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トピックス -ビッグベンチャー

2014年07月22日

心と心を繋ぎ仲間とともに世界を目指す/ハーツユナイテッドグループ社長 宮澤栄一

企業家倶楽部2014年8月号 次世代の企業家

高い検出力を誇る自慢のデバッグサービス

 我々の身の回りに有る電気製品・ソフトウェアは、人が作ったものである以上、必ずそのプログラミングの過程でミスが発生する。プログラムのミスや想定していない不具合はバグと呼称される。それを見つけ出し、より安全な商品として世の中に提供する「デバッグ」と呼ばれる工程を提供する企業こそハーツユナイテッドグループである。

 ハーツユナイテッドグループの展開するデバッグサービスの事業領域はゲーム、モバイル、家電と幅広い。同社は、テスト項目に準じた動作確認を行う「受動的デバッグ」と、開発者が予期しない操作を行うことでバグを探しだす「能動的デバッグ」によるダブルパンチを武器に、高い検出率を誇るデバッグサービスを提供している。

 具体的な検出方法として、レーシングゲームならば、レース開始直後にコースを逆走してみたり、何度も壁に激突させてみたりするのだ。デバッガーたちは、機械によるデータ解析でバグを発見しているわけではない。地道に人の手と目で不具合を探り当てていく。人によっては、「ここからバグの気配を感じる・匂う」という理由で検証を行い、大量のバグを発見してくる。そんな彼らを宮澤は、アニメ「機動戦士ガンダム」に登場する第六感が優れたパイロットになぞらえ「まるでニュータイプのようだ」と冗談交じりに語る。

 他にも、不具合情報の共有を目的としたポータルサイトfuguai.comや、日本最大級の総合ゲーム情報サイト4Gamer.netを運営するなどメディアとしての事業にも力を入れている。


高い検出力を誇る自慢のデバッグサービス


同社の運営する総合ゲームサイト
4 Gamer.net


2度の倒産を経験する

 今でこそ日本を代表するデバッグサービス企業に育てた宮澤だが、幼少期から創業に至るまで、その道程は必ずしも平坦なものではなかった。

 小学生の頃、父親が創業したカメラの部品工場が突如倒産。不在の父親に代わり自宅へ押しかけた借金取りの対応をした。「殴られようと蹴られようと、家を守らなければならない。僕は3人兄弟のお兄ちゃんだ」。そう決心していた宮澤は、無理矢理家に入ろうとする大人に対し、足にしがみついて抵抗したという。後に、父親が家に戻り借金も返済。宮澤自身も、無事に高校を卒業した。

 しかしその矢先、新たに家族で経営していたパチンコ店が営業不振で清算することとなる。若くして2度の倒産を経験した宮澤は、このことから「絶対に経営者にはならない」と心に決めたという。

 そんな宮澤が起業に至ったのは2001年のこと。作詞家としての仕事やアルバイトを転々としていたそんなある日、契約先のIT企業で知り合った仲間たちと意気投合したことから、現在のハーツユナイテッドグループの前身となる「デジタルハーツ」を創業し、自身の想いとは裏腹に経営者となる。

 しかし、会社を立ち上げたはいいが、資金やノウハウもなく当初は全くと言っていいほど仕事はなかった。腹をすかせた仲間たちに対し宮澤は、親戚から米をもらってきてチャーハンを振る舞った。勿論具材を買うお金は無いため、出来上がったのは塩で味付けした「塩チャーハン」だった。



マイクロソフトに圧勝

 創業して3ヶ月が経った頃、デジタルハーツに大きな転機が訪れる。マイクロソフトの家庭用ゲーム機Xboxのデバッグテストチームが日本で結成されることになり、宮澤たちはそのコンペで見事デバッグの権利を勝ち取ったのだ。更に、その仕事っぷりを見たマイクロソフト本社のプロジェクトチームから「デバッグの検出数を競わないか」と勝負を挑まれた。ウィンドウズのデバッグも手がけた彼らにとっては、軽いお遊びのつもりだったのだろう。しかし結果は、宮澤たちの圧勝。相手 の10倍にも及ぶバグの検出を行い、その技術の高さを見せつけた。

「あんたたちは狂っているぜ」マイクロソフトから最高の褒め言葉をもらった宮澤たちは、その後も他を寄せ付けないデバッグ技術の高さを武器に事業を拡大していき、2008年に東証マザーズに上場、3年後の2011年には東証一部に市場変更。2013年にハーツユナイテッドグループを設立、純粋持株会社体制へ移行し、現在に至る。



「常識だ」と言ってはいけない

 宮澤は、社員に対し一般社会で言われる「社会的常識」を押し付けない。頭ごなしに「常識だからやれ」「常識では、ありえないからやめろ」と言わず、「おはよう」の挨拶一つにしても「挨拶はスタートボタンだ。コミュニケーションは、挨拶をしなければ始まらない」と説くのだ。

 昔、何処に行くにも決してバンダナを外さない社員がいた。彼は取引先へ向かう際もバンダナをつけて向かおうとした。宮澤が「傷でもあるのか」と聞くと「ありません」と答える。「じゃあ、外そうか」と言うと「何故外さなければならないのですか」と返してくる。

 




   普通なら「常識的にバンダナ巻いたまま出向く社会人なんていない」で片付けられてしまうが、宮澤は違った。「世の中は君だけの価値観で動いているわけではない。回りはつけてないから一回だけ外してみよう。もしそれでも嫌だったら、また着ければいい」その一言で彼はバンダナを外した。

 常識は説明できないと宮澤は語る。何故?と問われた時に相手が納得できるような回答が難しいのだ。親身になって相手の価値観を理解した上で説得できる宮澤の温かい人柄がそこにはある。



心を大切にする「正義」の会社

「心を尽くしたか」社内では口癖のように飛び交う決まり文句である。

 ハーツユナイテッドグループ、デジタルハーツ、どちらも社名には「ハーツ(心)」というキーワードが含まれている。どんなに技術が発達しても、人の心に繋がりを持つことを最も大切にし、クライアントからはその「心」を受け継ぎ、消費者にはその「心」を届けたいという宮澤の熱い想いが込められているのだ。更に、「ハーツユナイテッドグループ」という社名にはもうひとつ隠された秘密がある。名前の頭文字を取ると「H」「U」「G」の三文字が見て取れるが、続けて読むと「HUG:ハグ」となる。これには「人と抱き合うような距離感を大切にしたい」という想いが込められた隠しキーワードである。

 デジタルハーツ時代、社に企業理念は存在しなかった。「僕が企業理念を作ったら会社は僕に依存してしまう。その時その場で、皆で思ったことが企業理念だ」と考える宮澤自身の意向だった。結果、社員たちが全国の登録テスターたちにアンケートを取って回り、全員で企業理念を考えるという異例のプロジェクトが実行され、現在の「心」をテーマにした企業理念が生まれたという。

 常に社員たちとフラットに接し、テレビゲームをして遊ぶこともあるという宮澤。スタッフみんなのお兄ちゃんとしてハーツユナイテッドグループを率いている、宮澤の今後の活躍に期待したい。




宮澤栄一(みやざわ・えいいち)

1972年栃木県生まれ。91年有限会社宮澤商事に入社。96年同社を退社。01年にデジタルハーツを設立、08年にマザーズ上場。11年に東証一部へ上場市場を変更。13年、持株会社体制に移行。株式会社ハーツユナイテッドグループを設立し、代表取締役社長CEOに就任。14年「第16回企業家賞」受賞。



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