど(笑)」

 そんな山中の夢は、自分の目標とする須田に仕事を認めてもらうこと。さらに須田にはこんなメッセージを伝えたいという。

「エニグモを作ろうと決断してくれたこと、僕がそのエニグモで過ごせていることを日々、感謝しています。それから……一緒にゴルフとマージャンをしましょう!」



信頼できる僕らのトップ

カスタマーマーケティング事業本部 部長 今寺優介
信頼できる僕らのトップ


「この人達は『ダサい』ことはしないだろう」

 エニグモの社風に惹かれた今寺は、2009年に入社。人の人生をより楽しくする仕事がしたいと、前職であった不動産のデベロッパーから転職を決意した。採用面接で須田ら経営陣と話しをする中で、「ダサい」こと、つまり不義理はしないと感じた。利己的な発想は一切なく、一緒に働く仲間や会社を大切にする印象を受けた。

 須田と初めて会ったのは最終面接のときである。

「世界を舞台にした、価値のある企業を作りたいという大きなビジョンを掲げていました。その目線の高さと、本気で成し遂げようと熱く語る姿が魅力的でした」

 入社当初は広告事業本部に所属し、当時事業の柱であったプレスブログの営業を一年半ほど行った。その後バイマの担当となり、現在はバイヤーとユーザー双方との関係を取り持っている。

 バイヤーは我々にとって「パートナー」だと今寺は言う。バイヤーあってのバイマであり、サービスと利用者の一人という関係ではない。海外での流行は現地のバイヤーの方が理解している。しかし、逆に日本で需要の高いものを彼らは知らない。そのギャップを埋めるのが今寺の仕事である。

 ニューヨークへ20日間出張をした経験は、今でも思い出深い。海外バイヤー約30名と実際に会い、会員向けセミナーや新規登録セミナーも開いた。セミナーには全体で200人弱が来場し、現地の日本人向けフリーペーパーの取材も受けるなど大盛況だった。

 実際にバイヤーと顔を合わせることは信頼関係につながる。バイヤー側にとっても安心だ。セミナーでは、安全性や金銭面での相談も受けたが、人に喜んでもらうことをやりがいとする人が多いと今寺は感じた。「そういう方に利用していただいているのだと思うと、私も頑張っちゃいますね」と今寺は笑う。

 酒の席で須田と一緒になったときには、将来的な仕事の話もする。その際に須田から「辞めんな」と言われた。

「須田さんがそういった言葉を発するのは珍しかったので、強烈なメッセージでした」と今寺は語る。上場後、エニグモが更なる勝負をしていく段階での「一緒にやっていこう」という須田からの言葉は励みになった。

 バイマの強みは人と人のつながりを大切にするところである。例えば、バイヤーが買った商品がニューヨーク・タイムズに掲載されたものであれば、その新聞も一緒に梱包する。こういった一般のサイトでは得られないちょっとした気遣いが、ユーザーにとっては嬉しいのだ。「先日お買い上げいただいた商品にはこちらが合いますよ」といったやり取りも見られる。バイヤーとの仲が深まれば、海外に専任のコーディネーターを持つことも夢ではない。

「もっと多くの人にバイマを知ってもらいたい」と語る今寺。個人の力の最大化に注力するエニグモにおいて、バイヤーとユーザーを大切にし、胸を張って紹介できるサービスを作りあげていく。

 最後に今寺は須田に対し、「僕らのトップとして、いつまでも攻めていく姿勢を見せ続けてください」とメッセージを送った。



バイマブックスで世界中の才能を発掘

事業開発室 部長 飯田純房
バイマブックスで世界中の才能を発掘


 バイマの成長を大きく支えてきた飯田純房。前職は女性向けメディアの運営プロデューサーだ。バイマが女性をターゲットに絞り始めたころ、女性向けメディアに精通している人物を探していた須田に、知人の紹介で出会った。

「子供のように無邪気で裏表がない。年下の私に教えを請うときの謙虚さと、夢を語るスケールの大きさを持ち合わせた、信頼出来る人だと思いました」

30代は成長する可能性のあるベンチャーで過ごしたいと転職を決断。須田に直談判し、2008年エニグモに入社した。

 飯田はプロデューサーとして基本的な戦略や施策、予算の決定、運営までの全てを担当した。入社当初、バイマのシステムは外注で、さらに社内スタッフはたった3、4人だった。効率よく効果を最大限にすることに奮闘していた飯田が「バイマが次のステージに進める」と感じたのはシステムの作り替えを行った2009年だ。

 社内開発ができるようエンジニアを獲得したことで「ユーザーや社内のニーズを迅速にシステムに反映できるようになった」と飯田は言う。さらに翌年のリブランディング時に高級ブランド品の販売に相応しいシックな色味に統一した。

 また、ネットショップの成長に必要不可欠な「安心、安全なイメージ」を強化するために工夫をこらした。実績のあるバイヤーを選出して、本人認証を行うプレミアムバイヤー制度や、鑑定サービスを無料で提供して、本物であるとの保証がなければ全額返金する安心保証制度を設けた。個人との取引でもユーザーが安心して買い物を楽しめるようサポートする。

 4年半バイマのプロデューサーを務めた飯田は現在、新規事業バイマブックスの立ち上げに尽力している。

「私自身は事業の拡大のほうが得意ですが、須田は新規事業の立ち上げに長けています。バイマブックスは須田と共に取り組んでおり、良い補完関係だと思います」

 ユーザー同士が価値を提供しあうサービスは成長に時間がかかる。現在エニグモでは、韓国でのバイマの展開など、5年先を見据えて様々な新規事業の立ち上げを行っている。飯田は「その中でもバイマブックスをいち早くバイマの次の柱にしたい」と密かなライバル心を抱く。そのために、どの本がどのエリアで売れるのか傾向を読み、集中投資したいと言う。

 須田と共に奮闘する現在でも、第一印象であるスケールの大きさは変わらない。そのダイナミックな面と、計算高く緻密な面を併せ持つ須田だが、その発想力に飯田はいつも驚かされている。「スマートフォンと連動して正しい姿勢を促すクッションを開発したい」など突飛なアイデアがたくさん飛び出し「何を考えているのか分からないところがある」と笑う。

「スケールの大きい夢を持ちながらも実際の行動は緻密で着実。両方バランスよく兼ね備えている印象です」

 飯田はバイマブックスを通して、世界中の埋もれた才能を発掘したいと語る。

「世界をフラットにしてもっと面白くしたい。言語の壁で埋もれていた作品をバイマブックスが取り上げて、ハリウッドで映画化されるようなことがあれば面白いですね」

 仕事に全力で取り組み、プライベートも目標を持って充実させる須田の影響を受け、マラソンやトライアスロンを始めた飯田。須田に「アイアンマン一緒にやりましょう」とメッセージを送る仕事の鉄人が、これからのエニグモを支える。



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